第七話 ドワーフの山里[後編―終―]
お久しぶりです爺様、アディ――by???
「ヒトデとサンゴって、子供の工作じゃないんだから」
「俺だって考えなしに言ってねーよ。これでも王族だし」
昔から意味不明なくらい高価でやたら凝った美術品に触れる機会は多く、その中にヒトデとサンゴを使った装飾はちゃんとあったと言うと、シェリーさんは砂浜に指で絵を描く。ヒトデのほうが像で、サンゴが器かな……てか、え? 待ってシェリーさん絵めっちゃ上手なんだけど。関心と実力が見事に反比例してるんだけど。シェーレさんが追い出したのって、若干この無自覚なセンスが関係してるんじゃ……。
「てかシュウタロウさ、`ヒトデ`と`サンゴ`ってどこの言葉?」
「ぁ、と……僕の故郷…?」
しまったつい現世の言葉でっ……ていうかゴギーの時も思ったけど、なんかこの世界の生物名って現世と似てるやつはとことん似てるよね!? グランドコンダとかシーラデストロイとか、ボスモンスターっぽいのはそこそこ凝ってるのに……あ。そうだシーラデストロイ! そろそろ捕獲もとい召喚してもいいんじゃないかな。チラッとソウシに確認すれば、「……そうだな」と一拍おいて頷かれる。ぁ、今なんか考えてた? 邪魔したかな?
「してねーよ」
「そ、か……」
遠くに投げられたままの視線が若干気になるも、とりあえず呪文を唱えようと口を開く――その矢先、ふとシェリーさんを見た。ここで召喚するってことは、普通に考えてたぶん西海のシーラデストロイが召喚されるってことだよな?
「あの、シェリーさん」
「ん?」
「実は僕ら、今武器を作ってるんですけど」
刀云々に関しては不確定要素っていうか、尾鰭が付きそうだからとりあえず伏せとこう。それで武器作りに必要な素材の一つにシーラデストロイの皮があるから、召喚魔法で呼ばせてもらっていいですかと手を合わせてお願いした。すると心底不思議そうにキョトンとされた……え? だってほら領域侵害とか条例違反とか、なんか引っかかりそうじゃない?
「今更じゃね?」
「今更だろ」
……なんか僕って、よくこのダブルツッコミ形態にエンカウントするよな。今回は新たにサンドウィッチ形態がプラスされてるし。
「その理屈だったらそもそも召喚魔法の存在がアウトだろ、陸も国境とか制約まみれだし」
「……おっしゃる通りで」
むしろ海より陸のほうが面倒事多そうだよね? シェリーさんの指摘に口角を引き攣らせてると、後ろからソウシが頭を掴んで「付け加えると」とぐるんと180度回してくる。もうゴキッて鳴っても驚かないぞ。
「グランドコンダとかレッドプロテクトされてるモンスターは、召喚魔法に引っ掛からないよう特殊阻害魔法が掛けてあるから」
「へ、へぇー知らなかったなー」
『もちろん俺ならゴリ押し召喚できるけど』
『それは何となく知ってた』
「なぁお前らさ、実は双子だったりする?」
ジッとドン引いていた空気が、シェリーさんのその一言でギリッと引き絞られる。力が抜けたソウシの手をどけて無言で振り向くと、ヴァニラカラーの瞳は思いのほか真剣な眼差しを湛えていた。
「武器を頼んでる人にも、似たようなこと聞かれたんですけど……僕らってそんな血が繋がってるっぽく見えるんですか?」
「……その武器職人がどういうつもりで言ったのかは分かんねぇけど、俺は見た目じゃなくてそれなりの根拠をもとに言ってる」
根拠、デジャヴだ。
「最初の最初。俺が南海の浜でお前らを引きずり込んだ時――二人で一人になっただろ?」
イザリの蓋と同じだとシェリーさんは起き上がり、手元の砂に埋もれていた貝殻の片割れを拾い上げた。二枚貝、アサリかな。
「もともと`一つ`だったモノ同士が更に`一つ`になることは難しいけど、一つから二つに分たれてたモノが`一つ`に戻ることはそう難しくない」
相性の問題もあるから全員が全員ってわけじゃないけど、有事の際には幽体離脱魔法の[クリアウト]を応用して一時的に一人になる双子もいるらしい。凄いなこの異世界……でもなるほど。スキルを知らないシェリーさんからすれば、あの時の僕らの[同化]は双子の緊急合体に見えたわけだ。
今さらだけど、ていうかぶっちゃけ忘れてたけど……異世界じゃ起こり得ない現象として`弱点`って思われてたわけじゃないと分かってホッとした。ソウシはあの時相当焦ってたけど、双子の緊急合体を知らなかったのかな?
