第八話 プリズンアート[後編⑦]
欲よ、いい加減目覚めの時だ――by終太郎
レイさんは搭載用アマクだけでなく、今現在エルフの園と一部の外の人たちが手にしている量産型アマクに施してきた数々の改良の軌跡・成果も基に一緒に蓄積していて、それゆえの自我の芽生えだろうと言う。更新したパソコンのデータを、作業用とは別にUSBに逐一保存していく感覚かな……でもきっと、
「ワレと名乗った彼は間違いなく吾で、`ズルはどっちだ`と言いました」
本当にイテアを目覚めさせたのは蓄積データと一緒に流れ込んできた、
「`心血注いだ結晶を拒んでおきながらその血は拒まない、それこそズルだ`と」
他のアマクには受け継がれなかった、受け止め切れなかった心の叫びだ――僕の推測というよりかはレイさんの自白に反応したんだろうけど、夏場のアスファルトみたいに足裏を這っていた熱が春のそれくらいまで落ち着いた。
「そう感じても、声に出してもいいんだと……疑問よりも驚愕よりも先に、安堵が湧きました」
兄という役割も職人の肩書きもない素の存在は、想像以上にレイさんの精神を安定させてくれたそうだ。ただ口にできない本音を聞き流すだけだったのが、相槌を打って言葉を返し、自分から話しかけるようになるまでそう時間は掛からなくて。
でも、アディさんの面影に頼らなくても何とかやっていけそうだとレイさんなりに前向きに考え始めた時――`アーディルに思い知らせてやりたい`と、イテアが後ろ向きな言葉を発したそうだ。自己完結で済む愚痴や悪口とは違う、他者への攻撃性が明確に窺える声色だったという。
「それくらい、憎かったんですか?」
「違う。ただ、なんと表現すれば……敢えて言葉にするなら、潜在的増長悪ですかね?」
うん、ぜんぜん分かんない。洗剤滴象蝶悪と絶対間違ってるだろう文字を当てはめた僕はさぞや間抜けな顔をしてたんだろう、レイさんは「絶対に壊すつもりがない物を、瞬間的に`壊そう`と思ったことはありませんか?」と懇切丁寧に解説してくれた……壊すつもりがないのに壊そうと思う、か。
「分かる気もするけど、今ひとつ実感が……」
「まぁこんな事を考えるのは捻た人だけですので、分からないに越したことはないよ」
ただそういう、魔が差したように有り得ない悪事が胸の内に湧く人もいるとだけ理解してくれればいいってレイさんは続けるけど……目、ぜんぜん笑ってないんだよなぁ。この苦悩知らずの聖人めとか思われてんのかなぁ、苦悩知らずってのはともかく聖人は絶対違うのに……ぁ、もしかして今のレイさんの感じが潜在なんたら悪!?
「違いますけど近いですし、その認識でいいよ」
「ちょっと待って違うってことはガチで無苦悩聖人って思ったってこと!?」
「イテアは吾の、その絵空事でしかない悪意を集中的に拾い上げるようになったんです……本音ほど思考の最奥に秘めるという持論も、仇になりました」
「…………」
身体は間違いなくレイさんのだけど傀儡じゃない、操られてなければ催眠でもない。その正体は自我が芽生えたアマク搭載魔力変換装置によって表に引き出された、レイさん自身の深層心理に巣喰う悪意か。
――……どういうつもりです?
「嘘じゃないけど、それだけでもないですよね?」
夢玉の中で貴方がアディさんに向けていた激情は、ふっと思いついただけの悪意を掻き集めたような生易しいものじゃなかった。明らかにそこには、レイさんでは抱きようがない殺意が込められていた――そうでしょ、イテアさん?
もうレイさんの本音を盾に使うのは止めてもらえませんかと続ければ、どこかしおらしかったレイさんの表情がスッと冷め、さっきまで戦っていたイテアさんの顔が露になる……やっぱり。一見レイさんの精神世界っぽかったこの空間は、現在進行形で夢玉の中だったんだ。
「戦闘力で僕らに敵わないって分かったから、同情を誘って隙を突こうとしたんですか?」
「…………」
「なんでそこまでして、アディさんを狙うんですか」
「…………」
「もう刀なんて見えてませんよね? 僕らを倒して、アディさんを夢玉ごと消すことしか考えてないですよね?」
「……それに答える前に、一つ教えてください」
ワレの領域である夢玉のなかで如何にしてあそこまでの欲を、それも粉砕絶命を回避して発揮できたんですか――うん、やっぱりその類の質問ですよね。勿体振った吐息で時間を稼ぐ傍ら、僕は思考をフル回転させる。いや回答自体はちゃんとあるんだよ、実際それがあったから戦えたしね? スラスラ話せるかは別として……たださぁ、ね?
