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第七話 ドワーフの山里[後編③]

正しいからってなんでも口に出していいわけじゃないでしょ!?――byリイン

「……ほほぉ?」


 穏やかに、しかしヒンヤリと爺さんの纏う空気が研ぎ澄まされていく……やっぱりな。リインが持ってたあの臭い袋、一瞬で取り憑かれたようにソレの浄化に取り掛かったグランドコンダ。見た目こそ奇抜だが、おそらく中の腐臭物は人がそのまま嗅いだら失神、最悪即死するレベルの毒だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――面白くなってきたと俺も座席に深く座り直して足を組んだ。終太郎が先に降りてくれて良かったぜ。


「あの盛り上がってるとこゴメンなんだけど、アタシ話ぜんぜん分かんない」


 ……いや本当にな(怒)。黙って聞いとけ、ねぇわなコイツは。俺はこれ見よがしに嘆息すると、一応「話すからな?」と爺さんに目配せしてから口を開いた。まだ俺と終太郎が冒険者免許を取る前、爺さんが故郷で`デザインが不人気だったから追い出された`って言ったこと。俺も終太郎も、今の今までそのデザインは()()()()()なほうだと思ってたこと。


「けど本当に不評を買ったのは()()としたザ・ウェポン――あいつのマジックエージェングみたいなデザインのほうだったんだろ?」

「え、じゃあアレを作ったのってアイツじゃなくて……」

「目の前にいるこの爺さんだ」


 そうじゃなきゃアディが臭い袋を「まだんなダセェもんを」と吐き捨てた理由もショットガンを形見みたいに扱ってた理由も説明がつかないと、どうして断言できるという疑問に先回りして答える。未だに謎多き宿屋の兄弟がショットガン作りに絡んでるって線も考えたが、たぶんそっちは()()()()()()()で絡んでる。


「……形見か、言い得て妙じゃな」


 職人としてのワシは死んだも同然じゃからの、と力なく苦笑する爺さんを前にリインは咄嗟に身を乗り出したが、俺は視線でその口を閉じさせた。謝るのはとりあえず後にしてくれ、息子や同郷の奴らが傍にいない今じゃねぇと全部聞けねぇんだよ。


「ソウシくんの言う通りじゃ、アレはワシが作った」


 お行儀よく揃えていた膝を崩し、前屈みに手を組みながら爺さんが言う。さっきよりも明確に変わった空気に流石のリインも怖気づいたのか、さり気なく俺の隣に避難してきた。どう感じた、と爺さんは足元に視線を落としながら尋ねてくる。


「どうって……が、頑丈? この世界では異質っていうか……」

「…………」

「ふ、不謹慎覚悟で言うなら……カッコイイ、かな?」

「……それが間違いじゃった」

「ぇ、間違い!?」


 なにが私の言葉選びがと焦り出したリインの頭をはたいて黙らせ、先を促した。


「ドワーフは物作りの種族。物心つく前から鉄を叩く音や木を削る音、紙にペンを走らせる音を聞いて育つ。ワシも例に漏れず、誰にも考えられない・作れないものに拘ってばかりじゃった」


 自分だけの逸品を世に、物の作り手なら誰しもが抱く当然の野望だ。俺が知る限りコーンロウの銃みたいなデザインのアイテムが店に並んでたり、誰かが持ち歩いてたことはないから、爺さんは野望を叶えたってことになるけど、


「そんなワシを変えたのが、アディとレイじゃった」


 んな単純な話じゃねーわな?


「二十歳の頃じゃった。他界した両親に代わって工房を継いだばかりのワシは、山里の入り口に捨てられとったエルフの双子を拾ったんじゃ」

「双子……」

「双子じゃよ」


 今でこそ個性的じゃが昔は見分けが付かんくらいそっくりだったんじゃ、と爺さんはリインの呟きに律儀に答える。最初は親を捜そうと思ってたみたいだが、エルフの住処とドワーフの山里間の距離はフーリガンズとのそれより離れてるようで……アレだ。なんかの事故で赤子二人が無傷のまま流れ着くことは考えられねぇってことだ。


「クソ親じゃん死ねばいいのに」


 異論ねぇけど声に出すなっつの。


「それで第一発見者のワシが引き取るのが筋じゃろと、集落のドワーフ満場一致で決まっての」


 ……爺さんは別として、ドワーフってのもそこらの人間と大差ねぇみたいだな。


「赤子の世話など初めてで、何もかも手探りだったんじゃが……それはもう可愛いのなんの❤」


 ……ん?


