第七話 ドワーフの山里[後編④]
テメェが扱えねぇもんを他人に売るわけねぇだろ――byアーディル
「お、おぉ……」
剣に斧に棍棒、そして槍。アディさんが作ってる武器は確かに四種類だけど、それはあくまでジャンルに過ぎず、実際に出来上がる武器の形状が多岐に渡ることは事前の説明で理解してたつもりだった。
「もしかして、余計にこんがらがったか?」
洞窟外の玄関前。目の前にズラリと並べられた実物たちは、僕の想像を遥かに超えるインパクトを放っていた。大きな敷物の上、ザッと見ただけでも十五はある武器にまたもや圧倒されっぱなしの僕にアディさんは小さく嘆息すると、今までどんなふうに戦ってきたんだと聞いてくる。
「ドートの時みたいな後方支援ばっかやってたわけじゃないだろ?」
「そう、ですね」
冒険者免許のための試験で暴走した猪狼と戦った時のこと、海でマーメイドと喧嘩に近い戦いをした時のこと、アディさんと会う前のグランドコンダとの瞬間的な攻防戦について言える範囲で話していく。ミストワームとも戦ったけど、あれは実質ソウシが倒したようなもんだからノーカウントだ。
「ふーん……まぁなんだかんだ言って、近接戦闘の経験が一番多いみたいだな」
「は、はい」
「唯一扱ったのは剣だっけか?」
「それもほんの一瞬だったから、扱ったってほどじゃ……」
それにどの戦いの場でも目の届くところにソウシがいてくれたから、冗談抜きでリアル初心者なんです。モジモジと正座しながら呟けば、アディさんは「ふむ」と顎に指を添えて剣が並べてある列に近づき、一番シンプルな短剣を手にとって僕を呼んだ。
「シュウタロウ、とりあえずコレで掛かってこい」
「へ!?」
「実践してみねぇと感覚分かんねーだろ?」
ほれ、とアディさんは柄が僕に向くように手の中で短剣を回して差し出してくれる。反射的に立ち上がって受け取ると、彼もまた別の短剣を手にして少し開けた場所まで移動した。手招きされた僕もトタトタとついていく。
「じゃ、適当にかかってこい」
「かかっ……」
「あ、魔法は使うなよ? 今俺等コンバードデスター持ってねぇし」
「コ、コンデス……?」
「あのマジックエージェングだよ」
「ぁ、はい」
ますますSF感が増すネーミングだな、とよそ見する間もなく対峙したアディさんの気配が変わっていく。僕のよりは刃も柄もゴツい短剣を逆手に構える姿は騎士より荒々しく、それでいて獣より静かだ。ふと、暗殺者という単語が頭の中を過ぎった。
「来ねぇならこっちから行くぞ」
「へ、わっ……!」
ふわっと、風に乗るようにして戦意が顔を撫でていく。それを払うように咄嗟に顔の前に短剣を持ってくと、アディさんが突き出した刃とぶつかり瞬間的に火花が散った。ビクつく僕から目を離さないまま彼は刃を斜めに滑らせ、かと思いきや翻すように振り上げて僕の短剣を弾き飛ばそうとしてきたが、さすがに抵抗して柄をギュッと握りしめる。そして彼を真似て力の向きに合わせて短剣を流すと、一緒に身体を捻って回転斬りに持ち込もうとしたけど、
「ん、ちょっと分かった」
「っ……」
ひたりと項に突き立てられた鋒に、ピクリとも動けなくなった。とはいえ中途半端に上体をねじった体勢を保てるわけもなく、三秒も経たないうちにベシャッと膝から崩れ落ちる。でも短剣だけは傷つかないように胸に抱えたぞ!
