第八話 プリズンアート[中編①]
えー、ではこれより! 【第99999回 プリズンアート】を開催いたします!――by???
園、それは花や草木などに彩られた土地のこと。だからバラの園やエデンの園など、園と付く場所は往々にして華やかで温かいイメージがつきやすい。そこで`エルフの園`なんて名称を聞かされてみてよ、誰だって城の巨大庭園みたいな春の街並を想像するっしょ?
ガッションガッション、ゴゴゴゴゴッ!
木々に代わって幾本も聳え立つデカ太い煙突に、土砂のように岩肌を覆い尽くす数多の建物。その間を縦横無尽に繋ぐ煉瓦造りの橋や道と、そこを一切のよそ見も休みもなく行き交う機械仕掛けの人形の如きエルフたち――こんなさ、機械の駆動音やモックモクの黒い煙やらが充満した工場地区みたいな街だなんて思わないでしょ!?
「なぁソウシ……やっぱり僕ら、道間違えたんじゃ…」
「俺がヘマこいたまま黙ってると?」
「裏がない限りはしないって分かってるけど今だけはしてほしかったかな」
天気だって道中は快晴だったのに、ここに着いた途端暗雲立ち込めてるし……こんなんで`園`なんて名前付けるなよな!
「ふぁ~あ……誰が道間違えたって?」
デカい欠伸をこぼしたアディさんが、背後からのっそりと抗議してくる――時は、レイさんとの邂逅から十四日後の昼前。夜明け前に僕らはドワーフの山里を発ち、アディさんの変形単車コンバートバイクで、北東の連なった二つの山を丸ごと開拓して造られたエルフの園に向かった。アディさんに馬車から連れ出された時は運転手を含め、二人までしか乗れなかったはずのあのSFバイクは、マッフルさんの改良によって六人まで乗車・三台に分裂可能な超大型バイクに超進化していた。
おかげで、[ロードスキップ]と合わせて馬車で行くよりずっと早く到着できた。まぁ勝手に持ち出したみたいで、出発前に初めて知ったらしいアディさんに「スリやがったなジジイめ!」って怒られてたけど。運転はアディさん本体の単車と連動してるから、慣れてない僕らでも……といってもリインさんはマッフルさん後ろに乗せて走れてたから、実質僕ぐらいだけどちゃんと乗れた。
――おぉ~、上手い上手い♪
って今思えば僕が前に乗る必要なくなかった!? あれ絶対楽しんでたよ!
「あー目薬さしたい……」
「むぅ、以前にもまして空気が悪くなっとるのぉ」
フード付きローブの襟を引っ張って口元をガードしながら、リインさんとマッフルさんが嘆息する。このローブは出発前にジャブさんが見送りと一緒に貸し出してくれたもので、生地に[バリアモンド]を編み込んであるから砂とか煙から目や鼻を守ってくれるんだって。この地においては必須アイテムだよありがとうジャヴさん! お土産……いいのがあったら買って帰りますから!
「ところで、会場どこ?」
そもそもさっきから僕ら人の往来に流されるままに歩いてますけど、ウェア現在地!? 慌てて園の関所でもらったマップを広げて確認を試みる――そう。出入り自由なドワーフの山里と違って、エルフの園に入るには山を均等に囲むように設けられている関所を通る必要があった。
――簡単な荷物検査と滞在目的を聞かれるらしいから、アートコンクール出場って答えればいいってシェーレが
(事前にシェリーさんから聞いてなかったらもっとビックリ、いやドン引きしてただろうな)
にしても、目的はどうあれ新しい土地に来たはずなのに入国審査って……あんま良くない意味で一気に異世界から現世に逆戻りした気分だ。
「シェーレさん、もう来てるのかな? やっぱり会場じゃなくて入り口で待ち合わせたほうが良かったんじゃない?」
彼はエルフの園に詳しいみたいだしと小声でソウシに訴えると、「それだと、俺らかアイツのどっちか遠回りするはめになって面倒じゃん」と言い返された。そっか、陸と海じゃルートが異なるもんな。
「心配しなくても、ビッグイベント開催地での人の流れってのはエスカレーター並みに信用できるもんだぞ」
「え……じゃあこの人たち、みんなコンクール参加者!?」
とてもそんなふうには見えないんだけど、と視線だけで周囲の人を見渡す。ぞろぞろって表現するとアレだけど、個々でありながら妙に固まって動いてる周りの人たちの表情は薄暗くて、老若男女問わず早朝出勤してるサラリーマンみたいだった。コンクールってもっとこう、ワクワクとまではいかなくても浮かれるもんじゃないの?
