第八話 プリズンアート[後編⑨]
よし、山里に帰るか――byソウシ
「なんだ……夢玉を操ってたヤツは死んだのか?」
「た、多分な」
エルフたちは、単純に黙ってただけみたいだけど。
「でもどうするの? プリズンアートどころか園自体がもうめちゃくちゃよ!?」
「トップのオッサン共が死んじまったからな……」
「誰の責任よ!」
「レイディルだろ。なんか分かんねぇけど自分のせいだって言ってたし」
「責任ってまさか処刑!? あんな肥え太ったキモ爺のために!?」
「でも私たちの生活が……」
イテアさんの休眠を目の当たりにしたことで緊迫感が緩んだのか、一人が口を開くとドミノ倒しみたいに全員が喋り出した。ただそこに居ただけの彼らはイテアさんのことも、レイさんとアディさんのこともまともに知らない。だから過去よりも今よりも、未来の自分たちの心配をしてしまうのは当然のことなんだろうけど、
「おいレイディルっ、責任ってどう取るつもりなんだよ!」
「明日から私たちどう生きていけばいいのよ!」
そんな捌け口みたいに、事情を聞こうともしないまま責め立てなくたって……!
ダンッ、ビキ!
「な、なにっ」
「なんだお前……」
「ソ、ゥシ」
たった一歩の踏み込みで祭壇に一筋の罅を生んだ相棒は意味深に口角を上げたまま、足裏にさらに力を入れて罅を広げたのち完全に破壊した。リインさんは依然として気絶中の司会者を掴んだままいち早く安全地まで飛び退いて、マッフルさんたち父子は崩れる足場に沿うようにして地面に降り立つ。一方の僕は、
「とっ、ととと、とぉ!?」
瓦礫に巻き込まれそうになったところをソウシに助けてもらうという、いつも通りといえばいつも通りだった。器用に足で捌きながら僕ごと瓦礫の頂上に登ったソウシは、適当な所に僕を下ろすと、そのよく通る声で「おい情無しども」とエルフたちに呼びかける。
「ウゼェほどの巻き込まれオーラだが、お前ら死んでったジジイどもと同じ穴の狢だぜ?」
レイのアマクを使って金稼ぎしてたんだからなとソウシが顎をしゃくれば、虚を突かれたみたいに皆黙ったけど、すぐに目を吊り上げて反論してきた……自分たちは懸命に明日を生きてきただけだって。
「好きであんな物を作ってたわけじゃない!」
「アレを使わないと評価されなかったんだ!」
「生活が懸かってたのよ、仕方ないでしょ!?」
「私たちだって強欲の被害者よ!」
……アディさんにアマクを、自分を認めさせるべく審査員たちを沼のように魅了してきたのも確かにレイさんで、実際に殺したのは彼が作ったイテアさんだ。好き好んでじゃない、仕方なかったっていうエルフたちの主張が絶対に間違ってるとは言えないけど、
「アマクに逃げてイテアさんに押しつけてレイさんを吊るし上げて、随分な被害者ですね」
自分たちに火の粉が飛んでこないと確信してからしか非難の声を上げられないお前たちに、そこまで言う資格はない! 僕はガッと瓦礫を踏みつけて立ち上がると、「嫌々だったなら、なんでシェーレさんの発表の時に黙ってたんですか」と問いかけた。ビキッと、今度は空気に罅が走った。
「何度も何度も彼はプリズンアートに出てたのに、いくらでも切っ掛けを作ってくれてたのに」
「っ、だからそれは……アマクじゃないと評価されないから…」
「評価されないことくらいシェーレさんも分かってた! 分かってても出続けたじゃないか!」
卑怯だ、と僕は声を荒げる。その時立ち上がらなかったことが、じゃない――立ち上がらなかったって一向に認めようとしない姿勢が卑怯なんだ。イテアさんの言葉を借りるなら、エルフたちはまだ夢を見ずに楽を手にしようとしてる。
「物作りの誇りがあるなら`仕方なかった`ってそっぽ向くんじゃなくて、`楽をしてました`って認めて前を向いてみろ! じゃなきゃ本当に同じことの繰り返しだぞ!」
自分の汚れも見ないで綺麗な夢を手にできると思うなっ――言葉と一緒に吐き出した息が、ジンと痺れてるのが分かった。でも熱く潤む視界じゃエルフたちがどんな顔をしてるのかは分からないし、重くなった頭じゃ声も満足に聞き取れなくて……きっと僕って、一人で大勢の前に立つの心底苦手なんだろうな。そのうち足元まで覚束無くなって、滑り台みたいに残骸の山から落ちちゃったよ。
「人が武器を選ぶのと同じで武器が人を選ぶって、本当だったんだな」
バランス取り損ねて頭から突っ込む前に、アディさんが片手で受け止めてくれたけど。「やっぱ凄ぇよシュウタロウ」と空いてるほうの手でガシガシ僕の頭を撫でた彼は、掌の基板を見つめたまま俯いているレイさんを振り返る。僕に向けてくれた微笑みはそのままキープで、ただルビーの瞳に挑発的な光を追加して。
