第八話 プリズンアート[後編③]
目には目を、欲には欲を、ピンチには愛器をだ――byソウシ
「他の誰に見えんだよ」
「いやそうだけど違くて、僕のイマジナリーじゃなくて元祖オリジナルですかって意味」
刺を含んだ漫才にこの鋭い観察眼と思考、本気で焦ってたさっきの僕じゃ無意識でも絶対に考えられないソウシ像だ。と、それなりに自信をもって断言したんだけど、
「そもそも俺、イマジナリーですって言った覚えねぇけど」
言葉で一刀両断、表情で一蹴された。
「……ソウダッタネ」
やばい羞恥のあまり涙まで沸騰しそう――だったら! それを熱エネルギーに変えるまで!
「コツとかある?」
「コツ?」
「物理的に欲を越えるコツ」
心機一転して残った黒い扉に向き直る僕の背中に、相棒の満足げな苦笑が降りかかる。そんな彼の助言は「それこそ、欲だ」という至ってシンプル、を通り越して参考にしようがないアバウトそのもの。
「なんだよその低テンションは、反抗期か?」
「ブーメランだよっ、欲で突破するしかないことくらい分かってるよ!」
けどゲームで言うところの裏ワザに匹敵する―中途半端に`できる`と過信して失敗したくないから敢えて`裏ワザ`と認めてから挑む戦法―突破口にどれだけの、どういう方向性の欲が必要なのかが分からない。初っ端の壁殴りみたいな失敗は絶対にできないと意気込めば、
「ムカつくな、答え出てんじゃん」
柔らかい微笑を返された。`ムカつく`の意味は今ひとつ分からなかったけど……そっか。今のが`答え`でいいんだ。シンプルイズベストとはよく言ったものだと僕は両腕を伸ばして身体から無駄な力を抜くと、一度黒扉から五メートルくらい距離をおいて、
「ちゃんと繋げよ真っ黒ドア!」
全力ダッシュ&飛び蹴りをかました。バァンッと荒々しく外れた扉は倒れる前に消え、勢いのついた僕の身体は墨汁をぶち蒔けたような空間に放り出される。一瞬静電気が走ったみたいに空気がバチッてなったのは、夢玉の欲を越えた衝撃って考えていいのかな?
ソウシは……あ、大丈夫だ。気配みたいなのを後ろに感じる。この際バグとかエラーについては考えないことにした。またややこしい現象が起きたら面倒だし、ていうかソウシが僕の夢玉に飛ぶの成功してるし。
(ぁ、変わった)
飛び込んだ瞬間の宇宙みたいな覚束無い漆黒から、地に足が着く暗闇に今確かに変わった。ほら、人って真っ暗なとこに放り出されるとまず手が動くじゃん? 僕も地味にアレやってたんだけど、触れようとしても何処までもすり抜けてくだけだった暗がりに質量が……冷たくてゴツゴツしてて、でも何となく滑らかで何箇所か極端に凹んでって待て待てウェイトナウ!
「洞窟じゃんっ、アディさん達の洞窟住居じゃん!」
もっと言えば工房だよっ、凹んでんの先日八つ当たりのトンカチがぶち空けた穴だよ! ちょ、確かに「繋げ」とは言ったけどまさかのリアルに繋いだ? 強欲いき過ぎた? アディさんとこじゃなくて三人の聖地まですっ飛んじゃった!?
「ゅ、Uターンだ一回Uタ――」
「節穴よく見ろ」
「うぉう!?」
何それペンチいやドライバーいやいっそペンバー!? 多分どれでもないけど不意打ちで目の前に突き出すなよ! ダメージ負わないって分かってても心臓に悪いんだよ! あとそのルビの使い方やめて馬鹿にされた感が倍増するから、一言で二度苦いから。
「ていうか、よく見ろも何も工具だろ? 名前分かんないけど」
「んじゃ触ってみろよ」
「触っ……コテみたいに熱々じゃないよな?」
「熱々でもノーダメだ」
「だから分かっててもハートに悪いんだって!」
いつになったら理解してもらえんのかなぁ!? 半ば自棄糞に、突き出されたままの工具を鷲掴みにする。
「……あ…」
ビキビキと浮き出ていた血管が、瞬く間に引っ込んでいく――コレ、錆びてる。知らない工具だけど、ここにあるってことは間違いなくアディさんが使ってる物で、だからこそ錆びてるとか有り得ない。武器作りに必須の、第二の手先とも呼べる工具をアディさんがこんなんになるまで放っておくわけがない。そう理解したうえで改めて見渡せば、工房内の違和感が次々と目に付いた。まず、床にとっ散らかった工具たち。
ペンバーと同じように錆びてたり欠けてたりと、完全に手入れが放棄されてる。テーブルや椅子には埃が積もってるし、ジャヴさんのとこで見たロンなんとかって道具に至っては意図的に破壊されたみたいだった。ますます有り得ない。つまりここはリアルじゃなくて、ちゃんと夢玉のなかで……だったら彼は? アディさんどこ!?
