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第八話 プリズンアート[後編②]

もう、別にいっか――byアーディル

 グチャッ。



(違う)



 ザシュッ。



(これも違う)



 ギュッ、ゴキ!



(こうでもない)



 ドロッ。



(どうして……これっぽっちも)



 ドッ。



「殺した気が、しない」

「そりゃ俺無敵だし」

「っ!」


 振り返った先に佇む男は「圧死に刺殺に、絞殺に融解に殴打か。死屍累々の大売出しじゃん」と、大量に積み重なった()()()()()を踏みつけながらこっちに向かってくる。顔色どころか瞳孔すらピクリとも動かさずに、粒のデカい砂利道でも歩いているかのような無関心……もし転がってるコレが貴方じゃなく()だったら、


「迂闊な妄想は身を滅ぼすぞ」

「……!」


 消えたと思ったその瞬間に鼻先を掠めた、殺気。目の焦点を合わせるのに更に一秒かかったが、全身を捉えられる位置にいたはずの男は今、瞳に渦巻く鈍い輝きが見えるほどの距離まで接近していた。焦るなまだ爪と皮膚の間には一ミリの空気の壁がある、と深呼吸しても心音は煩いまま。眼球が瞬きを訴えても瞼は小刻みに痙攣するだけで、閉じることを拒否している。


(厄災の、再来)


 初めて会った時も、男は「爪って、伸ばしてなくても武器になんだぜ?」とこうして眼前に突き出してきた。当時のオレ様が心底誇っていた液体にも固体にもできる毒網を、飴細工をへし折るようにポキッと使い物にならなくして……これが厄災でなければ何だというんだ。小さく息を吸って、一歩下がる。追っては来な――、


「安心しろ、()()()()()()()()()()()を言いに来ただけだからすぐ戻る」


 ……来た。背中に回り込んできた。は? オレ様は今絶対に`追って来ない`と考えた。間違っても`退路に立つ`なんて描かなかった。


「まさか、本物?」

「おうよ、まったく大した作品だ」


 魔力消耗率はパないけど、その気になれば()()()()()()()()()()()()んだからな。アイツ気づくかなってすぐには無理かぁ、わりとセオリーに縛られるもんな、エトセトラエトセトラ……奴の口から紡がれる言葉は陽気を通り越して無邪気ですらあるけど、それだけしか分からない。オレ様の耳も目も、奴の指先でチャカチャカと回されてるネックレスに釘付けだった。


「わざわざジュリナージの母子喧嘩にまで首突っ込んでよ」

「っ!」

「んな焦る必要あるか? あの面子んなかじゃお前がレベル断トツだし、約一名は油断し切ってるだろ?」

「……焦ってなんか――」

「ああそれとも? 俺をわざとキレさせて敵味方入り混じった血みどろチャンポンにしたかったとか?」


 それだったらお前が()()()()()()()()()()()()ねぇもんな――全部聞き取る前、ただ音として耳に入れた瞬間腹に重い衝撃が走る。ついで首元からパリンッとガラスの砕ける音が聞こえ、強制的に口内の空気が押し出された。


「……!?」


 空っぽな舌の上に感じる、慣れ親しんだ毒の風味。さっきの音、やっぱりネックレスの玉が弾け飛んだそれだったか。いつオレ様の首に、なんてヤツ相手に愚問か。


「身代わり魔法発動と同時の発毒、しかも蓄積型でネックレスが完全にぶっ壊れないと致死量には至らない」


 言いながら奴はドカバカ拳と足の雨を降らせてくる。ネックレスを首にかけた時とは裏腹に、こっちが視認できるスピードと範囲で……まぁここを出ればご執心な彼の目があることだし、壊れすぎたオレ様の身体に不審感を抱かれるのは避けたいといったところか。おかげ様で防御は完璧……なはずなのに、



 パリンパリンパリンパリンッ!



 ネックレスの粉砕音、止まらないんですけど。


「テメェらしい呪いだな――けど次はねぇぞ」

「っ!」


 寸止めの、目潰し。爪によって瞬間的に裂かれた空気が元に戻るのと同時に、最後の一粒が砕け散った。接触もなかったのに[タテュート]が発動した。ついでに毒も身体に回った、こっちは問題ないけど。ピリピリと熱をもって痺れる内蔵を腹部を撫でることで落ち着かせながら、ゆっくりと下ろされる腕、その指先を目で追う。


(`ない`はずのダメージを、オレ様の本能が`ある`と認識したのか)


 そして欲を構築するというこの空間が、真実のダメージに変換してネックレスに……。


「じゃ、俺持ち場に戻るから。くれぐれも自爆しねーでくれよ?」


 わざわざ「二重の意味でな」と後付けし、暖簾をくぐるみたいに漆黒の幕に切れ目を入れて自分の夢玉(持ち場)に戻っていく。あの圧倒的な力が、カリスマ性が奴になければ……オレ様がそれらを有していれば、奴を返り討ちにするという選択肢があっただろうか。


