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第八話 プリズンアート[後編①]

嗚呼なんて、吐きそうなほどに甘美な悪夢でしょうか――byシェーレ

 ピコ、ピコピコピコ。



(なんだろう、この音……真っ暗で何も見えない)


――やったぁゴール! これで三連勝!

――畜生っ、あそこの角でスピンしてなけりゃ!


(子供、男の子の声だ。それも二人……もしかしてテレビゲームしてる? ピコピコってコントローラーのボタン操作の音だよね?)


 たぶん無駄だと思うけど、とりあえず瞼をゴシゴシ擦ってから目を開けてみた。と、真っ暗だと思ってた空間に四角い光がポツンと浮き上がっている。テレビかな? それにしてもいつの間にと目を瞬くと、今度はそのテレビと思しき光の前になんかクルクルした髪の子が……もう一回瞼を閉じて開くと、その隣にサラッとした髪の子の後ろ姿が現れた。さっき聞こえた声はこの子達のか。不意打ちで見えたり聞こえたりしたせいもあって、自分が知ってるのか否か、そもそも本当に人なのかさえも疑わしいところだけど、


――ねぇ、今度はこっちの冒険ゲームしようよ!

――えーまたぁ? お前好きだよなぁRPG……でもヤダ

――なんで!?

――だってそれ一人用だし、二人でやっても一人はサポーターで大して活躍できねぇじゃん


 どうしてだろう、


――さぽーたー?

――あー、お助け係みたいな?

――お助け……うんっ、君いっつも僕を助けてくれる!

――だから嫌なんだよ、地味だし

――そんなぁ、君の助けがないと僕……あ! じゃあ今日は僕がお助け係するよ!

――それもヤダ、お前のサポート的外れだもん

――っ、うぅ……ふぇ…


 泣きたいくらい懐かしくて、


――ちょ、泣くなって! あぁもう分かったRPGやるぞ、俺がサポートしてやるから!

――えぐっ……ほんとう…?

――ホントだよ、だから泣き止め。んでゲームのカセット入れ替えろ


 死にたいくらい、胸が苦しいのは。


「へぇ? ここまで吾らのことを考えてくれるとは驚きです」

「っ、誰!?」


 仮に二人の子供の声が内側から聞こえたとしたら、この声は外から聞こえた気がする。


「アディの他人思いは、赤髪のあなたに影響されたんですね」

「……もともと彼は優しい人です。というか」


 レイさん、ですよね――意識はずっとハッキリしてたけど、自分の身体の輪郭と感覚、そしてここに至るまでの記憶が明確になったのは振り返ってからだった。僕と同じように暗がりの中に浮き上がったレイさんが「さぁ、どうだろうね?」と微笑んだまま小首を傾げてくる。


「貴方が`吾`と認識すればそうなるし、逆も然りです」

「っ、そんな曖昧……な…」


 言いかけて思い出した、ここはもう夢玉の中なんだ。入り込んだ人のイメージを現実と遜色ないレベルで構築する、異世界版ハイパーVR装置。目の前のレイさんを本物にするも偽物にするも、すべては僕の想像力次第。ぐぬぬぬ、半端に言い返せないのってモヤモヤするな……これも僕の想像なんだと思うと余計に。


(ていうか、僕がレイさん達のこと考えてるって……)


 そりゃ考えてたよ、それこそ夢玉に入る直前まで。けどさっき僕が見てたのは――レイさんは何もしてこない、何もしてこないと自分に言い聞かせながら正面に向き直る。


(……あり?)


 テレビゲームの光も二人の後ろ姿も消えてる、どころか暗がりですらない。そこに広がっていたのは、まだどことなく新築感が漂う洞窟住居。


――初依頼って調子こいて安請け合いしちゃったけど、よくよく考えなくても`子供向けの護身ナイフ`ってなにさ?

――パワーワード詰め込むにもほどがあるよね……とりあえず、果物ナイフに手折った枝を括りつけるところから始めよっか?


 マッフルさん達の工房と、幼き日のアディさんとレイさん……だと思う。なんで一瞬で暗転したのかとか、一瞬にしては情景描写に差がありすぎないかとか指摘&思考したいのは山々だけど、それ以上に……改めて僕って想像力に欠けてるっていうか単調なんだなぁって思い知らされた。だって二人とも姿形がそのまま縮んだだけだし、背景の工房なんて所々白いし、言葉の節々に僕っぽいワード混じってるし。


「あなた自身に外に映すほどの欲がない、空っぽとも言い換えられますが」

「っ……」

「ああ気に病む必要はありませんよ。これは貴方自身の言葉、自問自答ですから」

「……あっそ」


 なんだよ、この夢玉って作品は。まったく気持ちよくないし思い通りにもならない……あれだけハッキリしっかりと自分の欲望を全開にできた小父さんたちは、ある意味天才だな。


「…………」


 チラッと幼い双子に視線を戻し、`子供なら工具とかもう少し散らかしてたかもなぁ`と考えながら瞼を開閉してみる。と、次の瞬間には比較的綺麗に整っていたというか何もなかった床に、トンカチやらネジやらペンチといった工具の代表例みたいな道具が散らばっていた。`いや工具箱には入ってるか`と付け足してみたら、パッと片付いた。あー、本当にちょっと考えたことがそのまま出てくるんだ……ふーん?