(こういうのって調子に乗って種明かししたら逆転されるじゃん!)
画面なり紙面なりで敵味方問わず、皆いつも懇切丁寧に話してくれるけどアレ実は僕めっさヤキモキしてたんだよね!? だってバラしたら別の手打ってくるに決まってるのに、実際それで反撃されちゃったキャラ少なくないでしょ!?
「僕らの前に現れたのがレイさん本人じゃなくて、イテアさんだったこと」
「……?」
「きっとそれが、致命的な敗因です」
……とか知ったかぶって色々意見したけどごめんなさい! この`ここ通過しないと絶対次の展開に進めない空気`ヤバいわ抗えませんわ!
「最初にあなたを`自立したレイさんだ`って指摘した時、実は明確な正体までは分かってなかったんです。項の機械そのものだって分かったのは、あなたの魔法が不安定だったから」
ちょっと強い静電気みたいな電撃魔法に、弾力性が悪目立ちする結界魔法。一見魔法を使い慣れてないレイさんなら無きにしも非ずだけど、それだと夢玉に呑まれる前のステージで彼が使ってみせた転移魔法や飛行魔法の完成度と矛盾する。自分のテリトリーなのに、どうして魔法の完成度が下がるのか――使ってる魔力が自分のじゃなかったからだ。
「他人の魔力だと、魔法は使えても安定しないことが殆どなんでしょ?」
「…………」
「夢玉が中の人の魔力を使って欲を具現化する事と合わせて考えれば、あなたが`夢玉内の魔力を使って攻撃していた`という答えが出ます」
まぁ僕らが飛び込む前にアディさんが使い切ったレイさんの魔力も混じってただろうし、レベルも魔力量も変幻自在な僕らだから気づけたっていうのが本当のところだと思うけど。そこは別に話さなくてもいいよね、変幻自在の部分ツッコまれたら困るし。
さぁどうだ、と僕は完全にひと仕事終えた気分で改めてイテアさんを見やった……んだけど、その顔には想像してたような完敗の微笑も苦笑も浮かんでなかった。ぁ、あれ? なんか反応が薄、っていうかもう無?
「ワレの魔法がさほど驚異でなかったことも、それが正体露見に繋がったことも分かりましたが、欲をくぐり抜けた絡繰りとはまた別では?」
「ぇ、でも欲を形にするには魔力が必要で……その魔力がレイさんじゃない、他の人のだったら必然的に脆くもなるはずで…」
「確かにアマクや夢玉の開発において幻影魔法のプロセスは参考にしましたが、魔法と欲は別ですよ」
欲の完成度を左右するのは、文字通り自分の想像力。魔力は必要でも純度は関係ない。そもそも自分に不利な点を改善もしないまま組み込むはずないでしょうと言われ、僕は完全に話すペースを崩されてしまった。ていうか、え? 純度関係ないの? じゃあ僕なんで勝てたの!?
「終太郎探偵に独り立ちはまだ早かったか」
「っ、ソウシ!」
あぁ良かったお前こういう解説大得意だもんな! てか今まで何処にどうやって隠れてたんだよ、と振り返った瞬間容赦なくデコピンされた。意外と近くに、ていうかもう真後ろにいたみたいだ。
「ぁれ、アディさんとマッフルさんは?」
「知らね」
「知らねってお前……」
「まぁ爺さんピンピンしてたし、そっちは任せていいだろ。この空間ももう長くねぇしな」
最後の悪足掻き、殆ど残りカスみたいなもんだとソウシは僕を下がらせて「俺らの`欲`がお前のを上回った、それが全てだ」と極めて簡潔に断言してみせた……いやいや相棒よ。的外れな解説した僕が言うのもアレだけど、たぶんイテアさんもそれは分かってるよ? 聞きたいのって多分、その`上回り方`じゃない?
