第八話 プリズンアート[中編②]
ある意味じゃ、捨てられて正解だったのかもな――byソウシ
「卸売……」
目に留まった作品を買い叩いては自分の代表作として、いい値で外に出して収入を得てるんだろうとソウシは説明を付け足してくれる。個人的な契約にしてしまえば賞金みたく云百万も払わなくて済むし、日々の収入より高い金額を払うと言われれば切り詰めた生活を強いられている作者は頷かざるを得ないって……はぁ!? 『なにその身勝手意味分かんないっ』と僕は再び伝達スキルで声を荒げる。
『ま、クーデター防止に微々たる印税くらいなら払い続けてるかもな』
『だとしてもだよ! 人から奪った作品で自分たちだけ……盗作じゃんか!』
『そう反論されねぇための個人契約だ』
『っ……あんま言いたくないけど作者もおかしいよ』
そんなあからさまな悪契約に乗っからなくても、自分で外に売り出しにいけばいいじゃん。ニュースとかで見るデモは起こせなくても、そうやって皆が自立していけば何れは集団ストライキと同等の効果が出せるでしょ? 我慢してまでこんな場所にしがみつく理由、ある!?
『……若い発想だな』
『え?』
『正しく健全、アタシは嫌いじゃないけどね』
『リインさんまで……』
急に、まるで僕が聞かん坊みたいな言い方……二人だって同じこと思ってるでしょと両脇を順に見やれば、ソウシもリインさんもさっきとは打って変わって大人びた顔で佇んでいた。諦念が滲み出てる、と言い換えてもいい。余計にワケ分かんなくなって戸惑う僕の頭をポンと後ろから叩き、ソウシが「鰭を持つ魚ならまだしも」と続ける。
「井の中で育った蛙は、大海原に放り出されても溺れ死ぬだけだ」
「蛙……」
閉ざされた、蛙――嗚呼そういうことか。ムカつきで張り詰めていた顔の筋肉から、力が抜けていく。きっと今の僕の顔にも、諦めが滲んでいるんだろうな。
(外が、怖いんだな)
異世界だからエルフだから、ってつい考えがちだけど――彼らにとっては僕らでいう現世そのもの。社交的な人もいれば当然内向的な人もいる、生き方がある。引っ込み思案な人にとって外に出ることは容易じゃない。後ろ盾がある自由と違って、前だけを見据えて飛び出した自由は同時に退路を断つことを意味するから。
(ってか、身一つで芸術品を売って生計を立てるって普通に大博打だよね……)
無一文のリスクを背負って自由へ飛び立つくらいなら、貧しくても確実に寝食が約束されてる地の籠を選ぶか。僕は唸りながら頭を抱えた。散々に偉そうなこと言ったけど、同じ立場にいたら僕だって……僕が怖い思いをせずに飛び出していけるのは、ソウシがいてくれるおかげだから。
「ある意味じゃ、捨てられて正解だったのかもな」
こんな狭苦しい籠で育ってたら、デザイン編み出す前に自分の首を絞め編んじまうぞ――言ってる内容もさる事ながら、軽い冗談っぽい口調が却って重く響く。共有してるのが僕とリインさんだから良かったけど、こんなのもろにアディさんに聞かれたら……ってちょっと待って。
「どう思う、ボロカスに吐き捨ててたリイン的にはよ?」
これスキルじゃなくて普通の会話じゃね!? えっどこから、いやどこからでもアウトだけど! どうしよ……さっきの反応もあって怖くて後ろ向けない。
「っ、育児の金に困ったって線もあるじゃない」
リインさんお願い黙ってせめてスキル使って!