「どうすんだレイ兄。ここまで言われてまだ下向いてちゃ、エルフの名折れだぜ?」
「……それは大変だ」
許されない、許さない事だ――同じ光を湛えた瞳を露にレイさんが腰を上げる。宝物を包むみたいにそっと五指を曲げて基板を懐にしまうと、一度アディさんの肩を軽く叩いてからエルフたちに向き直った。疑惑に戸惑い、それから「よくも面倒なことを」と雄弁に非難してくる数多の視線を全部受け止めて、
「吾が、この園を変える」
大胆不敵に勇猛果敢に、ていうかいっそ無礼千万に? とにかく一切の迷いを見せない声で宣言した。黒に近い灰色の感情渦巻くエルフたちの目が、一掃されたみたいに真っ白に……まぁ分からなくはない。僕も建前として一度くらい頭は下げるだろうなって直前まで想像してたから。でもアディさん言ってたな、三流美談を聞かされた暁にはニッコリ鼻糞つけて叩き返すのがレイさんだって。
「中身はどうあれ、統括者の命を潰えさせたのは吾。よって園全体の金流および治安は当面吾が管理します」
彼らが独占していた全資産を分割配布し、詐欺もいいところだったこれまでの契約の権限をエルフたち個人に戻せば暫くは今まで通りの生活が送れるだろうとレイさんは言うけれど、
「ふざけるなっ」
エルフたちの第一声は拒絶だった。今言った対策は実質レイさんが園を牛耳るということ、大勢の前で堂々と殺しをするような奴に上に立たれたくないって……ハァ、思わず溜息が出ちゃったよ。次のトップになるなんて、レイさん一言も言ってないのに。
「吾が上に立つのは治安維持の見直しと、金流を長期に渡って安定させられる目処が立つまでです。その先は貴方たちでトップを決めてやり繰りすればいい」
そもそも自分はこの園に長く留まるつもりはない、と付け足せば今度は「無責任に出ていくつもりか!?」と倍返し。僕もレイさんも、というかソウシ達もここまで来れば何となく気づいていた――彼らはエルフの園の行く末よりもレイさんの真意よりも、彼の謝罪を求めてるんだと。
面と向かって謝れと責めないのは、さっきの僕の`楽をしてた`って指摘に心当たりがあるからか……そうやって遠回しに追い詰めて、さも自分から行動させたみたいにするのが卑怯だって言ってるのに。もうさっさと出て行って、アディさんとドワーフの里から間接的に援助するくらいでいいんじゃないかと僕が考えかけた時、
「私がっ、私が傍で監視します……!」
少女の声が、唐突に響いた。エルフの小山の更に向こう、風に吹かれた原っぱの草みたいに皆が振り返った先に立っていたのは、リインさんと同い年くらいに見えるエルフの少女だった。長いブラウンの前髪をカチューシャで後ろに流した、名前も立場も全然知らない子。
だけど、胸の前で両手をギュッと固めてプルプルしながらも真っ直ぐに僕らを見つめてくる姿が、他のエルフとは明らかに何かが違うことを物語っている……んだけどやっぱり気になるよどちら様ですか!?
「あ、町娘」
「いやルビ、まぁ分からなくもないけど……え? リインさん知り合い!?」
「言うほどでもないけどね。アタシにコンクールの異変を教えてくれた子よ」
まさか一人で来た上に発言までするとは思わなかったと言って[ロードスキップ]で少女を迎えにいったリインさんの声は、心なしか弾んでいたような気がした。十秒もしないうちにパッと戻ってきた彼女は、ぱちくりと目を瞬かせる仮称・チワワさんの背中を「ハイ、詳細のほうどーぞ?」と押してレイさんと向き合わせると、自分はさっさと一歩引いてしまう。良く言えば臨機応変、悪く言えば問答無用が擬人化したみたいな対応だ。
「貴方は確か染物屋の……」
「チーナ、です。この園を代表……と言えるほどの地位なんてないですけど、皆さんが不安だと仰るなら私が見張ります!」
染物に使う色料のなかには、空気中に溶け込むと猛毒になるものもありますから――羅列された物騒な単語とは裏腹に、レイさんに向けられた黒い目は必死に謝ってるように見えた。こんなやり方しか出来なくてごめんなさい、って……そんなふうに第二の汚れ役を引き受けようとしている覚悟を、僕より近い距離で目の当たりにしているレイさんが気づかないはずがない。だから彼は「志願した理由を、お聞きしても?」と尋ねた。
「監視という提案自体は賛成ですが、なぜ一般のエルフである貴方が進んで担おうと?」
トップの老耄亡き今宙ぶらりんとなった関所勤めのエルフたちに任せるのが妥当じゃないかと続けるレイさんに、チーナさんは一瞬黙り込んだけど……何か呟くとまた力強い眼差しに戻った。間違ってなければ`死なないまま殺されたくない`って呟いたんだろうけど……どういう意味?
