第七話 ドワーフの山里[中編⑦]
やっぱお前の国語力は三十一点だな――byソウシ
「……なんか、デカミミズより近寄りがたいんだけど」
見た目は確かにトドだし今は捕食もしてないのに、と川辺に屯ってるドートの集団を前にヒソヒソ独り言ちてたら、「ギャップじゃね?」ってソウシが律儀に応えてくれた。見るからにグロい奴がピリピリしてるのは比較的当たり前のことだけど、おっとりした見た目の動物がバチバチに敵意を飛ばしてるのは見慣れないだろって……なるほど。
「まずは一匹、だよな?」
「おー、一番奥のアイツでいくか」
「分かった」
ふーっと深く息を吐いて覚悟を決めると、ソウシが指差した一匹――を除く他のドートを[ドリープ]で瞬時に眠らせる。睡眠魔法が効くなら囮は必要ないんじゃないかとも思ったけど、モン菌‐Vが興奮剤みたいな作用を齎してるから十秒ちょっとで起きちゃうってソウシに却下された。
しかも薬と同じで重ねて魔法をかけすぎると効き目がどんどん薄くなるから、作戦中に非常事態が起きた場合に備えて温存しとくべきだって……作戦って難しいな。綺麗に組み立てられたように見えても、詰まってるのが付け焼刃程度の知識じゃすぐにボロが出る。ちなみにソウシがステータスMAXにして魔法をかけたら永眠しちゃうとか、怖っ。
「んじゃ後でな!」
僕の肩に置いた手を軸にしてビュッと勢いよく飛び出すと、ソウシは眠れるドートの群れを越えて起きてる一体に急接近した。羽が触れるように音もなく降り立ったはずの彼を、それでも残った一体は目敏く嗅ぎつけてギラリと眼球を剥き、襲いかかっていく。咆哮とともに前後の脚からは鋭利な爪が生え、蜘蛛のような体勢になっていた。
ソウシは声一つ上げずにドートの突進を躱すと片方の脚を鷲掴みにし、他のドートが起きる前に予定通りの逃走ルートへ引きずり込んでいく。僕も急いで予定通りの迎撃地点に向かった。今の僕とソウシの走行ルートを上から見たら、逆方向から同時に円を描いてる感じになってると思う――まずは僕らで、本当にモン菌‐Vを払い落とせるかテストする。
二人だから、魔法系の項目は全部僕がやらないといけない。でも自分で考えた作戦だから手順は頭に入れるまでもないし、[フィッシャートラップ]だけはソウシが力づくで肩代わりしてくれるらしい。なんか`力づく`ってとこが不穏だけど……とにかく先に着いてないと。本当は僕が迎撃地点から動かなかったら良かったんだけど、ソウシだけじゃ[ドリープ]使えないから。
「ハァ、ハ……っと…」
階段を二段飛ばしするみたいに一歩を大きくして走って走って、目印にしてた三叉の岩の陰に隠れたところでようやく詰めてた息を吐き出す。これ通常だったら絶対足が棒になってるやつだ、ソウシ様々だな……なんてバクバク脈打つ胸を落ち着けてる間にソウシのほうも到着し、遅れて凶暴ドートも登ってきた。ドッタンバッタンって、なんか水泳のバタフライを陸でやってるみたいな走り方だな。クソ速いけど。
「よっ」
ん? ソウシのやつポケットから何か取り出して、ってリインさんがさっき砕いてた石じゃん! 持ってきたの!?