「エルフという一族がそうなのか、あの子らが特別だったのかは分からんが賢く大人しい子でのぉ。けどワシが鉄を叩いたり木を削るとキャッキャと笑って、デザインに行き詰まると労うように自分らのミルクを差し出してくれるんじゃ❤」


 もちろん`それは君らのじゃよ`と気持ちだけ貰ったがの、と文字通りキャッキャウフフしてる爺さんに今し方の貫禄はない。気持ちは分からんこともねぇけど、これからって時に親馬鹿モードに入りやがって……俺はこれ見よがしに膝を指で叩いた。リインは「少しくらいいいじゃない」とか言ってるけど、分かってねぇなお前……こういう手合いは得てして`少し`じゃ収まらねぇんだよ。


「……おーすまんすまん、デザインの話じゃったな」

「…………」

「初め、それこそまだ世界が魔との戦乱に染まっていた頃こそ実用・量産重視の質素な武器が出回っておったが……落ち着いて以降は徐々に見た目の奇抜さや作り手のブランドが重視されていくようになりよった」


 作られた物を人が求めるんじゃなく、人が求める物を作らなければいけない――いつの時代も、需要と供給のバランスを逆転させるのは`心と金の余裕`だ。流行に乗り遅れれば工房の経営、延いては双子の育成が立ち行かなくなると思った爺さんも同じで、先を越されまいとそりゃあもう寝る間も惜しんで設計やデザインに取り組んでいたらしい……最初の頃は、な。


「アディとレイと過ごすうちに、ふと考えるようになったんじゃ。そもそも武器とは、誰がなんの目的で扱うのが正しいんじゃろうと――」

「正しさなんざねぇよ。卑怯で残酷で容赦ねぇ、どこまでいってもただの殺しの道具だ」


 理由も目的も後付けの言い訳でしかねぇと被せるように俺が言えば、「アンタね……!」と真っ先にリインが突っかかってくる。が、それ以上は何も言えねぇようだった。だよな、お前だって()()()()だもんな?


 鼻で嗤いながら視線を戻せば、禅を組むように大人しかった爺さんも目を見開いてた。ったくどいつもこいつも……`弱いもの・守りたいものの為に使うのが正しい`とか綺麗事が聞けるとでも思ってたのか? んなペラッペラな台詞、物語の中ですら聞き飽きたぜ。


「何度でも言ってやる。武器に正しさなんざねぇ、殺しの業からは逃れられねぇ――それでも譲りたくねぇものがある奴だけが使うんだよ」


 不満、軽蔑、脅威、不快、無関心。さてどう出ると幾つかパターンを予測しつつ、爺さんの次の言動を窺えば、


「ソウシくんは、その歳にはまだ必要のない苦労まで背負ってきたんじゃな」


 実際にブラウンの瞳に滲んでいたのは憐憫だった。しかも嫌味のないやつ……今度は俺が目を剥く番だった。鏡合わせかよ。


「俺のことはいいだろ、少なくとも今は」

「…………」

「……んで?」

「……十代の君が当たり前に心に刻んでおることを痛感したのは、ワシの外出中に誤って工房に入ったあの子らが試作品に触れて怪我を負った時じゃった」


 爺さんの当時のデザインコンセプトは`飾られた不意打ち`、日常的に身につけてても違和感のないアクセみたいな暗器を模索してたらしい。闇討ち御免の暗器は身体に仕込みやすいよう元からサイズも小さく、ブローチ型の毒針のように一見して武器と分からないものも多い。それを狙っての試作品なら、さぞかし巧妙に作り込まれてたんだろうな。


