第七話 ドワーフの山里[後編②]
好奇心は武器をも失くす、なんつってな――byソウシ
「え……」
リインさんが知ってると思ってたからでも、言い忘れてたからでもなかったのか。やっぱり狸寝入りだったらしいリインさんは「ぇ、どゆこと?」とパッと隣のマッフルさんを見やり、ソウシは眼差しだけで合点がいったと肩を竦めている。
「…………」
「……興醒めだ」
聞き覚えのある単語は、聞いたことのない低い声音を以て吐き捨てられた――泣き声に聞こえたのは僕だけかな。黙りなマッフルさんを振り切るように、アディさんはサロペットのポケットから何か平らな機械を取り出す。と、ひと思いに馬車の扉を蹴り開いた。そっちにも扉あったんだと呆けてる僕の腕を、なぜかアディさんのほうが掴んでくる。
「わ、ぶ……!」
かと思いきや一緒に馬車の外に引っ張り出された――ん? へぁ? いやいやいやちょっと待って待って待ってぇえぇえええぇ! この馬車普通に走行中ですけどぉおおぉお!
「口閉じろ舌噛むぞ」
「ぇ、んぶっ」
僕を俵担ぎしたアディさんは決して高くない宙で身を翻すと、反対の手で持ってた平らな機械の出っ張りを押す。途端に機械はガションガションッと凄い勢いで大きく変形し、あっという間にブラックカラーのバイクみたいになった……はい!?
カッコイイけどそんなんアリなのどこの洋画だよ! ショットガンに次ぐ急なSF展開に目を白黒させる暇もなく、バイク(?)―あとでよく見るとタイヤが横向きに付いてた―に跨ったアディさんは「掴まってろよ」と僕を後ろの座席に下ろしてハンドルを握ると、
「エアーウィング」
飛行魔法を唱えた。瞬間、機体の前後についてる横向きタイヤが見えない羽を生やしたように発光。機体は地面と平行のまま宙を走っていく――まさしく羽の生えた単車だ。
「うっ、ぶふ……!」
ぐんっと後ろに引っ張られそうになった身体を、アディさんにしがみつくことで耐える。耳元で強風が走ってるはずなのに、アディさんがフッと微笑んだような気がした。
「気分がいい」
「……えっ!?」
「飛ばすぜ」
「ごめんなさい風で聞こえな、いぃいぃい!?」
羽が大きくなったみたいにグワァッとバイクは加速、ぐんぐんと馬車から離れていく。なにも言わずに飛び出してきちゃったけど……いいのかな僕らだけ? チラッと肩越しに小さくなった馬車を見やれば、「どうせゴールは同じだろ」と言うようにアディさんに腕と視線を引っ張られた。ショットガンの弾倉と同じ形の、だけど外装が透けて中の液体が丸見えの不思議なマガジンをハンドルにセットすると、
「ブレイトルネード」
ターコイズグリーンの竜巻エンジンと一緒に、アディさんは完全に馬車を振り切ってしまった。
「……さてと。じゃあ爺さんへの質問タイムといくか」
「いやこの状況で!? 二人行っちゃったんだけど!?」
「周囲にモンスターの気配もないし、アディもいるから暫くは平気だろ。いざとなったら俺が飛んでくし」
馬車に残ってるリインさんは、
「……あの子を差し置いてでもワシに聞きたい事とは、アディのマジックエージェングのことかの?」
「ああ。まぁ正確には息子の反対を押し切ってまで――」
マッフルさんは、
「職人魂の片鱗であるデザインを変えなきゃいけなかった理由、だけどな」
ソウシは、大丈夫かな?
◇◇◇◇
青空と山をバックに段々と広がる牧場に、モッコリした木々を挟んで点在している合掌造りの家々。その合間からモクモクと白い煙を燻らせている、工房と思しき煙突付きのログハウス。
「着いたぞ」
「わ、ぁ……!」
ドワーフの山里は、飛び出す絵本をそのまま実体化させたような長閑な集落だった。アディさんに続いてバイクを降りた僕は、本能のままにバッと両手を広げて深~~~く空気を吸い込む。牧草と山の緑、どっしりと根付く木の幹の香りが身体いっぱいに染み渡る気がした。
「大・自・然!」
「大袈裟なやつだな」
呆れの中にちょっと嬉しそうな声が滲んでたのは、たぶん聞き間違いじゃないはず。空っぽになった透明マガジンを回収後、バイクを元のサイズに折り畳んだアディさんは「こっちだ」と顎をしゃくり――思っくそ迂回した。え、ウェルカムと言わんばかりの大通りが目の前に開いてるのに?
