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第三話 冒険者試験[中編]

よくぞ参られたのぉ旅の方――byマッフル

「ホッホホホッホ、よくぞ参られたのぉ旅の方」

「ど、どうもおはよーございます」


 あのあと女装趣味がないことをそれはもう念入りにウルに説いた僕は、ソウシと一緒にこじんまりとしたギルドへとやって来た。快く迎えてくれたちっこい小父さんことギルド長のマッフルさんは、皆まで言わずとも分かってると言わんばかりに僕らを中へ案内すると、テーブル席で待っているように告げて奥の執務室っぽい部屋に入っていった。


 窓口のようなカウンターに、モンスターの討伐依頼や遠方の街の情報など沢山のチラシが貼られた掲示板。酒や骨付き肉を片手にパーティーメンバーと作戦会議をしている多種多様な冒険者たち。その中にはモンスターを連れている冒険者もおり、不躾にならない程度にギルド内を見回していた僕は「凄いカッコイイ……」と呟いた。ウルにはそんなに物珍しいかと苦笑されてしまう。


「まぁオレも、初めてこの街に入った時はそんな感じだったけど」

「え、ウルはこの街の生まれじゃないのか?」

「うん、オレ森でモンスターに育てられたから」

「へぇモンスターに……ちょっと待て今なん――」

「あ、ごめんちょっと席外すわ」


 にこやかに紡がれたとんでも発言を問い質すよりも先に思い出したようにウルが立ち上がり、すぐ戻るからと言ってギルドを出て行ってしまう。そして彼と入れ替わるようにマッフルさんが奥の部屋から戻ってきた。


 トタトタと子供のように駆け寄ってくる姿が……こう言っちゃなんだか可愛らしく、ふと気を抜くと頭を撫でそうになる。マッフルさんは一緒に持ってきた樽の上にえっこらしょと腰を下ろすと、


「こちらが冒険者試験の注意事項などを書いた同意書、そしてこちらが試験の種類を記した案内書になります」


 手に持っていた二種類の書類と羽ペンセットを僕とソウシに手渡してくれた。ありがとうございますと受け取った僕は、


「いやめっっっっちゃファンシーやん!」


 思わず口に出してツッコんでしまった。ギルドの書類っていうから、てっきり海賊が持ってる宝の地図みたいなあの何とも言えないシンプルなデザインやインクの匂いを想像していたのに――実際は色とりどりの絵の具で青空とお花畑、そしてフワフワの兎や小熊が描かれていた。その絵のど真ん中に書かれてる『☆冒険者試験のご案内☆』って丸っこい文字とか、もう保育園の案内パンフに見えてくる。


「ワシの手作りなんじゃが、気に入ってくれましたかな?」


 まさかのギルド長お手製でしたか!


「しかも開くと、なかの絵が飛び出す仕掛けじゃ!」


 凄いけどそこまで作り込む必要ある!?


「まぁ元々いた山里では`デザインがなっとらん`と不人気で、追い出されてしもたんじゃがのぉ」


 それは普通に酷いな、可愛いだけでデザインそのもののクオリティは高いのに――なんて僕が一人ツッコミまくってる隣で、ソウシは試験の注意事項とやらが書かれたほうの書類を黙々と読み込んでいた。


 文字をなぞるその視線が徐々に鋭くなっている気がして、なんかヤバいことが書かれてるのかと邪魔にならないように覗き込んでみる。マッフルさんの作ったファンシーパンフと違って、全ギルド共通で配布されているらしいこっちの紙面にはびっちりと文字が綴られていた。


「……新手の暗号か?」


 全部日本語に翻訳されているはずなのに、王法第131条がどうとか法改正案に基づきだとか、現世でいうところの六法全書に出てきそうな単語ばかりでまるで頭に入ってこない。