「おーらよっと!」
わぁ、ひらりはらりとドートの体当たりをいなす姿はまるで闘牛士だ。赤じゃなくて黒だけど。ぐるぐるとその場で追いかけっこをしてドートの胴体が微妙に縺れた瞬間、太い木の幹を駆け上がるように踏み切って宙返りしたソウシは、
「グギェアッ」
眼下にいるドートの四肢めがけて持ってた石を投擲した。うっ、今ゴギッてすんごい音が……絶対骨折れたよアレ。ビタンッと腹から突っ伏したドートに、ごめんモン菌‐V退治したら[ケアリー]で治してやるからと内心で手を合わせてると、「いいぞ」と傍に降り立ったソウシからOKサインが飛ぶ。僕はぐっと息を詰めて岩陰から出た。駆け寄って近くで見たドートはピクピク痙攣してて、胴体の至る所に古い打撲痕や引っ掻き傷の痕がある。モン菌‐Vの神経圧迫に抗った痕跡だろう……見てるだけでこっちまで痛くなってくる。
「よ、よしっ。アンダート・エリア!」
目の前のドートに意識を集中して魔法をかけると、ブルーラベンダーの光に包まれた身体の情報が眼球と鼓膜を通して脳に届く。ドクドクと破裂しそうな鼓動音に血管の内側を濁流の如く行き交う血液、そして血管とは別に体内に幾数にも張り巡らされている神経。
(あっ……)
過剰ながらも割と満遍なく筋肉が伸縮してるなか、下半身のそれが異様に激しく伸び縮みしていることに気づいた。ココだと更に意識を集中させると、腰から脚にかけて伸びている太い神経がビクビクと捻れている。おいおい雑巾じゃないんだぞ!?
「やっぱ坐骨神経だったか」
「ざこつ?」
「身体んなかで最も太く長い末梢神経だよ。太っとい神経を好む菌には恰好の溜まり場だな」
おまけに俺が脚を潰したからパニクッて運動ニューロンが飛散してる、って説明してくれてるとこ悪いけどごめんソウシ! 僕も結構切迫してるから`モン菌‐Vが下半身にヤバいことしてる`ぐらいしか理解できない、ってなんかこの表現もヤバい気がするけど!
「ナヴィックス!」
[アンダート・エリア]を解くと同時に後ろ脚にむけて新たに魔法をかければ、ブルーラベンダーに代わってベビーブルーの光が柔らかくドートの下半身を包み込む。五秒くらいすると、ビクンッと大きく跳ねたのを最後にガチガチだった胴体はスライムみたいに緩み、断続的に聞こえていた唸り声も止んだ。すかさず僕は[サーモベルセレクション]で紅白のガラガラを出現させると、
「出てこいティミック!」
思惑通りハズレ玉の金を引き当てる、十個ほど……って十個!? まぁ少ないよりはいいか。
「「「「「「「「「「ハックション!」」」」」」」」」」
眩い黄金色の向こうからシェリーさんと戦った何時かと同じ、横に長い折り紙で作ったパックンチョみたいなモンスターが十体現れた。あの時はちゃんと見る余裕がなかったけど、くあっと開いた口には乳歯が生え揃っていて、奥には白い紙みたいなペラペラの平べったい舌が覗いている……ていうか今誰かくしゃみした? 僕、じゃないからソウシ? あ、違うみたい。じゃあアレがティミックの鳴き声、ティッシュだけに!?
「「「「「「「「「「クシュンッ」」」」」」」」」」
「ぁ、ごめん馬鹿にしたとかじゃないんだ!」
一斉に振り返ったティミック集団に条件反射で手を合わせて謝ると、許してくれたのか彼らの視線は本能に引っ張られたようにドートにロックオンされる。そのまま、一斉に下半身に飛びかかった。ガブッて身体に歯が立てられた時は痛くないかなって不安になったけど、よくよく観察すれば甘噛みみたいな感じだし、ドートも静かだから大丈夫なんだろう。
「……クヒュウ…」
十秒ほどすると、ドートの口からリラックスしたような鳴き声が聞こえてくる。そっと頭のほうに回り込んでみれば、そらもう別個体かってくらい表情筋がフニャフニャになっていた。もしやと[アンダート・エリア]でもう一度ドートの身体を調べてみれば、捻れて圧迫されていた下半身の神経が元に戻ってる――これは、成功したってことなのかな? おずおずとソウシを見上げると、
