第八話 プリズンアート[前編④]
愛器の最大の理解者は、少なくとも作ったその瞬間だけは職人だ――byジャヴ
「預かる……?」
「万に一つも一人で作りたくないんだとさ」
物作りの性というのは厄介なもので、目に付くところや手が届く位置に資料があると作りたくなってしまうらしい。かと言って捨てられるものでもなく、集落にいる職人のなかで一番実力に信頼がおけるジャヴさんに預けることにしたそうだ。一番なんて嫌味もいいところだと、アディさんの実力を知ってるジャヴさんはそれでもキレたみたいだけど。
(それにしても、一人でって……)
――鉤爪をデザインして作ってくれたのは、その山里に住むエルフの双子なんだ
(ウルの鉤爪は、アディさんとレイさんの二人で……じゃあ作ってもらったのは、少なくとも六年以上は前ってことか)
《二人の鉤爪》、《託された武器》と紙に書き込んで《決裂》と線で繋ぎ、《鉤爪》の隣に《最後の共同作業(憶測)》と付け足す。全部の武器を二人で作ってたのは間違いないと思うけど、六年前のアディさんが熱で倒れた時、レイさんが代わりに対応して`ズル`で作ったのがきっと鉤爪なんだ……だから鉤爪の資料だけを遠ざけたんだ。
「レイさんが一人で作った武器、見たことありますか?」
「ある」
「どんな感じでした?」
「……ゴツいのにシンプルで殺傷力も高い、客が望む通りの代物だったよ」
望み通りすぎたと言ってもいい、とジャヴさんは苦笑まじりに呟く。望み通りなのは良いことじゃないんですかと思ったままに僕が問えば、「オレらは生き物だぞ」と重ねて吐き捨ててきた。同時に響いた、ダンッと分厚い皮を一刀両断したみたいな音が一気に緊張感を掻き立ててくる。
「生き物がその手で作ってる以上99.9%は客の要望通りに作れても、0.1%は必ず要望から外れる。むしろ外したほうがいい」
「外したほうが?」
「そのほうが武器使用時の想定外において、伸び代および応用性が期待できる」
「のび……ぉ…」
不思議だ。全部知ってる言葉のはずなのに、並び方が専門的すぎるだけでこうも理解が追いつかなくなるとは……けど僕の脳内には、何となく`橋の熱膨張`が浮かんでいた。金属で造られてる橋は気温の変化によって大きく伸縮するから、盛り上がったり穴があいて壊れたりしないようにギザギザの隙間が設けられている。ジャヴさんが言ってる`0.1%`は、きっとその隙間みたいなものなんだろう。
「けど、レイディルの武器は100%要望通りだった。客は満足だろうが、武器は不服極まりないだろうな」
「……成長を、止められたから?」
「だけじゃない、本当の役目も潰されたからだ」
誰でも使える量産型はともかく、愛器と呼ばれる武器の形状には独特なものが多い。依頼にくる客の大半にとっては`個性の主張`にすぎないソレは、職人にとっては`使い手を取捨選択する`という命綱の意味合いを含むというのがジャヴさんの持論だった。
敵の手に渡っても、その手に馴染まなければ武器は使えないから。世界でたった一人の使い手、またはその使い手が容認した相手だけが扱えるように、彼ら自身でさえもが知らない彼らの特性を見抜いて武器に込める――それがジャヴさんの見てる職人像。
「愛器の最大の理解者は、少なくとも作ったその瞬間だけは職人だ」
だから、客の望みに100%で応えちゃ駄目なんだ。僕は吐息すら殺して頷いた。
「……レイディルも分かってると思ってたんだけどな」
少々ヤツを買い被ってたようだとジャヴさんは鉤爪を持って立ち上がると、壁際のミニテーブルの上に置き直して手を翳した。
「リフォーインコーティング・トゥ・スーム」
「あ……」
テーブルには複雑な、円形じゃなくて菱形になってるバイオハザードマークみたいな魔法陣が描かれていた。彼の呪文に合わせてそこからスカイブルーの光が浮き上がり、潮の香りと一緒に武器を包む。光はすぐに消えたしパッと見武器そのものにも変化はなかったけど、海の匂いだけは離れた僕のところまで色濃く漂ってくる。
「水系の魔法に、強くしたんですか?」
ジャヴさんが今使ったミニテーブルは【ロンバスイリメント】という工房一軒につき一台は常備されているという道具で、アディさんの所にも勿論あった。補強魔法の[リフォーインコーティング]自体は道具がなくても使える魔法らしいけど、凄い集中力が必要で神経が疲れるからコレで負荷を減らしてるんだって。
