第七話 ドワーフの山里[後編①]
久しぶりじゃな、アディ――byマッフル
「終了っ、パーフェクトクリーンアップだぜ!」
十五分後、僕たちは三十二体すべての暴走ドートを鎮めることに成功した。終始囮として動き回っていたソウシや、身体を張ってドートの診断をしていたリインさんは「いい汗かいた!」とばかりに爽やかオーラ全開で、なんかそれぞれの片手にイマジナリースポドリが見える。
ふぅと一息ついて銃を下ろしたアーディルさんからは、まんま一戦終えた兵士みたいな気怠さが漂っていた。上のほうの空気は快晴のもと制覇された運動会、下は超リラックスして眠りこけてるドートたちと満腹のあまりゲップして散らばってるティミックたちの動物園。で、ちょっと外れた中間はたぶん戦後の片田舎。
(まるで空気の地層だな)
そしてその三層のどこにも属できなかった、ただガラガラを回してただけの僕はいったい何なんだろう。運動会で活躍できず動物園の清掃をしていたら戦で戦力外通告を渡された市民嗚呼ダメだ意味わからん。
「おっ疲れ終太郎!」
「おぶっ」
心理的不完全燃焼感がヤバいと隅の隅のほうで蹲ってたら、唐突にソウシが後ろからタックルかましてきた。ついでにそのまま上から伸し掛かられた。お前僕の頭をテーブル代わりにすんの癖になってね? てか僕から見て正面のほうにいたのに何時の間に後ろに回ったんだよ。あと今ので背中と首からゴキッて嫌な音が鳴った気がしたけど大丈……夫だろうな、痛くないし。
「ぉ、お疲れ」
「なんだよテンション低いなー、一番の功労者だろ?」
「い、一番!? いやいやいや僕なんて百歩譲っても四番だろ?」
ソウシとリインさんとアーディルさんのワン・ツー・スリーフィニッシュだろ!? 一番の功労者だなんてとんでもないと半ば自棄になって首を振る……本音を言うと、一番だって言ってもらえて嬉しい気持ちもあった。でもここで胸を張るのはちょっと恥ずかしいというか、ね? とにかくそういう感じだったんだけど、
「終太郎、過度な謙遜は損を招くだけだぞ」
ソウシには伝わらなかったみたいで、ちょっと怒ったような助言が降ってきた。そろっと顔を上げれば薄く黒が滲んだ微笑に出迎えられ、僕はハッとした。そ、そういえば前に過度な自虐は冒涜だって言ってたっけ……過度な謙虚=自虐=バディ解消!? 血の気が引いた顔で「ご、ごめんそんなつもりじゃ!」と慌てて向き直って正座する。
「ただその、みんな汗かくくらい頑張ってたのに僕ガラガラ回してただけだから……」
「汗ならお前もかいてんじゃん」
「コレは`なんか他に手伝わなくていいのか`っていう冷や汗で、働き汗じゃないし……」
「バカなの?」
「バッ!?」
「俺らが冷や汗じゃない働き汗を流せてたのは、他でもないお前がちゃんと作戦立ててくれたからだろ?」
補足はしても大きな訂正を入れた覚えはないぞとソウシは僕の額を指で弾くと、そのままガシッと頭を掴んで「ほら」と首を180度後ろに回転させた……っておい! 痛くはないけどゴキュッてすんごい音鳴ったんだけど! 大丈夫でも怖くて元に戻せないんだけど!?
「っ!」
「あ……」
とかあたふたしてたら、すぐ後ろにいたアーディルさんと目が合った。ピクッと小さく跳ねた肩と微妙に伸びている片手を見るに、話しかけようとしてたのかな……ソウシに。
「そこはお前だろ、って俺に言わせるな!」
「え!? ちょちょ、首! 首押さないで骨が骨がっ」
「……シュッ…」
「ぁ、はい」
つい反射的に返事をしてしまった。ついでに長身撲滅とばかりに―そもそも僕どっちかっていうと低身長だけどっ―グイグイ押さえつけてくるソウシの手を引き剥がして、身体ごとアーディルさんのほうを顧みた。間違って、ないよな? このなかで名前に`シュ`が付くの僕だけだし、いやそもそも名前を呼ぼうとしてたのかも分からないけど……言いたいことがあるのは確かだろうな。視線があっちこっち泳いでるし、指先の胼胝をしきりに弄ってるし。
「なんか、告白前の男子高校生みたいでちょっと和むな」
「ムッ、だったら告白内容は`捜さないでください`か`サヨウナラ`の二択に絞ってもらうぞ」
「それ家出宣言と遺言だろ!」
てかソウシお前眼光研ぎすぎ凶器か! アーディルさんが言い淀んでるのお前がそうやってガン飛ばしてるからなんじゃないの!?