「地元のエルフは強制参加、ってわけじゃないよね? お店開いてる人もいるみたいだし」
「……ああ」
「……?」
今、若干ソウシの声が低くなった気がした。勘違いかなとその顔を覗き込もうとしたら、歩きながらだったことが災いしてドンッと肩がぶつかる。感触からすると、柱とか壁じゃなくて人の肩……人!? 見知らぬ通行人=怖い人! 脳裏で即変換した僕は「ヤベェごめんなさいっ」と一歩下がって直角に謝った。そのぶん後ろを歩いてたリインさんにぶつかってケツ蹴られたけど。
「…………」
「ぁ、あの……ひっ…」
なんか肩鷲掴みされたんですけど! あるあるの慰謝料巻き上げコース!? ギュッと目を瞑って「本当にごめんなさいっ」とより縮こまる僕を、相手は無言のままさらに強く揺すってくる。せ、せめて何か喋ってよぉ! あとリインさんはいつまで僕のケツ蹴ってるの!?
《――怒ってないのでいい加減顔上げてください恥ずかしいです》
「あっ、はいすいませ……へ?」
なぜにミニ黒板……あっ。無言&ミニ黒板、ついでにこの読点の一切ない一文の組み合わせはもしや、と顔を上げた先にいたのは、ターバンで頭部と口元をガードしたカルタ王子だった。よかった見知らぬ怖い人じゃなかったぁ、と安心した僕はその場にぺたんと座り込んでしまう。カルタ王子には《座り込みもやめてくださいあとオレ様だって読点使うし》と書かれたミニ黒板をグイグイ突きつけられたけど。
「ちょっと終太郎」
「ぇ、はい?」
「はい、じゃなくて。誰この性格捩れてそうな人?」
僕の目線まで屈んだリインさんが、こそっと耳打ちしてくる。そっか、リインさんとカルタ王子は初対面だったな。でもリインさん……たぶん貴方だけは`性格捩れてる`なんて言っちゃダメだと思うよ、命が惜しいから口には出さないけど。
「聞こえてんのよ!」
「なんで!?」
スコーッンと、リインさんが振り下ろしたミニ黒板が脳天を直撃する。ってそれカルタ王子のじゃん! なんで当たり前みたいに使ってんの!? そんでなんで王子は初対面の彼女に大人しく貸してんの、って《さっきの仕返し》って書いてあるわ!
「……お前がいるってことはレルクもいんのか?」
いい加減立てとばかりに、頭に刺さった黒板ごと―待って僕の頭大丈夫!?―ソウシに引っ張り起こされる。その際にチラッと見えたソウシの顔は無表情に近く、あれと僕は首を傾げる。普段なら大人しそうにしてても陰で笑ってるか、バカにしてるか、笑いを堪えてるか……とにかく何かしらの感情が顔に出てるはずなのに。
(前にエリムちゃんの店でレルクと推理勝負した時も、赤髪の綺麗な人とすれ違った時も……)
今さら感はあるけど、時折ソウシの沸点が分からなくなる。単純に合わない人にはノーリアクションなだけ、だったらいいんだけど。
《レルクはシェリー同様、芸術には疎いので留守番です。オレ様も参加ではなく見学です》
「ふーん、じゃあシェーレは?」
《別行動ですが、もう会場には着いてるはずです》
うぅ……抜き取って差し出された黒板を受け取る手つきも、ソウシに応えるカルタ王子の文字も、心なしか事務的な気がするよ。
《コンクール、お二人も出るってシェリーに聞きましたが本気で?》
「じゃなきゃこんな工場地帯に来ねーよ」
本気、と口内で繰り返しながらもう一度周りを見る。自分で言うのもアレだけど、これだけ目立つやり取りをしてる僕らのことなんて眼中無しとばかりに、エルフたちは誰ひとり立ち止まらない。チラッと一瞥してはそそくさと歩き去っていく。
――命が懸かっているとしたら、多少の粘りもやむなしでは?