「分かるんだ」
「潮の匂い、するから」
「……毛が生えてんのは頭だけかと思った」
どういう意味だよ生まれたてのつんつるてんってか!? シャーッと顔だけで威嚇する僕に構わずジャヴさんは「へぇ?」とご機嫌に呟くと、鉤爪を四角いクリアケースに入れてから棚の空いているスペースに移動させる。どうやら今の補強が作業の仕上げだったようだ……にしても似てるな、ウルの鉤爪に。サイズもデザインも作り手だって違うのに、まるで彼の形見を守るために遅れて生まれた的な共鳴感が――。
「他に聞きたいことは?」
「ぁ、えと……三人は仲良し、ですよね?」
願掛けってわけじゃないけど、`だった`と過去形で言いかけたところを敢えて進行形に直す。その意図を汲んでくれたのかどうかは分からないけど、肩越しに僕を一瞥したジャヴさんは「オレが知ってる限りはな」と自身のサインを綴った依頼書を鉤爪のケースに貼り付けた。ジャヴさん自身が元来馴れ合いを厭う質なため、本当に傍目に見た感じはってことらしいけど……あ…。
「そういえば、ジャヴさんって何歳なんですか?」
「なに急にナンパ?」
「それこそ何でっすか! 単に気になっただけですよ!」
雰囲気こそ大人びてるけど、多分ジャヴさんはアディさん達よりもさらに若い。仮に今が二十歳前後だとして、あの三人が揃って山里で暮らしていた十六年前は四歳かそこらだ。記憶は曖昧で当然なはずなのに、思い出す素振りすら見せずに`仲良し`って言い切ったからだと力んで弁明すると、再びピンクの瞳が僕を捉えてくる。のっぺりした今までの眼差しと違って、ちょっと警戒が混じってるみたいにピリピリしてた。
「二十二だ」
「……じゃあ当時は六つ」
「歳なんか関係ない、覚えてるモンは何時のことだろうと覚えてる」
――記憶力に餓鬼も大人もねぇよ
「……遠い昔、似たようなことを言われた気がします」
「……話し合いそうだなソイツ。ぜひ会いたい」
「あ、でもその……」
ろくに覚えてない前世のこと、とは流石に言えないから子供の頃すぎて顔の輪郭すら思い出せないと謝った。そしたら、
「ガキの記憶ほど当てにならねぇもんはないな」
って吐き捨てられた。いや自分で自分の名言一蹴しちゃってますけど!
「さて、んじゃ急ぎの依頼も済んだことだし」
「へ?」
「もう音は必要ないから帰っていいぞ」
「いやBGM感覚で僕の質問に答えてたの? 語ってたの!? カモン・サイレントって顔で実は無音だと集中できないタイプ!?」
「ビージーエムってなに」
「そうですよね知らないですよね!?」
この人思ってた以上にマイペースだなっ……でも聞いたことには全部答えてくれたし。そもそも道端で突撃したの僕のほうだしなと顔を上げれば、ひと仕事終えた対価を要求するとばかりにぐ~っと鳴るお腹を抱えながら、ジャヴさんが玄関の反対側に設けられている扉に向かう。あっちが台所、っていうか住居に通じてるのかな。さすがに昼ご飯の前には帰らないとと、僕はササッと紙とペンをしまって「ぁの、色々ありがとうございま――」と立ち上がる。
ドンガラガッショーーーーン!
「……え?」
一瞬土砂崩れが起きたのかと思った。いや普通に考えて屋内で起きるわけないんだけど……逆に土砂崩れじゃないなら何の音!? 大丈夫ですかと扉を開けたまま棒立ちになってるジャヴさんに駆け寄り、その肩越しに奥を覗く。直後、ガコッと自分の顎が外れた気がした。
「なんじゃこりゃ!?」
土砂崩れ擬きの騒音の正体は、扉という支えを失って雪崩込んできたゴミの山だった。武器作りで余ったっぽい部品の数々に汚れた布切れ、何か食べ物が入ってたと思われる山盛りのランチパック……なんか武器作りだけじゃなくて日常生活の残骸も大量に見受けられるんですけど。むしろ後者のほうが多いんですけど!? 工房との差はなに? 工房が美術館なら住居はゴミ集積場だよ!?
「集積場とは失礼だな、ただのゴミ雪崩だ」
「自分で失礼度上げてません!?」
「意図的に集めてないって意味」
生活してたら勝手に溜まってったんだとジャヴさんは肩を竦めると、グシャグシャとゴミを踏み潰しながら廊下(?)を進み、さらに棚を塞いでいるゴミを掻き分けて引き出しをこじ開けると、厚めの肉が詰められたパックを引っ張り出してきた……え、それだけ? パンとかスープとか無し?
