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第八話 プリズンアート[前編③]

ここ、オレの四番工房――by???

「おーいソウシー、どこまで行ったんだー……」


 あの後一時間ほどみっちりとリインさんによるボイストレーニング―曰く「私を差し置いて出場するなら死んでも勝て!」―を受けた僕は、心身ともにヘロヘロの状態でソウシを呼びに山を登っていた。


 最初は[テレフォーター]で連絡しようと思ったんだけど、「休憩がてら自分の足であの横暴野郎を迎えに行きなさい」ってリインさんに蹴り出されて……山登りのどこが休憩なんだってツッコみたかったけど、自慢(?)の知識を僕に叩き込んだことで多少は溜飲が下がったリインさんを刺激したくないし。



 ♪~…♪…♪~…。



(っ、ソウシの声……歌ってんの? てか歌えんの!?)


 風に乗って聴こえてくる歌声を頼りに、緩い坂を駆け上がる。ソウシは斜面に疎らに生えてる木のなかでも特に太い枝を持つそれに腰掛け、膝の上で何か作業をしていた。優雅に組んだ足が歌声に合わせてリズミカルに揺れてるところを見ると……もしかしなくとも僕に内緒で作詞してくれてる!?


(歌まで作れるとか、やっぱソウシは凄いや)


 どんな感じなのかなぁワクワク、とそっと近くの木の陰に隠れて様子を覗おうとしたけど、


「せめて頭か腹か尻のどれかは隠せよ」


 お約束通り秒でバレました。「どこも隠せてねーじゃん」とせめてもの愚痴を零しつつ出ていくと、ソウシは軽く鼻を鳴らしてまた膝上の紙に向き直ってしまう……なんだよ。自分たちのためっちゃそうだけど、僕だって頑張って特訓熟してきたのに。ちょっとムッとした僕は四つん這いのまま木を登り、後ろから覗き込んでやる。


「……!」


 ソウシが書き込んでたの、譜面だ。ギター・ベース・ドラムと三者三様の音符が横線の上を踊っていて、あっちゃこっちゃから矢印が伸びてはバツ印で落とされ、「コレ!」と思ったらしい部分には二重丸が付けられてる。譜面とかほとんど生まれて初めて見るけど、もう一曲分くらい出来上がってるんじゃないか? 昨日までこんなのなかったはずだから、山に隠った一時間で全部書いたんだよな……。


「お前、これ以上凄くなってどうすんだよ」

「世界征服」

「冗談に聞こえないんだけど!?」

「こんなつまんねぇ野望、冗談にしか聞こえないだろ」

「裏王道の真っ向否定! お前今悪役という悪役ぜんぶ敵に回したぞ!? それでもなんでかお前が負ける未来浮かばないけどね!?」

「零点。存在しねぇ未来は浮かばなくて当たり前だ」


 僕のツッコミも音符同様バツ印で墜落させられ、ソウシの意識はまた膝上の紙に戻ってしまう。いつにも増してすげない反応……もしかしなくても僕、邪魔してるよな? 一人で集中したいから、わざわざ山に隠ったんだろうし。とりあえず「ご、ごめん」と一旦身を引くけど、僕の好奇心という名の視線は性懲りもなく譜面を辿ってしまう。と、一つの疑問点に気づいた。


「なぁソウシ、歌詞は?」

「歌詞はお前の担当だ、終太郎」

「あー僕の……ふぁ!?」


 秒で回答困難直面、ってどこの熟語だよ! てかそうじゃなくて!


「ぼ、僕に歌詞書けってか!?」

「お前の歌だからな」

「国語力三十一点の僕に!?」

「国語力現マイナス三十一点の終太郎に」

「コイツついにマイナス付けやがった!」

「ちゃんと`現`も付けただろ?」


 目線は譜面に落としたまま、ソウシは懐から別の紙を取り出して僕のほうに投げてくる。手裏剣みたいなそれを慌ててキャッチしたはいいけど……。


「羽ペンと、白紙?」

「クモの巣連想ってやつだな。とりあえず思いついた単語を書き込んで、関連性がありそうだと思ったら線で結べ。歌詞って型に当てはめるのは感情が一通り出揃ってからでいい」


 発声練習も疎かにすんなよと一方的に要求・忠告して以降、ソウシは僕が「昼飯はまた持ってくるけど、夕飯までには帰ってこいよ?」と声をかけても鼻歌しか返してこなくなった。本格的に作曲に集中するらしい……だったら今度こそ邪魔者は退散しないと。


(思いついた単語、か)


 できるだけ音を立てないように木から降りて、来た道を戻りながら考える。馬鹿正直に書き起こすなら、一番僕のなかに強く渦巻いてる感情は`不安`と`緊張`だ……一応書き込んどくかと、傍の平石の上に白紙を広げた。真ん中に小さく《不安》と《緊張》の文字を綴って、響き的に似てるかなと一応間に線も引いておいた。


「……いやこんなの主軸にしたら超ネガティブな歌詞になるって!」


 ダメだダメだと書いた傍から二重線で消し、今度は心のやや隅のほうで守られていた正反対の感情を引っ張り出す。《異世界》、《冒険》、《自由》、《新しい友達》、そして《相棒》。


――ズルはどこまでいってもズルだろーが!

