第八話 プリズンアート[中編⑤]
夢といえども溺れた者には、永遠の現実となる――byレイディル
「で、では発表者以外の方は客席のほうへ――」
「いいよ、この子たちには特等席で見てもらいたいから」
へっぴり腰になってる司会者の肩をポンと叩いたレイさんは、反対に審査員たちを祭壇へ呼んだ。大人しくぞろぞろと階段を上ってきた彼らに「動かないでくださいね?」と言って指パッチンする――実際は指パッチンの際に、透明なビー玉みたいなのが弾き飛ばされていたらしい。ソウシとアディさんは目で追えたみたいだ、動体視力鬼ですか。いや僕も見えたはずなんだよ……直前で目を擦ってなかったらね。
「お好きなシチュエーション等をイメージしながら、その球体に身を委ねてください」
「み、身を委ねてって掌にすっぽりなビー玉に?」
握りしめたまま祈れってこと、では勿論なかった。小父さんたちが反射的にキャッチしたビー玉は体温に反応するように大きくなり、瞬く間に掌を離れて人ひとり余裕で飲み込めるくらいのサイズになる……ついでに言っておくと、玉がデカくなった分だけ僕らは祭壇の端の端に追いやられた。やっぱ降りてたほうが良かったんじゃない?
「す、好きなシチュエーションとは……」
「そのまんま、ご自由にどうぞ?」
「で、では……」
果敢に第一歩を踏み出したのは、【乙女の腕】に握手を求めてた小父さんだった。身を委ねるという表現まんまに巨大ビー玉にそっと凭れかかると、小父さんの身体はブニャンッと音を立てて曲線を描いた表面に吸い込まれる。硬いと信じて疑わなかった玉は、その実シャボン玉みたいに柔らかかったみたいだ。
「あ、あのこちらは、どういう作品なんですか?」
「んー……名付けるなら、【夢玉】かな?」
我が身を以て夢を描くモノだよ――言葉尻は柔らかいのに、その声は甘くもなければ温かくもない。
「こ、これはっ」
とても`夢`を作品に盛り込む人のそれじゃないよ、と寒気を覚えた瞬間、様子見をしていた審査員の一人が声を上げた。今の今まで透明だったビー玉の真ん中あたりに、リンゴが一つ浮き上がってたんだ。っていうか危うくスルーするとこだったけど、小父さんが中に入っても透明のままだったよね? 外も中もどうなってんの異世界版マジックミラー!?
「今度はモモが、というか次々に果物たちが!」
「あっという間にフルーツバスケットの完成だ!」
「おいおい次はシャンデリア、いや部屋が出来上がっていくぞ!」
サラサラと幾重ものカラフルな線が織り成していく情景は、それなりに警戒していたはずの審査員たちの目をあっという間に釘づけにした……いや驚くのは当然のことだと思うよ? 祭壇下のエルフたちも驚愕に目を剥いてるし。でも小父さんたちは審査員でしょ、なんで疑問の一つも持たないの? 見たものは見たままなの!?
「こ、これはまさしく`夢のアート`だ!」
それから約一分後。透明だったはずのシャボンビー玉は、夜の大人の時間を連想させる極彩色の玉へと変貌していた。その実態は、どこの成金富豪だよって感じの部屋でクッションだらけのデッカいソファに腰掛けて締まりのない顔で口を開けている小父さんと、切り分けた果物を笑顔であーんしてる綺麗な女の人……って結局それかよ!? 夢じゃなくて欲望だろ!?
「いやもうこの際中年オヤジの脳内イメージには目を瞑ろう、話進まない」
とりあえず今考えるべきはレイさんの作品についてだ。えっとえっと、【夢玉】と名付けられたシャボンビー玉の中に入ると……入ると、どうなるの? 考える以前に圧倒的情報不足だ。
「今吾らが見ている表面の情景を、そのまま体験してるんですよ」
「へぇ、そうなんで……は?」
「生身なので、体感具合は現実と変わりません」
げ、現実と変わらない夢の体験って――ハイパーVRってことすか!? しかも現世みたいにクリエイターにプログラムされた世界じゃなくて、自分で想像した世界に入り込めるってことでしょ!? どこの近未来だよ!
