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第八話 プリズンアート[中編③]

リインさん……いなくない?――by終太郎

 せめて透明感があればなと軽く肩を竦めた僕の二の腕を、ソウシがトンと肘で突いてくる。その視線は審査員たちを捉えていた……ん? 見間違いかな、心なしか小父さんたちの姿勢が前のめりになってるような気がするんだけど? シェーレさんの時はまともに一瞥すらしなかったのに、と思わずジト目になった僕の鼻を唐突に甘ったるい匂いが掠めていった。


(なにコレ、花っていうか香水っていうかもはや薬品……およっ?)


 猛烈に甘い匂いの根源は、ステージ上でエルフが持ってるピンクの花――を媒体(?)に頭上に霧みたく展開された、女の人だった。素肌に白い羽衣を纏ってフワフワの髪を靡かせ、すべてを迎え入れるように両腕を広げて微笑む姿はまさしく女神。【乙女の腕】ってタイトルにマッチしてるっちゃしてるけど……。


「女の人の立体映像、いや立体霧? とにかくソレが出てるだけ、だよね?」


 なんだろこの、思春期真っ只中に美術館とかに飾られてる有名絵画を見せられたみたいな何ともリアクションしがたい気持ちは。いや凄いか凄くないかで言えば凄いはずなんだけど……物体から映像を出すって点でシェーレさんの作品と共通してるから、単に二番煎じに感じてるだけかな?


「背景になんのストーリーもねぇからだ」


 さっきのマーメイドの作品には`ダチへの思いと過ごした時間`があっただろと、アディさんが冷静に解析してくれる。そっかストーリーか。そういえば現世の美術品も、誰某が病に伏せながら作ったとか贈ったとか風刺したとか、何かしらの解説が添えられてるよな。さすがアディさん、と見上げた僕は再び固まった。この人、全然冷静じゃなかった。めっちゃ静かにブチ切れてるだけだった。


「じゃが、技術という一点においては先ほどの青年より上じゃ」

「へ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()させとるんじゃからな」

「……はぇ?」


 今ナント、と目を点にする僕に苦笑しながら、マッフルさんがちょいちょいとステージ脇を指差す。なんか嫌な予感がするなーって見る前から覚悟はしてたけど、


「おぉなんと美しいっ」

「以前にも増して包容力がアップしているではないか!」

「陶器のように滑らかな肌だな……」

「まるで本物の女神様が降臨なさったようだ!」


 ……いろいろと想像以上だった。いい歳した大人が、というか審査員が揃いも揃って鼻の下伸ばすっていいのそれ? 確かに美女だし母性も感じられるけど、ナージュさんのほうがずっとずっと素敵な人だよ絶対。ほんと、頭の中でも比べるのが申し訳なく思えるくらい。


「あの疑うわけじゃないですけど、本当に凄い技術なんですか?」


 いくらイメージを実体化させてるって言っても、と視線はステージに固定したまま屈んでマッフルさんに耳打ちする。と、審査員の一人がステージに上がって……美女に握手を求めた。審査の一環だとか言ってるけど絶対違う。顔面がもはや下心だもん。


「おぉ! この温もりにこの滑らかさ、エルフ以上にエルフな作品だ!」


 ……え? 小父さんのコメントもコメントだけど、それ以上に――立体霧の美女が審査員に反応したことに驚かされた。宙に浮いたままだった彼女は審査員に気づくと、わざわざ彼の目線まで降りてきて握手したんだ。ニッコリと、それはもう聖母のような微笑み顔を添えて。


「高性能なのは間違いないのにあまりにも都合が良すぎるせいで滑稽に思えるのは、僕の心が歪んでるからなのかな……?」

「だとしても俺も歪んでっから安心しろ」

「うん、ていうか今更だけどアレどうやってるの?」


 あの花の装置に込めたイメージのなかに、握手する姿も入ってたってこと? まぁここに住んでるエルフなら審査員の反応くらい予想はつくと思うけど、と一人で納得しかけた僕だけど、


「オッサンの要望をそのまま追加(イメージ)しただけだろ」


 ソウシの言葉でまた分からなくなった。え、そんな簡単に追加できるものなの? ヘルメットとかヘッドフォンとか、それっぽい装置頭につけてるわけでもないのに!? そんな魔法みたいな、ってここザ・魔法の異世界だった!


