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第八話 プリズンアート[前編②]

心頭滅却すれば、歌もまた風になるのじゃ――byマッフル

 シュッと肉に刃を切り込む音とシュルリと捲る音、それからサッと引き伸ばす音。洞窟が生む暗がりのなか光源が手元を照らすランプの灯りのみで、且つ音を織り成す人物がこっちに背中を向けているという状況も相まって……まるで包丁を研ぐ山姥だ。


「おい今絶対失礼極まりねぇこと考えたろ」

「うばっ、とと……!」


 盆に乗せて持ってきた串焼きとミルクを庇うように屈み、飛んできたトンカチを避ける。ってトンカチ!? しかも鉄製のっ、危な! せっかく夕飯のお裾分けに来たのにと頬を膨らませて盆をサイドテーブルに置けば、一瞥もしないままに「手が放せねぇから食わせろ」と命令された。


「ぐぬぬ……は、はいどうぞ!」


 我慢だ。刀作ってもらってんだから我慢だと自分に言い聞かせ、僕は串焼きを一本アディさんの口元に持っていく。豪快にかぶりつくかと思いきや開いた口は小さく、咀嚼の仕方もビックリするくらい上品だった。その時もルビーの視線は手元に集中したままだったけど、飲み込んだ後は一瞬だけこっちを見てくれた。そりゃそうだろうと、僕は少し得意気に口角を上げる。


「アディさんは昔から赤みが残ってる肉が好みだって、マッフルさんが」

「……ふん」


 もう一口齧って飲み込んだアディさんは「ミルク」とまた仏頂面で言いつけてきたけど、ちょっと嬉しいって思ったの全然隠し切れてないよ。またトンカチ投げられたら嫌だから、顔には出さないように頑張ったけど。


「それだけじゃないだろ」

「……?」

「レイのこと、聞きに来たんじゃねーの?」

「……話して、もらえるんですか?」


 半分ほどになったミルクのコップをテーブルに戻して向き直ると、アディさんは相変わらず背中を向けたまま「いい加減、腹に溜めとくのも鬱陶しいからな」と持っていた道具を取り替えた。今度はギッと何かをキツく巻きつける音が響く。


「夕方に受け取ってた木箱の中身、魔力弾倉ですよね?」

「…………」

「ずっと僕は、魔力の供給源はマッフルさんだと思ってました……レイさんだったんですね」

「……あのジジイがそう設計したんだ。二つで一つ、二人で一人って」


 その亀裂を自分で生んでんじゃワケねーわな、と僕よりも大きな背中が細々と揺れる。


「十六年前。人のモンまで勝手に背負い込んで飛び出してったジジイが残したのは、レイとあの武器と、集落全体からの憐憫だった」


 自分が考えなしだったせいだと責任を感じていたアディさんにとって、梅雨の湿気のように纏わりつくその情は嫌悪以外の何物でもなく、振り払うようにレイさんと一緒に武器作りに励んだらしい。また多少は外の人にも漏れたみたいだけど、基本的にミリタリー・ディスターブの問題は内々で収まっていたため、マッフルさんが考案したデザインの評判がすぐにガタ落ちするようなこともなかった。だから二人だけでも、やっていけたみたいだ――むしろ、()()()()()()()()みたいなんだ。


「ジジイが出てって十年だから、六年前か。増加の止まらない依頼量に、より高度なデザインを求めてくる客ども。完璧主義者だった俺等は瞬く間に忙殺されてぶっ倒れた」

「ぶっ倒れ……!」

「知恵熱出して寝込んだんだよ」

「ぁ、あー……って全然安心できないですけど」

「で、比較的マシだったレイが代わりに応対したんだ」

「は、はい」

「…………」

「……?」

「…………」

「ァ、アディさん?」

「……あぁああ畜生っ」

「あっ、ばちょ……!」


 ちょ、危な! さっきの倍以上のトンカチが飛んできたんですけど!? しかも壁にめり込んだ順に馬鹿デカくなってるし! 当たってたら僕どうなってたか……でも投擲したことで少しは落ち着いたのか、深く嘆息したアディさんがそれ以上物を投げてくることはなかった。でも同時に、また会話がストップしてしまう。今度は作業の手も……だったら、ちょっと怖いけど僕のほうから。


「レイさんの作った武器が、アディさんのそれを上回ったとか?」

「……だったら良かったんだけどな」

「え……じゃあ逆? 下回った?」

「……それでもまだ良かったかもな」

「えぇ……」


 さすがに思いつかなくて首を傾げるけど、アディさんには「刀がボロになっていいなら続けてやる」と吐き捨てられてしまう……ここまでか。「長居して、ごめんなさい」と頭を下げた僕は、盆だけ置いて大人しく工房を出ようとしたけど、


「ぁ、あともう一つだけ!」


 聞きたいこと、じゃなくて言っておきたいことを思い出して慌てて振り返る。話の続きとは違うとアディさんも察してくれたみたいで、肩越しに振り向いてくれた。


「刀の鞘、じゃなくてシースについてちょっと相談が……」


    ◇◇◇◇


「よ、おかえり」


 僕がアディさんのところに行ってる間に食事を終えたらしいソウシが、焚き火の手を挑発するみたいにヒュンヒュンッと指先で木の枝を回していた。「ただいまー」とその隣に腰掛けた僕は、思いっきり脱力する――はぁあぁあぁめっちゃ緊張した! ソウシの助言通り僕なりの冷静な姿勢ってやつで臨んで貫き通したけど、近寄るなって威圧感のエグいのなんの……よっぽど見られたくなかったんだろうな、泣きそうになってる自分の顔。


