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第九話 探偵は三度現る[前編]

モンスターの滅菌からエルドワの仲直りまで、難事件承ってくださるんですよねぇ?――byナージュ

「あ、姐さんこれ……!」


 早朝、フーリガンズ随一の娯楽施設であるカジノ・ザ・マーメイドは騒然としていた。まだ開店前ゆえに表の扉は木製のシャッターと一緒に閉め切られていて、起き始めた人々の吐息も外の爽やかな空気も遮断されている。


 その分だけ建物の木材と、店内に並んだ数々の酒瓶が独特な匂いを生んでいた。そこに焦燥感に満ちた店主とその片割れの呼気も混じれば、一周回ってミステリアスって存在が息をしてるように感じられた。


「確かにこの棚にしまったはずなんですけどぉ……」

「誰か盗みやがったな!? クソ野郎め!」


 ……いや実際問題、ミステリーの真っ只中なんですけどね。そして僕はというと、


「ウル、ナージュさんもご安心を! この事件はこの名探偵、墓送終太郎が華麗に解いてみせます!」


 窓からカーテンを通して店内に射し込む朝日のど真ん中に、アクアマリンとパールホワイトの視線に挟まれるようにして()()立っていた。キラリと光る雫を目尻に浮かべたまま、立たされていた。


(……使い回しって言わないで)


    ◇◇◇◇


「ほっ、十二…っと、十三……ふぅ、十四…」


 事の起こりは二十分ほど前。いつの間にか知りもしない実家のような安心感を覚えてしまった、ナージュさんの店の裏。イノとシシの寝床とは反対側の場所で、僕は素振りをしていた。イテアさんとの戦いで得た感覚を鈍らせないように、第二の相棒にできるようにってソウシから出された日課だ。とにかく続けられるように、一日三十回から。


「三、十……ふわぁ眠い…」


 ヒュッと欠伸まじりに最後の一振りを終えた僕は、じんわりとした痺れの残る両腕で鞘に戻した脇差を抱え直す――と、どうしても思い出してしまうのがプリズンアートの一件だ。生者とそれ成らざる者との哀しい芸術に現実という一太刀を叩き込んだ僕らは、一週間前にフーリガンズに帰ってきた。イテアさんの顛末を思い返せば物語みたいな完全無欠の大団円とは程遠いし、エルドワ父子の仲も完璧に元通りとはたぶん言えない。


――99.9%は客の要望通りに作れても0.1%は必ず要望から外れる、むしろ


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに後者に至っては幸先は明るいはずだ。ひとまず僕らと一緒に帰ってきたマッフルさんだけど、発つ前にアディさんとレイさんにリラックス効果があって蜜の味がする飴の瓶を渡してたから。ファンシーな見た目のそれを双子は受け取ってたし、今までの文句・批判に代わって「サンキュー親父」、「爺様、ありがとうございます」って心からのお礼を言ってたから。


「シュウタロウ、具合悪いのか?」

「っ、ウル」


 脇差を抱きしめたままぼんやりしてると、これまた最近従兄弟みたいな雰囲気を感じ始めてきた青年の掌に柔く背中を摩られた。大分ましになったと言ってもまだ全然薄っぺらい身体してんだからと続けられて、心配してもらえた嬉しさと誤解させた申し訳なさが同時に瞼を熱くする。


「ごめんありがと……具合は大丈夫、考え事してただけなんだ」

「考え事って、ドワーフとエルフの事件はもう解決したんだろ? 愛器だって入手できてるし」

「……うん」


 愛器、か。腕の中のそれを見下ろしながら僕は不思議な気持ちになる。あの双子と出会う前、ソウシから提案された時は寝惚けながらも確かにワクワクしてたのに。いざ手にしてみるとなんていうか、ホッとしたっていうか……ワクワクとは違ったんだよなぁ。もちろん、アディさんの腕に不満があるわけじゃ絶対にない。


 冬の三日月を彷彿とさせるデザインは僕の好みドンピシャで、まだ全然素振りの回数も鍛練の日数も足りてない今でさえ、握り締めた柄は振るえば振るうほど掌に馴染んでいく心地がして。でもこの先どんな月の表情を見せてくれるのか、伸び代は未知数だ。


(ただ僕は月が好きだって、()()()()()()()()()()()()()()()


 そうとしか言えないくらい、この武器――月冴(さゆ)は抜刀したその瞬間からやけに深く僕に寄り添ってくれてる。月冴っていうのは騒動後、園から山里へ戻る道中でソウシが教えてくれた脇差の名だ。打刀のほうは月氷(いてき)


