第七話 ドワーフの山里[中編⑥]
出たわよ現世の悪習の一つ`縦社会における体裁を言い訳にした顔色窺い`――byリイン
「じゃ、次は役割分担ね」
ぶら下がってた枝から担ぎ上げられた時も、移動先で地面に放り出された時でさピクリとも身動がなかったリインさんが、スイッチが入ったみたいにむくりと上体を起こす。「生きてたんか」とソウシがド直球で呟いたら、ニッコリ笑顔のまま「おかげさまで(怒)」と真っ黒な十字路を額に刻んでいた。ついでにその手が握ってた平べったい石がバキボキッて粉砕された、オーパワフル。
「で、誰がどの役を担うかは決めてるの?」
「ぇ、と……とりあえず囮役は言い出しっぺの僕が――」
「却下」
「却下ね」
「右に同じく」
「え!?」
なんかここにきて三位一体満場一致で拒まれたんですけど!? あれかな、僕が囮じゃ心許ないみたいな……そりゃ「囮ならお任せ!」って言い切れるほど経験積んでないし、ぶっちゃけ不安な部分もある。でもやっぱり、一番危険な役回りは立案者がやらないと。
「出たわよ現世の悪習の一つ`縦社会における体裁を言い訳にした顔色窺い`」
周りに面目が立たないじゃんって言ったら、心底汚らしいとばかりに吐き捨てられた。前からちょくちょく思ってたけど、リインさんて現世の社会ルールっぽいのが絡むと普段以上に辛口になるよな……よっぽど理不尽な目に遭ったのかな?
(てことはソウシみたいに、リインさんにも現世の記憶がある?)
でもそのわりには、常世でも窓口っていう公務員の看板みたいな仕事してたよな?
「ちょっと、聞いてる?」
「っ、ごめんちょっと聞いてませんでしっ…だ……!」
`ちょっと`って聞かれたのに`ちょっと`で返したのが気に入らなかったのか、弾き玉の要領で飛ばされた石がデコに直撃した。さっき砕いてたのただ苛立ちをぶつけたんじゃなくて、こうしてリサイクルするとこまで折り込み済みだったのかな?
「だ・か・ら! 作戦の立案者だからって囮とか的とか人質とか、そういう損な役に当てはめる必要はないって言ってんの」
「ぇ、でも……」
癖みたいに石が当たったデコを摩りながら言い淀むと、その手を静かに退けられて、代わりにリインさんの人差し指がトンと添えられる。
「いい? どんな分野の作戦だろうとね、一番重要なことは適材適所なの。ろくに関わりもしない周囲の目や自己犠牲に流されて決めてみなさい、冗談抜きで全滅するわよ」
「っ……」
そんな悪習振り翳しても日本、延いては人間社会が成り立ってたのは、相対していたのが他ならぬ理性や打算のある人類だったからだとリインさんは言う。確かに宇宙人とか異常な進化を遂げた虫や動物が襲ってくる映画だと、世界が一丸となって差し向ける軍隊は大抵やられる。活躍するのはいつだって、世界から廃嫡されてきた孤高な実力者ばかりだ……けど、
「その理屈でいくなら、やっぱ僕が最適じゃない? ソウシのステー……ま、まぁとにかく丈夫だし!?」
「…………」
「…………」
「……それもそうね」
「ざけんなアホ女がっ」
一瞬でもお前を信頼した俺が馬鹿だったと、ソウシのチョップがリインさんの脳天に炸裂する。僕が止める隙もツッコむ余裕もなかった。一度は引っ込んだはずのたん瘤を再びプスプスと生やして突っ伏すリインさんをコロコロと退場させ、代わりにコホンッと咳払いをしたソウシが入場してくる。念のためにそっとステータスを確認してみたけど……うん、この数値ならたぶんリインさん大丈夫なはず…。
「今アホ女が言ったことは、九割近く忘れてくれていい」
「そんなに!?」
「具体的には56行目のセリフを忘れてくれると助かる」
「あの数文字が全体の九割!?」
「まぁとにかくだ。少なくとも今回の作戦で終太郎が担うのは囮じゃない――ティミックを呼び出す召喚係だ」
「……!」
「勿論これは安全地帯にいろって意味じゃない。むしろその逆、この作戦の肝が`ドートから引き剥がした菌を如何に最速で処理するか`ってところに懸かってるからだ」
そう言われて僕は、[サーモベルセレクション]の特徴を思い出した。アレはただの召喚魔法じゃなくて、ランダムにモンスターを呼び出す魔法だった。けどこの作戦ではティミックだけを大量に引き当て続けないといけない。
たとえ他よりは出やすいハズレモンスターだとしても、望み通りのタイミングで当て続けるなんていうのは神技ものだ。それこそ人の身で出来るとしたら――神懸かったステータスが傍にいる、僕くらいなんじゃないの?