「否、だ」


 それ以上の野心が、あの男にはある――オレ様はいつの間にか外れていた髪を口元に巻き直すと、左耳に付けているピアスに触れ、縦横無尽に編まれた毒糸を背後に出現させる。そしてまたもや無駄にしてしまった自問自答の鬱憤をぶつけるように、黒々と生えてきた奴の偽物大群をサイコロステーキに変えた。


    ✝✝✝✝


「っ……ハァ、これで五個目か…」


 直で飲むとクソ不味ぃのは相変わらずだな。俺等は喉元を駆け上がってきた吐き気を腹に押し戻すと、空になった弾倉をその辺に投げ捨てて腰を下ろす。で、目を瞑って深呼吸した……けど所詮は気休め。全身に染み渡らせたばかりの魔力が、滲むような速度で吸い取られていくのを感じる。


(俺等の体内時計がどんくらい正確なのかは分からねぇが、夢玉に呑まれてから十五分くらいか)


 コンバードデスターの弾倉は、一個につき魔法十五回分の魔力が入ってる。十五分で五個っつうことは、一分につきだいたい魔法五回分の魔力が消費されてるってことか。


「てことは残り十五個だから、って俺等細けぇ暗算嫌いなんだよ!」


 こういうのはレイ兄の担当だったろうが、と叫んですぐハッと後悔する。


――物差しのメモリは、一瞬で片付けられても絶対に読み間違えないのにね


 あークソ……、


――金銭関連の計算は吾がするから、測定のほうはよろしく頼むよアディ

――おう

――早速だけど、さっき遠回しにお前の髪型バカにした客の急所のサイズは幾つだった?

――んなモン測るか過保護が!


 勘弁してくれさっきようやく過去話にピリオド打ったとこなんだよ! 俺等は押し潰す勢いで瞼を固くし、耳を塞いで前屈みになる。貴重な魔力を浪費してたまるか……情けねぇけど、目に見えて魔力に制限がある俺等は、こん中じゃ迂闊に動けねぇんだ。


(こうやってグダグダ考えてる間だって垂れ流し状態――)

「それも結局は吾の魔力でしょ?」

「……あ?」

「君の魔力は、そもそも一欠片だってないはずだ」

「っ……」


 幻聴、だよな? 俺等のネガティブが具現化しただけだよな? 楽観視して振り向いた俺等は後悔した。冷てぇを通り越して赤の他人を見下すようなミルキーホワイトの眼差しを、俺等が真正面から受けることになるなんてな……。


「知ってますよね、吾がもう単独で魔法を使えること」

「……ああ」


 違う。肉体って意味でマジもんなだけで、俺等の兄って意味じゃパチもんだ。


「長い間お疲れ様でした、もうくたばってくれて結構だよ?」

「……本気で、言ってんのか…」

「そっちこそ本気なのかい?」



 プツ。



「人の作品をズルだの凶器だの言いたい放題言って、そのくせ貰う物はちゃっかり貰ってる貴方みたいな子を」



 プツ、プツ……、



「いつまでも弟扱いすると――もう要らないよ、アーディル」



 プッ、ツン。



 ……ハハッ、そうだよなぁ。あー凄ぇ、なんか今ので一気に色々とどうでもよくなったぞ。考えたらシュウタロウとソウシの剣は作ったし、もう俺等なんてどうでもいいよな? 助太刀しようにも動きようがねぇし、いつにも増して頭回んねぇし。


(頭……吹っ切れたのか、急に眠くなってきやがった…)


 なんか身体が磨り減ってくような、どっかの栓が外れて温けぇもんがドバドバと零れ落ちてくみたいな感覚がする。直に座ってることすら難しくなって、横向きに倒れた。多分ヤバいんだろうけど、


「さようなら、弟だった魔力(ごく)潰し」


 もう、別にいっか。


    ◇◇◇◇


「よ、ようやくラスト二つまで絞れた……」


 長かった、ここまで本当に長かった――とか声に出したら本当にそのセリフを言いたい人にド突かれそうな気がしたので、僕は特大の溜息で誤魔化した。


(いやでも実際に長かったんだよ、体感的には)


 赤とオレンジに続いて黄色い扉の奥には黄砂の嵐が、青い扉の向こうには突風吹き荒れる超上空が……黄砂で髪バシバシの口の中ジャリジャリになるし、かと思いきや一歩踏み出す前に全身を風に巻き取られて投げ出されそうになるし。


 そんで緑の扉からはある意味お馴染みの植物オバケが見えたから、飛び出す前に[ファイエム]をぶつけて閉めた。更に更にその隣の紫色……実はこれが一番不気味で、同時になんか拍子抜けしたんだよね。