「あのエルフは、ただ掌を通して花に魔力を注いでるだけみたいだけどな」

「ぇ、ソウシあの花の絡繰り知ってるの?」

「知らねぇけど、まぁ想像はつく」


 こんなのに使いたかねーけどと肩を竦めたソウシは、そのまま[パルライシス]って唱えてみろと小声で言ってきた。お、新魔法だ。流れ的に視覚系のやつかなと密かにワクワクしつつ、言われた通り唱えてみる。


「あっ」


 パチッと一度目を瞬いた刹那、ソレは見えた。エルフの青年の身体が僅かに透けて、蛍光イエローに輝く粒たちが川みたく体内を巡っている。心臓から両腕を伝った粒の川は、掌を通して花の装置に流れ込んで――幾何学数式に分解再構築されていた。


「……ふぇ?」


 いや自分でも何言ってんだろって思うよ? でも実際見たまんまなんだからしょうがないじゃん!? 蛍光イエローの川は花びらに吸収された瞬間さらに細かく枝分かれして、片っ端から数字とか数式とか、見たことはあるけど意味不明な記号に変換されてってるんだよ! んで花の中心部みたいな繭のなかでもう一回変換されて、変換前の光と平行になるようにまた花びらから出てって……審査員の好む女神像を形作ってるんだ。


「あのスーパーコンピューターみたいな変換、全部あの花がやってるの?」

「だな。一定の速度で適量流し込まれる魔力を、組み込まれた持ち主の思考に沿って解析・分解・構築」


 結果理想通りの人形がああして降臨なさったわけだと、ソウシは顎をしゃくる。幻想的な現れ方をした女神の実態は、数式や記号が幾重にも束ねられた極めて合理的な虚像。魔法は魔法でも奇跡とは程遠いなぁと微妙な眼差しを向けてる僕らなんて、それこそ眼中にもないんだろう……手を握られてる小父さんはヘラヘラしてるし、他の審査員たちもデレデレしてるし。エルフの青年は一貫して真顔だけど、その視線は小父さんたちの反応を気にしてずっとチラチラしてる。


「でも……女神像のほうは一瞥もしないんだな」

「そりゃ作品愛なんて微塵もないだろうからな」

「み、微塵も?」

「そりゃそうだろ、どう見たってあの男の趣味じゃねぇし」


 オッサンの顔色に合わせたモノを愛せるのは同じオッサンくらいだと言って、ソウシは僕に足カックンを食らわせてきた。いやなんで!? んで四つん這いになった僕の背中に座ってきた。だからなんでだよ!?


「立ちっぱに飽きた」


 `疲れた`んじゃなくてただ`飽きた`だけかい! それを言うなら僕だって飽きたよ!


「前回より立体感が出ているな」

「香りも人肌に寄せてきてます」


 ……ん?


「でも声は入ってないようですね」

「表情も、私の()()()のほうが自然よ」


 アマクってなに? ていうかさっきからボソボソと誰が喋って……その答えは顔を上げてすぐに分かった。今のは全部、周りにいるエルフたちの独り言だ。普通に立ってても聞こえなかったのは、彼らが無意識に俯き気味で呟いていたから。


 膝カックンからの人間椅子はコレを聞かせるためだったのかと首を仰け反らせれば、ソウシは答えない代わりに「評価は花びら十枚中、六枚だとさ」と別の情報を投げてきた。五つ星評価ならぬ十花(とおか)評価ですか、というかあれだけデレデレしといて六枚? どんだけ理想高いんだよ!?