もしかして、諸事情を抱えて参加するのは僕らだけじゃない? 皆にはいったいどんな事情が、ていうかシェーレさんはなんでそんなコンクールに進んで参加してるの? あぁここに来て分かんないことの連続だよ!
「ま、会場に着けば諸々分かるだろ」
「ぇ、わっ」
うわぁと頭を抱えていた腕を取られ、「ほら行くぞ」とソウシに引っ張られる。顔を上げた先では、カルタ王子が《会場、こっちです》と書かれた看板を片手に背を向けて歩き出していた。良かったこれで確実に辿り着ける、と思った瞬間、掴まれてないほうの手が急に後ろに引っ張られた。
「ちょっと」
「ってリインさん!? ちょ、早く行かないとカルタ王子が――」
「だ・か・ら! その`カルタ王子`って誰なわけ!?」
「あ……」
見れば、後ろにいるアディさんもマッフルさんも―後者はだいぶ柔らかいけど―リインさんと同じ表情をしてる。そういえば、結局彼のこと話してなかったな。
◇◇◇◇
バカデカい祭壇――というのが、アートコンクールのメインステージを見た僕の第一印象だった。山と山の間にブロックみたく設けられた人工丘、その頂上がコンクールの会場だった。そこだけ[バリアモンド]張ってんのかってくらい煙たい空気が一掃されてて、台座は神々しいまでに白く、周りに生けられた花々は色鮮やかだ。
そこへ一定のラインを越えないようにしてワラワラと集っているエルフたちの沈痛な面持ちを含めれば日本の葬式、百歩譲って高校の合格発表待ちの生徒だよ。しかもみんな変に整列してるから動こうにも動けなくて、シェーレさんとはまだ合流できてないし……エスカレーターで登った先は満員電車でしたってか?
「シャキッとしろて」
「んぐっ」
居心地最悪だ、と項垂れた僕の背中を容赦なく蹴飛ばし顔を上げさせてくるわりに、ソウシの声音は全然ふざけてない。まぁ気持ちは分からなくもないけど、と僕も渋々その視線を追って祭壇……じゃなくてメインステージの脇を見やった。
「えー、ではこれより! 【第99999回 プリズンアート】を開催いたします!」
うわぁよりによってこのゾロ目かよ。ほぼ自動的に待合室でのリインさんとのアレコレが甦ってきて、正直気が滅入るなぁ……とか嘆息してたらソウシとリインさんに頭ぶっ叩かれた。
「そこはまずステータスを思い浮かべろよ」
「なんか腹立ったのよね」
勝手ですねお二人とも!?
「まずは恒例の、コンクールの栄えある歴史についてですが――」
改めてステージ脇を見やれば、ピシッと前髪を七三に分けた眼鏡司会者が拳という名のマイクを片手に声を張り上げた。その後方には、やたら豪奢で十人くらいは余裕で座れそうなソファ&ド派手な長テーブルに挟まれた偉そうなエルフの小父さんたちがズラリと鎮座している。
見ての通り、欠伸しながら酒のグラスとツマミを片手に本を読んで「プププッ」と笑っているやる気も見る気もゼロな彼らが審査員の方々です……っていい加減声に出してツッコんでいいかな!? 我慢するために一度は見て見ぬ振りをしたけどもう、なんかもうっ!
