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第七話 ドワーフの山里[後編⑥]

んなの乾かしたヒトボシとかゴゴショウでも千切ってくっ付けときゃいーじゃんって言ったら、`コンクールが終わり次第芸術の何たるかを叩き込んで差し上げます`ってよ――byヴァルシェリア

「……んー…」


 身分証代わりの冒険者免許を見せて、諸々の必要事項を記入した書類にサインして。正式に依頼をした僕とソウシは、刀の柄を作るのに必要なシーラデストロイの皮を調達するために、一度洞窟を出て近くの海辺に向かうことにした。召喚魔法の[サーモベルセレクション]を使えば、ぶっちゃけ一歩も動く必要ないんだけど……さすがに`深海最強モンスターを一発で引き当てました`っていうのは色々と疑われそうじゃん? だから[ロードスキップ]で飛んで適当に時間を潰してから、シーラデストロイを召喚して連れ帰ることにした。


「なんだ、刀をチョイスしたの不満か?」

「へ? ぁ、違う違う!」


 持ち主が全滅って呪い(?)は未だに気になってるけど、たぶんソウシが居てくれるなら大丈夫だと思うし……僕が不満というか不安なのは、アディさんのことだ。刀って存在だけでもこの異世界では珍しいのに、彼の言葉に甘えてあれこれ注文つけちゃったこともそうだけど……曰く付きの物って使う側だけじゃなくて、管理する側にも良くないことを齎すことがあるから。もし微毒みたいな蓄積タイプだったら、今までが大丈夫でも僕らの依頼でドッと溢れたりとか……。


「ねぇな」

「なっ、ぃのか?」

「おう、ちゃんと根拠もあるぞ」


 あの刀をよく思い出してみろよ、とソウシはピンと人差し指を立てる。偶然だろうけど、その指先にトンボとナナフシを足して二で割ったみたいな虫が止まって、「おぉー」と僕はまじまじと観察した。フーリガンズやガープの森では見なかったから、この山里にだけ生息してるのかな? でもなんで足じゃなくて、腹の先端を使って垂直に立ってるんだろ……カンガルー要素も入ってる? あっちは尻尾だけど。


「……で? 刀は?」

「ぁ、ごめん!」


 焦れたらしいソウシがフッと息を吹きかけると、ナナンボ―名前が分からなかったから勝手に足した―はヒュルヒュルと飛び立ってしまう。ヒュルヒュルとか変な表現だと思うだろうけど、本当にそうとしか言えない飛び方だったんだ……ほら、竹トンボがそんな感じで飛ぶじゃん?


「ぇ、っと」


 手放した風船みたいに、不規則に小さくなっていくナナンボを目で追いながら思い出してみるけど、べつに可笑しいところはなかったぞ? 今は亡き依頼人のオーダーに合わせて何回も武器として形を変えて、融解加工の話も出たとは思えないくらい綺麗だったし――と、ソウシが「そ、()()()()()」と僕の鼻をぐにっと指で押してくる。


「幾人もの手に渡り使われたにも関わらず、だ。錆も欠けも罅もなかっただろ?」

「ぅん」


 呪いの浄化作用かなと呟いたら、「そこは普通にアディの手入れが行き届いてたって解釈しろや、あと前半の単語矛盾してる」とより強く鼻を突かれた。ブヒッ、おい豚鼻になるって。


「ともすれば物は、人や動物以上に正直だからな。持ち主全滅なんて惨事が起きても、手入れを怠らなかったアイツに牙を剥くこたぁねーよ」

「……んひ…」


 納得できないことはないけど、なんかソウシにしては感情論だなっていうのが率直な感想だった。いや`根拠`って聞いて勝手に僕が論理的な答えを想像してただけなんだけど、なんか……いつものソウシの、徹底論破感に欠けてるっていうか。言葉が柔らかい?


