第七話 ドワーフの山里[中編④]
だから見極めてください――by終太郎
「え、マッフルさんがくれた包みって臭い袋だったの?」
コレが……とファンシーショップの棚に並んでそうな小動物モチーフのマスコットを掲げて茫然と呟けば、「ちょ、間違っても落とさないでよ!」とリインさんに颯爽と取り上げられた。どうも落下とか衝突の類の刺激を与えると、この世どころかあの世の終りみたいな物凄い臭いが散蒔かれるみたいだ。
それこそここら一帯のグランドコンダが群がりでもしないと、治まらないくらいの……そんなある意味ヤバい物が、隣を歩いてるリインさんが引っ提げてる包みの中にまだ沢山入ってんだよなー。くわばらくわばらと、そっと距離を取ったら「アタシが臭いみたいな態度取らないでよ」って睨まれた。どうしろと?
「んな便利なモン貰ってんなら最初に使えよ」
「っ、仕方ないでしょ!」
やっぱポンコツだったと嘆息して少し前を歩くソウシに、「`危なくなったら使うんじゃぞ`としか言われてなかったんだから!」と噛みつき返すリインさん。もちろん二人とも声は抑えてるけど、吐息すら殺してた最初と比べたら大音量アウトイーツだ。この現状そのものが、マッフルさんがくれた臭い袋の凄まじさを物語ってる。
「使い方分かんねぇくせに反射で受け取るとか、典型的なダメ新卒じゃん」
「よぉーしそのままそのクソ生意気な口開けてなさいミミズの餌突っ込んでやるから」
「ちょ、無駄遣いしちゃ駄目だって!」
「終太郎っ、そこは相棒として僕の心配をすべきだろ!」
「右も左も分からない新卒の苦悩を踏み躙ったことを叱るべきでしょ!?」
「あーもうはいはいっ」
厄介なミミズがどっか行ったと思ったらより厄介な犬猿が群がってきたよもうヤダ……とげんなりしてると、再出発してからずっと無言で先頭を歩いていたアーディルさんと目が合った。すぐに逸らされたけど、静粛を促す以外にも何か言いたそうな眼差しに見えた気がして、僕はさり気なく犬猿から離れて彼に歩み寄る。
「あの、すいません騒がしくして……」
「全くだ。臭い袋はあくまで緊急用、使い過ぎると効果範囲がバカ広くなって結局襲われるはめになんだよ油断すんな」
「は、はい……」
『`随分と詳しいな。見たことねぇけど、市販でも売ってるブツなのか?`』
「っ!」
不意打ちで頭に流れ込んできた声に振り返れば、相変わらずリインさんと喧嘩してるソウシが意味深にウィンクを寄越してきた。ハイハイと肩を竦めて応えると、「お詳しいんですね。僕は見たことないですけど、お店で普通に売ってるんですか?」と少し砕いてセリフをなぞる。一瞬僕からソウシのほうに逸れた視線にビクッとしたけど、アーディルさんは「俺等が知るかぎり、店には出回ってねぇ」と返してくれた……一人称、俺等なんだ。
「ただ、よく似たブツを作ってた知人を知ってるってだけだ」
「……過去形ってことは、その知人さんはもう作ってないんですか?」
「作ってなきゃテメェらが持ってるソレは何だって話だろ」
「あー、じゃあやっぱり貴方がマッフルさんの――」
「いい加減にしろよ」
歩みを止めたアーディルさんが、肩越しにソウシを顧みて静かに怒鳴る。やっぱり気づいてたかと視線をハラハラさせてると、ソウシが「悪かったよ」とアーディルさんに謝りながら僕の背中に伸し掛ってきた。おい、謝る時の態度じゃない。
「人懐っこい終太郎相手のほうが話してくれるんじゃねーかなって」
「操り人形に気を許す趣味はねぇ」
「……言うね」
あ、今ソウシちょっと怒ったけど認めもした。そっちがそう言うならと僕に寄りかかってた上体を起こすと、「マッフルの息子で弟子の武器職人、だよな?」と単刀直入に尋ねる。僅かに目を眇めたアーディルさんは「この子の武器か」と視線を僕に戻しながら尋ね返してきた……え、凄いこの人。一聞いたら十どころか百ぐらい先まで見通せるんじゃ、
「百は無理だ」
いや千だなこりゃ。
「あのジジイ、まだんなダセェもんを」
「ぇ、ダサいって……」
なにが? 臭い袋が? なんで急に、さっきはそんなこと……そんな僕の戸惑いごと断ち切るみたいに「独り言だ」とアーディルさんは強めの口調で言うと、武器の種類はなんだと尋ねながら歩みを再開する。一方で武器に対するビジョンを何も描いていなかった僕は、再び戸惑った。
王道でいうと剣だけど、じゃあ扱えるのかって聞かれたら自信ないし。他の武器はまともに触れたことすらないし、どうしようとチラッとソウシを覗う。と、なぜかアーディルさんにめっちゃハッキリと舌打ちされた。え、なに……?