「なぁ爺さん。試験中に回復魔法でも完治できないほどの重傷を負った場合、その治療費はギルドが負担してくれるんじゃなかったのか?」


 え、ソウシこれ読んでて分かるの? やっぱ凄ぇな。


「うむ、ちょっと前まではそうだったんじゃが……」

「なに、国王が冒険者嫌いにでもなった?」

「いや多分あの偽造硬貨と偽札による金流の狂いで、財政に余裕がないんじゃないかのぉ」

「ん”っ」

「え、急にどうした!?」


 グシャッと手元の同意書を握り潰したソウシは、なぜか顔をぐりんと向こう側に回して僕と目を合わせようとしない。どうにか自力で解読できないかと必死に紙面と睨めっこしてた僕は会話内容の殆どを聞き流していたため、ソウシの反応が今ひとつ理解できていなかったが……これは後々必ず問い詰めるべきだと本能が囁いていた。


「まーまー、難しい話はこのくらいにして」

「いやマッフルさんこれ結構大事な話――」

「そうだな。俺に治療できねぇ怪我とかねぇし、そもそも怪我しねぇし」

「それは……まぁそうだな」


 お前カンストステータスだもんなという部分は飲み下し、ついでに自力読解も放棄してマッフルさんお手製パンフのほうに視線を戻す。ペラッと捲れば『モンスター退治なんて怖い、でも冒険者にはなりたい! そんな小心者の貴方には採集コース!』という謳い文句が花や木の実と一緒に飛び出してくる。うん、ファンシーだけど文面はわりと辛辣だな。そして僕にピッタリという……小心者、か。


「受験を希望するのでしたら、選択したコースに丸をしてから隣にサインを。それと下部の枠の中にステータスの写しもお願いするのじゃ」

「ぁ、はい分かり……え、ステータス?」

「うむ。注意事項にも書いておると思うが、レベル90以下と`睡魔`や`部分麻痺`といったステータス異常を患っとる者は試験を受けられん決まりでのぉ」

「な、るほど」


 いやレベル90以下が冒険者できないって普通に鬼畜ルール! 僕ソウシいなかったらホント即死だったじゃん……まぁそれはそれとして、99999なんてぶっ飛んだ数字が並ぶステータス公開して大丈夫なのだろうか。一応、今までで一番凄かった受験者の能力値を聞いてみると、


「そうじゃな、確か初っ端から全能力値が9999という伝説級の者がおったのぉ」

「へ、へぇ」

「あの時はギルド中大騒ぎじゃったわ。翌日には大きな街のギルド長が寄って集ってその伝説級に会わせろと喧しくてのぉ」

「そっ、れは大変でしたね」


 9999が伝説級なら99999は神話級ですか!? 無理だ絶対見せられない、でも見せないと試験受けられないし。どうしようと縋るようにソウシを顧みると、彼はまたもやそっぽを向いて僕のほうを見ようとしなかった。さっきも同じ反応してたけど、まさか伝説級の受験者って……いやでもバディを組んだの僕が初めてって言ってたし、いやそもそもバディを組まないと異世界には来れないのか?


「うぅ頭がこんがらがるっ……」

「どうかされましたか?」

「あ、いえ――」

「ほい爺さん」


 大丈夫です、という僕の言葉に被せてソウシが同意書をマッフルさんのほうへ滑らせた。おいおいまさか神話級をそのまま写したんじゃ、という僕の心配は杞憂に終わった。覗き見たソウシのレベルは99で能力値の数字もバラバラという、平均よりちょっと高めといった感じのステータスだった。え、どうやったの? 助けを求めてソウシを見上げれば、いいから書いてある通りにやってみろと顎をしゃくられたので……その通りにすることにした。


(た、頼むぞ)


 枠の角っこに人差し指を添え、ゆっくりと囲いの線をなぞっていく。すると枠の中が蒼白く瞬き、右から左へ順に文字と数字が浮かんでくる。ソウシが言った通り、僕のステータスはレベル90ジャストで能力値も可もなく不可もなくという平均的なものに変わっていた。魔法を使ってる様子もなかったし、ホントどうやったんだろ……。


