第八話 プリズンアート[後編④]
そういう生き方してると、死ねないまま殺されるわよ――byリイン
「あー、まだ胃がグルッてる気がする……」
空っぽ寸前まで使い切ったトイレットペーパーで口元を拭うと、水を流してのろのろとお手洗いの場を後にする。あー、心持ち空気が澄んでる気がするわ。建付が微妙なわりには清潔だったけど、長時間籠るってなるとあまり関係ないわね……てか今何時? コンクールってまだ続いてるの?
――作品名は【アイ、乙女の腕】!
……頑張ってた終太郎には悪いけど、いっそ終わっててほしいかも。あの、名前ちょっとド忘れしたけど青年人魚。彼の作品発表が終わった辺りからさっき水で全てを洗い流すまでのこと、正直うろ覚えなんだけど……その前後の記憶に、我慢できないレベルの吐き気を催す作品が発表されたことは焼きついてるのよね。あとソウシを一発は全力で叩きのめしたいって猛烈な衝動!
「あの、外から来られた方ですよね?」
「あぁ!?」
ヤバッ、脳内でソウシミニver.をタコ殴りにしてる最中だったせいでドス全開で利かせちゃった。案の定、話しかけてきた町娘っぽいエルフは露骨にビビッて逃げ……ぁ、逃げてないわ。涙目には違いないけど、チワワみたいに踏ん張ってアタシの様子を窺ってる。見た目よりかは気概あるのね……でもなんでアタシ? まぁ今のこの場でエルフじゃないのはアタシくらいだけど。
「す、すいませんプリズンアートについてお尋ねしたくて……」
「プリズ、あーコンクールのことね」
「なにか、トラブルでもあったのでしょうか?」
「……それどういうこと?」
町娘曰く、普段ならとっくに閉会して参加者たちがぞろぞろと戻ってきている頃なのに、途中ですっ飛んできたアタシを除いて未だに誰も来ないから皆気になっていると。皆と内心で復唱してそれとなく視線を周囲に向ければ、通行人に混じってジッとこっちを見てる`皆`が確かに点々といた……アタシがこれ見よがしにガン飛ばしたら一斉に通行人になったけど。
「気になるなら、いっそ見に行ったら? 参加はともかく出入りは自由なんでしょ」
「行こうとはしました……でも丘全体に[バリアモンド]が張られてて…」
結界魔法なんてこれまで一度も張られたことはないのに、と。なるほど、疑問を持つには十分な状況ね。アタシは魔法突き破った覚えも感覚もないから、少なくとも張られたのはその後。今も機能し続けてるなら、[テレフォーター]で状況を聞くのは無理か。知人も出場してるからとりあえず戻ってみるわと手を振って、アタシは「ありがとうございますっ」と律儀に頭を下げる町娘に背を向けた。けど一つ気になって、すぐに娘を振り返った。
「このエルフの園って」
「はい?」
「番人とか保安官とか、そういう治安維持に関わってる奴はいないの?」
関所にいたエルフがそれっぽかったから皆無ってことはないんだろうけど、だったら普通は部外者のアタシじゃなくてそっちに助けを求めるはずよね? そう問えば、町娘は「仰る、通りです」と答え難そうに口ごもる。
「確かに、関所に勤めてる方は治安維持の仕事も請け負っています……ですが、私には調査を頼めるほどのお金が…」
「は? 金取るの?」
ただそこまで様子を見てきてって頼むだけでもと食い気味に聞けば、「私たち、平民が頼む分には」と肯定の頷きが……つまり何? あの審査員席にふんぞり返ってたクソ爺どもが頼んだら無償で動くってこと? 関所エルフ死ねばいいのに。
「噂では`無償の訴えは悪戯を招くゆえ、本当の危機だという誠意を受け取ってから動くように`と、お偉方に圧をかけられているとのことですが……」
前言改訂、クソ爺も死ね。なにが誠意よ。ただ金を毟り取りたいのと、平民側が力を持つのを恐れてるだけでしょうが。目の前の子を怯えさせたいわけじゃないけど、「はぁあ~~…」とデカい溜息を吐かずにはいられないわよ。
「ぁ、あの! やっぱり私も一緒に……」
「いいわよ一人で。何かあっても動きやすいし」
「何か……」
「それよりも、さっきから視線ばっかチラチラ寄越してる`皆`に説明してあげたら?」
特に声を抑えたりせず喋ってたからか、我関せずの通行人と聞き耳ピンピンの`皆`の数が逆転していた。そこまで開き直ってるならいっそ会話に入ってくればいいのに……まぁどうせ、ヤバくなったら通行人に戻れる切符を残しておきたいって身勝手なこと考えてるんでしょうけど。
「……あなたは自分で動いたの?」
「え?」
「`皆`に押し付けられたのか、あなた自身の意思でアタシに声をかけたのか」
どっちなのって聞いてはみたけど、時間の無駄だったわ――口より先に視線が周囲に飛んだもの。
「そういう生き方してると、死ねないまま殺されるわよ」
「死!? 殺されってどういう――」
「ロードスキップ」
これ以上余計なことを口走る前にと、転移魔法でさっさと街と会場の境目まで飛ぶ。おーおー、張られてるわシルバーリア。けど意外、パニック映画みたく「出してくれ~」ってもっと人が群がってるかと思ったのに人っ子ひとり居ない。ドンパチ音だって聞こえないし地響きもない、ってことは考えられる内部の状況パターンは……。
「ソウシの奴、わざとエルフたちを逃がさなかったわね」
まぁ終太郎が見てる前で虐殺を傍観なんて真似しないでしょうから、最低限の命の保証はしてるでしょうけど。
バッ、リィイイィイイン!