「脅されたとかじゃないんですね?」
「ないです……もっと言うと、園のためとかでも多分ないです」
ただ硝子越しに空を見上げるみたいに、誰かを挟んだ世界だけを見聞きすることをもう止めたい――全部自分のためなんですと続けられた後半の呟きはレイさんと僕、あとは意外と近くにいたリインさんくらいしか聞き取れない程のか細い声量なのに、`譲れない逃げたくない`って信念はデカデカと空を伝わっていく。
「いいじゃん、これ以上の優良物件はないわよ?」
健気なまでにしっとりと流れていた空気を突き破るみたいに、リインさんが心底愉快だと声を上げた。声量調整をガン無視したそれは、成り行きで静かにしていたエルフたちの硬直も解いてしまう……ていうかそれを狙ってたんだろう。静寂からの激動は有無を言わさず周りを引き込むって、どこかで聞いたような気がするし。
「根幹が自己だろうと、結果的に周りのためになってればいいのよ。むしろそっちのほうが本領発揮できる――周りのためって豪語してる奴ほど、その反動で自己中に突っ走るから」
一見非道でも初っ端から正直なほうが断然ましだと、チーナさんに倣って聞かせたい相手にだけ聞こえるように声を潜めるリインさん。表情からしてレイさんとチーナさんには後押しになったみたいだけど……僕は、聞きたくなかったかもしれない。正しいか否かで言えば、絶対に正しいと思うよ? 思うんだけど、さ。
「敢えて言葉にしちゃうのは、寂しいよ」
例えそれが正しくてもと小声で独り言ちれば、パッと持ち上がったパープルの双眸に捉えられた。睨めつけるでも流すでも、ましてや納得するでもない……其処に無くても困らないけど在ったら在ったで目を引くような何かを見ているような、って自分で言ってて意味不明な例えだな。
でもマジでそんな顔なんだよ。結局リインさんが寄越したのは視線だけで、僕に何か言うでもなく「とにかく!」とチーナさんの背中に活を入れてからエルフたちに向き直った。どうせグダグダ言ってるだけで代換案なんて考えてないだろうから、文句は受け付けないって。
「っ、アンタ達に感謝すべき部分があることは分かってるつもりだ……」
「でもだからって! 外から来た人にそこまで言われる筋合いはないわ!」
いやまだ反論すんのかよ。余所者への反発心もここまで来ると悪い意味で尊敬するわ……あれ、なんだっけ? 閉鎖的空間に湧く空っぽの団結力みたいな四字熟語なんだっけ?
「……一見さんお断り?」
「字余りなのに全く違うとも言えねぇのが悔しいチョイスだな」
でもこの場合は集団極化―群れは個人より思考がノーリスク・保守的なほうに傾く事―が一番近いとソウシは僕の額を指先でグリグリ訂正すると、「ハ~イ、今一度ご注目(・x・)コロヌ」とエルフ達に向かってにこやかに手を叩く……って全然にこやかじゃねーよ! 語尾の顔文字に思っくそ殺意湧き出てるよ!