「終太郎、刀貸せ」
「ぁ、うん」
そっか刀だ、と鞘ごとソウシに渡しながら一人納得する。僕らが真の使い手だった、というよりはソウシの守りのおかげなんだろうけど、きっとこの刀の呪いがプラスの方向に働いて欲を打ち破ったんだ。
「まぁ当たらずとも遠からずだな」
「へ?」
「そもそもこの場合`欲`っつーか、`イメージ`で考えたほうが攻略しやすい」
例えば火がイメージされた攻撃を仕掛けられたとする、ならばこちらは水をイメージした攻撃でやり返せばいいとソウシは言う。そして自分の打刀を腰から外しながら、こうも続けた。
「けどもし相手の攻撃が、何をイメージしたものか分からなかったらどうだ?」
「っ!」
イテアさんと僕の視線が、揃って双刀に集中する。この刀について実質僕らが知ってるのは、持ち主が死ぬ呪いが掛かってるってことだけ。どんな攻撃力・防御力・呪い以外の特殊能力が備わっているのか、そもそもそんな能力があるのかさえ知らない……そう、知らないんだ。今の今まで僕はただ、
――どうせ俺とお前しか使わねぇんだし
――僕ら、二人だけのなんだ
握り締めた柄から溢れてくる温かい激情みたいなのに身を任せて、一心不乱に振ってただけだ……って改めて思い返すと本当によく戦えたな、僕。だって魔力と夢玉の関係普通に履き違えてたんだよ?
「意味不明な攻撃を目の当たりにした時の想像力ってのは、自由と同レベルで脆いもんだぜ? 見様見真似で相殺に持ち込もうとしても、`もしかしたら`って邪念が必ず隙を作る」
「っ!」
分かる、めっちゃ分かる。実際に僕が最初の脱出時にその隙に嵌って失敗したし……イテアさんも同じだったのか。だから彼が振るった三日月の一太刀に僕は耐えられた。間違ってても僕自身が`そうだ`と信じ続けていたから優勢でいられた。
(って言っても後半ペース崩されて、結局ソウシに助けてもらったんだけど……)
「加えてイテア、お前には感情はあっても脳はない。お前の知識はレイの手によって蓄積されたもので、お前自身がゼロから育んできたものじゃない」
辞書が掲載されている単語しか引き出せないように、イテアさんはレイさんが与えてくれた知識からしか戦略を練れない。そもそもアマク自体武器作りの補助を目的として作られたものだし、レイさんは冒険者じゃなかったから、戦闘に応用するだけの経験が決定的に欠けていたんだってソウシは言うけど……やっぱり僕ら、っていうかお前が相手じゃなかったから結構危なかったと思うよ?
「……つまりはワレの経験、想像力不足ゆえのこの結果ということですか」
「だから最初にそう言っただろ」
「…………」
「ぁの、これは僕の考えですけど……あなたに必要だったのは、経験と想像っていうか」
そこから本来生まれてくる、`信じる力`だったんじゃないですか――なんとなく感じたことをそのまま口にすれば敗北に項垂れたイテアさんだけじゃなく、ソウシの視線も一緒に持ち上がって僕に注がれる。僕はその圧を受け流すように深呼吸すると、「次はイテアさんが答えてください」と一歩踏み出した。
「どうして、あなた自身がアディさんを狙う必要があったんですか?」
「…………」
「やっぱり、彼にズルだと否定されたから?」
「……あの魔力潰しだけだったなら、内なる憤怒で止まっていたかもしれませんね」
「へ?」
`だけ`ってつまり、だけじゃなかったってこと……いやどういうこと? 他にも誰か面と向かって否定した人がいるの? 誰? マッフルさんはどっちかって言うと否定的だったけど、確か技術は凄いって褒めてたし。
カルタ王子は特にコメントしてなかったし、シェーレさんも堂々とコンクールに出てただけだし……まぁそれを遠回しな拒否と解釈できないこともないけど、殺意を覚えるほどかって言われると違う気がするし。リインさんがボロカス言ってたのは審査員のほうだし。
「あー、そういうこと」
だっからどういうこと!? もう僕にも付与してよ千を見通す職人の目っ、いやソウシ職人ちゃうけど!
「終太郎、出るぞ」
「ぇ、出るって今度は何が!?」
「バッカ脱出って意味だ」
この先の話を聞く権利はもう二人いるからな――この`二人`が誰を指すのかは、さすがの僕でも分かった。どうすれば出れるのかと声に出す前に脇差を返されて、「分かってるだろ?」と言うように得意げに微笑まれて、気づけば僕は抜刀してその構えを取っていた。
振り上げた抜き身を、左上から右下へ。ただ粉微塵にぶっ壊すんじゃなくて機械の部品を、パズルのピースを繋ぎ目に沿ってバラバラに分解するイメージで――夢玉を斬らずして斬る!
「【斬・袈裟の寝待月】」
欲よ、いい加減目覚めの時だ。