 僕が夢玉のなかでイテアさんと戦ってる間に考えたって言ってたけど、ぶっちゃけ怪しいところだ。「とか言ってもっと前から考えてたんじゃないの?」って返したら、アイツ無言で微笑んだだけだし……無駄に優しい感じだったな、そういえば。


(無我夢中で放った技のこととか、なんでソレをお前も知ってたんだとか色々聞きたかったのに、結局聞きそびれたままなんだよな)


「それはそうとコレ、届けてくれてありがとな!」


 マジでシュウタロウ経由でくると思わなかった、と悪戯っぽく笑ったウルは二対の鉤爪を二セット、扇みたいに両手で広げて掲げてみせた。ドワーフの山里でジャヴさんが作ってた水に強い鉤爪は、やっぱりウルの武器だった――正確にはイノとシシの、だったけど。依頼主も同じフーリガンズに住んでるからついでにって、帰る前に代金とか保証について書かれた紙と一緒に渡されたんだ。


「それはいいけど、なんでイノとシシに?」


 どっちもゴッツい生の爪持ってるのにと問えば、ウルは直前まで浮かべてた無邪気な笑みを引っ込めた。そのまま軽く目を伏せて「オレらは全然弱ぇし、知ってる世界も狭いからよ」と鉤爪を胸に抱き込む。


「姐さんの実家でシュウタロウも見たろ、オレの醜態」

「しゅっ、そんなこと……!」

「醜態だよ、その前もガープの森で暴走したし」


 さすがに今まで通りの稽古を続けて十分なんて楽観はできない、と眇められたアクアマリンの瞳は本気だった。根本的な実力不足はもちろん、自分たちの戦いは陸上に限定されないと密かに痛感していたウルは、僕らが山里や園でドンパチやってる間に秘密の特訓を始めたと言った。その第二歩目がイノとシシのための特注鉤爪なんだって……ん? 二歩目? 一歩目は?



 ドドドドダダダダダッ、ギギ!



「ウルくん大変よ!」

「どうしたんすか姐さんまたブローチ泥棒っすか!?」

「ブローチじゃないけどそうなの!」

「あのナージュさん今走ってませんでした? 車椅子の音気持ち程度しか聞こえなかったんですけど……へ?」


 泥棒とウルの言葉を復唱すれば、駆け寄ってきたナージュさんが「シュウタロウさん!」と救世主を見つけたみたいに両手を握り合わせて僕を見上げてきた。いつも一緒にいるソウシがリインさん連れて日の出前に出掛けてったから、僕も留守にしてるって思ってたっぽいな……にしたって妙に目がキラキラしてるけど。


「聞いてますよぉ」

「何を誰から!?」

「モンスターの滅菌からエルドワの仲直りまで、難事件承ってくださるんですよねぇ?」

「さり気なくグレードアップしとる……!」


 `エルドワ`って単語入ってるから絶対ソウシかカルタ王子が布教に絡んでるよと白~く想像する僕の腰辺りを、ナージュさんが控えめながらしっかり「大事件が起きたんですぅ!」と店のほうに押しやっていく。そのナージュさんの車椅子はウルが動かしてたから、実質彼に押されてるようなもんだけど。開店前で表の扉はまだ閉まってるからぐるっと反対側に回って、


「…………」

「どうした?」

「……ううん何でもない」


 ちょっと気になる足跡があった気がしたけど、とりあえずスルーして裏口から店に入った。大事件(?)の現場は僕とソウシが寝泊まりさせてもらってる二階でも、ナージュさんの酒蔵でも客用のテーブルやゲーム台が並んでる表の店でもなくて、厨房(カウンター)だった。


「いったい誰が……折角シュウタロウさんが手に入れてくださったのに」


 今回僕がぶち当たったのは傷害事件じゃなくて窃盗事件――盗まれたのは、僕がレイさんから土産に渡されたドートの肉だった。帰る前に「礼のれの字にもならないですけど」って白黒リボンでぐるりと包装されたドートの亡骸と、ラバドラゴンの目玉と血を抽出して発酵させた地酒を見た時はいろんな意味で絶句した。両方とも老衰で亡くなったってすぐ分かったけど。


