第八話 プリズンアート[中編④]
プレイディング・デュエット――by終太郎
……ねぇちょっと。のど飴か何かが喉に詰まって`ハカ`が`バカ`になっちゃったのは仕方ないけどさ、言い直しもしないまま突き通す!?
《……バカオクリ》
ボソッと書かないでください王子様シェーレさんだって我慢してくれてるんですよ多分!
「くぷっ、安心しろって後で野郎シメてやるから……くぷぷぷっ」
いやお前はもう少し我慢しろよ相棒だろ!? もうツッコミだらけで緊張してる暇もないよ有難いことにね!
「んじゃ、行っきますかー」
アディさんたちの眼差しという名の声援を背に、ガバッと肩に回されたソウシの腕に引きずられるようにして祭壇に向かう。エルフたちが無言でぞろぞろと道を開けてくれたんだけど、なんでだろ? 歩きやすくて有難いのと同じくらい気持ち悪い。向けられる視線は相変わらず無機質だし……あ、いやちょっとだけ好奇心が混じってるような感じが、しなくもないかな?
(レイさんも、見てる)
ずっとニコニコと、作品と作者の外側だけを撫でるように形だけ眺めてたレイさんが――今は確かに僕らを見ていた。そういえば彼、ずっとああやって審査員側にいるなと肘で隣のソウシをつつけば、「大御所気分なんだろ」と同じように彼を一瞥する。そう担ぎ上げられてる、が正しいと思いたいとも。
「でも、俺らのデキ次第では引きずり下ろせるかもしれねぇぞ?」
「……それは」
ちょっと、ていうか大分――、
「見てみたいね?」
「クスッ、だな」
外野から見たら今の僕らの顔は、悪戯を考えてるクソガキまんまなんだろうな。眼前のエルフたちも司会者の人も、審査員の小父さんたちですらギョッとしてるし。でも自分の見たいモノしか見ようとしなかったり、それを分かったうえで似たようなモノ作り続けたり……そういうニヨニヨやスンッとした表情よりは、ずっといいと思うよ?
「おーい、進めてくれねーと発表できねぇんですけどー?」
わざとらしくソウシが明後日のほうを向いて声を上げれば、司会者はハッとして謝罪し、今一度「今コンクール、トリのお二人です!」と僕らを一同に紹介する。いよいよだと深呼吸して気を引き締めよう、とした瞬間に尻蹴り上げられて逆に息を吐かされた。だっからなんで尻!?
「似合わねぇことすんな、いつも通りでいいんだよ」
「……いつも?」
「そ。練習ちゃんとしてたんだから、いつも通りでいいだろ?」
「……!」
ふっと、耳の奥に音楽が流れる気がした。無邪気でデタラメで寄り道こそが醍醐味みたいな、僕らの目指す冒険そのものみたいな音楽。
「大事なのは」
「楽しむこと、だったな?」
パチンッと互いに掌を合わせて程々に距離を取り、揃ってローブに手をかけると、
「プレイディング・デュエット」
新魔法と一緒に脱ぎ捨てた。僕の白銀とソウシの黒金。胸元や肩口を彩る金の飾り糸に、大きく背中を照らす三日月の刺繍。ジャヴさんの工房で密かにマッフルさんが作ってくれた僕たちの新衣装と、
「作品名は、【ステータス・バディ】!」
それぞれの左腰に携えられた、白と黒の対となる刀。
「 差し伸べられたんじゃない 僕自身が掴み選んだ 」
七つの色彩とともに祭壇上空に巨大な譜面が浮き上がり、小躍りするように数多の音符が透き通った橋の上に灯る。初めて使った時は僕も「天使の楽譜だ!」って見惚れたっけなぁ……その天使の楽譜はレイさんを含むエルフ一同の驚愕の視線をも吸い上げ、釘づけにした。
まぁそうだよね、見たことのない魔法なんだから――お天気雨のようにリズミカルに降ってくる音符を、散々に練習したステップを足で刻みながら手で弾く。そこからギター・ベース・ドラムの音が生まれて空を走った。作曲と同時進行で、現世で言うところの音ゲーを基にソウシが創った娯楽魔法だ。
「 右も左もない空 上がり駆けては駆け下りて
廻り巡ったその瞼 閉ざす暇さえなかったよ 」
「 握られた掌の熱が 明日を連れてくるんだ 」
右へ、左へ。二人で入れ替わり立ち替わり壇上を跳ね、掌で足で音符を弾いてバックミュージックを奏でる。気分的にはバンドっていうか、アイドルユニットだよ。本物のアイドルのダンスと違って落ちてくる音符が次の手足の動きを示してくれるから、万が一頭が真っ白になっても怖くない。
「 歩み止めんと滲む牙 海に残した友の横顔 」
「 謎を前に七転八起 」
「 それもまたアドベンチャー 」
「 さぁ明日は何を 」
「 どこへ 」
「 俺らで 」
