第八話 プリズンアート[後編⑤]
仏の顔も三度までって言うけど、今回に限ってはもう一度だって許さないぞ――by終太郎
ザッッッッッッッ、シュ!
穴が、確かに跡形もなく塞いだはずの穴が爆散したように裂けた。その衝撃波か風圧か、黒髪にまっすぐ迫っていた手が下からグチャリと抉れ、仰け反るようにワレの頬スレスレを吹っ飛んでいく。肩越しに背後を見やれば……最後のひと振り寸前で事切れた円を描くようにして、抉り取られた手がへばり付いていた。
(手のダメージはまやかし、真のダメージは黒髪へ)
チカチカと瞬くように神経を走る痺れには見て見ぬふりをし、ワレはすぐに頭で思い描いた。しかし変わらない、衝撃波の残香も仰け反った手もそのまま。いや違う、魔力は確かにワレの思い描いた通りに動いている……ただワレの眼に反映されていないのだ。理解が不能すぎるあまり常時片目に発動させている[パルライシス]に更なる魔力を注ぎ込みより深く注視して、
(……は?)
神経の痺れが、冷たく弾けた。この魔力の流れはワレの操作である以前に、黒髪と赤髪のそれで――ワレの深層心理が`コレが真実だ`となぞらされているのだ。
「~~~~っ!」
ふざけるな。ビキビキと配線の浮き上がった腕を振るい、[ライトニング・ウルザード]を放つ。間髪入れずに[ディサンダーチャージ]を唱え、電撃魔法の威力向上と全身麻痺による回避不可で追い討ちをかけた。もちろん結界・転移魔法の阻害欲も忘れない。
(揃いも揃って、平然とワレのテリトリーを侵すとは……)
――心強いよ、まるで幼き日に戻ったみたいです
(身の程、欲の程を知れ!)
ガルルルルルッ、バチバチピシャアアァアァアァアァアッン!
視界を染め上げる眩い閃光と肌を殴る衝撃波、さぁどうする? 瞬殺か? さっきの腕と違って今度の攻撃は斬れないですよ!
「【突・鋒の新月】」
ザッッッッ、シュウウゥウウゥウゥ!
「……よ?」
行き詰まりや遮断とは無縁だったワレの思考に、再びノイズが走る。生身の裸眼なら確実に失明するだろうというレベルの雷光が、直撃すれば細胞の一つ一つまで焼き尽くしたであろう雷撃が僅か二秒で消失した。白銀の瞬きが一秒で雷撃に大穴を開け、もう一秒で渦を巻くようにしてその大穴に吸収されてしまった。後に残ったのは「あ、ちょっと罅入っちまった」という黒髪の脈絡のない呟きと、
「仏の顔も三度までって言うけど、今回に限ってはもう一度だって許さないぞ」
呪われた刃、その鋒を一直線にこちらに向けて突き上げている赤髪の彼。見たところ負の気配や痛みの類に心身を侵食されている様子はなく、自我もはっきりしている模様……使い手は例外なく死に至るという話は嘘だったのかと思いたくなるほどの、極めて健全な佇まいだった。
「来ないならこっちから!」
「っ、アブソリュートスフィア!」
電撃魔法を相殺した絡繰りは分からないが、刃の間合いにさえ入らなければこちらがダメージを負うことはないはず。距離を開いた上で、視界を塗り潰す意図も含めて上級冷気魔法を放ったわけですが、
「【突・鋒の新月】!」
同じ技で破られた。ばかりか丸く穿たれた穴から飛び出してきた眩い直線に横っ面を殴打され、足場に叩きつけられる。土手っ腹を貫かれると咄嗟に腹部を硬化させ、吹っ飛んだ衝撃を緩和しようと[オルタフリーション]で背後の壁も柔らげたというのに、まさかシースでその場に殴り倒されるとは……。
「だったら!」
「っ!」
バッと顔の横に手をつき、頬を走る衝撃をそのまま足場に伝える。同時に跳ね上げるイメージを描けば足場は段違いブロックのように勢いよく盛り上がり、赤髪を奥へと押しやる。そこへ囲い込むイメージをプラスすれば凹凸が組み合わさり、あっという間に彼は密閉度100%の牢に閉じ込められたが、
「【斬・袈裟の二十六夜】」
聞いたことのない呪文が耳に滑り込んだ次の瞬間には、彼ではなくワレが閉じ込められていた。一筋の光も通らない真っ暗闇の視界に、呪文とは別に響いた硬質な物体に刃がくい込む音。考えるより先に頭でイメージすれば牢は崩れ落ち、その隙間から片膝をついた状態で右上へ斜めに剣を振り上げている赤髪の彼が見えた。
(見える景色はそのまま、つまり互いに入れ替わってはいない)