(てことはさ、`壁を破壊すれば夢玉から出れる`って想像しながら空間のどこかを殴りつければ出れるんじゃない!?)


 欲望の正しい使い方ってそういう事だろソウシ! 一気に湧き出てきた希望と魔力を胸に、僕は[スペルスパンチ]を唱えて走る。床に座って作業をしていた双子の姿は、僕の足が当たってすり抜けると同時に消えた。眼前に迫った壁めがけて、力いっぱい拳を叩きつける……けど、ビクともしなかった。そんな馬鹿な、と思うより先に`やっぱりな`という言葉が脳裏を過ぎって――僕はここに来て初めてゾッとした。


(こうって明確に思い描いた想像より、言葉にもならないような`無意識の想像`のほうが強く反映されてる……)


 殴りつける直前に僕は、確かに`そんな簡単に壊れはしないだろうな`って心のどこかで考えた。そうであったらいいなんてこれっぽっちも思ってなかったけど、想像と感情は別なんだろう。どうしよう、と嫌な汗が額に滲む。簡単に壊せないだろうなと想像して本当に壊せなくて、そのことに納得した僕がいる……これはきっと強烈に脳に刷り込まれた。


(また[スペルスパンチ]で同じことをしても、きっと無意識下で……くっそぉ! 分かってたら安易に攻撃なんかしなかったのに!)


 ソウシがいてくれたら、きっと「先走んなバカっ」とか言って止めてくれたのに……あ。ヤベッと咄嗟に掌で口に蓋をするも時すでに遅く、


「あーあやっちまったな?」


 イマジナリーソウシが不敵な笑みを浮かべて現れたんだけど、


「ほら、突っ立ってねぇで次を試せ。思考と攻守を止めんなって教えただろ?」


 発されたのは僕が想像してたのとは全然違う言葉で……いや、違うな。命懸けの選択肢でもない限り、ソウシは間違ってても止めない。何がどう悪くて間違えたのか、その身を以て分からせてくる超スパルタ鬼ステータスだから。


「なんか、自分の心を丸裸にされてるみたいだな」


 素で生きてるつもりだった僕だけど、人間らしくそれなりに膜を張って生きてたみたいだ。溜息まじりに改めて辺りを見回せば、双子だけじゃなくレイさんまで消えててついでに背景も真っ白になってて、ソウシだけがおっかない微笑を浮かべたまま変わらず佇んでいる。ハイハイ次ね、次の打開策ね。


「……扉が何枚か出現して、うち一枚が出口に繋がってますみたいな?」


 ってベタベタのベタ過ぎるかと笑い飛ばすもまたまた時すでに遅しで、色鉛筆みたいな単色の扉がパッと八枚出てくる。なんで八枚? 性懲りもなく頭も手も止まりそうになったけど、たぶん一秒くらいだから大目に見てくれ、



 ガチャッ、ジャバァアァアアァアッバタン!



 ……ごめんなさい一秒だって駄目ですよねあともう安易にノブ回したりしません! だから煮え滾った血みたいな赤い海はそのまま奥で眠っててください! 八枚ある扉のうち、一番左端の赤いそれ。


 凸凹に唸るその板を身体全体で押し返しながら僕は再度誓った。その傍ら、残りの七枚の扉を見る。てっきり今の衝撃というか、ビクつきで消えてると思ったのに……うんともすんとも言わないで陳列してやがりますわ。


「まぁこういうのって一回出現したら、当たりを引くか全部開けるまで消えないもんな?」

「……だね」


 非常に情けないけど、イマジナリーソウシと一緒でもこれは脱出までもう暫く掛かりそうだ。うぅ、こんな時に限ってちょっとお腹も空いてきたし……ん? 空腹? いつの間にか静まっていた扉にもたれながら、僕はお腹を摩った。


 確かにご飯はエルフの園に来る前の朝に食べた切りだけど、緊張感とか……恐怖心で今の今まで全然感じなかったのに。むしろ後者でいえば、ソウシがいない今こそ現在進行形で恐怖してるはずなのに。


(なんで急に……なにか)


――欲望って、ある意味永久機関だよな


 なにか、大事なことを忘れてる気がする。掴めそうで上手い具合にすり抜けていくその思考を冷静に、且つ少しの焦りを混じえて手繰り寄せながら、僕は次のオレンジ色の扉を開いた。



 ポポポポポポロッ。



 ……大量の焼きそばパンが転がり落ちてきた。しかも挟んである焼きそばは、エリムちゃんとこの店の辛々焼きそばだった。


    ✝✝✝✝


――どういうつもりですか、花瓶を割るなんて!


「……私ではありません」


――言い訳は無用です、こちらへ来なさい!