掴み取りに行こう――パンッと二人で音符を弾き、ターンしながらエルフ一同を振り返った。鏡がなくても分かる、今の僕らは心から笑っているだろう。
「 差し伸べられたんじゃない 僕自身が 」
「 俺自身が選び 」
「 目指し歩んだ未知の道 目前のゴールなんざくれてやるさ 」
「 ただただその先の スタートに手を伸ばせ! 」
全力で楽しんでるとは言っても、初めての歌とダンスだ。音符を追いかけるのに必死で、観客たちの表情一つ一つを確認してる余裕は流石になかった。なのに、どうしてか分かるんだ――エルフたちの、光の滲む眼差しが。まだ微々たるものだけど、アマクが見せた数々の虚像を前にしてた時より確実に健全な目をしてる。たくさんの眼差しが束になって、一対の大きな目になってるんだ。
「 生まれ踏み出す眼たち 命の音に誘われ
握り手にしたその鋼 `二人のだ`と君が笑う 」
「 守るだけじゃない熱が 僕と君を照らすんだ 」
タンッとステージの上で身体を反転させた刹那。背中に注がれた大きな驚愕の視線のなかに、一際複雑な情が紛れ込んでいるのを感じた。アディさんもマッフルさんも、レイさんも驚いてるだろうなぁ――参考にされることは予想してただろうけど、まさかそのまま自分たちのことが歌詞にされるなんて思ってなかっただろうから。サプライズ成功だと悪戯なウィンクと合わせてハイタッチを決め、ソウシと立ち位置を入れ替えた。チラッと覗えた横顔は、なんかムカつくくらいクールビューティーだった。
「 小さな誉から広がる罅 憧れを振り切った背中 」
「 形見と封じた思いは 」
「 それでも互いの心に 」
「 ほら此処で今こそ 」
「 君の 」
「 僕の本音を 」
取り戻しに行こう――今度は意図的に、群衆のなかに浮かぶ三人の視線を拾い上げる。
「 愛を拒みたかったわけじゃない 僕自身が 」
「 俺自身が弱かった 」
「 ただそれだけでそれ故の罪 後悔なんざ掃いて捨ておけ 」
「 俯くよりも先の 再スタートを見ろ! 」
何度目になるか分からないハイタッチならぬノートタッチを交わし、間奏を打ち鳴らす。どれだけ詳しく話を聞かせてもらったところで……一度は双子と山里に背を向けたマッフルさんの思いも、幼い自慢を悔いながらも今なお職人の腕を磨き続けているアディさんの覚悟も、正反対の道を進み撥ねつけられる一方でずっと弟を気にかけているレイさんの本音も、僕には理解できない。それこそAIもといアマクの解析能力を用いたって無理だろう――でも、ぶつかり合う切っ掛けくらいは作れるから。
「 差し伸べられたんじゃない 僕自身が 」
「 俺自身が選び 胸に誓った 」
これからも貫いてく夢――最後の音符は二人で片手を伸ばし、そっと受け止めるように触れて空に溶かす。同時に空に広げられていた楽譜も消え、辺りはまたシンと静まり返った。
シーン、シーーン、シーーーン……チーーーーン。
(いやいや`チーン`はないわ`チーン`は)
空耳だと頭の中で首を振り、できるだけ表情一つ一つがボヤけるように焦点を暈してエルフたちを見渡す。どこもかしこもカッチンコッチン……拍手喝采は期待してなかったけど、まさか空気が凍るとは思わなかった。
(せめて司会者さん何か言って、この状態いろいろとキツ――)
パチッ。
(っ、今……)
パチ、パチパチ。
(凍ってた空気が)
パチパチパチッ、パチパチパチパチパチッ!
(冷め切ってたはずの、熱が)
弾ける――あっという間に広がり繋がった拍手の熱に、僕は「コレが物作りの向上心ってやつかな」とぼんやり思う。拍手と一緒にグワッと強く押し寄せてくる`感動`の奥に、`負けてられない`って刺すような情が瞬いていた。茫然と突っ立ったままでいると、伸びてきたソウシの手に頭鷲掴みにされて、
「Thank you for attention. 今一度大きな拍手をおねしゃーっす!」
誰が最初に手を叩いてくれたのかは分からない。アディさんかマッフルさんか、シェーレさんかもしれないし全く知らないエルフかもしれない。
「お前がいなかったら僕、首と腰の骨何回折れてんだろ?」
「多分そもそも折れねーぞ?」
「つまりは普段から自覚ありきでグキボキやってると?」
流されて手を叩いてるだけの人だって勿論、やっぱりどうしたっているだろうけど、それでもいいよね? ちょっとでもハッと思ってもらえたなら、楽しいって気持ちと「また一緒に」って気持ちがアディさん達に届いたならそれで――、
バタッガシャーン!