「わ、私も入るぞ!」
「私もだ!」
レイさんの説明で一気に欲望の火がついた審査員たちは、次々と夢玉のなかに飛び込んでいく。十分もすれば、祭壇にはどぎつい色彩の欲望玉が整列しましたとさ……表面の情景についてはもう言及しないよ僕。
(この玉も、アマクなのかな?)
イメージしたものがそのまま、って部分は共通してるしな。だとしたらまたあの幾何学数字が渦巻いてるのかなと、もう一回[パルライシス]を唱えて盗み見た僕だけど……一瞬にも満たないうちに口元を押さえて身体ごと目を逸らした。
(なっ、にあれ……!)
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 光る繭に包まれた人体の表面を、同じように光る虫が無秩序に這いずり回ってるような……見てるだけでこっちの胃袋まで掻き回されるようで吐き気が止まらない!
気づいたアディさんが「吐いていい無理すんな!」って背中を摩ってくれたけど、すいません吐く物は多分ないんです……ソウシの守護があるから。吐き気は僕の気分的なもので、実際の胃は皮肉なまでにピンピンしてるだろう。
「とりあえず座れ。んでゆっくり息吐け」
「ぅ、ん……」
ずっと僕の脱走を阻むだけだったソウシの掌も、今はあやすように髪を撫でてくれた。その手に誘われるままにペタンと座って息を吐くと、お腹あたりをグルグルしていた不快感が少しずつ薄れていく気がした。
周りに見えないように両手で隠した口を「おぇっ」の形にして目を閉じれば更にましになって、「すいませんもう平気です」とジェスチャーで二人に伝える。けどそれでホッとアディさんの目元が緩んだのも、束の間。
「[パルライシス]で夢玉を見ないように、と先に言えばよかったね」
「てめぇ……」
反省のはの字もない顔で形だけ心配してくるレイさんを見据えたのは、完全に敵を前にした時の双眸だった。僕が言えたことじゃないけど落ち着いてください、とサロペットの裾を引っ張って一応訴えかけたけど、どうにも届いてないっぽいな……。
「何しやがったんだ」
「何って、説明聞いてなかったの?」
「事象じゃなくてメカニズムについて聞いてんだよ」
ソレのな、とアディさんが夢玉を指差す。僕も[パルライシス]が解けてるのを確認してから同じように見やった。欲望と願望に彩られた玉は、新たに線が描き足されることもなく鎮座したまま……ぁ、いや若干だけど色が濃くなってる気がしなくもないかも?
「それこそ、魔力の流れで一目瞭然では?」
「……ああそうだな、見ただけで吐き気がする暴力的な巡りらしい」
だからこそ、その渦中にいる野郎の肉体はいったいどうなってるんだろうな――一際強い激情を孕んで発されたアディさんの言葉に、背筋がゾクッと冷める。必然的にさっきの光虫こと魔力の流れが脳裏に甦ったけど、今度は吐き気に襲われることもなく冷静に思い出せた。
(あの魔力の粒、体内を巡るっていうより……喰い破ってるみたいだった)
それにエルフたちが持ってた形様々なアマクとも、ぜんぜん違って見えた。あっちが一定の量と速度、流れを保ってたのに対してレイさんのは全部不規則。むしろ不規則という一点で共通していた。
(ていうか待て待て……確かアマクって、流し込まれる魔力のなかのイメージを解析分解して、また外に構築するんだよね?)
もし同じメカニズムなら、あの夢玉ってアマク――かなりヤバい魔力の使い方してるんじゃないの?
ビキッ。
「あ……」
そこそこ熟考している間に、自然と夢玉から視線が外れていたらしい。それを引っ張り戻さんとばかりに走った亀裂音にビクッとして顔を上げると、
「夢といえども溺れた者には」
ビキビキビキッ、バリィイイィイッン!