「バカ刺さったらどうすんだ」
べつに売り物じゃないし今思いっきり振り回してたろうが、とアディさんは屈んで短剣を抜き取ると、わざわざ僕の掌が切れてないか確認してくれた。その際目に入った、彼の掌の肉刺。職人としてのそれかと思ったし、実際それもあるんだろうけど……なんとなく位置とか硬さとか、ウルの手と似てる気がする。作る人じゃなくて、戦う人の肉刺。改めてアディさんが持ってる短剣の柄をちゃんと見れば手汗が滲んだみたいに変色してるし、擦り切れてもいた。
「そこに出てる武器なら、俺等は全部扱えるぞ」
「っ、ふぇ!?」
「お前顔に出すぎ」
ジッと掌見つめたかと思いきやハッと武器の列に視線を流して、気づかないほうがおかしいだろとアディさんは立ち上がる。
「俺等だけじゃねぇ、ここのドワーフは皆そうだ」
「みんな……」
「俺等たちが作ってんのは飾りじゃねぇ、実戦で使うモノホンの武器だ。テメェが扱えねぇもんを他人に売るわけねぇだろ」
「…………」
「……んだよ?」
「……カ…」
「カ?」
「カッコイイ、です」
言った直後に「もっと言葉あんだろ!」って自分で自分にツッコんだけど、一瞬前の僕にはコレが精一杯だった。工場とかの大量生産じゃなくて、一つ一つに覚悟が込められた職人の逸品。これをカッコイイと言わずして何と言う、と僕なりに褒めたつもりだったんだけど、
「二度と、言うな」
アディさんから返ってきたのは、本気の睥睨だった。なに、急に……なにが駄目だったの…? 上から目線だった? 緊張と高揚で滲んでいた汗が一瞬にして引き、寒気が背中を這い上がる。
「っ、悪ぃ……!」
なにも言えないまま茫然と見上げていると、ハッと我に返ったアディさんが睨んできた時と同じくらいの勢いで謝ってきた。ただでさえ真っ青だった横顔は、片手で覆われた今はさらに蒼褪めてて、僕は慌てて「いえぜんぜん平気なんで!」と立ち上がった。睨まれた理由も背中の寒気も吹っ飛んでしまった。
「ぁの、なんていうか……僕も不謹慎でした」
「いや、お前は悪くない」
「ぁ、あーと……あ! 槍っ、次は槍でお願いします!」
足早に武器の敷物のとこまで戻ると、目に留まった槍を持ってアディさんに向き直る。痛々しいほどの怒りで眇められた目が気にならないって言ったら嘘になるけど、たぶん僕から踏み込むことじゃない。
今僕がすべきは、この罪悪感を`武器作り`という名の刃でぶった斬ること! 見様見真似で構えた槍をブンッと振るってやる気を見せれば、アディさんの顔色も「……おう」と微かにだけど持ち直してくれる。
「ちょうどイイモンがあっから、取ってくるわ」
「はい?」
閃きと同時に思い出したらしいアディさんはポンと手を打つと、一度洞窟の家に引き返し、一分後にドンガラガッシャンという騒音を引き連れてきた。もしや何か重いものを抱えてて両手が塞がってるのではと、僕は槍をおいて開けっ放しの玄関に駆け寄ったんだけど、
ズヌゥーーーン……。
「……ひゃう…」
アディさんよりも先に覗いた毛むくじゃらの長い首に、目と口が点になった。灰色の毛並みと角、あーこの方がさっき頂いたホットミルクの主であるゴギー氏か。顔こそヤギだけど、首はアルパカ並に長くて身体は超が付くほどにコンパクト……って死んでんじゃん! コンパクトも何も首から下バッサリだった! アディさん家から死体持ってきちゃったんですけど!? ゴギー飼ってるんじゃなくて狩ってんの!?
「ぁ、あああ、ぁの……」
「シュウタロウ、ちょっと前のほう持ってくんね?」
「は、はいっ」
これまた反射でサッと支えに入ったけど、近寄った分だけゴギーの顔がズームアップされて早々に力が抜けそうになる。「さっきのとこまでゆっくり行くぞ」と言われると、ちゃんと踏ん張りを利かせて後ろ向きに歩いて運んだけど。
「おし、ここでいい。下ろすぞ」
「ぁ、はい。あの、それでコチラ様は……」
「斬れ」
「斬れ!?」
「剥製のほうが思いっきり振るえるだろ?」
さっきの短剣での一戦で僕が戦闘に積極的じゃないと理解したアディさんは、剣よりも不慣れな槍を試すには無機物相手のほうがいいと思って引っ張り出してくれたらしい。居合い斬りでいうところの巻藁、っていうか剥製だったんだ。
なんでもゴギーは寿命を迎えると内蔵までミルクになって、最後の一滴まで搾った後は手を加えるまでもなく自然と剥製になるらしい……うん。とりあえず目を瞑って手を合わせて、それ以上は深く考えないことにする。
「なんの儀式だ?」
「供養」
「これからぶった斬るのに?」
「……うん」
ちょっと迷ったけど、気持ちに無駄なんてないから! 美味しいミルクご馳走さまでした南無南無とグッと拝むと、僕はおもむろに槍を持ち直して構える。居合い斬りって確かこう、斜めにバッサリいくんだよね?