「畜生そうだった……」
あ、アイツも忘れてたんだ。
(でも、じゃあ[同化]を知らないアディさんはどうして――)
「ま、双子じゃねーのは分かってるけど。ソウシに比べてシュウタロウの顔つきが幼すぎるし」
ヒュンッと貝殻を海へ投げたついでに伸びをするシェリーさん。うん、べつに気にしてはないけどなんでそこでソウシを基準に僕を比較した? 僕と比べてソウシが大人っぽすぎるでも良かったんじゃ、ってこっちはこっちでまたモヤッとくるな。
「けど、第三者がそう思っちまうくらいには相性抜群てことだ」
「抜、群」
「……それも言ってたなら、観察眼パネェなその武器職人」
きっとイイ武器作ってくれるぞと笑ったシェリーさんはよいしょと跳ね、下半身を波に浸らせる。海の延長上に広がる空はまだ昼の色が勝ってるけど、片隅の所々に夕刻の色が滲んできてる。そろそろ城へ帰るのかな。退屈でも、王子が長時間城を留守にするのはあんま良くないもんね。
「なぁ、アートコンクールって北東で開催予定なんだよな?」
見送ろうと立ち上がった僕の一歩後ろから、ソウシが手慰みに水を掻いていたシェリーさんに尋ねる。アートという単語にムッとしつつも頷いた彼に、思慮を巡らせたような重い声音を以て続けて聞いた、「北東には誰が住んでる?」と。
「いや誰って、俺エルフの知り合いとかいねぇし」
それこそシェーレのほうが詳しいだろうから聞けそうだったら聞いておく、分かったら[ピジョンメッセ]で教えると言ってシェリーさんは深々と海にもぐり、クジラみたいに尾鰭を翻して去っていく。その前にちゃんと`ありがとうございます`と言えたのか、僕は分からなかった。なんか、目に見えない点と点とこれまた視認できない糸が漂ってて、
「終太郎、俺たちも召喚して帰ろうぜ」
「……うん」
繋がりかけては離れてるような、漠然とした不安があった。
◇◇◇◇
「嬢ちゃん、酒もう一杯いらんかね?」
「いや~あの武器をあんなふうに使って反撃するとは!」
「若い子は可能性に満ちとるなぁ!」
……え、何が起きてんの? 空というキャンバスの九割が夕方の色に塗り替えられた頃。シーラデストロイを召喚してソウシと二人、えっちらおっちらと下から抱えて山里の入り口に飛んで戻った僕は、出発時に比べて随分と賑わっている様子の集落に首を傾げた。ぁ、その前に言っておくと、頭上のこの子は僕らが息の根を止めたんじゃなくて最初から亡くなってたんです。
[サーモベルセレクション]のガラガラを回す前に、躊躇してた僕に気づいたソウシが教えてくれた……この魔法にはハズレ玉のさらに下の玉があって、傷のついたその玉を引き当てると、色に応じたモンスターの`亡骸`が召喚されるって。傷のつき具合によって亡骸の損傷具合も変わってくるみたいで、小さな罅程度なら生きてる頃と殆ど変わらない綺麗な状態なんだって。
「戻ったのか」
「っ、アディさん」
お出迎え、というよりは同じように集落の賑わいが気になって来たのかな。一応「ただいま、です」と下から覗き込むようにして言うと、アディさんは「おけーり」と返してシーラデストロイに視線を這わせる。そして感嘆のような呆れのような溜息をこぼしてサロペットのポケットに両手を突っ込むと、視線を集落のほうへ向けた。
「ソレ、家に置いたら行ってみるか」
「えっ、でも目立ちたくないって……」
「どの道ジジイが来たことは知られてんだ、揃って根城に押し寄せられるよりかはマシだ」
そう言うなりアディさん洞窟のほうに踵を返しちゃったから、僕とソウシもとりあえず彼に続くことにした。そして住居とは別に設けられていた保管庫みたいな洞窟にシーラデストロイを安置すると、三人で集落のほうに向かった。
「ほれほれ、この武器は他にどんなふうに使えるかね?」
「ぃや、さすがにコレは……」
ってまだワイワイやってるし! いろんな背丈・服装のドワーフたち―でもなんとなく大人ばっかな気がする―が通せんぼするみたいに道の真ん中に集まって、お祭りでもやってるのかってくらいのテンションだな……というか今、賑わいの中心からめちゃくちゃ覚えのある声が聞こえた気がしたんだけど!?