「永遠の現実となる、ってね」
にこやかに詠うレイさんの隣で、最初の夢玉が砕け散った。それはもう粉々に、元から砂で出来てたんじゃないのかってくらい散り散りに……高熱に魘された時みたいに頭が茫然とするなか、ソウシの「もっかい魔力の流れ見てみろ」という指示に従って機械的に呪文を唱える。蛍光イエローの反応は、粒ほどもなかった……ついさっきまであれだけ、集合体恐怖症も待ったなしってくらい溢れてたのに。
「な、なんだ魔力切れか?」
「だからって、あんなふうに壊れる?」
「てかバァルの奴、いないよな? どこ行ったんだ?」
小声で囁き合うだけだったエルフたちも、突然の破壊と審査員の消失に次第に不安の声を大きくしていく。あの握手の人、バァルって名前だったのか。
「……おいレイ」
「はい?」
「中にいたクソ審査員、どこやった」
「アディ、さっきから似たような質問ばかりだね」
分かってて敢えて尋ねるのは、「少しでも不安があったら兄ちゃんに相談」って幼い頃の約束が癖になっちゃってるのかな――血縁関係が全くない僕の耳にも、この時のレイさんの声は酷く不快に響いた。こんなの、ただでさえ苛立ち気味のアディさんが聞いたら……ヤバい。一歩先の空気がビリビリして声もかけられない。
「思考を放棄した人間ほど醜い、ってのはこの事だな」
「ソ、ウシ」
弟君の最後の情けまで`癖`でスルーしちまうんだから、と充満する怒気をものともせずにソウシが進み出る。砂塵の山と化した夢玉を淡白な目で一瞥すると、「欲望って、ある意味永久機関だよな」と肩を竦めた。
「意識さえあれば無限に捻り出せるし、叶える術さえ持ってればそのサイクルこそが生命エネルギーになる……夢玉はそのループを利用した時限爆弾だったってわけだ」
「爆、弾」
「燃料は玉に入った奴の魔力、起爆スイッチがそいつの欲望。何でも思い通りになるリアルな夢と止まることを知らない欲望のコンビネーションを前に、抗える奴はそういねぇ」
このオッサンどもは典型例だと言って、ソウシはすでに幾筋もの罅が生まれている残りの夢玉に視線を走らせる。もっともっと、もっと思い通りにもっと沢山もっとリアルに……自分の魔力が湯水みたいに消費されてることにも気づかず、ノーリスクで満たされてると勘違いして使用者はどんどん夢に溺れていくと。そして欲望と違って、一個人の魔力には制限がある。
「時限、爆弾……じゃあ、夢玉が壊れるのは…」
「魔力が完全に、それこそ人体の全細胞を代償に得た分まで尽きた時――」
死んだ時だな。
死、死…んだ……そっか、死んだんだ…人が、死んだんだ。
ビキッ、バリバリバリバリィイイィイン!
「うっ、えぇえ……!」
今度こそ本気で気持ち悪くなってその場に蹲った。口元に押しつけた手の隙間から、逆流した胃液が溢れる。それでも頭の隅だけは妙に冷静なんだから、自分で自分に呆れた……ヒグッと喉が引き攣った際にまた酸っぱい液体が口内を満たす。
反射で閉じた瞼をおずおずと開いた先には、人ひとり呑み込んで砕けた大量のガラス玉が……もっと凄惨な、それこそスプラッター映画に出てきそうなバラバラ死体でも見ないとショック嘔吐なんてしないと思ってたのに。意外と繊細なんだな僕の精神。いや逆か、図太いからこんなふうに分析できてるのか。
「お人好しって言うんだよバカ」
「ソ……シ…」
「とりあえず[ウォーファール]で小っこい滝作れ。んで手ぇ洗って口濯げ」
その前に吐けるだけ吐いちまえ、と背中を叩かれたらまたゴフッと口の中がまた酸っぱくなった。飛沫が服に飛ばないように慎重に膝下に胃液を流すと、言われた通りミニ滝を作って口を濯ぎ、汚れた手もジャブジャブと洗う。「ほら」と差し出された布で余分な水滴を拭えば、思った以上にサッパリした……あれ? この布っ、発表前に脱ぎ捨てたローブじゃん! ジャヴさんごめんなさい!