「それに、シェーレさんの時は枚数評価なんか……」

「ストレートに考えて、評価する価値もねぇってことだろうな」


 つまりは気分次第だと? もう十二分に分かってるけどホントどこまでも最低だな……でもそれに慣れ切ってしまってるエルフたちは、ブーイングの一つも上げない。評価を受けた者は一礼して大人しく下がり、次の発表者がステージに進む――ルービックキューブのような、四角い箱を持って。


「お次の作品は【強者(つわもの)どもがアイの跡】!」


 似たようなサイズの物体に響きのよく似たタイトル、何よりその魔力の流れ。まさかと思う前に三人目の発表者である男性が箱を掲げ、淡く色づいた微風が渦巻いた。やがて色が薄れて見えてきた風の目には、デカ長い棒の武器と露出度の高い鎧を身につけた女戦士の姿が……。


「パクリ、だよね? いやさっきの人があの人の真似をしたのか?」

「…………」


 その後も僕らの驚愕は、悪い意味で止まらなかった。表情が今ひとつ唆られないという理由で花びら五枚という結果に終わった三人目に続いて、盤上に出た四人目の手にもやはり似たり寄ったりの球体が。その魔力が算出する虚像も、セリフが入ってたり表情豊かだったり逆に無表情だったりと小さな差はあれど、目元だけ切り取って並べたら誰が誰の作品の子かまるで分からない。


「現世にもあったよな」

「っ、え?」

「条件や特徴を入力するだけで、望み通りの答えや情報を出してくれる便利機能」


 ……嗚呼、


「Artificial Intelligence――AIによる自動作成だよ」


 アディさんがレイさんに対して言った`ズル`の意味が、ようやく分かった。


    ◇◇◇◇


「異世界にAIって……そんなことあっていいの?」


 アディさんのショットガ、じゃなくてコンバードデスターの時も思ったけど死刑(ナイトメア)自由すぎないか? いろんな意味でいいのかよとジト目になる僕に、ソウシは「別にまんまコンピューター持ち込んだワケじゃねーし、AIみたいなモンってだけだし」と飄々と言い返すとおもむろに足を組み直した。っておーい、敢えて浮かせた足の分だけ僕の背中にかかった体重が微妙な後ろめたさを物語ってるぞー。


「また、妙に外れた言葉を使うなお前らは」

「へ?」

「エーアイって、アマクのことだろ?」


 まぁ俺等も最近まではガチでズルって呼んでたけど、とアディさんは溜息まじりに僕の傍らに胡座をかいた。ズル、か……僕はずり落ちるソウシを無視して身体を起こすと、「六年前レイさんは」と三角座りをして切り出した。


「あのアマクっていうので、アディさんの代わりに武器をデザインしたんですね?」

「……そうだ」


 寝不足と栄養不足でガンガンだった頭に響いた依頼人の有頂天な声は、今でも嫌ってほど思い出せるらしい。工房から聞こえてくる今までにない程に明るい会話に、この短時間で俺等を追い越すとかやるじゃんとアディさんは誇らしくすらなったという――興奮した依頼人が、アマクの絡繰りをベラベラと喋るまでは。


「作品ってのは、武器ってのは自分の頭で考えてナンボだろ。それをただ()()()()()だ?」


 挙句に`誰でもお手軽簡単に`とか職人をナメ腐ってやがると、怒りが再燃してきたのかアディさんの口調が荒くなっていく。一から全部自分の頭で考えて作ってきたアディさんにとって、レイさんの発想はタブーそのものだったんだ。俯いて深呼吸して必死に怒りを流してるアディさんを横目に、僕はそっと立ち上がる。祭壇では、相変わらず似たか寄ったかの発表会が続いていた。


「ていうか、なんでレイさんのアイデアがエルフの園全体に伝播してんの?」

「自分から売った、とは思えんからスカウトじゃろうな」


 スカウト、まぁ発想そのものは画期的だから噂なんてあっという間に広がっただろうな。そして話を聞きつけたエルフたちにお試し感覚で誘われて、コンクールに出てみたら思いのほか気に入られてそのまま契約したってことか。筋は通ってるけど、なんかなぁ……チラッと見下ろせば、マッフルさん自身話しておいてどこか腑に落ちないって顔をしてる。


――相変わらず事務関連は不慣れなんだね


 どう考えてもあの人、そんな悪徳商法みたいなのに引っ掛かるような質じゃないでしょ? スクリーム・マウンテンの麓で宿屋を営んでるから、お金にだってそんな困って……あ、もしかしてラバドラのドラゴンの飼育費ってレイさん持ちだったりする? だったら意外と厳しいのかも、っていやそうだったとしてもだよ! ただでさえ、自分たちを捨てた街なのに。