――うぅ……あんなん見るって分かってたら、ご飯控えてたのに…


 傍目にもおどろおどろしい毒靄みたいなのを纏った髪の長い女の人、いやまだギリ少女かな? 顔は靄のせいでよく見えないけど、とにかくそんな感じの人が薄暗い空間で膝ついて唸ってんの。鬱々感全開で蹲ってんの……でも何でか僕の本能は`心配だ助けよう`じゃなくて`見なかったことにしてそっとしとこう`だったんだよ。だから僕にしては珍しく思考中断どころか読点も空白も一切挟まないまま、開いた傍から物音一つ立てないように扉を閉めたんだ。


(そしたら施錠音の代わりか、表面に《壁に耳無し障子に目無し開かずのパープルドア》って浮き出たんだよね)


 いやコレ壁でも障子でもねぇし、なんで締めだけ横文字なんだよとか見聞きすんなって意思表示してるわりにノブがガチャガチャ鳴ってるとか、なんなら勝手に開きかけて構ってオーラがダダ漏れなんですけどとか、そもそもこっちが開ける前に出せよとか、ツッコミだけで十秒は使ったし謎の空腹感も唐揚げ一個分は増した。でも今になって考え直すと、最後のツッコミは取り消しだな……開ける前に開けるなって言われると開けたくなるのが人の性だから。


(って待ってよ、ここで起きたってことは開かずのパープルも僕の欲ってこと?)


 ……いやそんなワケあってたまるかよ色々あったけどあそこまで闇深くねーよ! 黒か白かで選択するとすれば間違いなく白だよ、って叫んだら空気読んだみたいに目の前のピンクの扉が白く変色してくれたよありがとうね! 一瞬ヒュオォッて風が吹いた気がしたし「白けた」って縦線見えた気もして心がポッカリしたけどね!?


「もうコレは飛ばして次! 一気に王手だ!」

「モグモグ、いっそ最初からそうしとけば良かったんじゃね?」


 あ、イマジナリーソウシまだ居たんだ。


「全部開けるか当たりを引かないとってお前が言ったんじゃん!」

「そうだっけ? モグモグ……」

「てかなに食べてんの? いや焼きそばパンってのは分かるんだけど、僕が出したの辛々だからお前食べれないはずじゃん?」

「だから食う前にノーマルに変換した」

「うそん!?」


 ってよく見たらソウシの奴、焼きそばパンの他にもコーラとか漫画とか色々ポンポン出してるよ夢玉使いこなしちゃってるよ! え、あいつイマジナリーだよね? なんで生身で放り込まれた僕より欲のコントロール上手いの!?


「そりゃ俺が天才カンスト――」

「ああ分かった疑問視した僕が悪かった! ていうかそんな好き放題したら駄目だって!」

「へぇ、なんで?」

「なんでってそりゃ魔力が……あれ?」


――燃料は玉に入った奴の魔力


「ぇ、ちょっと待って」


――俺等には、魔力がない


「もしかしてっていうかもう確実にさっ」


――魔力が完全に、それこそ人体の全細胞を代償に得た分まで尽きた時


「アディさん絶体絶命じゃん!?」


 ぼんやりと忘れてるとだけ自覚してた`大事なこと`は魔力の強制消耗! 僕はソウシのおかげで空腹感で済んでたけど、レイさんの抽出魔力で補わないと駄目な彼の違和感は絶対そんなもんじゃない……敢えて例えるなら飢餓感だよ。


「くそぉ僕としたことが肝心なこと忘れるとかっ……どうしよう…!」

「焦るな。んでまずはコイツらを昇天させてくれ」


 頭を抱えて右往左往する僕の肩を叩きながら、ソウシが鬱陶しそうな目を周囲に向ける。彼の言う`コイツら`とは、性懲りもなく僕が想像してしまった骸骨の群れだった。全身骨になってるのに特徴的なコーンロウだけ健在っていうのがまた創作感あるよねって今そんな事どうでもいいし! 縁起でもない君たちは成仏昇天永眠南無南無バック・トゥ・ザ・ヘル!



 ブッシュウウゥウウ……パラッ…。



「さすがは`死`の重ね掛け、白骨ミンチになりやがった」

「わーホントだ、ってあんだけ唱えたのにまだ固形保ってんの!?」

「簡単に消してやんねぇっていうお前の本音が表れてるな」

「こんな形で知りたくなかったよんな残虐性ってツッコんでる時間もない!」

「ハァ~~~、あのなぁ? 夢玉の絡繰りはアディだって聞いてるんだぞ?」


 お前は兄貴とのやり取りで自暴自棄になって夢玉んなかでショットガン撃ちまくってる奴を想像してるかもしれねーが、そんな単細胞じゃねぇと溜息まじりにソウシに諭される。ドート救済作戦の時でさえ、持ち前の魔力に制限があるからと囮役を買って出た彼なら、ここぞという瞬間まで動かず温存してるはずだって……うん。言われてみればそんな気がしてきた、してきたんだけどさ。


「お前、ソウシか?」

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