 前者はドートたちが滅菌のお礼に献上してくれて、後者はそもそも`亡骸は提供する`って契約をしていたからとレイさんは教えてくれた。特にドートの肉は天寿を全うした個体ほど美味らしく、落ち着いたらもっと他にもいろいろ贈りたいって……アディさんが許してくれるなら僕らの刀のメンテにも関わりたい、とも言ってくれたな。


(でも僕は獣の捌き方とか知らないから、ナージュさんかウルに調理してもらおって預けてたんだけど……)


 まさか盗まれるとは思わなかったなぁと、お約束みたいに後ろで仰天してる二人とは裏腹に僕はわりと冷静だった。ブローチみたいに換えが効かない物じゃなかったから、それからマッフルさんの時みたいに誰かが怪我したとかでもないからかな。棚の一番下、全開になってる引き戸。


 ドートの肉がしまわれていた其処に、今はぽっかりと空洞が広がってる。それ以外に荒らされた痕跡はなし。この分じゃ侵入口は裏口で決まりだなと、一通り僕は店内を歩いてみた。表戸の施錠はウルの担当だけど、裏口はナージュさんだ……そして昨日も彼女はしこたま飲んでた。


(レイさんや、料理に使えない部位のお裾分けを期待してたイノとシシには悪いけど)


 今回はナージュさんに戸締りに気をつけるように言って、一応マリッちさんにこういうことがありましたって報告してそれで終わ、


「ウル、ナージュさんもご安心を!」


 ……らせてくれないよなお前はまた勝手に僕の声で喋りやがって! バッと振り返ればナージュさんと並んだウルの向こう、カウンターの端に肘をついて凭れかかったソウシが、それはもう胡散臭いほどに綺麗な笑顔でピースサインを向けてきた。声帯模写と腹話術がバレないように、口元はバッチリ隠して。


「この事件はこの名探偵、墓送終太郎が華麗に解いてみせます!」


 ……おいまさかお前が犯人じゃないだろうな?


    ◇◇◇◇


「ソウシお前いつ戻ってきたんだよ? てかリインさんは?」


 一緒に出かけてたじゃんと駆け寄って耳打ちすれば、働き口と宿屋がセットになったイイ場所に放ってきたと小声で返された。僕らに続いて自分まで居候できないって密かに住み込みで働ける所を探してたらしいけど……そんないい所、この店の他にあるかな? いやあったからソウシが一人で帰ってきたんだろうけど。


「アイツのことはいい。今考えるべきは盗まれたドートの肉、もとい盗っ人の特定だろ?」

「それは……でもちょっと気合入れすぎじゃないか?」

「入れすぎじゃない極めて妥当な意気込みだ」


 声量を通常のそれに戻したソウシが「中身がほぼペッタンコのがま口財布を思い浮かべてみろ」とピンと人差し指を立てた……なんでだろ? 財布と一緒に自然と頭に浮かんできた持ち主、僕なんだよな。


「自販機でジュースを買うために持って出た、そのがま口財布がスられたとする」

「うん」

「でもお前は今みたいに、`300円しか入ってなかったし`とそのスリ野郎を追わなかった」

「やっぱり僕なんだ、がま口の持ち主」

「するとどうなるか――また別の日にスられるんだよ」

「……!」


 常習犯と呼ばれる輩で、名作映画に登場する怪盗みたいにビッグな盗みから入る奴はほぼ皆無だとソウシは言う。ほとんどは、人によっては消失に気づかないくらいの小さな盗みから始まって、それが止められなくなって常習犯ができあがるんだって。フーリガンズみたいな良くも悪くも自由な街なら尚更。ここで僕が見逃したらまた僕の物が盗まれるだけじゃなくて、別の店か家にも盗みに入るかもしれないって。


「事がデカくなる前に片付けるのも、アドベンチャー探偵の役目だと思わね?」

「……ん、まぁそう言われると」


 内容というよりはお前の言葉だからっていうのが大きいし、アドベンチャー探偵という新ワードに持っていかれた感もあるけど納得はできた。改めてナージュさんとウルを振り返れば真剣に、けど隠し切れないワクワクを瞳に漲らせて僕らを見ている。


「……ナージュさん」

「はぁい?」

「とりあえず表の扉に、臨時休業の札をかけてもらえますか?」


 前みたく大勢に囲まれて推理するのは落ち着かないんでと頬を掻けば、ニッコリ微笑んでさっそく表に向かってくれた。ウルも店内が見えやすいように窓のカーテンを開けにいってくれて、店内に溜まってた朝特有の肌寒さが一気に吹き飛んだ気がする。


「では名探偵、どこからお調べに?」

「何キャラだよ」


 前は僕より探偵してたくせに今回はワトソンに転身かとジト目になりつつ、僕は裏口のほうに歩を進めた。気になる足跡があったとソウシに話せば、なかなかの目の付け所じゃんと褒めてくれたけど……細められた金の目がなんか企んでるように見えるのはどうしてだろ?