「リインが正しい。誰かに託すんじゃなく、地べたに捨てたんだからな」
ああああああああっ、と申し訳なさやら緊張やらで涙目になる。そんな僕の尻を、他でもないアディさんが「いっちょ前に人のモンまで背負ってんじゃねぇ」と蹴飛ばしてきた。いやなんで皆して尻蹴るのさ!? 僕べつにスクワットみたく突き出してないよね、と瞬間的に涙目を吊り上げて振り返った先では、アディさんがケロッとした顔で立っていた……心なしか、笑いを堪えてるような気さえする。
「顔もろくに覚えてねぇ生みの親のことなんざ、本気でどうでもいい」
「え……」
「ソウシの言ったことは正しいんだよ、こんな鳥籠で育ってたかと思うと鳥肌モンだ」
自分の境遇や種族の実態を嘆くどころか、「今が一番幸せだ」と無邪気なまでに胸を張るアディさん。聞く人によっては薄情って思うのかもしれないけど、
――生んでくれた人、だからね
堂々と飾らずに言い切る姿は、僕にはとても眩しく思えた。羨ましいっていうか……うっ、なんか急に頭痛くなったんだけど何で? 妙な誤解を生みたくない一心でゆっくりと目を瞬いて頭痛をやり過ごすと、「幸せなら、良かったです」と一番ハッキリしてる本心を出す。アディさんは何も聞かずに、ただ静かに大人びた表情で頭を撫でてくれたけど、
「……だからこそ理解できねぇ」
ルビーの視線が僕の旋毛を通り越した瞬間にその掌は冷たくなる。僕の後方もといアディさんの前方である祭壇の脇には、司会者と審査員のほかにもう一人――レイさんが立っていた。前コンクールの優勝者として紹介されてるようだけど……テンションが高めなのは司会者だけだ。審査員たちは相変わらず欠伸三昧だし、エルフたちは揃って通夜のリアクションだし。
「作りモンでも、ああしてヘラヘラしてられるアイツの心情がな」
「…………」
山里で見たのと同じ、一方的な微笑のドロつき感が空気を通して伝わってくる。そこそこ離れた所にいる僕が分かるんだから、近くにいる人たちはもっと強烈に感じてるはずだけど……ピクリともしない能面を見るかぎり屁でもないんだろうな、いろんな意味で。
「にしても解せんのぉ、芸術を芸術とも思ってない連中にレイが媚びへつらうとは」
「マッフルさん……」
「昔は微笑んだまま殴り飛ばすくらいしとったんじゃが」
「そうなの!?」
確かに強引さは垣間見えてたけども、手が出るほどだったなんて! 本人に言ったらぶっ飛ばされるだろうけど、そういうのはアディさんの担当だと思ってた……実際はむしろアディさんのほうが止め役だったみたいだけど。じゃあ武器で戦ったらボロ負けするとか言ってたアレ嘘、ってんげ! アディさんに無言で足踏まれた! そういえばこの人一聞いたら千見通してくるんだった。
「命懸け、とか言ってたわりにどいつもこいつも戦闘力カスだしね」
あー、確か狐の窓だっけ? こう、指で作った狐同士を交差させて覗くっていうお呪いの……よく知らないけどその窓越しにレイさんを見やりながら、とても力で脅されてるようには思えないとリインさんが呟いた。でも「ああやってステータス計るのか?」って小声でソウシに尋ねたら、腕でバッテン作りながら「Perfect No」って返ってきたんだけど。
「――それでは! 一番の方からいってみましょう!」
見慣れたけど慣れないリインさんvsソウシの一触即発の空気を打ち消すように、ゴォオオ~ンと鈍い音が響く。確か中国の、銅鑼だっけ……って一番の方!? まだ始まってなかったの!? 今の今までずっと挨拶!? 校長の挨拶でももう少しコンパクトだよ!?
「西海【ヴァルシェリア】よりお越しくださった、マーメイドのシェーレさんです!」
そしてシェーレさん一番乗りだったぁ! ガビーッンと空を仰ぐ僕をよそに、ワイシャツと黒のパンツをカジュアルに着こなしたシェーレさんが、エルフの列を縫って祭壇に進み出る。両手で丁寧に抱えている木箱、アレにシェリーさんが言ってたトンボ玉が入ってるのかな?
(てか、周り静かすぎない?)
シェーレさんの足音ここまで聞こえてくるんだけど。オークションじゃあるまいし、と僕は大袈裟に咳払いしてから拍手をした。これには無反応一色だったエルフたちも流石に僕のほうを振り向いたけど、構わず続ける。
「それでこそ主役♪」
「優等生ね」
余計に感じなくもない一言と一緒に、ソウシとリインさんも拍手に参加してくれる。アディさんとマッフルさんも柔らかい苦笑を浮かべて続いてくれたし、カルタ王子もミニ黒板頭上に掲げて……なんで掲げてんの? 脇に挟まないと拍手できなくない?