「いっ、は?」
軽口の向こうでホッとした僕を叱咤した、わけじゃないとは思うけど……ビクッと頭を上げてステージ脇を見下ろせばテーブルが倒され、酒やツマミも一緒に地面にブチ撒けられてた。興奮して立ち上がった勢いで倒れたにしては、傍にいる小父さんたちの表情がおかしい。明らかにビビッてる。腰が抜けたみたいに椅子からズリ落ちてる人もいる。
「余計なことしないでよ」
「……レイ、さん?」
「持ち直したって、どうせまたすぐ腐るのに」
ガッとテーブルを踏み越え、割れた酒瓶をさらに潰してレイさんが進み出てくる。足だけじゃなくて胴にも一本筋が通ってるのに、首から上だけが陽炎に晒されてるみたいに判然としない。お、怒ってるのとは違うよね?
でも苛立ってるのも確かで……這い上がるように祭壇に上がってきたレイさんに気圧されるも、後頭部を掴んだままのソウシの手が後退ることを許してくれない。俺らが逃げる道理ねーじゃん、ってその目は語ってるしその通りだけど! どう考えても今のレイさん変じゃんおっかないじゃん!? 僕はせめてもの抵抗で俯いて固く目を瞑った。
「……ねぇ」
「っ!」
すぐそこで聞こえたはずが、ふっと気配が遠のいた気がした。閉じたばかりの瞼を開いて顔を上げれば、目の前にはアディさんの広い背中が……いつの間に壇上に? 再び「ねぇ」と走った声におそるおそる肩の向こう側を覗けば、アンティークゴールドの前髪を鬱陶しそうに払ったレイさんが、腰を抜かしたままの審査員たちを見据えていた。
「今の、花びら何枚なの?」
「はっ、な……そ、そうだな」
形に残らずとも耳に残る新しいアートだ、十枚かそれ以上だと急にそれっぽいことを言って立ち上がった一人に釣られて、他の小父さんたちも椅子や互いの肩に縋りながら腰を上げる。その表情筋は引き攣ってたけど、目と口元のニヤつきは隠せてなかった。
「今回の優勝はトリの、えっと……そう、君たちだ」
「どうだね、このあと我々と作品について語り合わないかい?」
豹変したレイさんにビビッたのは芝居だったのかってくらい、今はもう次の金蔓のことしか頭にないようだ。僕らの名前も覚えてないところを見るに、歌のタイトルも歌詞もまともに記憶してないんだろうな……それで何を`語り合う`んだろうね? お前はどう思う、とソウシを顧みるより先に後頭部に食い込む指が答えをくれた。
「ほらっ、なにも変わらない!」
バッと振り向いた無邪気な声に、虚を突かれる。この短時間で二転三転してホント情緒どうなってるんだとレイさんに焦点を合わせれば、彼は心底嬉しそうに両手を広げていた。完膚なきまでに吹っ切れた、ようにも見えた。
「この繰り返しだよ! どれだけ頭を捻ってイイ物を考えたところで、エルフの園じゃ大金の生贄にされるだけ。審査員らが死んだってそれは変わらない、今そこから見えてる群衆から次の審査員らが生まれるだけ」
「……なにが言いてぇんだ」
武器職人、芸術批評家に続いて今度は革命家に鞍替えするのかと吐き捨てるアディさんに、レイさんは「出すとこ間違ってるよ、ってただの忠告」と嘆息して腕を引っ込め、視線だけを器用に僕らの刀に注いだ。そ、そういえば地味にレイさんと刀の所有権賭けてたんだった……ん?
「僕ら、トリだったよね?」
記憶が正しければ、レイさんはずっとステージ脇にいて何も発表してない。勝負するなら彼も何か発表しないと……まさかの間に合わなかった? 山里で僕らに吹っかけてきた時は超がつくほど余裕ぶっこいてたのに!?
「吾の余裕に嘘はないですよ」
うわっ、不意打ちで千を見通す職人の目きた! 焦りつつも名付ける余裕だけはあるらしい僕にニッコリとレイさんは微笑むと、「ゲスト参加ってことでいいですよね?」とおもむろに審査員たちを振り返る。当然彼らに首を縦に振る以外の選択肢はなく、ちゃっかり特別枠はゲットされてしまったのだった。