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第七話 ドワーフの山里[後編⑤]

冬の夜の三日月みたいでカッコ良くない?――by???

「何してる」

「っ!」

「ここには入るなって言ったはずだ」


 いつの間にか後ろに立っていたアディさんの腕が身体の横から伸び、岩枠の内側に取り付けられていたカーテンが閉められる。シャッと小さく鳴った音に情けなくも肩をビクつかせると、「べつに意地悪で言ってるわけじゃねーからな」と軽く背中を叩かれた。


 工房には武器に見えないような武器や、素手で触れると毒になるような塗料が置いてあって、危険だから止めたまでだと……これまた情けないことに、そこまで言ってもらってようやく僕は「ごめんなさいっ」と謝ることができた。


「入るつもりは、なかったんです……ただ物音が聞こえたので、気になって…」

「物音?」

「かた……ぁ、いや剥き出しの刃が床に落ちてたから」

「っ!」


 僕が言い終えるなりアディさんは血相を変え、閉めたばかりのカーテンを引き千切るように開けて中に踏み入った。視界が閉め切られる前と同様、抜き身は床に置かれたまま。僕が見つけた時から誰も触ってないんだから、僕にとっては当然の光景だったけど、


「なんで……」


 アディさんにとっては違ったらしい。もともと刃を包んであったと思しき布をテーブルからひったくると、心底不気味だと言わんばかりの形相でその布越しに床の刃を掴み、包み直してテーブルに戻した。端のほうじゃなくちゃんと中央に、刃のために綺麗に空けられていたと思しきスペースの中に……ん?


(あの刀、どうやって落ちたんだ?)


 滑り落ちたにしてはテーブルに傾きは見られないし、物は多くても山積みにはなってない。ていうかテーブルから床までそこそこ高さがあるし、仮に自然に落ちたとしても`コトッ`じゃなくて`ゴトンッ`のはずだ……まさか、()()()()()()


「便所にいく途中、なんか見たか?」


 動物でも虫でもいいと言うアディさんも、僕と同じく不法侵入を疑っているらしい。でも僕は本当に誰も、何も見てないんだ。ごめんなさいと力なく首を横に振ると、「だからお前のせいじゃないって」と溜息を吐かれる。ザッと見たところ刃以外の物の配置が変わっていたり無くなったりはしてないみたいで、ひとまず落下の謎は置いておこうとアディさんは首の後ろを掻いた。


「……で?」

「へ?」

「アレが気に入ったのか?」


 ん、とルビーの瞳が示す先にはあの刀が。僕は咄嗟に「ぃ、いえそういうわけじゃっ」と手を振ったけど、職人の目をナメるなとアディさんは容赦なく逃げ道を塞いでくる。声をかける前に工房の入り口から見た、刃に注がれていた僕の眼差しは愛器と出会った人のそれだと……一理、ある気はした。長すぎず短すぎない、アディさんが解析してくれた僕に合った武器の丈。なによりアレは剣じゃなくて刀、日本特有の武器だ。記憶はなくても、身体は生まれ育った国の匂いを覚えているらしい。


「オススメはしねぇがな」

「え……」

「コイツは、()()()()はこの俺等でさえもが手を焼いてるジャジャ馬だ」


 言いながらアディさんは壁際の棚に歩み寄り、ガサゴソと丁寧に漁り出す。その背中を見ているうちに僕のほうも「あっ」と思い出した――かつて日本の侍が腰に帯びていた刀は()()だったと。一本は補助と護身のための脇差。長さはちょうど、テーブルの上で包まれてるあの刃くらいだったはず……とするともう一本は、


「今までもコイツらを所望する客は大勢いたが、今んとこ全員死んでる」


 戦国の世の主役ともいうべき、打刀。脇差よりも長く撓やかに反った抜き身。アディさんが棚からそっと取り出した刃も、捲れた包み布の隙間から見たところそんな感じだった……って、んぇ? 死んだ? それも全員!?