「目立つの嫌なんだよ、視線ウゼェし」
「…………」
「今`その髪とナリで?`とか思ったろ」
「ないないないですっ」
全力で首を横に振る僕をジト目で一瞥したアディさんは、明らかに人の行き来が少ない獣道を選んで進んでいく。いつしか青空はもっさりと枝葉を伸ばした木々のトンネルに阻まれ、空気に混じっていた`人の生活感`も自然一色に塗り替えられていた。でも生え放題な草木とは裏腹に大きな石や枝は落ちてない……アディさんが整えてるのかな。
「止まれ」
「ぇ、んぐっ……」
急に立ち止まったアディさんはこれまた急に僕の口に掌で蓋をすると、腰を低くして路肩の茂みに隠れた。よく分からないまま僕も倣って茂みに潜り、とりあえず屈む。と、木々と獣道を挟んだ向こう側から若い男の声が聞こえてきた。どんどんこっちに近づいてくるけど、たぶん会話からして人数は二人……隠れるほどかな。
「聞いたか、あの話?」
茂みの隙間から見えたのは、まだ年若いドワーフの青年だった。配達の途中なのか二人とも三段重ねになった木箱を抱えてて、僕らには気づいてない。
「四番工房のジャヴの依頼がドタキャンされたって話だろ?」
「そう、アディの武器に直前で乗り換えたんだってさ」
「出しゃばりが。機械仕掛けの空っぽアディのくせに、よ!」
コンッと二人のうちの一人が蹴り飛ばした小石が、僕のほうへ飛んでくる。けど当たる直前でアディさんが、蓋をしてた掌を翻して受け止めてくれた。
「未だに機材運びしか任されてねぇ小間使いが、デケェ口叩きやがって」
ギュッと握り潰された小石は無音で砂へと代わり、緩められた指の隙間からこぼれ落ちていく。サアァという音で気づかれるんじゃと一瞬焦ったけど、陰ったお喋りに夢中の二人は勘づくことすらなく並んで歩き去っていった。一番最初に出会った人が温厚なマッフルさんだっていうのもあるけど、ドワーフでも陰口の叩き合いはするんだってちょっとショックだった……偏見な僕が言えたことじゃないけど。
「おい、行くぞ」
「……はい」
気にしなくていいとか勝手に言わせておけばいいとか、慰めの定型文はいくらでも浮かんだけど、どれもアディさんの背中にかける言葉としては安っぽ過ぎた。青年ドワーフの二人が歩いてきた道を逆に辿るようにして進むこと暫し、パッと唐突に緑が開けた先に剥き出しの岩壁があって――扉と小さな窓がめり込んでいた。
「ここが俺等の根城だ」
「……ふぁ?」
アディさんの家は洞窟住居だった。茫然と彼に腕を引かれるまま扉をくぐった僕は、これまた唖然と口を半開きにしてぐるっと辺りを見回した。パッと見は穴ボコだらけの迷路なのに、なんでか一般の家屋と同じ整合性が感じられる。
ソファやテーブルに掛けられてる布や絨毯も、模様は違うけどカントリーな感じで統一されてる。きっとアディさん、インテリアが上手なんだろうな……内扉がついてないこともあって、ついフラフラと色んな部屋を覗いてしまう。
壁も天井も床も窓枠も、飾り棚もキッチンの竈も、とにかく目に付く日用設備の多くが岩で作られていた。自然の天井はそれほど高くないし、一つ一つの部屋も決して広いとは言えないけど……その狭さが逆に、子供が夢見る秘密基地みたいに感じられた。
「そんな物珍しいか?」
「ぁ、すいませんジロジロと……」
パッと姿勢を正した僕にアディさんは苦笑をこぼすと、とりあえず飲み物を用意するから適当に座っとけと顎をしゃくり、キッチンのほうへ行ってしまう。ありがとうございますとお礼を言いつつ、今アディさんが出てきた奥の部屋に視線を向けた。キッチンに向かう時はショットガンも弾倉のベルトも持ってなかったから、たぶんあの部屋が仕事部屋なんだろうな。
「工房は立ち入り禁止だからな」
「っ、はい!」
案の定、ちゃっかり釘を刺された。
――好奇心は武器をも失くす、なんつってな
「っ……」
一瞬、ここに居ないソウシの笑い声が聞こえた気がした。初めて耳にするセリフだからフラッシュバックとは違う……たぶん、アイツならこう言うだろうなっていう僕の想像だ。ダイニングテーブルの傍の椅子に腰掛けながら、そっと天井付近の窓穴を見やった。ソウシたち、今どの辺を走ってるんだろ。それとももう着いたのかな……まさか、モンスターに遭遇したり、してないよな?