「あの、コイツのことは気にしないでどうぞ何でも言ってください」
ニュース番組の犯人報道を真似て、相棒と御近付きになってもいい人材を選定するのは当然の義務だのうんたらかんたら言ってるソウシの目元をサッと片手で隠し、「ささっ」とアーディルさんを促す。な、何でもってこれまた反射で言っちゃったけど、実際なに言われるんだろ――って、恍けたところで一つしかないよな。僕が武器を作るに値する人物か否か、それに対するアーディルさんの答えだ。
「……あー…」
「っ……」
「シュ、シュウタロウだったな」
「は、はい」
「……すまねぇ」
「え……」
すまない、ってどっちの`すまない`!? 武器を作らないなんて言って`すまない`? それともやっぱり武器を作れなくて`すまない`!? 瞬きと一緒に感嘆符と疑問符の入り交じった困惑オーラを飛ばしてると、察してくれたアーディルさんが「ぁ、今のは断ったわけじゃなくてだな」と言葉を足してくれる。
「興醒めだとか中途半端とか、バカにしてすまねぇって意味だ」
「え、じゃあ……」
「お前の武器、俺等に作らせてくれ」
今度はこっちからお願いすると、アーディルさんが頭を下げる。僕は慌てて「こ、こちらこそよろしくお願いします!」と同じように腰を折った。作ってもらえるんだという安堵感と、認めてもらえたことへの嬉しさでなんだか胸がいっぱいだ。あ、それとあの宿屋の人との約束も守れたっていう達成感も……宿屋?
「あ、そうだ思い出した!」
「は? 思い出したって、自分に合う武器の種類をか?」
「ぁ、いえそうじゃなくて――アーディルさんの首のアクセ、あの宿の人も付けてたなって」
どこかで見たなってずっと引っかかってたんです、宿の人は首じゃなくて手首に付けてましたけど、ドートの救済もその人に依頼されたんです――ペラペラと気持ち悪いくらいに良く回る口は、海でジュリーさんを説得した時のそれに似てるけど、たぶんステータスの数値は変わってない。ただ僕が、明らかに纏う空気が強張ったアーディルさんを直視したくなくて逃げてるだけだ。坂を転がり落ちる石ころ、或いは深まった指の逆剥けみたいに……。
「そういえばあの男、クソ暑い火山の麓に宿構えてるくせに耳当てしてたな」
「っ!」
「ソウシ……」
落ち着けと言うように僕の頭に手を置き、ソウシは「爺さんの様子も微妙だったし、もしやと思ってたけど」と重い腰を上げる。おもむろに逸らされたアーディルさんの視線は詰みを認めてるようだけど、一歩下がった足はまだ暴かれることを拒んでるように見えた。でも躊躇して踏み止まるには、石も逆剥けも深く進みすぎていた。
「今の終太郎の言葉でハッキリした――あの男が、アンタの双子の兄弟なんだろ?」
「ぁ、あー……」
あの耳当てはエルフ特有の長耳を隠すためのもので、お揃いのアクセは兄弟だったから。出発前のマッフルさんの顔色が沈み気味だったのも、思わぬ再会に密かに動転していたから……だよな? ていうか、宿の人はなんでマッフルさんに何も言わなかったんだろう? 単純に月日が経ちすぎてて気づかなかっただけ?
というか、なんかこの感じアーディルさんと宿の人も微妙に疎遠っぽくないか? そもそもマッフルさんたちがバラバラになったのは何時のこと……ってそこは今考えても仕方ないか。チラッとアーディルさんの反応を窺えば、今度こそ参ったとばかりにそっぽを向いて首の後ろを掻いている。でもそっか、あの雰囲気が柔らかい人がこの人の兄弟……そっかぁ…。
(いや似てねぇええぇえぇ!)
表情筋はニッコリ仏モードに固定したまま、内心で盛大に本音をシャウトする。だって宿の人がフワフワならアーディルさんトゲトゲだもん! 目元とか鼻とかパーツごとに分けて見たらまた違うかもしれないけど……いやそれでも雰囲気の差が凄すぎてイコールで結びつかない! せいぜいが普通の兄弟だ、双子はムリ絶対に見抜けない!
「ま、正直ジジイが勝手に双子って言ってるだけだしな」
「え……」
「何でもねぇ」
ドートも元に戻ったことだしもうこの谷に用はないだろと、アーディルさんは踵を返す。小声で早口だったし、意味も今ひとつ分からなかったけど……言わせちゃいけないことを言わせたことだけは分かった。ヒヤッとさっきとはまた別の震えが背筋に走ったけど、ちゃんと謝る前に「ところでさ」と彼のほうが歩みを止めて振り返ってくる。その顔に、直前に垣間見えた陰はなかった。
「モン菌‐Vってなに」
「へ……?」
「モン菌は総称だ。通常バージョンは`ヴァーリア`、今回みたいな暴走バージョンは`イーヴィア`って呼び分けてる」
「……ふぇ?」
ソンナ呼ビ分ケ、アッタンデスカ?