「なんで!?」

「さぁな……敵に向けてぶん投げたつもりが自分に返ってきてザックリ死んだり、挟み討ちにするつもりが味方同士相討ちになったり、なんかよく分かんねぇまま持ち主が腹なり首なり斬って自殺したり」


 所望客が十人十色なら手放すまでの過程は千差万別。ただ死という終着点のみが共通していると言って、アディさんは脇差のすぐ傍らに打刀を置く。ちょいちょいと手招かれるままに「し、失礼します」と歩み寄ると、揃った対の刃を改めて見せてもらう。


 と、打刀に紋様みたいなのが小さく彫られてることに気づいた。黒い、三日月がワンポイント……家紋ってやつかな? いやそれは鞘とかに付けるんだっけ? 脇差のほうにも、ある。でもこっちは白い三日月だ。


「刀身彫刻ってやつだな、彫り手は大した技量の持ち主だよ」

「っ、ソウシ!」


 振り返ってみると、ソウシが当たり前の顔をして入り口に寄りかかっていた。よかった無事に着けたんだとホッとすると同時に「いつ入ってきたんだ!?」という疑問が湧いた僕は、さぞかし間抜けな顔をしてたんだろう。マヌケ面、ってまんま微笑まれた。


    ◇◇◇◇


「……ジジイは?」

「ここまで案内してくれた後は、邪魔しちゃ悪ぃからって集落のほうに挨拶に行ったよ」


 用心棒(リイン)も同行させたから、万が一悪趣味なお出迎えがあっても心配はないだろうとアディさんに返し、ソウシが軽やかながら慎重な足取りで入ってくる。悪趣味なお出迎え……若いドワーフたちがアディさんの悪口を言っているのを聞いた後じゃ、否定はできなかった。自然と玄関のほうに視線がいく僕の頭をポンと叩くと、「上物の刀だな」と呟いて二本の刀を見下ろす。


「カタナ? ソレがこの剣の名前なのか?」

「なんだ知らねぇで持ってたのか?」

「……俺等が見つけたもんじゃねぇから」


 俺等どころか、たぶんこの山里の職人は誰も知らねぇとアディさんはテーブルに片手をつく。最初にこの刀を見つけたのは、マッフルさんだったらしい。まだこの洞窟住居が建つ前、マッフルさんの両親が健在で他のドワーフと一緒に集落のほうに住んでいた頃。秘密基地と称してこの洞窟に遊びに来ていた幼いマッフルさんが、頑丈な箱とともに穴の奥に埋められていた刀をお宝だと思い込んで掘り起こしてしまったとのこと。


 発見当時は剣と似て非なる形状の珍しさから山里中で人気殺到で、それこそ里一番の職人が保管すべきだの、いやいや宝具として全員で後世に引き継がせるべきだのと争いの火種になりかけた程らしい……この刀を求めてたのは、武器を作ってもらう側だけじゃなかったんだ。


「……んじゃ今こうして素っ裸で放置されてんのは、旬が過ぎて飽きられたからか」

「ぁ、いや`飽きられた`っていうよりは`恐れられた`……が正しいんじゃないかな?」


 なにしろ自分の武器にと望んだ人がみんな死んでるみたいだから、と気づけば口を挟んでいた。たぶんアディさんが当たり前のようにこうして刀を持ってるのは、怖がったドワーフたちに押し付けられたから……`やっぱり第一発見者が持ってるべきだ`とか尤もらしいこと言って。


 本当の第一発見者はマッフルさんだけど、彼は山里を出て行ってしまったから……僕の考えは概ね当たってたみたいで、アディさんは「物にも帰巣本能があるのかもな」と肩を竦めている。


「まんま武器として使えねぇなら、融解して新たに加工すればいいって意見も出たんだよ」

「と、融かしたんですか?」

「融かそうとはした。けど無理だった」


 どんだけ熱しても火炎魔法で炙っても、二本の刀は赤くなるだけで一向に融け出さなかったんだって……マジですか? 改めて、今度はおそるおそる刀を見やる。異世界に存在してる時点で普通の刀じゃないことは覚悟してたつもりだったけど、


(呪いの類はさすがに想定外ノーサンキューですわっ!)


 そんでもって! 今までの経験からするとこの先の流れは!