「おまたせー、書類の記入終わったか?」


 これまたジャストタイミングでウルが戻ってきた。マッフルさんから手渡された同意書に目を通すと一瞬訝しむように目を眇めたが、すぐにパッといつもの明るい表情に戻ると「採集コースだな。ステータス異常はなし、HPとMPもマックスか」と確認するように声に出し、引率者枠のところに自分の名前を記入してからマッフルさんに書類を返した。


「行けそうならすぐにでも出発するけど、便所とか大丈夫?」

「俺は大丈夫だけど、終太郎は行っときなよ。試験中にチビりたくないだろ?」

「だからお前は一言よけいなんだって!」


 とツッコみつつもビビる可能性を否定しきれない僕は、お言葉に甘えて一人トイレに行こうとしたが……ふと思い出して立ち止まると、


「やっぱお前も付き合えよ」


 ソウシも引っ張っていった。何かあると察したソウシは特に抵抗もせずついて来てくれて、これまた幸いというべきかトイレは僕らを除けば無人だった。


「で、俺に聞きたくてアイツに聞かれたくないことって何? まぁだいたい想像はつくけど」


 ステータスの写しのことだろと言って、ソウシは僕にステータスを表示させるようにジェスチャーで示した。言われた通りに表示させた例のディスプレイには、初見と同じ99999というとんでも数値が並んでいる。


「前にも言ったと思うけど、俺の本体はステータスそのもの。0から99999までなら自由に数値を弄れるんだ」


 勿論ただ数字を変えるだけじゃなく、攻撃や防御の威力もその数字に見合ったレベルに変化できるとソウシは言う。別々に写したつもりのあのステータスも実は同一のものだと……それも勿論気になっていたことではあるけど。


「僕が聞きたかったのは、MPのことなんだけど」

「へ?」

「昨日けっこう魔法使ったのに、マックスだってウルが言ってたから」

「ああそのことか。麻痺とか毒に掛からない限りは、終太郎がひと晩寝れば大抵回復するんだよ。言ってなかったか?」

「初耳だよ。でもそっか、寝たら回復するのか」


 変にお高いポーションのおかげとかじゃなくて良かった。聞きたかったことは聞けたからと僕は会話を切り上げると、手前の個室に入ってホッと息を吐いた。あまりウルを待たせちゃ悪いし、出すもん出してさっさと戻ろと呑気にトイレットペーパーホルダーに手を伸ばした僕だったが、


 カラッ。


「ぇ、え!?」


 肝心のペーパーが空っぽだった。周りを見回してもスペアはなく、ヤッバと思いながら「ソウシ、悪いけど替えのペーパー貰ってきてくれ」と戸を叩く。この時点では事前に確認しとけばよかったとちょっと焦っただけだった。本格的に焦ったのは、扉の向こうからウンともスンとも応答がなく、それどころか人の気配がないことに気づいた時。まさかアイツ、先にウルんとこ戻った!?


「ちょ、あの紙! 誰か紙っ、紙くださーーーーい!」


 これから冒険者になろうってヤツが便所で紙求めて叫ぶとか、客観的に見なくても情けなすぎる。でもこのまま個室に閉じこもってるのはもっとカッコ悪い。まったくソウシの奴、なんで先に戻……るわな普通、うん。八つ当たりしてゴメン。


(待てよ、僕のステータスなら神通力的なアレで呼べるんじゃ!?)


 目を閉じ、ふぬぬぬと唸りながら必死に念を送る。紙求む紙求むプリーズペーパーッ……いやホント何してんだ僕。


「終太郎、もしかして下した? キンチョーしてんの……え、紙がない?」


 結局僕のペーパー念は届かなかったばかりか、下痢と勘違いされて心配された挙句、紙がなくて出られないと知られて爆笑された。恥ずかしすぎて死にそうだった……まぁ、おかげで緊張感は薄れたけど。

6月25日/少し内容を編集しました。

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