「一応どっちも`V`は付くけど」
「ぁ、えと僕、それ知らなくて……」
僕の故郷では暴力のことを`バイオレンス`っていうからその頭文字の`V`を繋げた、と説明する。アーディルさんの言う通り`V`はどっちの呼称にも入ってるし、それほど変な呼び方はしてないはずなんだけど……なんだろ。ちょっと気合入れて考えた名称を披露したら白けた空気になったみたいな、この気まずさ。
「厨二病語で喋ったら親に真顔で返された男子中学生(笑)」
「ぐはっ……」
そうだこの感じは厨二病ネタが盛大に滑った時のそれ……! 自覚した瞬間カッと顔に熱が上り、それを隠すように膝を折って三角座りする。それでも眠ってるドートのお腹にクッション代わりに寄りかかってるリインさんの、「くぷぷぷっ」という笑い声は遮れない……んもう! 完全にコケたシーンを扉の陰から目撃して「っしゃー弱みゲット! ついでにオモロいもん見れた!」っていい気になってる姉だよ今のリインさんは!
「俺はなかなかだと思うけどなー」
「っ、ソウシ――」
「ぷぷ、ぷぷぷぷぷっ」
「って思っくそ笑っとるやないかワレェエエェ!」
救いの神かと思いきやこっちもとんだ笑い上戸だったよ!
◇◇◇◇
「ふぉっほほ! 任務、お疲れ様じゃよ」
「ぁ、マッフルさん!」
谷の終焉。凍結した大地が緑の暖かさを取り戻したところで、マッフルさんとユニサスの馬車は先に待っていた。無意識にホッと肩の力が抜けていくおっとりした声と仕草に、しかし一歩後ろを歩いていたアーディルさんの纏う空気はピリつく。
顔を合わせるのが気まずいなら里まで別行動という手もあると直前に聞いた時は、「尻尾巻いて逃げる家畜じゃねーんだ」って言ってたけど、これは……マッフルさんのほうは彼と目が合っても穏やかなままだったけど、こっちもこっちでどことなく危うい気がする。
「久しぶりじゃな、アディ」
「……おぅ」
「また少し身長が伸びたかの?」
「……`また`だ? 会うの何年ぶりだと思ってんだよ」
馴れ馴れしく身内の皮を被んじゃねぇとアーディルさんは吐き捨て、マッフルさんを押しのけるようにして馬車に乗り込む。その背中は誰の目から見てもとても傷ついていて、反射的に噛み付こうとしていたリインさんも溜息と一緒に口を閉ざした。
「……トホホ、逞しくなったのぉ」
「マッフルさん……」
「ハイハイ湿っぽいのは腰を落ち着けてからな」
立ち竦んだ僕とマッフルさんの背中をソウシの掌がそれぞれ叩き、ついで「そら乗った乗った」とぐいぐい押してくる。リインさんも「あーやっと安心して座れるわー」と退路を断つようにすぐ乗り込んできて扉を閉めた。
「…………」
「…………」
き、気まずいぃいいぃ! 馬車が出てからアーディルさんもマッフルさんも無言のままで、リインさんも―たぶん狸寝入りだろうけど―窓枠に肘をついたまま目を閉じてるから、主に聞こえてくるのは車輪とユニサスの脚が地面を蹴る音だけ。そこに時折なにか言いたげな吐息が混じってみろ、これっぽっちも落ち着かない。ったくソウシの奴……密室での湿っぽさのほうが外の何倍も居た堪れないじゃないか。
(……もうお昼か)
チラッと窓の向こうに覗えた太陽の位置から、おおよその時刻を割り出す。出発したのが早朝だから、六時間くらいかけて谷を越えたのか。雄大な草原に虹のオーロラ、灼熱ドラゴンコースターを越えてからの極寒救出クエスト。そしてまた麗らかな大草原……あっという間だったけど、長かったなぁ。二日とちょっとで世界一周旅行を制覇した気分。
「あんた、アディって呼ばれてんだな?」
「……ああ?」
「俺らもそう呼んでいいか?」
お、ここでソウシの不意打ちスタートダッシュ。
「って終太郎が言ってる」
いやそこ僕に丸投げするんかーーーーい! まぁ漠然とそんな気はしてたし愛称については僕も触れたかったことだけどね!?
「……べつにいいけど」
「ぁ、ありがとうございます」
触れた傍から会話途切れちゃったよ……たぶん無理だろうなと思いつつソウシのほうを見れば、案の定「スターターピストルは一回しか鳴らねぇぞ?」って微笑まれた。き、気を取り直して次の話題だ。あんま時間をおくとまた空気が固まっちゃう!
「に、臭い袋っ」
「……?」
「ま、まだお礼言ってなかったなって……マッフルさんに」
瞬間、「チッ」という舌打ちと一緒にアディさんの視線が逸らされる。んぐぐ、ダメか……僕は申し訳なさを引きずってマッフルさんと向き合った。
「役立ったようで何よりじゃよ」
「は、はい本当に……ぁ、でも使い方を教えてくれたのは彼で」
僕らだけじゃグランドコンダの川を渡ることは出来なかったと、思い切って隣に座るアディさんの腕を掴む。どうだ、これなら否が応でも話さずにはいられないだろう! 狙い通り、アディさんは窓外の景色からマッフルさんに視線を戻した。
「てめぇ、わざとか」
ただしさっきよりもずっと苛烈で、憎々しい光を湛えて。僕としては消えかけの火に薪をくべたつもりだったけど、実際に注いでしまったのは油だったようだ。
「俺等が谷にいることを見越して、接点を持たせるためにわざと使い方を教えなかったんだろ?」