「終太郎、第二の相棒(愛器)はコイツでいくぞ」


 やっぱそうくるよねお前は!? 半泣きジト目でソウシを振り返れば、「誰でも使えて代替が利くんじゃ、愛器とは言えねぇだろ?」と至極真面目な顔で言い返される。そりゃそうですけども、と口ごもった刹那、


――銃やロボットもいいけど、やっぱ漢の戦いっつったら拳と剣だよな!

――剣、か……ぼくは刀がいいかな


 ツキンとした頭痛と一緒にモノクロの音声テープが脳内に流れた、気がした。


――刀?

――うん。なんていうか、静かで研ぎ澄まされてて……冬の夜の三日月みたいでカッコ良くない?


「お前らがいいなら構わねぇけど、マジで薦めはしねぇぞ?」

「……!」


 アディさんからの最終勧告でハッと意識が現実に戻る。何だったんだろう、と考えようにも`何か見聞きした`ことしか思い出せなくて、さらに思考を回そうとすればするほど薄れていくものだからどうしようもない。


(たしか今までも何度か……そうだ。最初に待合室でリインさんと会った時と、海でジュリーさんと対峙した時と……谷で、デカミミズに追い詰められた時…)


 最初以外はどれも嫌な感じっていうか、普段はぜんぜん気にならないんだけど……今みたいにふとした瞬間に、角に溜まった湿りけのある埃みたいな不快感が滲んでくる。思い出したいもの、覚えておきたいものは砂みたいにすり抜けてくのに……。


「ああ、仮になんか起きても()の責任だ」

「っ、ちょ……!」


 僕が勝手にモヤモヤしてる間にソウシは「間違ってもお前を責めたりしねぇよ」と木製の丸椅子を引き寄せて腰掛け、商談の体勢に入っている。溜息まじりにアディさんに目配せされた僕も、同じように椅子を持ってきたけど、


()じゃなくて、()()()の責任だから」


 ちゃんと訂正してから座った。敢えて前を向いたまま顔は見なかったけど、なんとなく気配みたいなのでソウシがホッと微笑んだのが分かった。「座るの、こっちじゃなくていいのか?」と自分の膝を叩いた時は、脛を狙って蹴飛ばしておいたけど。


「……仲いいんだな」

「え?」

「なんでもねぇ……じゃあまずは、コレを参考にコッチにサインしてくれ」


 さっき僕が見せてもらった四枚の紙にプラスして、アディさんは戸棚の引き出しから二人分の書類を出してきた。氏名と住んでる場所を書く欄のほかに、依頼する武器の種類やオプションの数に比例した追加料金を選ぶ欄があって……これは捲れたりしないよな、とソウシをチラ見する。と、彼も同じことを考えてたのか紙の端っこを抓んで悪戯っぽく笑っていた。つられた僕も小さく吹き出してしまう。


「っ!」

「ぁでっ」


 直後、なぜかアディさんがペンを投擲してきた。ソウシは寸前に指で挟み取ったけど、僕はもろにデコで受け止めてしまう……んー、解せん。


(オプションって、たしか毒とかトラップの仕込みだったよな)


 刀の形状的に仕込むとしたら毒だろうけど、なんか自滅する未来しか見えない。トラップも同様だなと、オプションの部分は飛ばすとして……装飾か。四枚の紙の中から`剣`について書かれたそれを手に取って、刀と交互に見比べてみる。


「あの、アディさん」

「んー?」

「この鍔……ぁ、ガードの形ってここに書かれてるのだけですか?」


 ガードは日本刀でいうところの鍔に当たる部位だ。でも剣と刀じゃ、呼び名だけじゃなくて形も違う。前者が主流のアディさんが作った一覧表には羽が生えたみたいなガードばかりで、楕円形の五円玉みたいな鍔は載っていない。


「なんかリクエストがあるのか?」

「えーっと……」


 楕円形の五円玉、ってまんま言いかけたところで異世界に五円玉がないことを思い出し、紙面の余白に大小の楕円の重なりを描く。うわぁ……自分で描いといてアレだけど、落書きのほうが絶対にクオリティ高いよ。