「納得したか?」
「ん、した」
「っし、じゃあ次。ドートの足止め&モン菌把握係とツボ突き係な」
「後輩マッサージ係みたいになってない?」
僕のツッコミは悲しくも-当然とか言わないでっ-流され、前者はリインさん、後者はアーディルさんが担当するのが最適だろうとソウシは続ける。タイミングがいいを通り越して都合がいいレベルで目を覚ましたリインさんは、「絶対囮にされると思ってた……」と唖然としていた。立場で損な役に当てはめるのは悪習だって言ってたくせに、自分の役割はちゃっかりキャラで決めちゃってさ……ほんと残念なくらい真面目で、綺麗な人なんだよな。
(……ん? でもこの流れだとソウシの役って――)
「待て、囮は俺等がやる」
今まで一番食い気味にアーディルさんが乗り出てきた。静かだけど声は重いし、なんか焦りも滲んでる気が……どうしたんだろ? それも囮役を降りたいんじゃなくて、やりたいなんて。
「……随分拘るな」
「べつにそういうんじゃない」
「じゃあなんで」
「……ないからだ」
「…………」
「俺等には、魔力がない」
一言一句はっきりと声に出したアーディルさんは、罪を告白するみたいな痛々しい表情で背中のホルスターからショットガンを取り出すと、胸の前で掲げてみせた。一瞬、その抱え方が遺影を持つ人のそれに見えた気が……いやいや何言ってんだ僕縁起でもない! それよりも`魔力がない`って、どういうこと?
「魔法、さっき使ってましたよね? そのショットガンみたいなので……」
「ショットガン?」
「ぁ、いえそのマジックエージェングで!」
「……コレに込められてるのは俺等の魔力じゃない」
アーディルさんはショットガンから弾倉を外してそっと地面に並べると、自分はこの抜け殻のほうだと言って前者を指差す。弾を発射するための装置は備わっているが、肝心の弾を自分で作れない。つまり魔法を使うためのノウハウはあるが、体内で魔力を生成できないから、外から魔力を補充しなければ戦えないし身も守れないってことらしい……マジ?
「鈍器として使える分、抜け殻でもコッチのほうが優秀だ」
「そんなこと……」
言葉こそ散々だけど、本体を撫でるアーディルさんの手つきはやっぱり丁寧で、切ないくらい優しいんだよな。
「分かっただろ、俺等が魔法を使える回数には明確な限りがある。囮で逃げ回ってるくらいが適役なんだよ」
「アーディルさん……」
回数制限を持ち出されると、僕もそれ以上の否定はできなかった。この作戦にはどうしたって魔法が必要で、どれか一つでも欠けたら総崩れ待ったなしだ。モン菌‐Vに苦しめられてるドートの数や、一体につきどの程度の菌がついているのか、一回の[ナヴィックス]でどれくらいの菌が落とせるのかも不確定だし……確実に魔法が使える人がドートの相手をするほうが安全だろう。でも、
「何回だ」
「は?」
「その弾倉一つに、何回分の魔力が込められてる?」
ソウシはやっぱり彼に囮役を任せたくないみたいだ。そろっとアーディルさんを覗えば、こっちもこっちでやっぱり頬をヒクつかせてて……なんか線香花火の初期状態みたいな小っこい火花が跳ねてる。あんな儚さは微塵もないけど。
「どいつもこいつも、人の話を聞かないな」
「聞いてねーのはそっちだろ。何回分って聞いてんだけど」
「っ……弾倉一つにつき平均十五回。さっき一つ使い切ったから、装填してる分も含めて残りは十九個」
「弾倉を付け替えるのに何秒必要?」
「二秒あればいい」
「十分だ。キャスティング変更は無しでいく」
とりあえず一体だけとっ捕まえてリハーサルしようぜとソウシは手を叩き、僕を連れて川辺へ向かおうとする。と、もう我慢の限界だと奥歯を食い縛ったアーディルさんが銃口を向けてきた。直前にカチッて聞こえたのはたぶん、セーフティの解除音。思わず立ち止まった僕に倣うように、ソウシの足も止まる。