「ご不満のようだな、終太郎クン?」

「んぎゅ……ひょんやんやんぁい…」


 ギュッと抓まれた鼻はそのままに首を振るも、今のモヤッとした感想を口に出す気にはなれなかった。同時にソウシに向いていたはずの疑問の矢印が、「どうしたんだろ、僕」と自分自身に向く。いつもの僕なら迷わず言葉にしてるのに……いつも通りじゃないのは僕のほうなのか?


「……ほぉ~?」

「にゃ、んだよ急に……?」


 抓んでた鼻を放すなり、勝ち誇ったような顔でニマニマして。今の僕が言えたことじゃないけどキモいぞ、と溜息まじりに歩く速度を上げた瞬間、


 ガササッ、トン。


 脇の茂みから飛び出してきた影と軽く肩がぶつかった。振り返るより先に「ごめんなさいっ」と謝れば向こうからの「すまない」と被り、妙な間ができる。獣道のさらに獣っぽい所から出てきたから、てっきりゴギーとか動物の類だと思ったけど――人みたいだ。それも結構な長身で、影に見えたのは頭の天辺から踵まですっぽりと覆う漆黒のローブだった。


「怪我はないかい?」

「は、はい全然これっぽっちも!」


 僕のほうこそよそ見しててとペコペコ頭を下げる。にしても声綺麗だな……気品溢れるっていうか、僕には到底真似できないバリトンボイスだ。ここに居るってことは、集落のドワーフさん? でも雰囲気的にはエルフっぽいような、と目深に下げられたフードの中を覗こうとすると、


「いくぞ」


 ソウシに首根っこを掴まれ、そのまま親猫が仔猫にするみたいに持ち上げられた。ちょ、首! 首が絞まっ、ることはないけど襟と全体重が食い込んでるから! 自分でちゃんと歩くとジタバタ抗議しても完全スルーで、そのうち動き回るのに疲れてシュンと手足を縮こめる。より小動物感が増すのが自分でも分かったけど、


(ソウシ、怒ってる?)


 背中に浴びせられる威圧感のほうが凄くて、すぐに気にならなくなった。な、なに急に。なんで怒ってんの――ていうか、()()()()()()()()


「振り向くな」

「っ、ごめん……!」


 肩越しに見ようとしたら一喝され、慌てて前を向く。もしかして、目を合わせたらヤバい類? 幽霊とか怨霊とか悪霊とか、ってソレ全部幽霊か。


(でも……)


 ソウシに掴まれる寸前にチラッとローブの隙間から覗いた、赤い髪。僕よりずっと鮮やかで、綺麗だったな。


「他のドワーフに見られても面倒だし、ここで海に飛ぶぞ」

「ぁ、うん」


 相変わらずの低い声。悪いヒトには思えないって思うことも今のソウシにはNGなのか。


「ロ、ロードスキッ――」


 ん? ちょっと待って。たしか無闇に[ロードスキップ]使ったら、


――魔ニ頼ラズ、地ヲ踏ミシメルベシ


 ゴッドパワーとかで強制無効化されるんじゃ……!


「あ!」

「へ、ぇ? えぇ!?」


 ヒュン――ドスンッ!


「ひえっ、また落っこち……てない?」


 尻から伝わる沈み込むような砂の感触と、確かな重力。咄嗟に頭を庇った腕をそろそろと退けてみれば山と獣道に代わって、水平線の向こうまで開けた穏やかな海面が見える。


「……海だ」

「海だな」

「……ちゃんと来れた」

「そりゃ目的地だからな」

「……じゃあさっきの`あ!`って何」

「出来心♪」

「こっちは本気でビビったんですけど!?」


 差し出された手を逆に引っ張って道連れにしてやろうとしたのに、ビクともしないばかりかいとも簡単に引っ張り起こされてしまった。しかも「落っこちたところで俺がいるから平気じゃん」って……そうだけどそうじゃないんだっての! この分からず屋めと鼻をつまみ返してやっても、ソウシはへらっと笑うばっかで全然応えてないし。