「ただの仕込みナイフだったのが幸いして、切り傷程度で済んだが……そこで初めて、あの子らが()()()()()()()()()()()使()()()ことを知ったんじゃ。もし毒でも塗られていたら、一瞬で首が吹っ飛ぶような武器だったらと想像すると……今でもゾッとするわい…」


 ……けどその経験がなけりゃ、あのショットガンのようなマジックエージェングは作られなかっただろうし、そもそも双子が魔法を使えないことにも気づけなかったろうよ。少なくともあんなに早くはな。


「己が作っているのは意図せず誰かを殺める道具だと……あってはならんやり方で教えられてしまったワシは、その時受けていた依頼をすべて他の工房に回してデザインも性能も一新した。流行など関係ない、生命を殺める業と覚悟を込めた真っ黒で殺伐とした武器に変えたんじゃ」


 当初こそ顧客や職人仲間のドワーフに驚かれ反感も買ったが、威力や性能の高さで全部跳ね返して順調に軌道に乗れていたらしい。なにより、爺さんの覚悟に心打たれたアディからの絶賛がそりゃあもう凄かったそうだ。


 「親父の武器はカッコ良くて誰にも負けねぇ!」と、エルフだからって白い目を向けられようがウザがられようがお構いなしに、同年代のドワーフのガキや武器を受け取りに来た客に触れ回って……けど最後には不思議と誰もが奴のプレゼンに耳を傾けてしまったとか。


 舞い上がってても決して出鱈目は言わない誠実さや、着目点の良さに生まれ持ってのカリスマ性が合わさって集客を成していたんじゃろうなと爺さんはハートマークを飛ばして……っておい! また親馬鹿モードに移行してんじゃねぇか戻ってこい!


「おぉ、すまんすまん……」

「ぃ、いえこちらこそ」


 引き攣った笑みにこの吃り具合、理性の裏じゃリインも先が気になって仕方ねぇみたいだな。まぁ正確には`先`じゃなく、`矛盾`のほうだろうが――さっき爺さんは一新したデザインを「間違いだった」と言ったからな。


「リインさんは、あのマジックエージェングを`カッコイイ`と言ってくださったな?」

「は、はい」

「アディもそうじゃった。あの子だけじゃのぉて、里の者……子供たちもな」

「こども、たち」

「…………」


 軌道に乗ってたはずの心機一転デザイン、周りに自慢しまくってた息子、カッコイイ武器、子供、間違い――なるほどな。それで息子の反発と今のファンシーなデザインに繋がるわけか。


「まさか、子供の手に渡ったんですか……?」


 流石のリインも、今回ばかりは勘づくのが早い。それを受けた爺さんも神妙な顔つきで頷く。


「依頼の品を受け取りに来た客人と、話し込んどる間に持ち出されてしもぉてな。幸い死者が出ることはなかったし、回復魔法で傷も後遺症なく治せたが……心には一生消えん衝撃を刻んでしもうた」


 のちに【ミリタリー・ディスターブ】と名付けられたこの事件は他のドワーフたちにも大きな衝撃を及ぼし、自分たちが作ってるブツがどういうものなのか脅威とともに再認識させられたらしい。


「で、でも貴方だけの責任ってわけじゃ……」

「いやワシの責任じゃ、もっと気をつけるべきじゃった。自分の目と人の目は違う……特にデザインといった抽象的なものは、気分の明暗だけでも容易く印象が変わってしまう」


 作り手の思いがそのまま伝わることは極稀、だからこそ面白くそれ以上に危うい――ここで締め括られたならこの話は危険な香りのする美談としてドワーフの間で語り継がれ、爺さんは今も山里で職人として腕を振るっていただろうな。