考えられるとすれば`閉じ込める`という攻撃を跳ね返された、といったところか。剣一本で? 物理的じゃなく現象ごと跳ね返した? まるで意味が分からない、分からないが――ワレは目の前に山積みになった牢ブロックの残骸に手をついて円盤状の刃物に変えると、[ブレイトルネード]に乗せて赤髪へと放つ。その隙に[ロードスキップ]で彼の背後へ回るも、やはり同じ突き技で風魔法を消された。
「【斬・袈裟の三日月】!」
ついで右回りに顧みるようにして斜めに振り上げられた剣が、回転する刃物を無に帰しながらワレの顎も一緒に叩き飛ばす。生身だったら即気絶ですね。
(にしても、チグハグですね)
魔法とも物理攻撃とも異なる剣技こそ凄まじいが、剣を振るっている赤髪の彼そのものは極めて普通。自分から向かっていくと啖呵を切りながら攻撃後にワレの反応を窺っていることを踏まえると、戦闘への不慣れ感すら……ふむ。
「ぇ、わっ」
やはり、魔法不使用&武器不所持で正面から突っ込めば剣を振るのを躊躇しましたね? すぐさま剣とシースを交差させて突進を凌いだのは及第点ですが、
ガシッ。
ワレに懐を許したのは致命的な欠点です。これ見よがしにグリップの端に触れれば剣を取られると思ったのでしょうね、ただでさえ白く力み過ぎていたグリップを握る両手に更に力が――まぁ、もう遅いですが。
「へぇ? コレが」
「あ……」
長さ・厚み・外見と、赤髪が持つ剣と全く同じ剣を創造。彼のオリジナルをシースに見立てて引き抜けば無意識内の`本物感`が増したのか、やや不明瞭だった剣の全容が明らかになる。ほぉ、ガードのデザインがやけにアンバランスですね。
タングを一周するサークル型という形状もさる事ながら、ほとんどが透明な上に色の付き具合が右側に偏っている。ミッドナイトブルーカラーのグリップも鉄ではなく木材を使用しているようですし……繰り出される攻撃のわりには、今ひとつ迫力に欠ける作りです。
「ズルだと大見得切っておいて、ご自身はこの程度ですか」
「っ、なんだよそれ撤回しろ!」
おや、とやけに苛立った様子で振り上げられたシースを避けながら首を傾げる。そんなに怒ることですか? べつに貴方の名前を出したわけでもないのに……これが他人と自分の境を無くす、人類みな兄弟説という思考ですか。如何せん理解しがたい。
「えっと、何でしたっけ?」
「……?」
「……ミカヅキ?」
「っ!」
クスッ、分かりやすい子だ。見様見真似で剣を斜めに振り上げれば、蓋付き穴を吹っ飛ばした時と同じ衝撃波が巻き起こる。彼の身体は咄嗟に逃げの体勢を取っていたけれど、後ろにいる連れの彼らを案じたのだろう。結局重心を落として全身で受け止めていた。てっきりあの突き技で凌ぐと思ってましたし、そのほうが有難かったんですけど……まぁいい。
「カットラビリンス!」
「っ!」
驚いた、この覚束無さでレベル170もあったとは。このタイミングで対追跡魔法、それも徐々にワレから距離を取るように動いているということは……チラッと鏡をイメージした壁に反射した自身を見やれば、項にオレンジ色の点が浮き上がっていた。
「インビタードショッ――」
「でしょうね」
双方の距離感確保からの弱点浮上とくれば、狙撃魔法がセオリー。対追跡魔法で攪乱を狙ったとしても、視界に一点の曇りもないこの状況では作戦そのものを暴露しているようなものですよ。ニコッと連なった三角の魔法陣を剣で貫けば、狙撃魔法はブレて中心から崩壊。
物体が乱入したところで、使い手の集中力が途切れなければ撃つことも出来たというのに……刃が届く前に壁際まで後退した赤髪の表情には、余裕がなかった。今ならとゆっくり目を瞬けばグワッと開いた漆黒の口が彼を丸呑みにした、ように見せた。
ザッッッッ、バァアァアアァアァン!
「っ、冷た……へ、浸水? 海!?」
ふふ、夢玉で再現できるのが陸上の空間だけだと思いましたか?
ピチピチッ、フヨフヨ。
「ヤバいエアフリー……ふぁ? 息できてる? てか身体が縮んでない? 手足ペッタンコになってない? もっと言えば魚になってない!?」
取り込まれた者の肉体にも欲が作用することは、あの魔力潰しが既に証明済みでしょう? それじゃあそろそろ、と一歩踏み出したところで、尾鰭を追いかけるようにその場で回っていた赤髪ならぬ赤魚が停止した。ああ、そういえばさっき鏡代わりにした壁がそのままでしたね。
「この魚って……」
レベルオーバーな魔法ゆえ少々負荷は掛かりますが、彼の気が散り散りになっている今を逃すわけにはいきません。
「前に海で襲ってきた、モンスターフィッシュ……」
エルディオス、赤髪のシュウタロウ――アビサルターミネート!
