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第八話 プリズンアート[中編⑥]

欲望の正しい使い方、思い知らせてこい――byソウシ

 もしやとマッフルさんのほうを振り返ってみれば、彼の瞳にも同じ警戒心が滲んでいて……焦ってばかりで何も分かってなかったのは僕だけだったんだと痛感した。痛感はした、んだけども!


「一体全体どういう意味なの!?」

「どうもこうも、偽物って意味しかねーだろ」

「いや言葉上はそうだけども!」


 人が変わったを通り越して偽物って、そんなすぐには信じられないって! むしろお前はすんなり受け入れ過ぎだろソウシっ、と頭を抱える僕の肩を掴んで下がらせたアディさんが、「肉体は間違いなくアイツのだし、傀儡になってる感じでもねぇか」と職人らしく分析を始める……ってマジで微塵も疑ってないよこの人。


「てことは催眠の類か?」

「どれ、ちょいと魔力を覗かせてもら――」


 カンッ!


 [パルライシス]を唱えようとしたマッフルさんの足元に、ビー玉verの夢玉がめり込む。直前に彼が「おっと」と一歩下がってなかったら額に直撃してただろう……最悪そのまま巨大化して、呑み込まれてたかもしれない。嗚呼、二人の言う通りだ。


「身内でも許されないことはありますよ」


 予備の夢玉を指に挟んで静かに威嚇してくるこの人は、アディさんのお兄さんでもマッフルさんの息子さんでもない。頭と心で認識した途端、ヴェールに包まれてるみたいだったレイさんへの気持ち悪さが不思議と取り払われた。


(でも、身体はレイさんのだけど操られてるわけじゃない……ってどういう絡繰りだよ)


 魔力を見られることに凄い抵抗したならやっぱり魔法絡みかな、と考え込む僕の首にポスッと何かが引っ掛けられる。このヒンヤリした金色の輝きは、レルクがくれたネックレス!? なんで部屋に置いてきたはずのネックレスが、ってお前しかいないよなソウシ!


『[インヴァード・プローション]使え』

『ぇ、なんで思念スキル――』

『早くしろっ』

『は、はい只今!』


 なんかヤバそうだからつい小声で唱えちゃったけど、それで正解だったらしい。ストレートグレイの時計が足元で逆回転を始めた瞬間、ソウシは説明もなしに僕を引っ張ってレイさんに近づいた。急いてる横顔とは裏腹にゆっくりと、周りにいる皆の目に超光速に映るように――で、腕を伸ばせば届く距離になったところでガッと彼のアンティークゴールドの髪を鷲掴みにした。だけに留まらず、引っ張って身体をくの字に折った。


「って何してんだお前!」


 グキッて鳴ったよ鳴っちゃいけない箇所から! その人僕と違って別にステータス(アンタ)に守られてないからね!? あと確かこの魔法って触れたら即バレじゃなかったっけ!?


「ある意味じゃ守られてるぜ?」

「えっ……へ?」


 見間違いかと思って目を擦ってみたけど、見間違いじゃなかった。髪を剥かれたレイさんの項に、なにか小さな機械が埋め込まれてる。細かい部品がたくさん付いてる薄くて緑色の、なんだっけ? 回路基板?


 アディさんのバイクや銃のこともあるから、今更それっぽい機械じゃ驚かないけど……レイさんのは全くもってそれっぽくないっていうか、あまりにも形状が異様だった。黒や銀の部品たちはなんかドクドク脈打ってるし、板本体が一定の間隔で薄く膨らんでは萎んでる。まるで、自分で呼吸してるみたいに。


「っ、あれ?」


 意味が分からなさ過ぎて思わず一歩近づこうとしたら、霧みたいに消えちゃった。めり込んだ分だけ表面に浮き出てた血管まで、綺麗さっぱり……と同時に垂れ下がっていたレイさんの腕がピクッと動き、ソウシ目掛けて手刀を振り上げる。傍目には早技だけど、ソウシには髪を放して僕の襟首を掴んで、スキップするみたいに後退するほどの余裕があった。