「適当言ってんじゃねぇぞ命ナメてんのか」
「マジの本気だけど。なんなら作戦概要一から全部復唱してやろうか?」
「だったらなんでテメェが囮になろうとする」
「それが最善最適以外の何物でもねーからだよ」
「あ?」
「俺は全てにおいて、まったくのゼロだから」
ハッと、ドライアイスの欠片を丸飲みしたみたいに喉が焼け凍えた。そうだった……実体を持っててもソウシはあくまでもステータスだから、僕と[同化]してない状態だと単独での魔法使用はできない。アーディルさんの前で安易に[同化]するわけにもいかない以上、この作戦でソウシに出来ることは……。
「……ゼロ…」
「おーよ、見事なまでにすっからかんだ」
「…………」
下には下がいるもんだぜと場違いなまでに明るい声で告げるソウシに、アーディルさんは静かに銃を下ろしてセーフティをかけ直す。カチッともう一度響いた音は、最初に聞こえてきたそれよりも心なしか重く鼓膜を揺らした気がした。
「……行くぞ」
「っ、ん」
ポンと肩を叩く手に促されるままにアーディルさんから視線を外し、さっき登ってきた比較的緩やか且つ障害物が覆い斜面を逆に下っていく。
「…………」
「……っ…」
細い枝が折れるパキッて音や、小石が転がり落ちる音がいやに煩い。些細な雑音ほど沈黙を駆り立てる。
――まったくのゼロだから
(ソウシは、空っぽじゃないのに)
言っていいなら、今からでもアーディルさんにそうぶつけたい。僕という媒体を通さないと分かりにくいだけで一番重要な部分はコイツが担ってるんだぞって、声を大にして……ソウシはいつだって、堂々と僕をフォローしてくれるのに。
「あいつが持ってた銃」
「っ、へ?」
引っ込むしかなかった自分自身に対してモヤモヤムカムカしてたら、ソウシが「俺らに似てるよな」と唐突に言ってきた。視線は前を向いたままで声もどっちかっていうと淡々としてるから、どんな表情をしているのか上手く想像できない。
「僕らと、似てる?」
「そ。あいつの銃には、自分じゃない誰かの魔力が詰まった弾倉が必要不可欠だ」
「……ああ…」
ステータスが魔力弾倉で、僕が銃本体ってことか。なんかアーディルさんが自分を抜け殻だって言った気持ち、今なら分かる気が――、
「大事にされてんだな、あいつ」
「大事にって、アーディルさんが?」
「じゃなきゃ、あんな大量の弾倉くれねーだろ」
あの銃はどう見てもプライスレスの一点物。必然的にその弾倉もとい込められた魔力も、アーディルさんのためだけに誂えられた非売品ということになるとソウシは言う。そもそも店で売られているマジックエージェングとそれに付属する魔力は、ボランティアや複数の契約者から集めている……現世でいう献血に近い感じで、魔法は使えても安定しないことが殆どらしかった。いろんな人の魔力を練り混ぜるんだから、まぁ当然っちゃ当然だろう。
「けど、[オルタフリーション]を撃ったアーディルの魔力はクソが付くくらい安定してた。アレはたった一人から抽出したものだ、しかもアイツに合うよう魔力を練り直してる」
「……それは、大事にされてないとできないな」
アーディルさんが銃に触れる手つきが優しかったのは、今ソウシが言ったことが分かってたからなんだ。
「ほら、俺らと似てるだろ?」
「っ!」
このタイミングで、それもとびっきりの笑顔を浮かべて振り返るとかさ――眩しさのあまり咄嗟に「ズルいがすぎる」って早口で呟いて俯いたけど、安堵から視界を波打たせてるこの熱い雫は、きっと見られてしまったな。
ソウシの言ってる「56行目」は空白も含む56行です。