「Congratulations,見事だ」
誇らしげに細められた金の双眸と微笑に出迎えられた。ホッと安堵するあまりその場に座り込んで、目尻に浮かんだ涙を拭いながら「やったんだ……」と達成感に浸っていると、
「ヘックシュン!」
「あばっ」
調子に乗るなと言わんばかりにティミックに鼻を噛まれた。どうやらドートに付着してたモン菌‐Vだけじゃ腹が満たされなかったらしい……肉眼じゃ見えないくらい小さい菌だもんな。まぁでもこの後たらふく食べてもらうことになるから、と僕はティミックを掴んで鼻から引き剥がしたけど、
「「「「「「「「「ヘックショイ!」」」」」」」」」
「ぎゃあああああっ」
その一体に続くように残ってた九体も纏めて迫ってくる。噛まれたところで痛くないって分かってても普通に絵面が怖いっ、想像だけで鼻捥げる! 咄嗟に掴んでたティミックを放って鼻を守るように覆う――と、
ダンッ。
威圧感のハンパない地響きが鳴り渡り、ピタッとティミックの動きが止まった。尻から背中にかけてビリビリと走った痺れに耐えつつ隣を見れば、ニコォと真っ黒い笑顔を浮かべたソウシが再び地面を踏みつける。今度はティミック集団だけじゃなく、フニャフニャに寝転がったままのドートも一緒にボデンッと跳ねた。反動エグっ。
「召喚主に噛みつくたぁイイ度胸じゃん? また水に溶かされてぇのかチリ紙ども」
カクッと呪いの人形みたく不気味な動きで首を傾げれば、ティミックたちは小さく「ヘクチョイ……」と鳴いて大人しくなる。口を閉じれば地面に散蒔かれたポケットティッシュまんまで、僕はなんとも言えない気持ちで重ねて拾ってからポケットにしまった……そういえば海で召喚した時、溶けて消えてたな。やっぱり水が弱点なんだ、ティッシュだけに。
◇◇◇◇
「――という感じで、作戦は上手くいきました」
「「ほーん……」」
「ぁ、あれ?」
元の開けた場所に戻ってアーディルさんとリインさんに説明したけど、なんか思ってた反応と違うっていうか、二人とも拍子抜けしたみたいな顔になってる。もしかして信じてもらえてない? ソウシって証人もいるし、治療したドートも連れ帰ったのに。まぁドートは脚のほうも[ケアリー]で治したら本格的に安心したみたいで、現在進行形で気持ちよさそうに寝てるだけだけど。
「ったく、ほとんどティミックの話じゃねーか」
「へ?」
「無用の心配だったわね――まぁいいわ、本番といきましょ」
ポスポスと順に僕の肩を叩いて、二人は斜面を降りていく。でもリインさん、心配してくれてたんだ。アーディルさんも……そういえばティミックの話ばっかって言ってたけど、僕そんなに話してたっけ?
「やっぱお前の国語力は三十一点だな」
うん、話してたみたいだ……話術も要勉強か。とまぁ、僕の話し方がド下手ということは置いておいて――満を辞してレッツ本番だ!
「おんどりやぁああぁあぁあぁあ!」
……と意気込んでた僕以上にすんごい闘志の人がいた、リインさんだ。ソウシがモグラ叩きのモグラ並にドカドカ容赦なく引っ張ってくる暴走ドートを、これまたモグラ叩きの叩き手並の瞬発力とパンチ力と容赦のなさと凶悪性を以てリインさんが捌いていく。なんでもソウシが作戦開始直前に「緊張してんなら、一匹ずつ五分おきにゆ~っくりと送り届けてやろーか?」と煽ったらしく、
「は? 窓口係ナメんなこっちが普段どれだけの事務書類捌いてると思ってんの手加減無用全力でかかってきなさいよオラァ!」
と盛大にキレ返した結果、初っ端から爆速ベルトコンベアに乗せられたみたいに暴走ドートが大量ドナドナされてるんです。まぁビビってたのは僕だけで、窓口魂(?)に火がついたリインさんはバッチこいモード全開だったけど。
「次、後ろ右脚とその裏! 次、腹のど真ん中と左脚!」