「へー、なるほどな」

「ふぇ?」

「タングを一周させるたぁ、俺等のリストにはなかった形だ」


 なかなかの感性じゃんと褒めてくれるアディさんに、「ど、どうもです」と苦笑いで応える。実際に鍔の形を考えたのは遠い遠い昔の刀職人で、僕はその知識を後から仕入れただけなんだけど……。


「シースはどうする?」

「シ?」

「刃を保護する筒だよ」


 ああ鞘のことかとポンと手を打ちつつ、どうしようと腰に視線をやる。侍は着物の帯に刀を差して携帯してたからシンプルな作りだったけど、僕が今着てる服に帯はないし……甚平はともかく、浴衣とか着物はあんまり好きじゃないんだよな。


――清めの時間です、こちらにお着替えを


 ぁ、まただ……。


「鞘は刃に合わせた細身のでいい」

「……!」

「色は白、あと各々にソードベルトを付けてくれ」


 腰に装着するタイプので頼む、とソウシはポンポンとリクエストしては紙面の下のほうに設けられているその他欄に書き込んでいく。さり気なく付け足したけど、ベルトって武器に含まれるのかな?


 チラッと目でアディさんに確認してみれば、「ムカつく客だったら別料金取ってた」と笑い返された。クスッと僕も笑って、空白欄に`腰に付けるベルト`と書く。と、横から伸びてきたソウシのペンが`る`と`ベ`の間に`ソード`と書き足していった。はーい、ソードベルトね。


「グリップはどうする? 俺等の基本は鋼に鎖を巻く形だけど」

「……木とモンスターの皮、それと糸を組み合わせて出来ねぇか?」

「……出来ねぇことはねぇけど」


 滑らかだった商談のキャッチボールに、ふと振れが生じる。今ソウシが言った三つは日本刀の柄に使われてる基本の素材だけど、さすがに注文を付けすぎたかな? けどアディさんが引っかかった点は、僕が懸念した点からは若干ズレていて、


「さっきのガードといい――お前ら、この武器のこと見抜きすぎてねぇか」


 それ以上に核心を突いていた。一転して眇められたルビーの瞳に僕はあからさまにビクついちゃったけど、直前でソウシが脛を蹴飛ばしてくれたから、そっちの反応だと思ってもらえた……と思いたい。


「それはつまり、俺らにも武器職人の才があると?」

「アホ抜かせ。このジャジャ馬はもともとお前らのモンだったんじゃねーのかって聞いてんだ」

「そっ、それは違います!」


 僕らが刀に詳しく見えるのは生前の知識と、単純にこの異世界に刀の概念がないからだ。むしろ刀があったことに、しかも呪い(?)が掛かってるって分かって()()のほうが驚いてるくらいなのに、放置なんてとんでも……ん?


――実はまだ俺が冒険者やってた頃トイレットペーパーの生産が上手くいかなくて、たまたま持ってた大量のポケットティッシュを一時代用してたんだよ


(まさか呪い刀(今回)もこいつが落っことしたものなんじゃ……)


 ポケットティッシュ(前科)を思い出しながら横目で細く見やるも、ソウシは「どうかしたか?」と言わんばかりに飄々としてて……ちょっと疑いすぎたかなと僕は「ううん、ごめん」とひっそり反省する。前みたいにソウシが落としてたら顔に出るはずだもんな、ソウシは僕に嘘吐かないって言ってたし。


「……違うならいい。悪かった」

「っ、アディさん……」

「木と糸は、俺等のほうでカタナに合わせたのを選ばせてもらう。問題は皮だな」


 モンスターの皮自体はたくさん在庫があるみたいだけど、どうやらその中に刀にマッチする皮がないらしい。試しに刀と合わせて加工したわけでもないのに、そういうことも分かっちゃうんだ……職人、っていうかアディさんはどこまでも凄い。


「当てはあんのか?」

「シーラデストロイ」

「んなっ、深海最強モンスターじゃねーか!」


 正気かと身を乗り出してくるアディさんに、「バッチバチに正気だ」と親指を立てるソウシ。薄れるどころかより濃くなった驚愕の眼差しがすかさず僕にも向けられたけど、


「バッチバチに正気です」


 これに関しては僕も両手の親指を立てて頷くしかなかった。

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