「レイ、てめぇ……作品を凶器にするだけじゃ飽き足らず」

「人体改造に手を出したのか」


 底だと思ってた所の下にさらに奈落が広がってると気づいたみたいな、絶望に近い怒りを露にアディさんとマッフルさんがゆらりと一歩踏み出す。作品を凶器に……それがさっき言ってた、二人の怒りの正体。夢玉はあくまでもコンクール用の作品であって、武器じゃない。審査員がどうとかじゃなくて、作品で人を殺めるって行為そのものがタブーも邪道も通り越して逆鱗そのものなんだ。


「改造なんて大掛かりなモンじゃないですよ」


 レイさんは項を手で押さえたまま、殺気の込められた二人の視線を溜息で吹き飛ばした。この期に及んで全く応えないなんて……やっぱりレイさんの身に何かあったんだ、ていうか十中八九項の機械だ! ソウシの奴守られてるってなんだよ、操られてるの間違いだろ!? そうだよレイさん命が懸かってるって言ってたし、刀狙ってるエルフの誰かが操ってるんだ!


「そうと決まればその誰かを見つけてっ……」

「誰かって誰だよ。第一候補の糞ジジイは全員おっ死んだぞ」

「っ、いや他にまだいるかも……」

「仮に他に操り主がいたとして、なんでソイツは何もしてこない? 俺機械見破ったのに」

「しょ、ぁくの根源らしく裏でほくそ笑んでるんじゃない……?」

「んな狡猾な奴がいたら、エルフの園なんてアートピアはそもそも存在すらしてねぇだろうよ」


 尽く僕の仮説を言葉で踏み倒したソウシが、最後に「世界征服だろうが自己中心的世直しだろうが、外との繋がりなくしては成し得ねぇからな」と締め括る。極端な内容でも納得してしまうのは、そんな都合よく第三の敵なんか現れないって僕も心のどこかで思ってたからかな?


「タイムロスを極限まで減らすのに、この方法が確実かつ手っ取り早かっただけです」

「タイムロ――っ!」


 ゾワッと嫌な予感が走った瞬間、目の前にビー玉サイズの夢玉が迫った。ちょ、待っていつ投げたの!? てか量多っ後ろに鉄砲隊でも隠してた!?


(どうしよお約束のブリッジ避け、じゃ足元避けきれないから[バリアモ――)


 カンッ、キン!


「……ンド…?」


 今白い閃光みたいなのが網膜のなかを走ったような、と目を瞬く僕の真横を真っ二つに割れたビー玉が過ぎっていく。いつの間にか髪を一つに縛ってツーハンデッドソードを手にしたシェーレさんが、斬り落としてくれたんだ。それも出鱈目に放たれた玉を右の剣で一列になるように弾いて、間髪入れずに左の剣で一閃両断するという凄技で……はや?


 ズガガガガンッ!


 驚く間も許さないとばかりに続けて重い連射音が轟き、今度は粉々になったビー玉の残骸が壇上に散る。こっちはアディさんのコンバードデスターだった。魔力の塊で砕いたみたいに見えたから、[スペルスパンチ]の弾バージョン……名付けるなら[スペルスバレット]ってとこかな? ショットガンみたいに大きかった銃口が、今はガトリングガンみたいな細くて束になった銃口になってて、先端って付け替えられるんだハイテクだーと茫然と思った。


「レイディル!」

「っ!」


 名を呼ぶ裏側で密かに[フィッシャートラップ]を唱えてたマッフルさんの手から見えない網が飛び出すも、レイさんは[カットラビリンス]を用いて器用に避け、そのまま[エアーウィング]で空へ逃げた。その間に新たに夢玉を指に挟むと、今度は滞空したままエルフたちに向けて放つ。当然みんな狼狽えるばかりで、集団で固まってるせいもあって動きが鈍い。これじゃほぼ直撃だ! 今度こそ[バリアモンド]で……!