『イッッッッッラつくわねあの成金腐臭野郎!』
「んっ!」
す、すんごい怒声……五寸釘で蟀谷ぶっ刺されたかと思ったよ。腹に溜めてたツッコミも衝撃でどっか行っちゃったし。ギギギッと絡繰り人形みたく首を回して振り返れば、リインさんが嫌悪感と鳥肌丸出しで全身シャウトしていた。といってもソウシが使った[意思伝達]スキルのおかげで、実際に表に出てるのはそのエグい形相だけだけど。
『なんか無理もう生理的に無理っ、あんなのがエルフとか信じらんない! 司会者もビジュアルノーサンキューだけど手でマイク作ってる分まだまし! あのふんぞり返ってるオヤジどもはマジ無理ほんと駄目吐きそうっ』
拒絶反応ヤバッ! クリスタル・バレーに踏み込む前やグランドコンダと相対した時の哲学擬きな文句も大概だったけど、それの比じゃない。しかも激しい身振り手振りに対して声が一切出てないから違和感半端ないし!
『まぁ、おかげで僕のほうは落ち着けたけど……』
『名付けて、バーニング・スケープゴート』
『またエグいネーミングだな!?』
音の響きこそカッコイイけど直訳したら`燃えてる身代わり`だぞ!? ったく、ソウシだってリインさんの爆裂拒絶で少なからずスカッとしたくせに……声も眼差しも前向きになったの分かってるんだからな?
『それにしても、自分たちだけ豪華絢爛で司会者にマイクすら持たせないとか……』
『この街の裏事情が浮き出てるな』
エルフどもの重苦しい雰囲気と死にかけの表情の理由はコレで解決だとソウシは言うけど、僕はまだちょっと納得がいかなかった。こんな、リアクションが極限まで薄れるくらい貧富の差に苦しんでるはずなのに――なんでエルフたちは、アートコンクールなんかに出てるの?
いや`なんか`っていうと失礼だけど、日々の生活に比べたら`なんか`でしょ? シェリーさん伝に聞いたシェーレさんの話だと、コンクールで優勝しても表彰されるだけで大金貰えるわけじゃないみたいだし。
《ドワーフが武器作りに特化した種族ならエルフは芸術に特化した種族、命懸けるのは本能》
『あぁ本能か……ってんぇ!?』
解説はめっちゃ助かるけど、なんでカルタ王子ナチュラルにコミュニケーションならぬスキルケーションに参加してっ……あ、下に小さく《※コンクール初心者が抱く疑問はだいたい同じ》って書いてある。会話に参加してたわけじゃないんだ。
《といっても上の連中を筆頭に、ここ六年くらいは本能<金って感じらしいです》
「ほ、本能よりお金?」
賞金制度が導入されたのかと小声で尋ねたけど、どうもそうではないらしい。ていうか`六年`って……偶然じゃないよね? まさかレイさんこの現状の発端にも絡んでるの? それも響き的に巻き込まれの外野じゃなくて根幹に雁字搦め、下手すりゃ根幹そのものだよ! アディさんと離れてからマジ何やってんのあの人!? そういえばアディさん、マッフルさんもさっきから異様に静かだけど――と何の心構えもなく振り向いた僕は、戦慄した。
「興醒めだ」
「噂には聞いておったが、ここまでとはのぉ」
二人とも物凄く、激怒してる。
《あの老耄どもは見た目と態度こそ最悪ですが、園での地位のほかに外界とのコネもあります。エルフの園はそのコネで全体の金が回ってる、閉じられた街》
各々で客を取って工房と山里全体を回してるドワーフたちと違って、芸術品から日用品に至る全てを身内だけで製造・売買してるエルフたちは、あの小父さんたちが外からお金を仕入れてくれないとひと月もしないうちに金流が狂って生活が破綻する。
ふーん、偉いさんとしてやる事はやってるんだ……と一度は頷いた僕の期待をへし折るように、カルタ王子は《そのコネも、元を辿ればこのコンクールで優勝した一般エルフの芸術にあるけど》と黒板に綴る。
「……なるほどな」
「ぇ、なに?」
「あの老耄どもは、タチの悪い卸売業者ってことだよ」