「っ、ちょ! ねぇちょちょちょっと……!」
……やっぱりリインさんだった。ドワーフの壁をくぐり抜けて僕らのほうに駆けてきた彼女は、すかさず知らん顔を決め込んだソウシに「無視ってんじゃないわよ!」とタックルをかます。華麗に躱されたけど。
「ぁ、あのリインさん?」
「あ? なに」
「いや何って聞きたいのは僕らのほうなんですけど……」
チクチクと背中に刺さる数多の視線を気にしつつ説明を求めると、リインさんは「アタシもよく分かんないわよ」と髪を掻き上げる……山里に着いてすぐ。マッフルさんの案内のもとアディさんの洞窟に向かって、僕がいるから残ると言ったソウシと別れて集落のほうに行ったら、
――マッフル……帰ってきたのか
ソウシの予想通り`悪趣味なお出迎え`が待っていたらしい。といっても大人たちは「久しいな」、「後ろのは客人か」、「元気にしとったか?」と社交辞令でも挨拶はしていた。
――い、今マッフルっつったか?
――あのミリタリー・ディスターブの!?
――親父のあの反応、本物だぜ……
礼儀も糞もなかったのは、今は此処にいない若者のほうだ。本に認められているような世界的歴史に残る昔話はまだしも、集落という小さな集団のなかで生まれ、彼らの記憶のみに記された昔話は時とともに誇張・脚色されていくもの……見習い職人たちの間でマッフルさんは、`幼子を狂わせるほどに凄い武器を作った最凶の職人`と噂されていた。
`みりたりーでぃすたーぶ`の詳細は僕には分からなかったけど、その噂がマッフルさんの本意じゃないことは分かった。僕でさえそうなんだから……馬車で何か話を聞いたかもしれないリインさんは、もっと色々分かっていたと思う。
「腫れ物みたいにジロジロと、そのくせ一人で前に出る根性もない。大人どもは揃いも揃って見て見ぬふり……ムカついたから手本を見せてやっただけよ」
言いたい事があるなら此処に立って言え、とマッフルさんを庇うようにリインさんがダンッと前に立つと、コソコソと視線を送っていた若いドワーフたちはニヤッと笑って進み出てきたそうだ。一人ではなく、三人揃って……笑ってても、やっぱり束にならないと動けないんだ。どこの地元団体だよと溜息をこぼす僕を見て、リインさんも全くだと肩を竦める。
「自分たちの武器のおかげで冒険ができてるくせにだの、これは`作る側`の問題で`扱う側`の出る幕はないだの、最後に大事なのは口じゃなくて実績だの……それこそどの口がって話だけど、囀るのなんの」
「うわぁ……」
客人相手の侮辱は大人ドワーフたちも流石に見過ごせず、息子兼弟子たちに謝罪撤回するように言ったみたいだ。けど今度はリインさんのほうから突っ撥ねたというか、吹っかけ返したらしい――もう面倒だから他ならぬ`武器によるタイマン`で決着をつけ、負けたほうが謝罪しようと。
あのリインさん、無謀と男前が過ぎやしませんか!? 相変わらず彼女を侮ったままの三人は勝ったも同然とばかりにその案に乗り、師の監督のもと自分たちが作った武器をそれぞれ工房から持ち寄った。一人は鎖のついた鉄球、一人は両刃の斧、一人は傘……傘?
