第三話 冒険者試験[前編]
お二人とも、冒険者になるのですかぁ?――by ナージュ
「終太郎、これ食ったら冒険者申請に行くぞ」
「へ?」
翌朝。店のテーブル席でナージュさんが用意してくれた朝食をご馳走になっていた僕に、ソウシはそう告げた。野菜スープに入ってるゴロゴロしたニンジンを食べながら首を傾げると、ソウシは「昨日騒いでた客のなかに小っこいオッサンがいただろ?」と言って千切った丸パンを口に放り込む。
「ああ見えてあのオッサン、この街を守護してる冒険者ギルドのリーダーでさ」
「え、マジで!? どうしよう僕礼儀とか全然なってなかったんじゃ……」
「大らかな性格だからそこは大丈夫だろ。とにかくあのオッサンに頼めば冒険者になれるから」
荒くれ者の集まるこの街はともかく、もっと都会的な街ではちゃんと申請して身分を証明しておかないと、貴重なモンスターを捕まえたり薬草などを採取しても専門店で換金してもらえないらしい。なんでも以前身分を偽ったり偽札や偽造硬貨を悪用して金の巡りを狂わせた輩がいたらしく、その辺りの管理が一際厳しくなったとか。
「なんつー傍迷惑な……ってか昨日も思ったけど、ソウシってこの世界に凄い詳しいよな。やっぱ転生前に下調べしたのか?」
「まーそんなとこ。あ、昨日ルーレットで稼いだ金でお前のパンツと服も調達しといたぞ。いつまでも紐パンは嫌だろ?」
「ありがとでも紐パン言うな誤解を招くっ」
ベラベラと復活した口に丸パンの半分を突っ込むと、もう半分を自分の口に含んでスープで掻き込み、カウンターで作業をしているナージュさんにも聞こえるようにご馳走様をする。ナージュさんは、そんれはもう優し~~~~い顔で「お粗末様でした」と応えてくれた。うんこれ絶対に聞こえてる! 違いますベルト代わりに紐を使ってるだけですから! てか紐パンの存在知ってるんですか何故ゆえに!?
「お二人とも、冒険者になるのですかぁ?」
ツッコミ過ぎてカラカラになった喉をお冷で潤していると、ナージュさんが水差しを持ってきてお代わりを注いでくれた。お礼を言いながら僕が「まぁ、そんな感じです」と頷けば、ならば会場までの道案内と引率にウルを遣わせようと申し出てくれる。昨日からお世話になりっぱなしでこの上さらに厚意に甘えるのは、と僕は流石に断ろうとしたが……引率という単語に引っ掛かりを覚えた。
「引率ってのは、冒険者試験の引率のことだよ」
「えっ、試験あるの!?」
「当たり前だろ、命懸かってんだから」
お前は「車を運転してみたい♪」ってだけでホイホイと運転免許証を子供に渡すのか――的確すぎる例え話にぐうの音も出ず、お冷をチビチビ飲みながら首を小さく横に振る。でもそうか、試験があるのか。やっぱモンスターと戦って首とか毛皮を持ち帰ったりすんのかな……そう思うとちょっと怖いっていうか、やっぱ命を奪うのは抵抗があるな。
「心配しなくても、試験の全部がモンスター退治ってわけじゃねーよ」
「え……」
貴重な薬草とか木の実の入手もあるからそっちでいこうと、ソウシが笑いかけてくれる。昨日の大熊の一件からして、きっと彼は僕と違ってモンスターを狩ることに抵抗はない。むしろ好んでバッタバッタ薙ぎ倒していきそうな気がする……なのに、僕に合わせてくれるのか。あんな凄い力を持ってるのに、それを思う存分発揮できる機会なのに。ギュッと、お冷のグラスを握る手に力がこもる。
「なんか、ごめん」
「なんで謝るんだよ。気楽にゆっくり行けばいいだろ」
「ソウシ……」
「貴重な薬草とか木の実の周辺って大抵が凶悪モンスターの縄張りだから、どの道戦闘は免れらんねーしな!」