アタシの平手打ちで破れる程度ってことは、強く見積もってもレベル170前後。張ったのはエルフの誰か……終太郎とソウシに勝負吹っ掛けたあのレイディルって奴だとして、決着がついてるなら機能してないわよね? それでこの静寂ってどんな戦闘してんのよ。
「お、お助けぇええぇえ!」
あ、誰か走ってきた。誰かっていうか、グーマイクで健気にコンクール盛り上げてた司会者だわ。走れてるってことは骨折等の怪我は無し、ついでに後ろに他の人影も無し……ま、一般人にその他大勢を守れってのも酷な話よね。
息も絶え絶えにアタシの前にへたり込んだ司会者は、「ぼ、ぼぼぼぼ僕はまだ死にたくないんですっ」と手を合わせて見上げてくる。いやちょっと待ってよ、これ傍から見たらアタシがやらかした側になってるじゃない。
「お偉方の趣味に合わせて適当に盛り上げてたことは謝りますからぁああっ……」
あのテンションを地でいくほど腐ってなかっただけまし、と思うべきなの? ていうか、
「アタシ途中で抜けて、今戻ってきたばっかなんだけど」
助け求める前に情報を出しなさいっての、起承転結の転をね。
「そこまでベラベラ反省できるなら、喋れるでしょ?」
「ぁ、はいすいません一方的でっ……実は――」
「やっぱいいわ」
より詳しく教えてくれそうなのが登場したから、そっちに聞く――言うなりアタシは軽くジャンプして呆け面晒す司会者の項に着地すると、そのまま彼の背後に現れたエルフ目掛けて回し蹴りを放った。
ガツンッと足に走るこの確かな手応えと、[ロードスキップ]の純度っていうか完成度からしてレベルは170にギリ満たない感じ。若干の差異はあるけど、結界魔法張ったのはコイツって認識で間違いなさそうね。逃げずに受けるなんて中々じゃない。
「ぐっ、ぅ……」
ぁ、違った避けられなかっただけか……えぇ? 避けようと思えば避けれるくらいには手加減したよアタシ? このへっぴり司会者への攻撃を退けられたら良かったんだから。足元の司会者が白目剥いて気絶してるのを確認してから、目の前で二の腕を握り締めて蹲ってるエルフに視線を移す。
「レイディル、だったわね。終太郎たちとのアート勝負はどうしたのよ?」
まさか、このグーマイクがいないとやる気出ないなんて冗談言わないわよね? トッ、と降りるついでに屈んで尋ねればレイディルは顔を上げたけど、視線は無言と共にそろっと奥に逸れる。え、本気で司会者連れ戻しに来ただけ? 嘘でしょ何で!?
「『……欠けたら』」
「……?」
唇の動きだけって横着な、アタシが読唇術使えなかったらどうしてたの?
「『何を仕出かすか、分からない』」
嗚呼また間違えた。横着じゃなくて、コレでしかSOSを伝えられないのね。
「『呪われた刃を欲すれば手に入れて、不要な命が並べば排除……邪魔を呼び込みそうな奴は止めないと…』」
「…………」
自分事なのに他人事、それでいて何か仕出かされる相手を案じる気持ちは人一倍。
――命が懸かっているとしたら、多少の粘りもやむなしでは?