それはもう先にテストした僕よりも、ていうかMRI検査もビックリの速度と正確具合で……彼女がスーパーコンピュータ演算なら僕なんて電卓計算だよ。あ、簿記の人たちがやる凄いのじゃなくて一般の「タン、タタン……タン…」ってレベルのやつね。で、その窓口流演算でウイルス感染部を丸裸にされたドートたちに、アーディルさんが[ナヴィックス]の魔法を撃ち込んでいってるわけだけど、
「九、八……あと七発か。腹部・五の左脚・二だな」
こっちも凄い。スイッチ入ったみたいに目つきが輪をかけて鋭くなってる……え? 戦闘開始したら皆そうなるだろ……ん、そだね。ついでに銃身の長さも変わってるよ、ライフルタイプの長いやつに。僕の隣から一歩も動かずにパシュパシュッと一切の無駄なく撃つ姿も相まって、完全にスナイパーだ。
「その次背中と左脚裏っ、てかコイツ脚太! さては捻挫したの放置してたわね!」
「コピー」
「背中全域&右脚裏親指! コイツは脂肪つきすぎ緩衝材じゃないのよ!」
「コピー」
……いやマジで凄いなこの二人。なんか途中からリインさん本格的な診断始めたし、アーディルさんも軍人みたいな返事してほとんど手元見ないまま弾倉付け替えてるし。ていうか今気づいたけど、[フィッシャートラップ]で動きの大半は制限できても内側でめっちゃ暴れるんだな。
テスト時にソウシがわざわざドートの四肢を攻撃して止めた理由が分かった……あんな力任せに回転する地球儀みたいに動かれちゃ、とてもじゃないけど僕の動体視力じゃ追いつけない。実はさっきコソッと、「なんで視力のほうを上げなかったんだ?」って聞いてみたんだ。
――あー、視力は腕力とかと違って自力での調整が難しいからな
見えなかったものが急に見えたりその逆、つまり超常から平常に戻った時が危ないから、五感の急激な変化は極力起こさないようにしてるっていうのがソウシの意見だった……で、だ。そんな超視力を以てしないと対処できなさそうな暴れドートを、リインさんは特殊グラスみたいなマジックエージェングも使わず補助魔法だけで隅々まで見通しているわけだ。
(ごめんなさいリインさん貴方はちゃんと強いってソウシ言ってたけど今初めて実感しました)
事務仕事って……めちゃくちゃ神経使うんだね!?
「そこサボんな追加で二体召喚!」
「ぃべっ、さー!」
ホントは`いえっさー`って返したかったけど吃驚して思っくそ噛んだ。紅白のガラガラを回して、要望通りティミックを二体追加。最初の十体にすでに八体足されてるから、計二十体のポケティ集団がモン菌‐Vを捕食中なわけだけど……。
(これ、僕いる?)
想像以上にティミックの食べるスピードが速い。もっとガンガン召喚することになると思ってたけど、一体につき平均十五秒くらいで除菌しちゃうからそんな追加しなくても大丈夫で、治療後のドートたちは一様にスヤスヤ夢の中だし……ちょいちょい[アンダート・エリア]で個々の身体を確認してるけど、再発の心配はなさそうだし。
ぶっちゃけて言うと手持ち無沙汰で落ち着かない! 隣と前の二人がバリバリ働いてるのと、初っ端に「作戦の要だ」って密かに張り切ってたせいもあって……こう、反動がね。学校授業の家庭科実習とかで役割分担決めてたはずなのに、当日になったら「コレも私がやるよー」って仕事全部持ってかれた時みたいな喪失感が凄い。
(なにか、他に手伝えること……)
チラッと、集中力を遮らない程度にアーディルさんの手元を見やる。これだけ連射してるのに指先には痺れも縺れも見られない、相も変わらずの完璧具合だ。
(っ、そういえばアーディルさんの首輪……)
身長差もあって最初はゴツいってことしか分からなかったけど、こうして近くで見ると――知恵の輪みたいなデザインになってるんだな。付け外し、ちゃんと出来るのかな?
(それにあのアクセ)
――どうか、助けていただけませんか?
(どこかで……)
「おい」
「ひゃいっ!?」
「手があいてるなら、散らかったカラの弾倉集めて寄せといてくれ。壊すなよ」
「は、はい!」
やった仕事ゲット、と束の間の安堵感に浸っていた僕は、視線に気づいていたアーディルさんがそっと知恵の首輪を撫でていたことに気づけなかった。