「そうかそうか……ん?」
今なんかジェットコースター並に上げて落とされた気が、と僕が呆けている間にソウシはナージュさんのほうに向き直り、ウルの案内と引率を正式に頼んでしまう。そして「これ、俺らからのほんの気持ちだ」と言ってキラキラした札を四枚―あとで聞いたら現世で言う四万円に相当する額だった―ナージュさんに手渡すと、僕を連れて一度客室に戻る。買い出しに出ているウルが帰ってくるまでに、着替えて準備しておかないといけないもんな。
「なぁ、なんかこの服ヒラヒラしてないか? 主に裾の辺りが」
ところが、ソウシが買ってきてくれた服のことでまた一悶着あった。
「貧弱な見た目気にしてるみたいだったから、ちょっと横に大きいくらいがいいかなって♪」
「うん、でもさ。それ以前に性別が違うよなコレは」
「せっかくの異世界だし、チャレンジしてみろよ」
「するわけねぇだろ誰得だよ!」
身体に合わせるために一度は広げたその服をサササッと畳み、ベッドに叩きつけるようにして置く。値札取らなくてホント良かった! 終太郎のなかで眠ってる何かが目覚めるかもしれない、とか意味不明なことを垂れ流す人でなしを思いっきり睨みつけてやると、やれやれと肩を竦めながら彼はもう一つ紙袋を差し出してくる。おずおずと受け取って中を見てみると、
(……ホッ、よかった)
こっちは白を基調とした、冒険者っぽいシンプルな男性用の服だった。心配していた下着もちゃんと男性用で、安心しながら足を通してズボン、ブーツにマントと順に身に着けていく。
「チッ、やっぱ下着も女物にすればよかった」
「お前は僕をどうしたいんだよ」
「自分じゃ恥ずかしくて出来ないことをさせて遊びたい」
「普通にサイテーだなおい!」
もしかしてまだ風呂でのやり取りを根に持ってんのか、と思わず勘ぐってしまうくらい堂々と僕を弄り倒しやがって……でもなんだかんだ言って普通の服も用意してくれてるし、これを買いに行くためにわざわざ僕より早起きしてくれたんだよな。それに遊ぶために買ってきたという女物の服より、今着ている冒険者の服のほうが圧倒的に質がいい。
(それに比べて、僕ってソウシに何もしてやれてないよな)
バディを組むのも初めてって言ってたし、常世っていうのがまだどんな世界かよく分からないけど、もしあの待合室みたいな殺風景な世界なのだとしたら……ずっと退屈してたのかな。
「終太郎、着替えたんならマッチョ君のとこへ……ってどうした!?」
僕は着たばかりの冒険者装束をササッと脱ぐと、例の女物の服をひと思いに身に着ける。もう足元がスースーするし、ブカブカどころか身体にピッタリ合ってるしで色々と泣きそうだけど、皺が寄るほどにスカートを握り締めて必死で羞恥を堪え、「どうだ満足か!?」とソウシの顔を見上げた――と同時に扉が開き、
「お待たせー、二人とも準備できたか?」
ウルが入ってきた。嗚呼デジャブと沸騰する頭の片隅で思った時にはもう遅く、
「……`そこの兄ちゃん`なんて言って悪かったな」
「あってる`兄ちゃん`であってるから!」
仏の微笑で性別そのものを誤解された。なんつー屈辱! いっそ「男の身でこれほど着こなすとは!」って言われたほうが良かったわ! いやそれもそれで変な性癖の持ち主とか勘違いされそうで嫌だけど! どうしてくれんだと元凶の半分であるソウシを睨みつけると、
「終子に改名する?」
「張っ倒すぞコラ!」
腹の底から愉しんでいる様子だったので思いっきり中指を立てておいた。ついでに女物の服なんか、土下座されたって金輪際着るもんかと魂に誓った。
6月25日/少し内容を編集しました。