「でも少しは聞けたよ、二人のこと」

「どうだった?」

「……一筋縄じゃいかなそう、としか」


 木箱の中身はやっぱり魔力弾倉だったし、アディさんの怒りはマッフルさんよりもレイさんに強く関係してる感じだってことも分かった。でも、逆に言えばそれだけだった。肝心なこと――あの双子を決定的に仲違いさせた過去の武器作りについては、全然分からないまま。


 アディさん曰く「上手かったほうが許せた、下手でもまだ許せた」だもんな。不良品を作っちゃったって線かなと思ったけど、それなら僕が「下回った」って言った時に頷いてるはずだし、アディさんが言ってた「ズル」とも繋がらない。


「武器、武器……あれ?」

「どした?」

「そういえば、武器の一覧表に鉤爪入ってなかったなって」


 ウルは武器を作ってもらったって言ってたのに……ソウシもそこは引っ掛かったみたいだけど、今は重要じゃないと結論付けたのか意味深な眼差しはすぐに散った。


「それにしても、一体どういう拗れ方すればああなるんだか……」

「拗れる理由なんて大抵単純だし、時間にすれば一瞬だぞ」

「ほ、本当かもしれないけど言うなよ」


 特にアディさんには絶対になと念を押し、僕は辺りを見回す。そういえばリインさんとマッフルさんは? ソウシと同じで多分もう食べ終わってるんだろうけど姿が……あ、いた。地面に。


「って二人ともぶっ倒れてるじゃん!」


 揃って突っ伏してただけでずっと隣にいたんじゃん! もしかしなくても食中毒かと、慌てて立ち上がって二人に駆け寄る。と、とりあえずゆっくりと仰向けに寝転がして顔色を!


「あんなのアタシの歌じゃない、あんなのアタシの歌じゃない……」


 ……ん? アタシの歌?


「心頭滅却すれば、歌もまた風になるのじゃ……」


 若干違うけどなんで日本の諺知ってるのマッフルさんまた人間ソウシの置き土産ってツッコんでる場合じゃない! 顔色の確認確認……ホッ、良かった。蒼褪めてはいるけど、多分これは身体の不調からくるような顔色の悪さじゃない。


(身体じゃないってことは、心?)


 ……いやますます分からない! いったい僕が工房に行ってる間に何があったの!?


「リインが自分で`歌`って言ったろ」

「ぁ、そういえば……」

「俺はちゃんと忠告したんだぞ、喧しいメスの歌は大抵兵器にしかならねぇって」

「罵倒一直線じゃん! それで反発して自滅したの!? と、ところでなんで歌?」

「お前の品目だから」


 バーベキュー前の落書きからして絵画での勝負はナンセンス。二週間という制限時間上、壺や彫刻といった物作りも厳しい。古代文明の書物とかも場合によっては美術品と認定されるみたいだけど、無論そんな書物手元にないし用意する時間はもっとない――以上の理由からソウシが僕の品目に選んだのが、


「……歌?」

「そ、歌うぞ終太郎」


 ……歌ぁああぁぁあ!?


    ◇◇◇◇


「…んー……」

「終太郎、背中曲がってるぞ!」

「あだっ」


 暖かな陽光降り注ぐ、昼の山里。バシッと叩かれた背中を摩りながら今一度岩壁に寄りかかると、爪先に重心をかけるようにして顎を引き、胸を張ってから肩を下げる――アートコンクールにて歌で勝負という前代未聞の選択をした僕らは、というか僕は翌日から発声練習に打ち込んでいた。その第一段階が正しい姿勢のキープ練習。


「バンドマンとか結構派手でめちゃくちゃな動きしてるけど、歌う時はちゃんと立ってるだろ?」

「そ、言われてみれば……」

「んじゃ次は、喉を開くぞ」


 リラックスして冬に手を暖める時みたいに、というアドバイスのままに「ハ~」と口を開く。そのままゆっくり「あー」と声を出すと、心なしか普段よりもハッキリと響いている気がした。


「……ねぇ今からでも私に代わるつもりない?」

「引っ込んでろゴリラボイス」

「あぁ!?」


 ソウシの背後、穏やかな空気ガン無視でリインさんが火花を飛ばしてくる。彼女、朝からずっと傍の岩に腰掛けて僕らを睨んでるけど……。


「あの、そんなに歌いたいんですか?」

「悪い?」

「い、いえそういうわけじゃ……」

「歌いたいなら其処らの山で叫んでりゃいいのに」

「叫ぶ言うなあぁもう! せめてなんか手伝わせなさいよ!」

「テメェから学べることなんざ特大声量くらいだ、とも言ったんだけどな」


 いつにも増して言うこと聞きやしねぇと嘆息したソウシはガシガシと髪を掻くと、「もうウザぇから俺のほうが山行ってくるわ」と踵を返した。それ終わったら五十音のアナグラム発声だからな、と次のメニューを言い置くことを忘れずに……ってこの精神状態のリインさんと僕を二人きりにするの!?


「……カッコ付け」

「へ?」

「何でもない。ほら次五十音発声、`あいうえお いうえおあ うえおあい えおあいう おあいうえ`!」

「は、はい!」


 いつの間にか教官チェンジしてるし!

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