――まだそんなこと言ってるのかい?


「…………」


 《エルフの双子》と、ふと頭を過ぎったままに書き足した。不安と緊張でガチガチなのは僕だけじゃない。いつ千切れるとも知れない、でも確かに存在してる細い糸の間で揺れ動いてるあの双子はもっと不安定のはずで。


(マッフルさんだって)


 昨晩のバーベキューのあと、ソウシから【ミリタリー・ディスターブ】の詳細も、彼が`覚悟`を込めた武器のデザインを変えざるを得なかった理由も教えてもらった。僕はクリエイターじゃないけど……誰かを思って考えて考えて、考え抜いて決めたことを変えることが並大抵じゃ出来ないことは分かる。


「《すれ違い》、《振り払われる手》、《似てるけど似てない、鏡合わせの顔》……」


 さっき消した二つの単語をもう一度書き、線で結ぶ。ってアハハ、一周して帰ってきちゃったや。でもループしたっていうよりは原点回帰って感じで、なんとなく清々しいし筆も想像以上に進む。決して明るくも温かくもないのにな……日常を送ってるさなかに無性に暗い歌が恋しくなるのと同じかな?


「《決裂》、させたくない!」


 《仲直りしてほしい》、《レイさんの本心はどこ?》、《背中の震えを止めて》、《悲しく微笑まないで》、《また三人で、今度はみんなで笑おうよ》――さっきみたいに二重線で消さず、けど《決裂》の意味を打ち消すように周囲に書き殴って強く強く線で結ぶ。そこで一度深呼吸すると、羽ペンを置いてぺたんと座った。


「仲直り、か……ナージュさんたちの時と同じだな」


 僕たちの初冒険、こっちもこっちで初心に返るって感じだな。そこそこ空白の削れた紙をしまうと[ピジョンメッセ]でソウシの作曲のことと、少し寄り道していくことをリインさんに伝言し、駆け足で山を下りる。思い立ったが吉日、洞窟住居を外れて集落のほうに向かった僕だけど、


(……どうしよ?)


 合掌造りの家々とログ工房の間を忙しなく行き来するドワーフたちを前に、さっそく立ち往生した。歌詞の方向性は`ドワーフの三人`に絞るとして、ソウシや当人達から聞いた話だけじゃどうしても偏りが出てしまうから他のドワーフにも三人のことを聞こうと思ったんだけど、


(改めて考えると僕、集落のほうのドワーフたちとの接点なさすぎ……)


 昨日道端であれだけ派手に啀み合った僕が尋ねたところで、答えてくれるかな? こんなことなら色んな意味で認められていたリインさんについて来てもらえば良かったと、溜息とともに一度看板の裏に引っ込む。依頼に来た人たちの案内用に、山里の入り口から集落に続く道のあちこちに立て掛けられていて、大きさもそこそこだから身を潜めるにはちょうど良かった。


(今から呼んでも来てくれ、ないよなあの人は)


 やっぱり単身突撃質問しかない。一瞬隠れるには最適でも、じっと日暮れを待つには不適切だしな看板の裏は。


「たのっ――」

「何してるの」


 腰を上げた瞬間、胴体より先に飛び出した額を片手で押し返された。


「っ……みたぃ、ことがございまして…」


 おずおずと視線を上げた先にいたのは、包帯を巻いた素肌の上にツナギを着た若いドワーフだった。くすんだ豊かなレーズンカラーの髪を耳の横で一つに縛ってさらに三つ編みに結った、ピンクの瞳をもつ高身長の美青年。


 ドワーフよりもアディさん達のようなエルフに近い見た目で、ぶっちゃけ格好良い。アディさんの洞窟住居へ向かう途中にすれ違った青年はわりとずんぐりしてたから、ドワーフは子供から大人まで皆そうだと勝手に思ってたけど、人と同じでそれぞれの個性なんだ。


「頼みたいこと?」

「ぁ、えとその前に! 僕、終太郎っていいます」


 どんな交渉事もまずは自己紹介からだと、姿勢を正して名乗る。するとツナギの彼も手を引っ込めて「ジャヴだ」と名前を教えてくれた。よかった話が通じそうな人で、え? `ジャヴ`って確か……。


――四番工房のジャヴの依頼がドタキャンされたって話だろ?


(アディさんに仕事横取りされた人ぉおぉお……!)


 話通じるどころか一番相談しちゃいけない人来ちゃったんじゃないのコレ!? いや、アディさんのことは無理でもレイさんとマッフルさんのことくらいなら聞けるか?