「……まったく何をどうしたら」
自分で守りたい弟の命を、他でもない自分で狙えるってのよ?
◇◇◇◇
夢玉が魅せるは欲、欲は欲でもワレの欲。呑まれた者は良くも悪くも自分の思い通りになると考えるようですが――とんだ勘違いです。フッと僅かに瞼を動かせば壁伝いに旋回していた魔力が足場に集結、赤髪の子が落ちた穴に向かって一斉注入。彼には割れ目が迫ってくるように見えてるだろう。
「確かにあなた達の思考と魔力には反応しますが、それと主導権の有無は別です」
「ほぉらガラガラ~」
「創造主であるワレが一度介入し`有り得ない`と拒めば」
「あぁなんてったっけ? ジャラジャラ回る……メリーゴーランド?」
「貴方たちの欲は文字通り、形のない空想と化します」
「あっちのほうが良かったりすんのかねー」
「……どういうつもりです?」
この黒髪の子、ワレの話なんてまるで聞いてない。さっきから胡座の上に抱えた魔力潰しに向かって、ああでもこうでもないと赤子用の玩具を振るっている。赤髪の子は連れなんだろう? 落ちた穴が塞がったというのに、どの角度からどう見ても全身ペッタンコにされたというのに、助けの手を伸ばすどころか一瞥すらしない。
(あの魔力潰しを任されたから? それともただの薄情者?)
「随分と生物らしい思考だな」
「っ!」
「やっぱ物でも、人に寄生すると情緒が育つのか?」
生きた物と書いて生物だもんなと言う黒髪の子の、その声音に含まれた明らかな嘲り。
――いつか、またアディと……
フツフツと、全身が熱を孕んでいく。どうしてか流れたノイズ混じりの音声データをシャットアウトし、トッと踏み込んで魔力の流れを操作する。閉じた穴はそのままに、床に集中していた蛍光イエローの粒子は空間全体に拡散。
ぐにゃりと歪ませると同時にあちこちに醜悪な穴をあけ、牙と唸り声を覗かせる。閉鎖空間においては化物本体を露にするより、こういう意味不明な一部を曝け出すほうが恐怖を感じるのだろう、
「ぅ、うぅ……」
「あーあ、泣いちまったよ」
一般に括られるヒト、ならば。黒髪の子は子供返りした魔力潰しの背中をポンポンと叩くと、顔色一つ変えずにトンと壁に寄りかかった。正体不明の口が牙を剥いているのに、なんの躊躇もなく……事実唸る口は彼に何のダメージも与えられていない。趣味の悪い壁紙だとでも思っているのか? ああそうです貴方がビビるようにわざと趣味悪くしたんだ。
「一丁前に頭だけが先走んのは、終太郎だけじゃなかったか」
「……?」
「よく見ろよ、俺の手を」
呆れたように振られる片手と、その手に連動して鳴る喧しい鈴の音。魔力潰しの重苦しい寝息の次に耳障りな後者をどうにかしたくて、今度はサイズ・指の太さ・本数ともにバラバラな手を生やし、纏めて黒髪に狙いを定める。
(耳障りな、ガラガラ?)
定めたところで、気づいた。なぜあんなモノがこの空間に? もうこの夢玉の主導権はワレにあるはずで、ワレは耳障りな物体を放置するような真似はしない。`砕けろ`もしくは`無い`と欲を出せば……いや、出した。出して尚、耳障りなモノは依然として黒髪の手の中に有り続けてるのだ。
「っ、違う最初からそれを所持して――」
「るワケねーだろ、新婚子持ちで浮かれてる旦那じゃあるめーし」
不完全な[パルライシス]でも、純粋な物とそうでない物の区別くらいつくだろ――ハンッと嗤い飛ばしてきた猫のような目に、膨大な危険信号がワレのなかを駆け抜けた。持ち主を殺す刃という類を見ない素材を傷つけたくなくて、ある程度心身ともに弱らせてから奪取する予定だったが、今はこの赤信号を停止させることが先決。髪色と同じ漆黒に帰すイメージを明確に思い描きながら、手の山を束にして突進させる。蛍光イエローの粒で出来たガラガラは、思考安定のために意図的に視界から外して、
「【斬・袈裟の三日月】」
……しまったのが失策の始まりだったのか。