「…………」


 今より少し色褪せて見える城の廊下に、砕けた花瓶。そして異様にピカピカに磨かれた眼鏡の縁を押し上げる中年人魚、もとい化粧婆。苦々しいほどに、懐かしい光景を見せつけてくれますね。


 ご丁寧に、姿形まで当時のそれのまま……よほど強く記憶に焼きついているのか。あの日私に鞭を振るった彼女、今じゃ増えた皺を隠すために真珠を磨り潰して作った化粧品を顔に塗りたくって、名実ともに化粧婆となりましたよ。


――しっかり反省なさい!

――おい待て!


 嗚呼なんて、


――ヴァ、ヴァルシェリア様……

――花瓶を割ったのは俺だ、シェーレじゃない

――っ、貴方様がそのように庇われなくとも!

――へー、俺が嘘を吐いてるって言うんだ?


 吐きそうなほどに甘美な悪夢でしょうか。


――ぃ、いえそんな……わ、私は失礼させていただきます!

――花瓶は俺が直すから、間違ってもシェーレのせいとか言い触らすなよ?

――か、畏まりました!


 冷や汗で厚化粧を崩しながら泳ぎ去っていく中年人魚と、腕を組んでその背中を見据えている在りし日のあの人。床に飛び散った欠片を見下ろして「さて」と胡座をかいた彼は、あろうことか素手で破片を掴んで接着剤でくっつけ始めた。どの破片がどの部位か、分かってもいないでしょうに……修復を始めて数秒でそのことに気づいた彼は、「なぁシェーレ!」と無邪気に私を振り返ってきた。


――お前細かい作業得意だったよな、どこがどこか教えてくんね?


 私は無言で、目を瞬くこともしないまま彼に歩み寄る。


――ていうか、ゴメンな勘違いさせて? 大丈夫だったか?


 一歩、また一歩と近づいていく。


――昨日も、菓子作りの後片付け手伝ってもらったし


 また一歩。そして、


――ほんと、いつもありがとうな? ていうかごめ……、


「その言葉は、必要ありません」


 夢を見る前から一時も手放さなかった大剣を振り下ろした。確かに掌に伝わってくる、肉と骨を断つ感触。しかし血も出なければ、黒いモザイクが掛かっていて顔も見えない。人の手を借りてようやく拳を交える覚悟ができたばかりの私に、真正面から命を奪う覚悟があるはずもないですよね……それが夢の中だとしても。


――なんでアンタなんかが王子の

――私とアンタでどれほどの差があるの

――いったいどんなコネを使ったんだ


 おやおや見知ったようなそうでもないような人魚たちがぞろぞろと、おまけに揃いも揃ってまた首から上はモザイク塗れときました。しかし、シェリー様の時とは何か違いますね。夢特有の輪郭の混濁か、或いは、


「[ディサン……おっと、夢玉の中(ここ)では()()()()でしたね」


 顔すら思い出したくないという、私の欲望の表れか。


    ✝✝✝✝


――親父、見てみてよ!

――吾とアディの最新作です


「ああ、流石はワシの子じゃ」


 こんな夢ではなく、現実で聞きたかったがな。ワシは息子であり、弟子である二人の頭を撫でながら――それらを形作る魔力を吸収した。表情と輪郭、内蔵に続いて血肉まで……本当によぅ再現されとるわ。


 瞬く間に人を人たらしめとる要素を失い、霞の如く消えいく二人に代わって、五指にはめたウサちゃんの装飾が白からオレンジ色に移り変わりよった。このウサちゃんリングは魔力を目一杯吸うと、ミカン味の飴玉になるんじゃ。


(にしても、二人の幻にここまでの魔力を……迂闊に思考すればあっという間に枯渇じゃな)


 十個のウサちゃん飴のうち、一つを食って残り九つは瓶にしまう。さて、どう欲を打ち破ろうか……いや、この思考そのものがいかんのじゃったな。


「呼吸と同じくらい考えることが自然な職人にとっては、全くもって酷い牢じゃ――だからこそ、早く抜け出して助けに行かねばならん」



 ガッシャンガッション!



 いざという時のために携帯しておいたマジック工具袋を十字に展開する。本来なら山里を出る時に一緒に工房に置いてくるべきじゃったんだろうが、`持ってるだけ`と言い訳して身につけておったのがここで役に立つとは……巡り合わせというのは実に摩訶不思議じゃ。


――一定の速度で適量流し込まれる魔力を、組み込まれた持ち主の思考に沿って解析・分解・構築


(それがアマク、じゃったな? 威力は段違いじゃろうが、シュウタロウくんとソウシくんの話を聞く限りじゃ夢玉のメカニズムも同じ)


 じゃったらワシ自らの腕で、構築された魔力の想像膜を逆に分解・解析・出口へと再構築するのみじゃ! もちろん無心でな。


(一刻も早く、あの子にとっては牢を通り越して処刑台のようなもんじゃからな……おっと)


 言った傍から、魔力枯渇で蹲っとるあの子の幻を創り出してしもたわい。じゃが好都合じゃ、分解への入口とさせてもらう。それにしても、



 グシャッ。



 人の形をしたモノに刃を、鉄製の棒を突っ込むというのは気分が悪いのぉ。

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