「アレじゃね?」
「アレってお前言い方っ……ぇ、アレ?」
ソウシが指さしたのは工房の角、積み重なったテーブルと椅子の隙間だった。パッと見じゃ分からなかったけど、目を凝らせば気休め程度の埃避けとして辺りを覆ってる布の一部が、薄く上下している。呼吸の動きだ……でも気になるのは、そのサイズ。仮に隠れているのがアディさんだとして、彼の身長と大きくズレてるっていうか腰あたりまでしかない。
(まさかっ)
大股で駆け寄ると、心の中でごめんなさいしながらテーブルと椅子の山を床に引き倒し、埃まみれの布も引っ剥がす。
「っ!」
膝を抱えるように丸まって寝ているのは、アディさんで間違いない。でもココアカラーの髪はコーンロウじゃない普通の長髪だし、精悍だった頬は丸みを帯びてるし、骨格だってめちゃくちゃ華奢……っていうか子供だ。大人の身体が魔力不足で消えかかってるんじゃなくて、幼児化してたんだ。
(アディさん、みんな一緒だった子供の頃に戻りたいって思ったのかな?)
でも、じゃあなんで工房がこんな廃墟寸前みたいな有様になってるんだ? 三人揃ってる時期なら、年末大掃除でだってこうはならないだろ……膝をついてそっと抱き上げた身体は温かく、怪我も見当たらない。
けどなんか全体的に細っそりしてるっていうか、子供にしたってあまりに軽すぎる。嫌な予感がした僕は、急いで[パルライシス]で魔力の流れを確認した。[アンダート・エリア]の二の舞にならないよう、アディさんだけに意識を集中させる。
「っ、なにこれ!?」
蛍光イエローの粒は身体の表面こそ分厚く覆ってるけど内側はすっからかんで、なのにまだジワジワと外に向かって流れ出ている。これ、もしかしなくても内蔵の幾つかは既に魔力に変えられちゃったんじゃない? だからこんなに軽く……そうだよ魔力使ってなきゃ子供の姿になれないじゃんか! 目に見えて身体が消えてないからってなに油断してんだよ僕は!
「と、とりあえず魔力あげないと! 魔力供給の魔法とかないの!?」
壁際で膝をついて床のあちこちを見渡しているソウシに食い気味に尋ねれば、振り返らないままに「無ぇ」と告げられた。えっ無いの!?
「定番そうなのに!?」
「あったらマジックエージェングなんて道具、そもそも存在しねぇだろ」
「それは……」
「アレ用の魔力は献血みてぇに集めてるって、前に話したろ? ただの例えじゃなくて、事実魔力は第二の血液なんだ」
なんの道具も無しに直に輸血して回復する人間がいるかと続けられ、僕は「いない……」と唇を噛んだ。ギュッと細い肩を抱く腕に力を込めても、体内を削る魔力を止めることはできない。止めることができる唯一の手段は――この欲望の牢をぶっ壊して外に出る、それ一択だ。
「よしっ」
「悪ぃ終太郎」
「へ?」
気合を入れた傍から、なんか「今回はお前が正しかった」って急に謝られた。え、僕なに言ったっけ? 間抜け面全開の僕に「見てみろ」と言ってソウシがバラバラと落としたのは、魔力が空になった弾倉だった。二、四、六……二十個!? 全部使っちゃったの!?