「それでもやっぱり、生まれ故郷には違いないからとかなのかな?」

「あのマーメイドじゃあるまいし、まさか」


 三流美談を聞かされた暁にはニッコリ鼻糞つけて叩き返すヤツだぞ、と竹のように立ち上がるアディさん。それに対して「懐かしいのぉ」と目を細めるマッフルさん……いやアンタら普通に怖いよ。この異世界のドワーフとエルフ、バイオレンスが過ぎるよ。


「ていうか、なんでそこでシェーレさん? あの人の故郷海ですよ?」

「あー故郷云々じゃなくて、心意気っつぅか……ちょうどいい、さっきの質問に答えてやる」


 さっきの質問――シェーレさんがどうして、まともに評価されないと知っててこのコンクールに参加してるのか。


「見ての通りこのコンクールは狂ってる。審査員は言わずもがな、参加者も金欲しさにクソ爺どもに媚びたモンしか作らねぇ……けど、物作りは止めてねぇから」


 作ることを止めた時が本当の終わり、今はまだギリ首の皮一枚で繋がってる状態だとアディさんは言う。シェーレさんはその薄皮に、大袈裟にいえば最後の望みを賭けている――下心丸出しの右に習えじゃない、本当に作りたい・見てほしいと思える物作りの楽しみをエルフたちに思い出してほしいんじゃないかと。


「作品でしか、動かせない心」

《そんな大層なモンじゃないですよ》


 トンッと肩にのせられたミニ黒板のなかで苦笑する、カルタ王子のそれよりも線の太い文字たち。「お疲れ様です」と振り返れば、シェーレさんが黒板をくるっと回して《ご観覧どうも》と小さく息を吐いた。


 と、気づいたアディさんの目がシェーレさんを捉え、その視線に誘われるようにワインレッドの瞳もまた彼のほうを向く。そういえば二人はまだ本当の意味では初対面だったなと、僕は街中での二の舞を避けるべくお互いを紹介しようとした……矢先、


 ガシッ。


 なんか一瞬で意気投合して、挨拶すっ飛ばして勝手に握手しちゃったんだよこの二人。解説を求めて半糸目のままそろりとマッフルさんを見やれば、「物作り同士、共鳴するところがあるんじゃろう」とのっほり微笑み返された。なんかマッフルさん自身真の意味では分かってない気もするけど、と思いつつも一応僕の口からシェーレさんを二人に紹介しておく。ってあれ、二人?


「リインさん……いなくない?」


 めっちゃ今更かもしれないけど、なんなら白々しさすら感じるかもしれないけど、ぎこちなく辺りを見回しながら呟く。シェーレさんの発表が終わって、二人目の発表者が出てきた辺りから声を聞いてないような……うん、絶対にそうだ。


 あの、言っちゃ悪いけど男の欲望そのものみたいな作品と審査員の反応見て、リインさんが黙ってるはずがない。初見で審査員にぶちまけた以上の拒絶反応が出てたはずだ。うわ、なんか想像するだけで背筋がゾッとしてきた。


「ぁ、でもあまりの酷さに気絶して足元に転がってるって線も――」

「アイツなら便所捜してすっ飛んでったぞ」

「えっ、ソウシ気づいてたの!?」

「おー。ゲボの臭いがしたから、とりあえず上空めがけて蹴飛ばしといた」

「すでに吐きかけてたの大丈夫!?」


 あとそれリインさんが自分で`すっ飛んでった`んじゃなくてお前が`ぶっ飛ばして`んじゃん! そういえばリインさんの拒絶反応って第一段階(罵声)第三段階(気絶)(?)の前に第二段階(嘔吐)があったっけ、とか本人に言ったら問答無用で僕に前述の三つが叩き込まれるんだろうな。


「って言ってる場合じゃない! ちょっと僕そのへん捜して――」

「んな時間ねぇぞ」


 もう、出番だから――ソウシの声と指が無人の祭壇を差すと同時に、司会者が「それでは最後に!」と声を張り上げる。そういえば、そろそろそれくらい時間が経つか。ていうかコンクールが始まってからあの人ずっと同じテンションだけど、喉とか平気? 遠目にも顔色が干枯らびて見えるけど。


「遥々ドワーフの山里よりお越しなさったバッカ、んぐ、オクリシュウタロウさんとお付き人のソウシさんです!」

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