《パチパチパチッ★》
いやそこも文字なのかよっ、目立ちたくないのか目立ちたいのかどっちなのこの人!? 拍手で痺れた手を摩りながら祭壇に向き直れば、シェーレさんが木箱からオレンジとヴァニラカラーの丸模様に彩られたガラス玉を取り出している。あの色ってもしかしてとソウシを見れば、「たぶんな」と笑って頷かれた。
「作品名は【幼馴染】!」
司会者のタイトルコールに合わせて、シェーレさんの背後の頭上に[ウォーファール]の滝が出現した。しかも上からだけじゃなくて下からも、鯉の滝登りならぬ滝の滝登り!? 流れの合流地点からミストシャワーみたい降ってくる水飛沫を前にポカンとしてると、シェーレさんは振り返らないままにガラス玉を投げ……投げちゃったよいいの!?
「へぇ? プラネタリウム型のアルバムか」
「プ、プラ?」
何それと横目で覗いたソウシの瞳には、上から目線ながら世辞の一切ない高評価が瞬いていて。その黄金の視線を追うように祭壇のほうを見直した僕は、茫然と目を丸くした――トンボ玉から放たれる光を受けてオーロラみたいになった上下の滝に、写真が映っている。
マーメイドの男の子二人が並んで飴玉を食べてたり、木の剣で稽古してたり、デッカい貝殻の上で昼寝してたり、揃って頭にタンコブ作って正座してたり……これ、幼い頃のシェリーさんとシェーレさんだ。あの光るトンボ玉が映写機で、滝がスクリーンの役割を果たしてるんだ!
「って理屈は分かるけど、どうやって水に写真を……だってガラス玉だよ?」
水玉模様の部分以外は透明で、中に何か仕込んでる感じはないし。まるでマジックショー見てるみたいだと目を皿のようにする僕に、ソウシは「[イリュージョナルリュウグウ]の応用だろうよ」とあっさりタネをバラしてくる。
「[イリュージョナルリュウグウ]って、前にシェリーさん達が仕掛けてきたあの?」
確か水中でしか使えない幻影魔法だっけ? あ、だからスクリーンが滝なのか。映ってるのはネガの写真じゃなく幻影、もっというと幼い頃のシェーレさんの記憶でって普通に凄いな!? とてもあの濁流みたいな幻と同じ魔法には思えないんですけど!?
〔あっ、オレが残しといたアメ食ったな!?〕
〔わたしの隠し缶から勝手にとった分を、かえしてもらっただけです〕
って写真が動き出した! これムービー機能も兼ねてんの!? それにしてもこの二人のやり取りどこかで……あ、レルクとカルタ王子だ。さすが幼馴染と視線を向ければ、カルタ王子が《何も言うな》ってガリ太な字で書き殴った黒板を突きつけてきた。チラッと見えたラズベリーレッドの目は、心なしか遠くを映してた気がするよ。
「にしても、初っ端からこんな高レベルなの持ってくるとか……そういえば発表の順番ってどうやって決めてんの?」
番号札とか貰ってないし、そもそも会場に着いてから受付けっぽいこと何もしてないんだけど!? 今更だけどエントリエラーとか起きてないよね!?
《街に入る時に`アートコンクール出場`って答えました?》
「ぇ、はい」
《じゃあ平気です。答えて街に入った順番がそのままエントリーナンバーになるので》
「んな大着なっ、いやある意味じゃ効率的なのか!?」
「ちなみに俺らトリだぞ」
「ハードルエベレストかよ!」
「越えられない山を越えてこそ、漢だ」
「だったら男でいいよ僕は!」
うぬぅ、ここに来て緊張で胃がキリキリしてきた、
「んなワケないでしょ、カンストステータスに守られてんだから」
……ような気がするって続けようとしたんだよ今! リインさんはカルタ王子と同じで見学だから気軽でいいですよねーと振り返れば、彼女の目は思ってたよりずっと真剣に【幼馴染】を見ていた。顎に手を添えてジッと吟味する姿は審査員よりも審査員らしい、ていうか肝心の審査員の反応は?
「つまらぬ」
「次いきましょう、次」
……へ?
「女子の一人も出さんとは、気の利かん演出だな」
「顔の造形は悪くないが、如何せん性別がいけ好かん」
「南海のマーメイドプリンセス、彼女が出てたなら一点くらいは入ったかもですなぁ」
ちょ、え?
「旧時代なら日銭くらいは稼げただろうに」
「やはり時代はアレ、アレ一択だ」
これが、コンクールにおける審査員の評価!? ただの感想っていうか個人の欲望じゃん!