「じゃあ、山里を離れた本当の理由は……」

「事が落ち着いた時、次に皆が()()()()()()()()かは自明の理じゃからの」


 親はまず騒ぎを起こしたガキどもに問う、どうしてこんな事をしたのかと。ガキは答える、カッコイイから触ってみたくなったと。んで親はもう一度ガキに問う――、



「アディは、何も悪くないんじゃ」



 ()()`カッコイイ`って言ってたの、と。俺は深く息を吐いて天井を仰ぐと、おもむろに首の後ろを掻いた。


「彼を守るため、だったんですね」

「……恩着せがましい言い訳にしかならんじゃろうがな」

「全くだな」

「っ、アンタって奴はっ――」

「だってそうだろ、息子は()()()()()()()()()()()()()()ろうに」


 昔から頭が良かったなら、自分の発言が事件のトリガーになったことくらい分かってたはずだ。親父であり憧れの職人でもあった爺さんが覚悟を曲げてデザインを変え、生まれ育った土地を出ていく背中をただ見ることしか出来なかったあの男が感謝なんざするはずねぇ。再会時のあの態度を見れば明らかだろと横目で見据えるも、


「正しいからってなんでも口に出していいわけじゃないでしょ!?」


 アンタさっき自分でそう言ったじゃないっ――俺は`武器に正しいも間違いもねぇ`って言っただけだと突っ返せたはずだけど、思考とは裏腹に口は反省するように一文字に結ばれたままだった。


「ふぉっふぉ……ソウシくんのような父親じゃったら、こうはなっとらんかったじゃろうな」

「冗談はよせ」


 あいつは確かに善人だが、てめぇが納得しねぇと反発してばっかの後手後手ヤローと組むのは御免だ。俺のポリシーは先手必勝、不安でもとにかく信じてやってみるような素直なヤツとしか組む気はねぇよ。


「ふぉっほほ、シュウタロウくん一筋というわけじゃの」

「語弊があんぞコラ」

「こりゃ失礼したの、ふぉっふぉふぉ!」


 ったく酷ぇこと言われた後だってのに、豊かな髭を揺らして笑いやがって……そういや終太郎が爺さんのこと、山育ちのサンタクロースみたいだとか言ってたな。雪の降る深夜、子供たちにプレゼントを運ぶサンタは幸福と包容力の象徴――真っ先にそんな妖精の面影がよぎるようなアンタじゃなきゃ、あの面倒な武器職人は育てられねーよ。


「ちなみに二人は、こっちのデザインについてはどう思われたかの?」


 ……ん、本当にアイツの育ての親なんだな。


「ええっと、ファンシーっていうか可愛いっていうか……武器にしとくには勿体無い――」

「奇抜」

「もう黙っとけ赤裸々ステータス!」

「いやお前が黙れっ」


 口を塞ごうと伸ばされた手を掴み、逆に突っ返してリイン自身の口を塞ぐ。よりによって妙に鋭いとこがある爺さんの前で口にしやがって、ステータス(俺ら)の絡繰りはトップシークレット基礎中の基礎だぞ!


 分かっとんのかアホがと視線で詰めれば、リインもハッと蒼褪めて繰り返し頷き、視線を爺さんのほうにスライドさせる。深追いしてくるようならリインに[メモリデリート]を使ってもらうしかないが、


「ほんでは、戦意や闘争心を掻き立てられたりはするかの?」


 《爺さんは保留(スルー)を獲得した》、らしい。


「戦意と闘争心、ですか……」

「性能を無視するなら、ねーな」


 一般の女子供なら護身用にと欲しがるかもしれないが、冒険を生業とする大人やヤンチャ盛りのガキが手を伸ばすとは思えない。そう正直に言えば爺さんは満足そうに深く頷く、


「それなら、良かったわい」


 あくまで表向きの話だけどな――と、傍らの窓をすり抜けて光る鳩が一羽馬車に入ってきた。[ピジョンメッセ]、終太郎だな。思ったより遅かったなと目を閉じて止まり木代わりの指を差し出すも、


「ぇ、なに誰から?」


 鳩は素通りしてリインの頭に止まりやがった。おいコラ鳩、なんでそっちなんだよ……ああ分かってるよ終太郎の魔力は俺の魔力、送信相手を俺に指定したら一周して自分に返ってくると思ったんだろ? でもな終太郎。冒険者試験を受ける時にステータスを二人分にできた俺が、そこんとこ調整してねぇと思うか? 山里に着いたら説教だな。


「なにブツブツ言ってんのよ気持ち悪っ。彼……終太郎はアーディルさんの付き添いのもと、無事に武器作りを始めたみたいよ」

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