「興醒めだ」
「え……」
ビクつきながら見上げれば、「俺等は無駄に人の顔色を覗うヤツが大嫌いなんだ」と容赦ない言葉が降ってくる。別にそんなつもりでソウシを見たんじゃないと慌てて弁明しても、じゃあ何で自分の武器の種類も言えないんだと声音で睨みつけられる。
「全部そこの黒髪に任せて、ろくに自分で考えてこなかったんだろ」
「そ、れは……」
「前に鉤爪を依頼してきたヤツとは大差だな」
「っ……」
ヒヤッと嫌な熱が背筋を這い上がり、頭の奥が重く痛む。足が錆び付いたみたいに自然と歩みも止まって、みるみるうちにアーディルさんとの距離が開いていった。ちゃんと、考えて行動できてると思ってた。
分からないことや二人で決めたほうがいいことはちゃんと相談して、ソウシとは対等でいれてるって……でも思い返せば、冒険者の免許を取りに行こうと言い出したのも、南海の浜辺で囮捜査をしようと言い出したのも、今回武器を作りにいこうと言い出したのも全部ソウシだ。
(僕はここぞって分岐点で、なにも決めてない……)
「んな中途半端なヤツの武器を作るほど俺等の腕は安くね――」
「その子はまだ新米冒険者なのよ」
思い上がりも甚だしいと吐き捨てるアーディルさんを遮って、凛と大人びた声が響く。ソウシのような苛烈な説得力はないけど不思議と口答えを許さない、アーディルさんの歩みも自然の音さえも一時的に「止まれ」と従わせてしまえるような声。その主の表情は、凪いでいた。
「力の限界も自分のなかのルールも曖昧で、目の前に立ち塞がる壁を乗り越えるだけで精一杯な生まれたて。どんな武器・戦法が自分に向いているのかはこれから探していくの」
「リイン、さん」
「今回の武器作りは、その第一歩。人任せなわけでも、何も考えてないわけでもない……それとも何?」
貴方は玄人しか相手にしない経験値絶対視の高給取りってわけ、と告げて初めてリインさんの面に怒りの色が乗った。彼女が怒ったところは沢山、それこそリインさんの名前を聞いたらセットで激怒な顔が浮かぶくらいには見慣れてるつもりでいたけど……この`怒り`は違う。
「だったら此方から願い下げよ」
揺るぎない憎しみが込められた、本物の憤怒だ。庇われている僕でさえ肌がピリピリと悲鳴を上げてるんだから、一身に浴びているアーディルさんは火傷ものだろう。おずおずと覗った表情は一見平然としてるけど、僕に深くまっすぐ突き刺していたはずの自信は揺れ曲がっていた。
「さっき助けてくれたことに関しては感謝するけど、依頼は自分たちで熟すわ」
「え……」
「行くわよ二人とも」
「ちょ、待って!」
スタスタと僕らを追い抜いて先へ進もうとするリインさんを、慌てて引き止める。瘡蓋を抉るみたいにアーディルさんに指摘されて傷つかなかったわけじゃないし、庇ってくれたリインさんには感謝しかないけど……なんかちょっと、ズンズン歩く背中が自棄になってるみたいに見えた気がしたんだ。
その予感は当たってたようで、正面に回り込んで覗いた彼女の顔には不安が浮き出ていた。大見栄切ったけどドワーフの山里に他に知り合いなんていないし、ここで彼を突き放したらきっと武器は作れなくなるも同然……今回の遠出の苦労もほとんどが水の泡になる。ドート救済の依頼もまだ残ってる今、水先案内人を失くすのも悪手だ。