「君、昨日エルフの双子とやり合ってた客人だろ?」

「ぁ、見てたんですか……」


 ってあれだけ派手に言い争ってて気づかれないほうがおかしいよな。


「あの呪われた刃を使ってアーディルに武器を作ってもらうなら、オレに`頼みたいこと`は武器作りじゃねぇよな?」

「お、仰る通りで……」


 武器作ってる人ってなんでこうも鋭いんだろ。助かる部分も多いけど真っ先にくる感情ってやっぱり`おっかない`なんだよな。


「他のドワーフたちを前に立ち往生してたところを考えると――」

「ァ、アディさん達のことを知りたくて来ました!」


 ここは自分で言わないとと、声を張ってジャヴさんを見上げる。見透かされてるからって、おっかないからって全部相手に言わせるのは、聞きたいことがあってもなくても普通に失礼だから。


「よ、よそ者が勝手を言ってるのは百も承知ですが……あの三人について何か知っていたら、教えていただけないでしょうか?」


 さぁ比較的淡白だった顔を次に彩るのは、不快か落胆か。


「……興味本位?」

「違います、伝えたいことがあるんです」

「誰に」

「あの三人とこれまでに出来た友人たちと、相棒に」


 変わらない無表情か。


「……いいよ」

「っ!」

「長くなりそうだしオレも仕事あるし、工房(うち)来なよ」

「ぁ、ありがとうございます!」


 女神でもないし微笑んでもいなかったけど、道は確かに開けた。踵を返したジャヴさんに続いて今度は堂々と集落へ向かう。当然ドワーフたちの視線とヒソヒソ声に囲まれたけど気にしてる時間はないし、道を塞がないならそれでいい。


(あれ、この建物たち……)


 改めて集落のなかを見て、分かった。各々の工房と家は離れているようで、学校の校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下みたいなのでセットになってるんだ。渡り廊下は当然敷地に含まれるから、集落を進むルートも限られてくるわけで……横から見れば雄大無秩序な世界に見える集落も、上から見たら極めて合理的で規則的な配置となっているんだろう。さすが物作りに特化した山里だ。


「ここ、オレの四番工房」

「お、お邪魔します」


 といっても入り口にデカデカと《四番》て看板が掲げられてる以外は、他の工房と大差ないと思うんだけど……でもそれは外装に限った話だと、中に入ってすぐに驚かされた。


「ル、ルネサンス!?」


 アッシュローズとチョコレート、そしてホワイトカラーを基調にしたオシャレな壁と床。天井のキャンドルシャンデリアを主軸に左右対称になるように配置された窓と扉、棚や家具たち……シンプルながら隅々まで計算されていることが窺えるこのインテリアは、名称だけなら現世の多くの人が知っているルネサンス様式だ。


「……もしかしてリヴァイル式のこと?」

「リヴァ……は、はい多分」


 変な呼び方するんだなというお決まりのツッコミを空笑いで誤魔化し、勧められた椅子に腰掛ける。ペンチみたいに脚がクロスしてて、背もたれがなかったら折り畳めるミニテーブルみたいだ。僕が座ってないもう一脚には、アディさんの工房にもあった依頼書っぽい紙の束が置かれてる……モデルルームみたいだと思ってた部屋も実際に置かれているのは工具や試作品と思しき武器ばかりで、花瓶や絵画みたいな美術品の類は一つも置かれてない。


「茶とかいる?」

「ぁ、すいません大丈夫です」

「そ。オレは仕事するけど、話しかけてくれたら答えるから」

「ありがとうございます」


 軍手代わりの包帯を両手に隙間なく巻いたジャヴさんは、武器の設計図と思しき紙を片手に部屋の中央のソファに座った。テーブルに広げられているのは動物っぽいモンスターの角と手描きの設計図と、作りかけの鉤爪……鉤爪?


「アディさん、なんで鉤爪を武器一覧から外しちゃったんだろ?」

「作りたくなくなったって言ってたぞ」

「えっ、作りたく……なくなった?」


 あれだけ武器に対して紳士だった彼が、ウルの鉤爪はちゃんと完成してたのに……あ、さっきの紙! 羽ペンも一緒に取り出して「詳しく聞いても?」と少し丸まった背中に問いかけると、ザリザリと紙ヤスリで丁寧に擦るような音と一緒に「六年前に、弟のほうが一人で来た」という答えが返ってきた。六年前、ちょうど二人が反目した頃だ。


「鉤爪の設計図やデザインを纏めた資料を持ってな」

「ぁ、じゃあその設計図――」

「違う、コレはオレのだ」


 今まで聞いたなかで一番低くて硬い声だった。当時、我が子を守るように抱いていた資料を「使ってくれ」と差し出したアディさんを「馬鹿にするな」とジャヴさんは突き放したらしい。オレにはオレの設計とデザインがあると……当然だ。まだ会って間もないけど分かる、彼もアディさん同様武器作りに誇りをもってる。人の発想を評価し肯定することはあっても、寄りかかることは極力したくないはずだ。


「そしたら奴は言い直した――()()()()()()()と」

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