プクッ、ブクブクブク。
「っ、く……」
ハンマーで殴打されたような衝撃が頭部内側に走り視界がぐらつくも、泡に塗れて消えていく赤魚の様子はしっかりと見届けました。眉間を揉みほぐす傍ら空間を満たしていた水を抜き、よろよろと歩みを進める……曰く付きの剣は、回収しないと。シースとバラけて落ちていたそれを拾い上げ、墓標代わりにワレの紛い物を突き立てた、
「……?」
……つもりだったんですが、これは頭部への負荷が想定以上だったようですね。ワレは間違いなく本物を拾ったはずが、今手中にあるのは墓標(仮)と同じ紛い物なんですから。
「んー、まぁ69点ってところだな」
「っ!」
「相手の技丸パクリするでもなく俺のコマンドに頼るでもなく、自分で攻守を考えて動けたのはデケェ成長だ」
残りの31点分は先手攻撃への躊躇と、流れを崩された後の過剰な守りの姿勢だな――これほどの敵意を、どうして忘れていたのだろう。どうしてこの距離まで許してしまったのだろう。緊迫感で焼き切れそうになる回路を深呼吸で瞬間冷却し、本物のイメージを上書きして振りかぶった剣ごと顧みる。飛び退くか、それとも所持していたもう一本の剣で防ぐか。どちらにしろ一瞬はワレのターンになるはず、
「【斬・袈裟の十三夜】」
……ですよね普通は? ワレの一閃を腰から抜いた長剣で易々と受け止めた黒髪の彼は、反対の手中に潜めていた中剣を斜めに振り下ろしてきた。咄嗟に彼の剣筋に合わせるように身体を滑らせて脇腹を蹴りつけ、斜め後ろへ飛ぶも、
「っ!」
距離を取ったことで見えた彼の風貌に、意識だけが置き去りになる。聞こえた声は確かに黒髪の子のそれだったのに、視界のど真ん中に居座る彼は――左右で色違いの長髪を靡かせ、同じく色の異なる眼球を眇めてワレを見据えていた。黒で統一されていた戦闘服も白を軸に、ガードと同じサークル柄の黒が所々に穿たれたそれに変わっていて……何が何だか…。
ドドドドドドドッ、ドガァアアアァアアァアアァン!
本当に意味が分かりません、突然空間が数珠繋ぎに爆発するなんて……逆くの字の体勢で強引に空を横断させられるなか、飛びそうになる意識を手繰り寄せながら衝突に備えて[オルタフリーション]を唱える。先ほどの[アビサルターミネート]で夢玉内の魔力をかなり消費したが、唱えないよりはまし、
「どんだけ油断してんだよコラ」
とは思いましたが、まさか先回りからの蹴り返しが来るとは……ですが今ので元の体勢には戻れましたよ! くっと唇を噛み締めて身体を反転させ、鉄のシャッターをイメージして天井を勢いよく落とす。厚さ10mはあるこの処刑具の抜け穴はワレの頭上、この身体に沿った分のみ。依然として[バリアモンド]は最優先で封じたまま、斬撃の効果も無しと欲張れば回避は不可のはずですが、
「【斬・下弦の右薙】」
左から右へまっすぐ振り斬られた中剣が、彼の周辺シャッターだけゴッソリと消滅させてしまった。なぜ、斬撃は効かないはずなのに……! 理解が追いつかず混乱しているうちに、掬い上げるように斜め上へ振り斬られた長剣が天井を吹き飛ばし、
「細部まで欲張っちまうテメェの作品が仇になったな」
彼の本体が爆風に乗るようにしてワレの目前へ迫ってくる。まるでワレの作品を、ワレ以上に理解しているかのようなその物言い。カチンと頭部のどこかの部品が熱とともに填まる音を聞いたワレは、突き出された刃が眉間に届くギリギリで転移魔法を使用。こうなれば彼の戦意の一部を担っているだろう、魔力潰しを盾に……!
「おや、逃走か?」
「っ!?」
「残念じゃがこの道は一方通行じゃ、かなり構造を弄ったからのぉ」
噛み合って回る二つの歯車の間で逆走を試みるようなもの、肉片まで残さず千切り潰されてしまうぞ――熱を浴びた分厚い鉄の土手っ腹を掻き分けたような穴の前で、その翁はニコリと冷たい笑みを浮かべながら言った。ちょこんと正座した腕の中に、元の青年の姿に戻ったアーディルを抱えて。