「お前らって実は兄弟じゃねーの?」
「っ、兄弟!?」
「どう見てもただの冒険仲間じゃねーだろ」
もしそうなら全世界の冒険者コンビどもは、クジで引き合わされただけの付け焼刃だ――テーブルを挟んで向かいの椅子に座ったアディさんは、木製のマグを差し出してくれる。ほんのり湯気の上るそれをお礼を言って一口飲むと、温かい甘さが口の中に広がった。ハニーホットミルクだった。でもその……なんていうか、
「美味しいっ」
そうめっちゃ美味い! ナージュさんの店のミルクも仄かにお酒が効いてて美味しいけど、ミルクの味がそもそも違う気がする。濃厚っていうか、上手く言えないけどとにかく違うともう一口飲むと、「美味くて当然だ、直接ゴギーから搾ってんだからな」とアディさんもマグを傾けた。ナチュラルに心読むなこの人。
「ゴ、ギー……あ、確か角と顔周りの毛だけが灰色のヤギ!」
「ヤギ?」
「ぁ、いえ……」
「モン菌‐Vといい、シュウタロウの言葉って独特で笑えるよな」
「だったら真顔じゃなくて笑って言おうよ!? あとモン菌‐Vはガチで忘れてください!」
ください、くださぃ、ださぃ…ぃ……――羞恥のあまり声を張ってツッコむと、反響して自分の耳に返ってきた。そうだココ洞窟だった。にしても静寂のなかで響く必死の声って、意外と情けないな……僕の声だから?
「じゃ、一息ついたことだし商談に入るか」
「ぁ、はい……」
諸々呆気なくスルーされたぁ。
「俺等が作ってんのは剣・斧・棍棒・槍の四種類。どれも近接戦闘向けだ」
マグと一緒に持ってきていた四枚の紙を僕に見えるようにテーブルに並べ、アディさんが順に説明してくれる。紙には武器のイラストと特性のほか、取り扱いや保証について記されていた。四種類ならすぐに決められるかもって思ったけど……そんなことは全然なかった。
まず剣一つでも短剣と長剣に分かれてる。刃の形も真っ直ぐなのか鎌みたいに曲がってるのか、先端が枝分かれしてるのかなど自分で選ぶまたは考える必要がある。他にも毒やトラップの仕込みといったオプションの有無とか装飾とか、一定の属性の魔法に特化した作りにするかとか、とにかく決め事が多い。
「ぁ、えと……じゃあ…」
「っ、悪ぃ! 初心者相手は久しぶりでよ」
プシュ~ッとオーバーヒート寸前の僕を見たアディさんは呆れるどころか、申し訳なさそうに首の後ろを掻くとわざわざ工房まで見本の武器を取りに行ってくれた……いやなんかもう本当にごめんなさい。通路の奥に引っ込んだ背中に向かって僕が深く深く頭を下げると、ドア枠ならぬ岩枠からひょっこりとアディさんが覗いてくる。戻ってくんの早っ、と思っていたら、
「ダチが心配なら、実家にいるって[ピジョンメッセ]で送っとけ」
それだけ言ってまたすぐ引っ込んでしまった。ハッと僕は姿勢を正して「あ、ありがとうございます!」ともう一度頭を深々と下げると、さっそく呪文を唱えて魔法の鳩を出現させる。
(実家、ってことはこの洞窟は)
マッフルさん達との家でもあるんだ――僕はソウシ曰くの三十一点の国語力をフル活用して、無事山里に着いてアディさんと武器作りを始めたことを鳩魔法に込めていった。