「ジャブ(ヴ)だけに?」
「おまっ、人が敢えて素通りしようとしてたとこを!」
「クスッ、へーへー」
そら失礼しましたねと使用済みローブを祭壇の下に落として―こらポイ捨てっ―腰を上げたソウシに続いて、僕も立ち上がる。その際横目に映った他のエルフたちは、イレギュラーが起きたことは理解してるみたいだけど様子見継続って感じで、パニクッたり避難しようとゴッタ返したりはしてない。有難いっちゃ有難いけど……これは冷静とかじゃなくて、単に審査員が全員死んだって実感がないんだろうな。現世でも目の前で殺人が起きたって「なになに映画の撮影?」が第一声だもんな。
「と、とりあえず一旦みんなには街に帰ってもらお? ここよりは安全だと思うし」
「いや居てもらう」
「えっ、最悪ドンパチが起きるかもしれないのに!?」
「好都合だ」
「だから何で!?」
「他でもねぇコイツらが`右に習え`っつう微温湯の実態を知らねぇと、エセ優エルフの言う通り同じことの繰り返しだからな」
「あ……」
――持ち直したって、どうせまたすぐ腐るのに
そっか……ここで逃がしても臭いものに蓋をするだけで、助けたことにはならないんだ。ヤバくなっても僕らで守ればいいよねとソウシに目配せすれば、「気が向いたらな」と溜息まじりにそっぽを向かれたけど。
「随分と他人思いになったね?」
「っ……」
怒鳴ってもないのにここまで人をビクつかせられるのって、ある意味才能だよな……アディさんの肩越しに覗き見たレイさんは、「面識なんてないも同然だし、あったらあったでなかったことにしたくなるような連中だろ?」と悪意100%の微笑を浮かべている。ちょ、そんなふうに言ったら今度こそアディさんが爆発っ、
「てめぇ、俺等があのオッサンどもを案じてキレてると思ってんのか?」
……しなかった。不発に終わったっていうよりは良い具合にガス抜き出来たって感じで、心のコンディション的には「生みの親なんて今さら気にしない」って言い切った時と同じくらい清々しく整ってるんじゃないかな?
「違うんだ?」
「違うな」
「じゃあ何で?」
「レイディル、本気で言っとるのか」
アディさんより先に、一際厳しく答える声があった――マッフルさんだ。シェーレさんとカルタ王子と一緒にエルフの群衆を掻き分け、「よっこいしょ」と壇上によじ登る姿はいつも通りおっとりしてるけど、
「じゃとしたら師として、もう一度根性を叩き直してやらんとな」
息子兼弟子を見上げるブラウンの瞳には、確かな怒りが宿っていた。師という単語にレイさんが貼り付けていた微笑ならぬ虚笑も剥がれ落ち、素の表情が出てくる。山里でマッフルさんが「刀には興味なかったじゃろ?」と指摘した時に見せた顔と、同じだ。
「前も言いましたけど、十六年音信不通だった人に今さら師匠面されたくありません」
「師弟の縁は時間では切れん、と言いたいとこじゃが……お前がそう思いたいなら、今はべつに構わん」
溜息まじりの深呼吸をこぼしたマッフルさんは、もう一度レイさんに「アーディルの怒りの理由、本当に分からんのか?」と尋ねたけど、
「それこそ今重要ですか?」
やっぱり、間髪入れずに撥ねつけてきた。ビリビリからピリピリに落ち着いていた緊迫感が、配線がブッタ切れたみたいに一瞬で無になる。この空気、知ってる……相手への期待が完全に消え失せた時のそれだ。
「ちょ、二人ともっ……アディさん!」
このままじゃ本当にバラバラになると焦った僕は、沈黙したままのアディさんの前に考えもなく飛び出した――そして気づいた。`怒り`に代わってルビーの瞳を占めていたのは`無`ではなく、
「てめぇ、レイであってレイじゃねぇな」
`兄の身を案じるが故の警戒心`、だと。