「流石にマズいか。んじゃちょいと省略して`(殺)`で」
「なお悪いわ! マズさの根幹が強調変換されただけだろ!」
「はいお約束の余談も挟んだところで、引き続きシリアス展開いきまーす」
「……もしかしてさっきの注目拍手ってエルフ達だけじゃなくて、さらに向こう側にいる人にも言ってた?」
不意打ちでも加減しないと消されるよ、物理的に――という僕のツッコミは果たして届いてるのか否か。僕の四字熟語を訂正するためだけに瓦礫の山から降りてきたソウシは、もう一回頂上によじ登ると「よっこらしょ」と腰掛けた。その何でもない、ぶっちゃけ爺臭いだけの掛け声でも`ソウシが言った`ってだけで、今のエルフ達を黙らせるには十分みたいだ。祭壇粉砕からの殺意スマイル神効きだよ。
「この際ぶっちゃけるけど、べつに今エルフの園が無くなったところで外の奴らは何も困らねぇんだわ」
「なっ」
「嘘言わないで……!」
「嘘じゃねーよ。実際俺の相棒はレイと会うまで園の存在すら知らなかったからな」
いや知らなくて当然だろ僕転生者だぞっ、とは思ったけどちゃんと空気と一緒に飲み込んだぞ! 両掌で口にバッテン印を付けた僕に、ソウシが小さく笑いかけたのが分かった。それを辿るように振り返り見上げた彼は優雅に足を組み替えて、意外な方向からの指摘に目を丸くするエルフたちを眺めている。その口元に、笑みはない。
「それがドワーフの山里とエルフの園の差、延いては武器と芸術の差だ。後者が途絶えたところで即死する生命はねぇし、戦場にも絶対持ち込まれない。そもそもお偉ぇ方に貢ぐだけで、ろくに名前も出してねぇお前らのことを世界が知ってるはずもねぇ。園に金回してた一部の常連も、まぁ三日覚えてればいいほうじゃね?」
「…………」
エルフの園がなくなっても世界は何も変わらない、とこのタイミングで存在意義完全否定。僕なら軽く失神するな……ってエルフ達も普通にショックの真っ只中みたいだ。ソウシの声が見えない吹雪を降らせてることもあって彼らの内輪根性もとい反発心はカッチンコッチン、その余波はチーナさんの表情も薄く凍らせてしまう。逆にレイさんは「今更ですね」と肩を竦めていて、なんかもうそれだけで格の違いが分かった。
「その程度なんだよ、お前らがあーだこーだと保守に走ろうとしてる園の価値ってのは」
「ソウシ……」
「分かったら、変えてみろ」
悔しかったら誰ひとり真似ようとしても出来ない、世界中が消失を惜しむような価値を作ってみろ――そう告げるソウシの声はもう、吹雪いてなかった。
「レイのことはその第一歩に利用してやるくらいの感覚でいい。手始めに俺と終太郎の作品を超えてみろ、アレ外じゃ及第点だから」
「いや異世界と現世の基準値サラッと混ぜんな」
鵜呑みにしたら及第点の前に過労の一線越えるわと口のバッテン印を解除すれば、「ハイ、説教終了~(・・||||r」とソウシは瓦礫の山を僕の目線まで落として戻ってくる。滑り落ちてきたと書き間違えたんじゃないし、顔文字へのコメントもサボったわけじゃない。
この男何をどうやったのか、自分が腰掛けてた瓦礫を除く他全部を砂に変えて文字通り落ちてきたんです……いや普通に滑るか飛ぶかして降りて来いよ。多分ハードボイルド系のドラマでよく見る締めの煙草をイメージしたんだろうけど、おかげで辺り一面砂煙だよ。ジャヴさんのローブ脱いじゃったから眼球・毛髪・口内漏れなくパッサパサだよ。
「よし、山里に帰るか」
「うべぇ……えっ、帰んの!?」
「だってレイとの決着ついたし刀死守できたし、エルフ共も井の中の園から脱出できそうだし、居ても仕方なくね?」
「いやまぁ、それはそうなんだけど……」
べつに歓迎されてるわけでもないし、僕も帰りたいか否かで言えばとりあえず一回は帰りたい。ただなんか、なんか凄く重大なことを忘れてる気がするんだ。そうソウシに零せば、「んー?」と意外にも真剣に考えてくれる。
「双子のことか? もうここまでくりゃ本人同士に任せてよくね?」
「ぁ、うんそこはもうそんな心配してない……」
「んじゃ、夢玉で見た開かずのパープル女か? んなのわざわざ種明かししなくたって、もう皆察してくれてんだろ。そもそも全くもって重大じゃねーし」
「あー、そこは僕も同感――」
「同感じゃないわよ何ページに渡って苦しめられたと思ってんの! ていうか見たの、見てたの!?」
覗きと放置の盛り合わせに軽視のトッピングってどんな非道フルコースよアンタらそれでも主人公なわけっ、とリインさんがブチ切れるままに拳を振りかぶった時、
バリバリッバリィイイィイッン!
背後から割れ物特有の粉砕音が響いた。ヒュンヒュンッと無造作に辺りに飛び散るガラス片で、ビタッと静止しながら目だけでそれらを追いかけてるソウシやリインさんの「あ……」って表情で、僕はようやく`重大なこと`を思い出せた。
「シェーレさんとカルタ王子まだ夢玉の中じゃんかぁあぁああぁ!」
2025年書き納めです。
読んでくださった読者様、よいお年をm(__)m
また来年もよろしくお願いします。