 フワッ。


 視界の端に翻る、黒い線。


「ひっ……」


 魔法を、結界を張らなきゃって頭では分かってるのに……気づけば僕は、顔の右側を腕で覆って身を固くしていた。デカい虫の羽音が耳元で響いたみたいな、攻撃によるダメージとは違う不快感。でも僕の感覚とは裏腹に、祭壇下のエルフたちを守ったのはその不快感だった。彗星みたく直線距離で突っ込んでたはずのビー玉が急激に勢いを失い、真っ二つにズレながらコロコロと床に転がったんだ。まるで、空中で見えない刃に斬られたみたいに。


(ジュリーさんの[ブレイトルネード]にしては静かすぎるし、そもそも海でくらった時は不快感なんてなかっ――)

「止まるな」


 言い切る前に後ろから頭を引っ叩かれた。痛い、ジンジンする……このタイミングでこんな躾みたいな攻撃をしてくるのも、僕に痛みを感じさせることができるのもソウシしかいない。でもなんでこんな攻撃のさなかに……頭を押さえながらビクビクと仰ぎ見た彼は、グランドコンダを前に逃げ腰になった僕を叱りつけた時と同じ厳しい目をしていた。もう一度、「頭も手も止めるな」と鋭利な声が降ってくる。


「自分で考えることは大事だが、戦場において思考と攻撃の手は表裏一体」


 違う、あの時と一緒で……戦いの最中だからこその、厳しさなんだ。


「分けて考えることは、脳と神経をぶった切るのと同義と思え」

「っ……」


 現にシェーレさんとアディさん、マッフルさんとカルタ王子がいなかったら僕もエルフたちも夢玉に呑まれてたとソウシは容赦なく告げてくる。カルタ王子の名前が出たことがちょっと引っ掛かったけど、それ以上に自分の愚鈍さに羞恥の汗が噴いた。人が、死んだんだ。


 その時点でもうここは会場じゃなくて、戦場で。`自分で考える`……アディさんのせいにするつもりは毛頭ないけど、無自覚にそればっかり意識してたのも本当で。レイさんが玉を投げてから僕は頭ばかり動かして、手足は二の次だった。だから、何もできなかった。


(でも四人は、臨機応変にそれぞれ動いてた)


 ソウシの言う通り、みんな思考と攻撃の手を同時進行で行ってたから。どちらかと言うと非戦闘員の、マッフルさんでさえもが。


「どいつもこいつも、伊達に弱肉強食の異世界を生き残ってねぇからな」

「弱肉、強食」

「攻撃して考えろ、考えながら守れ――今はとりあえずそれだけ覚えとけばいい」

「……うん」


 お前なら一度できればすぐ物にしちまうさ、とソウシは不安顔の僕の分まで笑うみたいに、打って変わって明るい表情を向けてくれたけど……違うんだ。他でもない最強でシビアなお前の言葉だ、頼もしいって気持ちに嘘はないけど。でも僕が欲しかった言葉でも、ないんだ。


「……ハッ、随分と便利な補助器具じゃねぇか」


 ガチャンと銃口をショットガンのそれに戻したアディさんが、弾倉も新のに変えながらレイさんを見据える。口調は勝気だけど、僕には心なしか頬が引き攣ってるように見えた。もしかして、怯えてるの? 便利な補助器具ってあの項の機械のことだよね?