「……リインさん、ありがとう」
「へ?」
「アーディルさん、いいですか」
なにか言いたげなリインさんの肩を撫でて視線を奥へ投げると、ルビーの瞳に無言で出迎えられる。反省とはちょっと違うけどリインさんの言葉に思うところはあったみたいで、彼女と同じような顔をしてた……言ったら絶対否定されるだろうけど、意外と本質が似てるのかもしれないな。
「リインさんが言ってくれたように、僕だって何も考えてないわけじゃないです」
「…………」
「けど、いざって時の決断が相棒任せだったことも否定できません……だから見極めてください」
「……?」
「ドート救済の作戦、僕が考えます」
僕が貴方にとって武器を作るに相応しい人材かどうかはそこで確かめてくれ、不適格と判断したらすぐにでも帰るとひと思いに言い切る。正直緊張感はハンパなかった。心臓はバクバク煩いし握り締めた手汗は凄いし、内側からの熱と外の冷気に板挟みにされた頭がズキズキ痛む。でもここで踏ん張らないと、
「分からない事とか、僕らにできなくて貴方にできる事があったら、その時はお願いするかもですけど……」
本当にただの傀儡になっちゃう、それは嫌だ――どうですかと答えを求めれば、アーディルさんは間髪入れずに「ドートの件は手伝うと初っ端に言ったはずだ」と返してきた。分からないことを分かる人物に尋ねるのも当たり前だと……いやまぁそれはそうなんですけど、今僕が聞きたいのはそういう事じゃなくて!
「けど`全部独りでやる`って意地張らなかったのは、いい姿勢だ」
「っ!」
「ドートの住処はもうすぐだ。それまでに特性や俺等が把握してる範囲での暴走時のことを話すから、それを基に作戦とやらを考えてみせろ」
気に入らなかったら遠慮なく修正していくからなと首の後ろを揉むように摩りながら、アーディルさんは僕の傍を通りすぎてまた先頭に立つ。その間際「悪かった」とリインさんに向けて謝る声が聞こえ、ずっと強張っていた彼女の肩からも無駄な力が抜けたのが分かって、僕もホッと胸を撫で下ろした。
「終太郎」
「ぁ、ソウシ。ごめんなんか色々と勝手に……」
「いや全然」
俺が言おうと思ってたことばっかだったから逆に驚いてると肩を竦めて、ソウシがちょいちょいと前を指さす。見ればアーディルさんが立ち止まって肩越しに振り返っており、僕は「すいませんっ」と早歩きで彼のもとへ向かった。
「……意外」
「なにが」
「あの子のことあんなふうに言われて、アンタならブチ切れるどころじゃ済まないと思ってた」
「俺からすれば、お前があそこまで言い切ってくれたことのほうが意外だったよ。それに気圧された感は少なからずある」
「アンタが? 冗談はよしてよ」
「そう思いたいならそれでいい。ただそれを抜きにしても、終太郎の言動には驚かされた」
ソウシとリインさん、さっきから後ろでなに話してるんだろ?
「少しずつ、ゆっくりでいい――確実に強くなれ、墓送終太郎」
あれ? なんか、そんなに離れてないはずなのに……何ならリインさんにはそんなふうに感じないのに、
「俺を殺せるくらいにさ」
ソウシの姿が、遠い――。