「ぁ、コレだコレ」


 裏口の正面、イノとシシの寝床になってる小屋の前にズラ~ッと横向きについてる足跡を指差す。一見普通の足跡だけど、注目すべきはそのくっきり具合。だって昨日の夜から今朝にかけて、雨は一滴たりとも降ってないんだよ? こんなふうに残るわけないじゃん?


「その証拠に裏口を行き来した僕とナージュさん、ウルの足跡は全然残ってないだろ?」

「おー」

「つまりこの足跡の主こそが犯人、ドートを担いだ重さでこんなくっきりになったんだ!」


 だからこの足跡を保存してマリッちさんに調べてもらえば、誰が盗っ人か分かる! どうだ僕の華麗かつスピード感のある推理は!


「…………」

「……あれ? ソウシ?」

「所詮は31点か」

「好きだなその数字!?」


 いやに綺麗な顔で黙ってるなと思ったら真反対の低音で吐き捨てられたよ! てかなんで? 足跡が事件に関係あるって部分は当たってるんだろ!?


「当たってる」

「じゃあ何が31点なんだよ?」

「観察力と洞察力その他諸々」

「いやそれもう探偵として全滅してね!?」


 逆に何が残ってるんだと目を潤ませて聞いたら「基礎力のきの字だな」って返されて、今度こそ滝の涙を流した。基礎のきってソレ、名探偵の引き立て役でたまに出てくるへっぽこ探偵が持ってるヤツじゃん。


「うぅう……」

「まずは観察力。足跡だけじゃなくて地面、っていうか土をよく見てみろ」


 袖口でぐしぐしと乱暴に目元を拭われて、強制的に視界をクリアにされた。よく見ろって言われても別に乾いた普通の土じゃ……お? この土と足跡を消さないようにそっと触れてみれば、地面らしからぬフカフカした感触が返ってきた。


「……もしかして[オルタフリーション]?」

「正解♪」


 よく分かったなぁと、傍らのソウシより先に頭上からウルの称賛の声と掌が降ってくる。僕の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜながら隣に屈んだウルは、「母さんの知恵でな」と懐かしそうに反対の手で地面を撫でた。


 知力が高かった猪狼の母は、草を敷き詰めるだけでなく変質魔法を使って子供たちに柔らかい寝床を与えていたらしい。それをウルが受け継いだのか……にしても、と不躾に並んだ足跡を見る。これが[オルタフリーション]が掛けられた地面だからこそついた跡なら、


「グルルル……」

「ガゥ……」

「うわっ」


 ちょっと範囲が広すぎるんじゃ、という僕の疑問は小屋の入口から鼻提灯と一緒に転がり出てきたイノとシシと――その拍子にズレた足跡の地面で解消された。地面そのものに直接魔法をかけたんじゃなくて、()()()()()()()を地面に敷いてたんだ。つまりは野生の敷布団、この寝相じゃズレるわけだ。


「んでぇ?」

「ぶふっ」


 ウルを押し退けるようにして背中から僕の頭に伸し掛かってきたソウシが、「分かることはそれだけかぁ?」と問うてくる。間延びした声で隠してるけど、ちょっと不機嫌? 土のことちゃんと見抜いたのに……まぁ半分くらいウルに手助けされて、ではあるけど。


「それだけかって言われたら、それだけとしか……」

「イノとシシは、盗っ人の臭いを逃がすような阿呆か?」

「っ、あ!」


 そうだ、この子たちが兄弟であるウルの主から物を盗んだ`見知らぬ誰か`を逃がすはずがない。でもこの小屋の周りに誰かと争った痕跡はないし、そもそも争ってたならウルとナージュさんが気づかないはずがない。でもこの子らはぐーすかぐーすかと爆睡の真っ只中だ。


「イノとシシが警戒しない人物……盗っ人はウルの、もっと言うと僕らの知人?」

「ほぉ?」

「まさか今回は前代未聞のメインキャラによる犯行!?」

「Congratulations, それが洞察力だ★」


 だっから何でお前はハイテンションなんだよーーーー!

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