「あ、ゴギーの角って砥石によく使われてんだけどさ」
「っ、はい!」
「魔法無しじゃ斬ることも潰すこともできねぇ超硬質だから、間違っても当てねぇように――」
ガッッッッッキーーーーン!
アディ、サン……モウ少シダケ、早ク教エテ欲シカッタ…デス――ビリビリジンジンと痺れる全身をロボットみたく操作して、どうにか槍を地面におく。気持ち的にはキンキンに冷えたかき氷ならぬ、かき石をひと思いに掻き込んだみたいな……いや何言ってんだろうね僕。
ごめんちょっと無理、と顔面から地面に倒れ込んだ。すかさず駆け寄ってくれたアディさんは「スゲェな、あんだけ豪快にいったのにどこの骨も折れてねぇ……!」って心配(?)してくれたけど、今の僕何レベなんだろ?
「ぁの、刃こぼれ等は……」
「気にしなくていいって」
んじゃ気を取り直してもっかいバッサリいってみよーぜ、とアディさんは手を貸して立ち上がらせてくれる。「誠にすいません……」とその手に甘えながら、僕は再び槍を握って巻藁に向き直った。角は避けて首だけを――、
「ほっ!」
ボゴッ!
「…………」
「…………」
狙ったつもりだったんですが、実際にヒットしたのは刃の付け根でした。物言わぬゴギーと、言葉が出ない様子のアディさんの視線が腹と背中にジクジクと染みる。ウ、ウケ狙いとかじゃなくてマジなんですよ……!
その後も十回くらい試してみたけど、うち五回は棒の部分に直撃。三回は空振って、二回はちゃんと当たったけど勢いが足りなくて半分も斬れなかった。斬首の真っ只中みたいな生殺し状態になってるゴギーが、痛々しくて見てられない。
「あー、アレだ。シュウタロウは距離感を掴むのが苦手なんだろうな」
「距離感……」
「十回のうち半分は当たってたから、全く扱えないってわけじゃねぇと思うけど……二回が勢い不足だったのは、当てることばっか考えてゆっくり振り下ろしたからだろ?」
短剣の時は全然そんなことなかったから、長い武器は向かねぇのかもなとアディさんは槍を回収すると、入れ違いに斧を持ってきてくれる。斧なら槍より柄短いし、うまく出来そうな気がする――と意気込んだはいいけど、
「ふんがっ」
重すぎて、振りかぶった瞬間爪先スレスレに落下しました……根本的に、僕はパワーが足りないようです。その流れで棍棒にも挑戦してみたけど、右に同じでした。
「同じじゃねーだろ人の顔面狙い打ちしやがって」
「ぁ、いえ狙ったわけじゃ、ギリギリ当たってもいませんし――」
「あ?」
「ごめんなさい僕が全面的に悪いですっ」
サッと腰から頭を下げて謝る。先端が刃になってないからって油断してたわけじゃないけど、まさかすっぽ抜けた挙句アディさんの顔面を掠めて飛んでくなんて……当たらなくて本当に良かった。
「ま、おかげで剣に絞ったほうがいいことはよく分かったよ。ちょっと休憩するか?」
「ぁ、じゃあお手洗い借りていいですか?」
「おう」
玄関を少し進んで右だというアディさんの案内にお礼を言うと、開けっぱの扉を足早にくぐり抜けて用を足しにいく。ユニットバスを想像してたけど、ちゃんとお風呂とは別にトイレがあった……こんな場面で思うことじゃないかもだけど、快適だなぁ。もしナージュさんのお店から自立して暮らすなら、こんな家がいいなぁ。ソウシは洞窟住居好きかな――そんなことを考えながらアディさんのところに戻ろうとしていた時だった、
コトッ。
アディさんに入るなって注意された奥の仕事部屋から、小さな物音が聞こえたのは。秘境の泉に雫が落ちたような、初雪の最初の結晶が地に溶け込んだような……とにかくただの物音と聞き流すには鼓膜に強く残り過ぎていて、僕はつい奥の部屋に歩先を向けてしまった。中には入らず覗くだけ、と自分で自分に約束して。
(あ……)
工具や見たことない鉱石、部品とやや散らかりが目立つも深い味わいが感じられる部屋の真ん中に、ソレは落ちていた。短剣より長く長剣よりは短い、スラリと研がれた抜き身……もしかして、刀? 柄も鍔も鞘もない生まれたままの姿だけど、西洋の剣と違って少し外側に反ってるし。
(異世界にも、刀ってあるんだ)