「思っくそ自暴自棄になってやがったよ、コイツ」
「アディさん……」
「そういえば小さい頃も、不貞腐れた時はエネルミンDを一気飲みして腹下してたね」
「あんの? 栄養ドリンクあんのこの異世界? てか栄養ドリンクと魔力弾倉を同一視するのは……ってレイさん!?」
いつの間に隣に!? ビクつく僕そっちのけで「悪癖もこの姿も、懐かしいですね」と口元だけで微笑んだレイさんが、アディさんの髪を撫でようと手を伸ばす――僕は咄嗟に身体を捻って、背中を盾にその手を弾いた。上向きだった口角があからさまに下がっても体勢は変えずに、幼いアディさんを抱きしめる。
「……どういうつもりです?」
「僕のセリフです。今何しようとしました?」
兄として弟に触れようとする手つきには見えなかったと睨みつければ、真一文字だった唇が打って変わって三日月のように吊り上がる。背筋の悪寒を振り切るように空の弾倉を鷲掴みにして投げつけ、僕はアディさんを抱えたままその場を飛び退いた。直前に目配せしたソウシも、秒遅れで隣に降り立つ。
「……ソウシ」
「ん?」
「アディさんを頼むよ」
「……仰せのままに、My buddy」
差し出された腕に座らせるようにしてアディさんを託し、僕はレイさんに向き直る。「おやまぁ、ご自分の妄想像相手に凄い圧ですね?」とクスクス嘲笑ってくるけど、もうその手には乗らないよ。
「あなたは僕の想像とはべつの、自立したレイさんでしょ?」
敢えて`本物`という単語を避けたうえで欲の外側にある存在だと突きつければ、容易く嘲笑の仮面に罅が入る。その隙を逃さずに踏み込み、右拳に[スペルスパンチ]を込めてガラ空きの腹に叩きつけた。レベルの加減はソウシを信じてるから、遠慮なく全力でいかせてもらう! ガクッと動きが鈍ったレイさんの後頭部を掴んで項を見たけど、回路基板はなかった。
「やってくれますね」
「っ!」
あれ、なんかノーダメ感が……。
「ディサンダーチャージ」
バチッ。
「ぇ……あばばばばばばっ」
痛たたたっピリピリする! 静電気連続でくらってるみたいにピリピリするよ! でも、こんなだったっけ[ディサンダーチャージ]って。前にシェリーさんからくらった時はもっと落雷感が……と、とりあえず今は一度距離を取ろう。ふらっと離れて、痺れたままの身体をふらふらっと引きずって後退して、
スコーーーッン。
落とし穴みたいなのに落っこちた、って何でだよ! さっきまで絶対の絶対になかっただろこんな穴ぁああぁ! 咄嗟にバッと腰と両足を突っ張って落下を食い止め、奈落みたいな底から這い上がってくる「ズォオオォオ……」って鳴き声を必死で右から左へ流す。知らない考えない聞き覚えなんてこれっぽっちもない!
「いやその狭さじゃ知らんぷりとか無理だろ」
「物理じゃなくて気持ちの問題なんだよ! てか何この穴っ、なんで下からデカミミズの気配してんの!?」
レッドプロテクトされてる動物は召喚魔法で呼べないはずじゃんっ、と頭上に空いた穴の傍にいるだろうソウシに向かって声を張り上げる。てか上どうなってんの、アディさん大丈夫なの!?
「心配すんな安ら……易々と寝かしつけてるぞ」
「おい待てお前今なんて言おうとした! さらっと何を言い換えた!?」
ガラガラガラガラガラ!
「いやうるせーよフライパンとお玉持った母ちゃんかよ! 寝かしつけるどころか騒音引き起こしてんだろうが!」
「ちなみにこのガラガラ鳴る玩具、正式名称はラトルらしいぞ」
「へーそうなんだ今はどうでもいいけどね!?」
もう諸々の細かいことは後回しだと、僕は[ロードスキップ]を唱えて穴からの脱出を図る。
「……ほ?」
穴からは確かに出られたんだけど、
ゴインッ。
穴の真上に張られた見えない壁みたいなのに阻まれて、また落とされた……転移魔法を阻止されたってことは[バリアモンド]? でもぶつかった感触が逆さトランポリンっていうか、さっきの放電魔法と同じでなんか違和感あるんだよなぁと、前後開脚で踏ん張りながら唸る。さっき落ちた時は底にあったグランドコンダの気配が、今は消えているのも納得がいかなかった。
『忘れたか終太郎、ここは欲まみれの玉ん中だぜ?』
『っ、ソウシ……』
『あとレイは魔力を持ってるだけで、魔法は使えねぇ』
『わ、忘れてはないけど……』
『もう一つ――アレは本物のレイじゃねぇ』
『…………』
違和感だらけの魔法に、同じく違和感のあるトラップ。自立してるけど本物じゃない。魔力はあっても魔法は使えない双子の片割れ、レイディル。
「さっきから無言ですが、くたばるならその腰の物を置いていってからにしてくださいね?」
「…………」
彼の絡繰り、分かったかもしれない。だからってどう反撃するのが正解なんだ? もし僕の仮説通りならこの状況、相手さんに結構有利だと思うんだけど……とか考えてる間に穴がジワジワ狭まってきた。馬鹿の一つ覚えみたいにじっとしてないよ? 考えてる間もヒョッヒョッて出口に向かって跳ねてたよ!? まだ全然距離あるけど!
『しゃーねぇ、出血大惨事だ』
『なにそのおっかないルビやめてよ』
『目には目を、欲には欲を――』
『……?』
『ピンチには愛器を、だ』
『愛器……』
――冬夜の月、ね。じゃあ技もそれに因んだのにすんのか?
――ワザ?
――ただ上下左右に刀振るだけじゃ締まらねぇじゃん
――でも難しそう……
――そうか? なんか一つ筋みたいなん決めて、あとは好きに決めればよくね?
――好きに……
――そうだろ? どうせ俺とお前しか使わねぇんだし
――……そっか
(僕ら、二人だけのなんだ)
カチッと、目に見えないロックが外れたような気がした――僕の右手が、刀の鞘を握り締めた音だった。