(まぁ、さっきみたいなのよりはいいけど……)


 傍目から喜怒哀楽が読み取れない表情が、一番怖いから――まぁ、それはそれとして。僕はソウシの鼻を解放すると、改めて海のほうに向き直って波打ち際に歩み寄った。同じ海でも、前に行った南海とはなんか雰囲気が違う気がする。


 あっちがハワイみたいなザ・観光って感じの海なのに対して、こっちの海は人気どころか生命の息遣いまで奥底に潜んでる秘境。ちょっと違うけど現世でいうところの、なんだっけ? 塩分濃度がめっちゃ高くて、泳げない人でも浮き輪なしで浮けるっていう……。


「死海だろ?」

「っ、そうそれだ死海!」

「ここは西海だっつの」

「あー死海っていうのは例えで……ってんぇ!?」


 唐突に会話に混ざってきた、ソウシじゃない声。けど聞き覚えがある声に振り返れば、


「まさかここで会うとは思わなかったよ。シュウタロウ、ソウシ」


 ヴァルシェリア王子こと、シェリーさんが浜に寝そべっていた。そっか! フーリガンズから西に進んだ山里の近海だもんな!


「わぁ! お久しぶりです!」

「おー久しぶり、って言っても一週間経ってるかどうかってレベルだけど」


 ちょこんとその場に正座し、挨拶代わりにハイタッチを交わして笑い合う。ソウシは恥ずかしがって「よぉ」と口で済ませようとしてたけど、僕が裾を引っ張って促すとちゃんとパチッて掌を合わせてくれた。


(よかった、元気そうで)


 シェーレさんとの喧嘩でできた傷も頬に貼られた海藻の絆創膏以外は治ってるみたいだし、寝不足とか窶れてる感じもない。シェリーさんが居るってことはシェーレさんも居るのかなって近くを見回したけど、今は居ないっぽいな。


 と、僕の視線に気づいたシェリーさんが「シェーレならいねーぞ」と言って、波に浸していた尾をパシャッと持ち上げた。そのままパシャンパシャンと、子供が足をプラプラさせるみたいに波を叩く……あれ? なんか拗ねてる?


「シェリーさんもしかして、またシェーレさんと喧嘩し――」

「喧嘩じゃねー、集中したいからって閉め出されただけ」

「集中?」

「てかプリンスが城から追い出されるとか(笑)」

「違ぇよ閉め出しくらったのはシェーレの部屋だけだわ(怒)」


 城から出たのは単に退屈だったからだとソウシに訂正を入れたシェリーさんは、次は僕の疑問に答えてくれた――近々、北東のほうの街で大規模なアートコンクールが開催されるらしい。壺でも絵でも武器でも装飾品でも、とにかく作り手が「芸術!」と豪語できる物なら何でも作品として応募OKみたいで、シェーレさんも参加する気満々でいるらしい。


「シェーレさんは、なに作ってるんです?」

「なんか掌サイズのガラス玉」


 そんなつまんなそうに言わなくても……それにしてもガラスの作品か。トンボ玉とかかな、掌サイズって結構デカいけど。ついでに教えてもらったんだけど、海に住まうマーメイドは基本的に火が使えないから、海底火山から`熱`を引いて物を温めたり溶かしたりしているんだって。


 海にもちゃんとライフラインがあるんだな……あ、話が逸れた。シェーレさんはガラスを溶かして成形するところまでもう済んでて、あとは装飾するだけらしい。シェリーさん曰く、ガラスの形よりも装飾のほうに力を注いでるようなのだけれど……。


「んなの乾かしたヒトボシとかゴゴショウでも千切ってくっ付けときゃいーじゃんって言ったら、`コンクールが終わり次第芸術の何たるかを叩き込んで差し上げます`ってよ」


 うん、そりゃ出禁にされるよ。

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