 確かに不気味だけど……補助器具? ちょっと待ってなんか見落としてるような気がすると、らしくもなく眉間に皺を寄せる僕の心の声が届くはずもなく「良かったじゃねぇか!」とアディさんが声を荒らげた。レイさんがレイさんじゃないって見抜いても冷静だった彼が、必死に否定の返答を願うように。


「これでもう俺等っつう()()()()()()()()使()()()もんな!?」

「っ!」


――俺等には、魔力がない

――エルフの双子

――二つで一つ、二人で一人


 初めて会った谷でアディさんは言ってた、自分には魔法を使うためのノウハウはあっても、体内で魔力を生成できないって。アディさんとレイさんは同じエルフの腹から生まれた双子。魔力を魔法に変える術を持つ前者が()()()()()()()()()ってことは、逆に――魔力を生成できる後者は()()()()()()()()()()()()()()んじゃないか。


(レイさんも、一人じゃ魔法が使えない……使えない、はずだった)


 でもあの項の機械が、`一人`を可能にした。だから大量の夢玉を[ロードスキップ]の応用で瞬間移動させることが出来たし、今も[エアーウィング]で飛んでいられる。マッフルさんの置き土産は`二人`のことを考えて作られてたのに……もう一度、アディさんの横顔を見上げる。なんで最初怯えてるなんて見間違えたんだってくらい、そこには悲痛さが色濃く浮き出ていた。アディさんの立場にいたら、切り捨てられたようにしか見えないよね。


――レイであってレイじゃねぇな


 例えレイさんの本心が、そうじゃなかったとしても。


「ところでよ。オッサン共お釈迦にしたってことは、試合放棄と受け取っていいんだな?」


 軽くソウシに肩を押された拍子に、腰に帯びた刀が小さく揺れる。勝負って、もう色々とイレギュラーが起こり過ぎててそれどころじゃないよ――でも、気になってたことではあった。勝負を持ちかけたのはレイさんなのに、なんで自ら不戦敗になるような真似をしたんだ? 掌返しをする小父さんたちにいい加減に嫌気が差したから? だからって他の参加者のエルフたちに審判を頼むわけでもなく、むしろ同じように夢玉で狙ってた。


「まさか、さっきは部外者に退場してもらっただけですよ」


 勝負は現在進行形で進んでますよと、レイさんが冷たく微笑む。部外者、それ即ち芸術を理解しない者。彼らに媚びた作品を作り続けたエルフたちも、自分にとっては同類だと。そしてここからが、本当の芸術牢(プリズンアート)だと。


「理性が正常に働くノーマル空間で夢玉を蹴る――新の審査員は、この第一段階をクリアした貴方たち五人だ」

「あ?」

「レイディル……?」

《意味不明ですね、エルフ語?》

《エルフ+ドワーフ=エルドワ語?》

「新しいな、今度創るか」

「いや焦点の激変動!」


 揃いも揃ってどんな変則伝言ゲームだ後半三人っ――とツッコんだ時はもう遅かった。ぐにゃりとした足元の泥濘みに続いて一瞬の浮遊感に襲われた刹那、ドボンッと全身が沈んだ。待って、祭壇に夢玉が仕込んであったなんて聞いてない。靴の裏を通して伝わってた僕らの体温ですでに巨大化してたとか、こうなるって分かってたからレイさんずっと飛んでたんだとか、


「第二段階――我が身を以て夢を描く吾の作品、その身で砕いてみせてください」


 マジで聞いてないって!


「くれぐれも先の人々と同じ砕け方をしないよう、ご注意を♪」

(ちょ、待っ……!)


 ひらりと手を振るレイさんの姿が徐々に遠ざかって、滲んで歪む。まだ貴方のこと、何も知らない。なんでこんな事するのか、なんで一人で魔法を使おうなんて思ったのか……一人なら、なんで命が懸かってるのか。


『終太郎』

『っ、ソウシ!』

『レベルは心配するな、お前は死なせない――けど、覚えてるな?』

『……攻撃して考えろ、考えながら守れ』


 忘れるわけないじゃんお前の目おっかないんだよとジト目になれば、『光栄なこって♪』とソウシが笑うのが分かった。見えないのに、絶対に離れてるはずなのに……すぐ横にいるみたいに分かるんだよな。


『欲望の正しい使い方、思い知らせてこい』

『おっ……う?』


 いや欲望の正しい使い方って何ぃいいいぃいっ――渾身の叫びが声に出たのか頭の中に留まったままかも分からないまま、僕の意識は静かにブラックアウトした。

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