傘って武器だっけ? 決闘のルールは見習いドワーフとリインさんが同じ武器で戦い、先に白旗を上げたほうが負けというもので、時間制限とかは特になかったようだ。シンプルさで言うならヤンキー漫画のそれだな。
「えっと……リインさんは勝ったんですよね、この人気ぶりからして」
「それにしたって、どんな戦い方したらこんな拍手喝采に見舞われるのやら」
「っ、だから大したことはしてないって!」
一人目の鎖鉄球は投擲の直前に鎖と鉄球を切り離し、鉄球で相手の鉄球を受け止めてる間に鎖で相手の足首を捕らえた。二人目の両刃斧も似たような感じで、真ん中で真っ二つにして二刀流ならぬ二斧流―しかも不意打ち―で攻めてKO勝ち。
最後の傘は……正確には傘の皮を被った仕込み薙刀は、傘の部分が外れて鋼のブーメランになるみたいで、相手はそれに気を取られてる隙に持ち手のほうの薙刀でグサリといくつもりだったみたいだ。立て続けに武器を我流解体して勝ち取ったリインさんに対抗したつもり、だったようだけど……。
「馬鹿正直に傘のまま突っ込んでやったら、投げ返ってきたブーメランとごっつんこしたわ」
そりゃ特攻してきたリインさんの相手で、視界も思考もいっぱいいっぱいだったろうからね。僕が同じ状況にいたとしたら、同じ結末を迎える自分の顔がありありと浮かぶよ。惨敗した三人は渋々リインさんに謝ると、僕らが合流する前に武器を回収して引っ込んだとか。
そこまで聞いたところで僕は、ドワーフたちが彼女を称賛する気持ちが分かった。どの戦いも武器の特性と相手の癖を見抜く`目`、そしてその目で見たものを活かす`行動力`がないと勝てなかった。凄いなぁリインさん……僕もリアタイしたかったな。
「ところで、壊した武器はどーすんだ?」
「こ、壊した?」
分解じゃなくてかと首を傾げると、ちょっと離れた道の真ん中に屈んでいたソウシがちょいちょい僕を呼んだ。駆け寄って同じようにしゃがんで見ると、「あ……」と声が漏れる。土に紛れて、明らかに力尽くで割ったとしか思えない硬い欠片が落ちていた。武器同士がぶつかった衝撃とも考えたけど、リインさんから聞いた感じ決闘は彼女の一方通行っぽかったから……うん。やっちゃったんですね。
「え、決闘中の破損だからノーカンでしょ?」
「ノーカンだって決闘前に宣誓したのか?」
「……たぶん」
いやしてないよリインさん、ルール説明の時`同じ武器で戦うこと`と`先に白旗上げたら負け`ってことしか言ってなかったよ。僕の視線を読んだ、というよりは単純に思い出しただけだろうけど、リインさんの顔がみるみるうちに引き攣っていく。
「……レディーファースト精神って、ドワーフに通用するかな…」
「ラバドラ契約の二の舞になり兼ねないんで止めたほうがいいと思いますよ?」
「心配しなくても、武器はまた幾らでも作れますから」
「ぇ、いやいやそこまで図々しくは……ん?」
今流れるように返事したけど、この甘く穏やかな声は――そっと振り返った僕は、静かに声を失った。僕に釣られて視線を向けたリインさんも、あんなに騒いでいたドワーフたちも、マッフルさんもアディさんも皆一様に……ソウシだけは驚きつつも「わたあめ雲の皮をかぶった、立派な暗雲だな」とか何とか呟いてたけど。
「お久しぶりです爺様、アディ」
雪のような作務衣に洋風感バリバリのロングブーツを合わせた青年が、おもむろにアンティックゴールドの髪を掻き上げる。その手首を飾る知恵の輪。サラッと靡いた髪の隙間からは耳当てで押さえ込まれていたはずのエルフの象徴が、打って変わって存在を主張するかのようにハッキリと覗いていた。
なんとか七話完走…^^;
次回からは『第八話 プリズンアート』をお送りいたしますm(_ _"m)