「いっただきま――」
「ちょちょ、ちょっと待って!」
慌ててジャヴさんの腕を掴んでストップをかける。「君も空腹か?」じゃないよ! この人パックを開けるなりそのまま肉に齧りつこうとしたよ!?
「火っ、火を通さないとお腹壊しますって!」
「壊したことないぞ」
「嘘!?」
「吐いたことはあるけど」
「壊してるじゃん!」
「`腹壊す`って下からゲロ吐くヤツだろ?」
「上からゲロッても同じですって!」
なんか色々と臭ってきそうなボケツッコミのどさくさに紛れて、僕はジャヴさんの手から肉を取り上げた。それから工房のものに引火しないようにコンパクト釜戸を意識した[バリアモンド]を張ると、その内側でジャヴさんの肉を[ファイエス]でそっと焼く。透明だから、わざわざ覗き込まなくても焼き加減が分かるのは有難いな。
「……上手いもんだな」
「え、ただ焼いてるだけですよ?」
「オレが焼くと一瞬で炭以下になる」
「マグマにでも浸したんですか!?」
「火加減難しい」
鉄を熱するのは得意なんだけどなと呟いて膝をたたみ、ジャヴさんはこんがり色を変えていく肉を見つめる。まるで、線香花火を見つめる子供みたいに。
「……熱いので、気をつけてくださいね」
そこそこいい感じに焼き上がった肉をパックの蓋の部分にのせて差し出すと、ジャヴさんは肉と僕を交互に見やってから「いただきます」と控えめに口を開けた。どうだろう大丈夫かなと反応を待つこと暫し、ゆっくりと飲み込んだジャヴさんが「温かい」と呟く……そりゃ焼き立てだからね。
「固すぎたりとかはないですか?」
「ない、温かい」
「……よかった」
この`温かい`は`美味しい`と解釈して大丈夫みたいだなと、僕もひとまずホッとした。
「焼肉のタレ、せめて塩コショウがあればもう少し美味しくできたんだけどな」
「……肉ダレ?」
「あー、調味料的な?」
「……日によって変色したり、時には容器を溶かすドロドロの液体ならあっちに――」
「それもうただの溶解液じゃん!」
今度こそ胃腸死ぬから絶対使わないでと忠告しつつ、次の肉を火にかける。少しペースを上げて十枚入ってた肉を全部焼き上げると、ジャヴさんが食べている間に大きめの空箱をいくつか失敬してゴミの片付けに取り掛かった。プラゴミか燃えるゴミかパッと見じゃ分からないから、とりあえず放り込んで積むだけ……せめて廊下だけでもちゃんと廊下にしたい。
「じ、時期外れの大晦日っていうか引越し作業……」
拾って入れて積み上げての工程を十五分くらい繰り返して、どうにか廊下の`廊`の字が見えるくらいまでには出来たと思う。続きはまた今度、ってまたやるの僕?
「……ご馳走さま」
「えっ、ぁ、お粗末さまでした」
空になったパックも一緒にゴミ箱に捨てると、廊下の変わりように気づいたジャヴさんが「おー新居みたいだー」と目を瞬く。いやこの程度で新居とか言わないでくださいまだ奥はモザイク必須な有様ですよ?
「世話になったな」
「い、いえそんな……僕が勝手にやっただけなんで」
むしろ必要なものまで一緒くたに纏めちゃってないか心配なんですがと今更なことを窺えば、ジャヴさんは「心配ない」とやけに自信満々な目つきで工房の一角を指差す。間違っても捨てられない道具や材料は、その普通の扉の半分くらいしか高さのない小さな引き戸の奥にしまってあるらしい。
「……一応聞きますけど、あっちはちゃんとしてますよね?」
「ちゃんと?」
「ぁ、なんでもないです」
まぁ大丈夫なんだろうと、思うことにした。同時にぐ~っと僕の腹も鳴いてしまい、慌てて腕で押さえる。朝からの歌練と質問タイムと今の掃除で、さすがに空腹を覚えたか……だとしてもなんか恥ずかしい!
「肉、食べる?」
「ぁ、お気持ちだけで……」
アディさんがお昼用意してるって朝言ってくれたんでと頭を下げ、今度こそ帰り支度に取り掛かる。そして「勝手に押しかけた僕に、いろいろ教えてくれてありがとうございました」と改めてお礼を言って四番工房を後にした。洞窟住居に戻って腹ごしらえをしたら、さっそく歌詞作りに取り掛からないと――のんびりしてたらあっという間にタイムアウトだ。