「まぁ映ってんのが身内だからね。万人受けしないのは確かだけど――それを差し引いても身勝手かつ下品な意見だわ」
娯楽と文化の区別もつかない素人以下の見解だと吐き捨てるリインさんは、極寒の吹雪を羽織ってるみたいだった。静かで表情も落ち着いてるのに、初見で審査員を拒絶した時の何万倍もの怒りを感じる。
曰く、基になってるのが[イリュージョナルリュウグウ]だとしても、水中に魔力をそのまま流して幻影を作るのと、ガラスという物体を通して水面に幻影を反映させるのとでは魔力操作時の緻密性に大きな差があるって……うん。とにかく僕が感じた`凄い`っていうのが当たってるってことだよね?
「あー、うんそうねー」
あの、はい。分かってますんで、そのすんごい残念な人を見る目はやめてください。
「深い思いやりが滲む作品も、見る者がアレではな」
「マッフルさん?」
「誠に惜しいものよ」
シェーレさん達のことはカルタ王子を紹介した時に一通り話したけど、確執があったとか依存気味だったとか、そういう詳しい関係性は明かしてない。でもマッフルさんはきっとそこも分かったんだ、「お前もそう思うじゃろ?」と振られて黙ってそっぽを向いたアディさんも……技術だけじゃなくて、込められた思いも言うこと無しじゃん作品【幼馴染】。
《シェリーがこの場にいたら赤面待ったなしでしょうけどね、今のところ我儘な部分しか映ってないし》
……もしかしてシェーレさんが部屋からシェリーさん追い出したのって、このアルバムチョイスにケチつけられるのを阻止するためだったりした? 実は作品への思いのなかに`公開処刑`も含まれてたりする!?
(シェーレさんやっぱ一筋縄じゃいかねぇ……でも)
そんなちょっと意地悪な一面を見ても、嫌な気持ちには全然ならないんだよな――審査員の心ない退場進言に押されて【幼馴染】を胸に祭壇を降りていくシェーレさんに、僕はもう一度大きな拍手と、
「今度はシェリーさんも誘って一緒に見ましょーねぇえぇえ!」
今の精一杯の気持ちを贈る。本当は「凄かった!」って伝えたいけど、シンと静まり返ったこの空気のなかで言われても僕がスッキリするだけで、シェーレさんは居た堪れなくなるだけだと思うから。ギョロッと見てくるエルフたちを極力視界に入れないように前だけを見てると、シェーレさんが泣きそうな顔で微笑んで手を振ってくれた。ありがとう、でもまた駄目だった――口パクでそう言ってるような気がした。
「もしシェリーがこの場にいたら、あのオヤジども雷撃で焼き殺されてただろうな」
ポスッと僕の頭に手を置きながら、ソウシが耳元で囁く。ピクッと視線だけで反応すれば「今のお前の読唇術は正しい」と続けられ、僕はもう一度シェーレさんを見た。備え付けの階段を降りて審査員たちの前を通っても、アイツら見向きもしない……けど彼も彼で、目に見えて意気消沈しているようには見えなかった。
「シェーレさん、いったい何回目なんだろ?」
《コンクールの開催自体が不定期なので詳しくは知りませんが、ここ二・三年は特に集中してるとシェリーは言ってました》
「それなら、この街のシステムだって知ってるよね?」
わざわざこんな、評価するどころか真面目に見ようとすらしないコンクールで発表しなくたって。シェリーさんや僕らがいるのにさと頬を膨らませれば、苦笑とともにソウシの手が頭から離れ……なのに何故かもう一度ポスッと撫でられた。
「お前の知人はユニーク揃いだな。玄人ほどじゃなくても、芸術ってのを分かってる」
アディさんの掌だった。アマチュアにしとくには勿体ねぇぞと続けられた声は、四葉のクローバーを見つけた子供のそれみたいに跳ねている。
「創作者の心は、作品でしか動かせねぇからな」
「こ、心? 動かす?」
「まぁ見てろって」
このあとの展開は、大体予想ついてるから――小さく続けられたアディさんの声は、また冷たく尖っていた。頭にのせられたままの掌に「振り向くな」とばかりにグッと首を前に押し出されたのと司会者が声を張って次の発表者を促したのとで、今は口を閉じるしかなかったけど……シェーレさんと入れ違いで次に祭壇に上がったのは、エルフの青年だった。質素な出で立ちで、明るいか暗いかで言えば暗い雰囲気の人。
「作品名は【アイ、乙女の腕】!」
反対にその手が持つ、蓮の花かな? それはどぎついピンク色で遠目にもペンキで塗りたくったみたいにテカテカ光ってて、あんまり見てても綺麗とは思えなかった。