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第七話 ドワーフの山里[中編③]

ふぉ~~~っい!――byソウシ

 氷の塊を飲み込んだみたいに腹の底が凍えて、なのに頭と目の奥だけは無駄に熱を孕んだままで……ソウシの顔を見てるはずなのに、鼻から上の目元が陰って表情が分からない。いや、分かりたくないんだ。


 顎を掴んでた手が外れると、それだけを支えにしてたみたいに膝から崩折れる。`僕のステータスのくせに`なんて、まるで所有物みたいな言い方して……謝らなきゃって分かってるのに、浅くて速い吐息が邪魔して言葉が出てこない。


(どうしよう嫌われた謝らなきゃ捨てられる死ぬいやいっそ死んで詫びたほうがそれじゃ足りないどうしよそんなつもりじゃどうすればどうしっ――)

「大丈夫だ」


 慌てなくていい、深く息を吸ってゆっくり吐け――目線を合わせてそう言ってくれる声も背中を摩ってくれる手も、暴言を吐かされた人間のそれとは思えないくらい優しくて温かかった。


「ごめ、なさっ……」


 カラカラだったはずの眼球がじわじわと涙で濡れそぼち、腹で渦巻いてた`謝りたい気持ち`と一緒に溢れ出る。


「ごめんっ、ほんとうにごめんなさいごめんなさい……!」


 もっといっぱい言いたいことがあったはずなのに、馬鹿になったみたいにその五文字しか出てこない。いや違う、`みたいに`じゃなくて馬鹿なんだ。大バカ野郎なんだ僕は。


「謝らなくていい。俺の言い方も悪かった」


 何がとは上手く言えないけど、ソウシは紛う事無き一流で本物だ。意味もなく窮地を招いたりしない。今のこの状況にもちゃんと意味がある、海での戦いで僕に攻撃の痛みを教えるためにステータスを下げたみたいに。


「ぶっちゃけ、嫌なこと全部すっ飛ばして冒険すんのは簡単だ。極端な話[同化]した状態で俺が大人しくしてれば、魔法もスキルも使い放題なチートヒーローが完成する。そしたら怖い思いもしなくていいし、キモいもんを相手にすることもない」

「……うん」

「終太郎がマジで我慢できねぇってなら、俺はそれでもいい。そうなったからって嫌いもしねぇし、話もちゃんと聞くって約束する」

「…………」


 ソウシという安全圏(カンストステータス)に守られてなんの刺激もないまま、淡々と作業の如くモンスターを討伐したり敵を倒したりして、英雄とか救世主とか称号を貰って満足する……もちろん、そういうゲームみたいな冒険の仕方もあると思う。さっきの僕みたいにヤバいってなったらチートで解決して、それが周りの目にはヒーローみたいに映って評価されてもっと難しい依頼を任されてって、そんな感じの……。


「……ソウシ」

「ん?」

「ありがと、本当に」

「うん」

「……でもその冒険は、本物じゃない」

「本物?」

「少なくとも、僕にとっては……僕が、()()()()()()()()()()()()()


 そうだ、僕は攻略法が確立されてるゲーム擬きの冒険がしたいんじゃない。明日どころか一秒先すら何が起こるか分からない、嫌なことも危険も盛りだくさんの未知の世界を唯一無二の友達と一緒に渡り歩いて、栄光も傷も分け合って進み続けて掴み取るような……!


「そんな自由でっ、誰にも真似できない冒険がしたいんだ!」

「フッ、よく言った」


 俺が一番聞きたかった言葉ドンピシャだとソウシは満足そうに微笑むと、ボロボロに濡れた頬ごとグイッて掌で押し上げるようにして僕の涙を拭ってくれる。ちょっと強引で痛かったけど、おかげでグチャグチャだった視界がだいぶクリアになった。


 仕上げとばかりにおもむろに伸びてきたソウシの人差し指がピンッと僕の額を弾くと、金の視線が「じゃ、どうする?」と挑むように横に逸れた。無言で追いかけた先には、飽きもせずに噛みつき続けているミミズ大群が――僕はグスンッと鼻の下を擦って立ち上がると、


「ふんぬっ」


 展開したままの[バリアモンド]を両手で突っ張って、押し返した。遺跡とかでよく見る`壁だと思ってたら隠し扉だった`それを奥に押し込む感じ。結果、ミミズ大群は結界魔法の表面にくっ付いて潰れたスライムみたいになった。素直に下がったらいいのに、僕ら(ゴミ)がいるからって無理に進もうとするから。


「でもまぁ、いいよね!」


 互いに死ぬわけじゃないし、出口そっちだし。捨てられてそれまでじゃない、燃料にしぶとく生まれ変わる人間(ゴミ)もいるって証明してやるよ――って柄にもなく主人公オーラ全開で踏み込んだ矢先、



 ズルルルル……。



「あぶぇ!?」


 ミミズ大群が一斉にその身を引いた。ビデオを逆再生してるみたいにチビミミズが次々と口の中に戻っていって、本体も僕らなんてもう眼中にないと言わんばかりにすんなり後退していく。後に残ったのは無駄に広げられた窖と、


「へばっ……」


 障害物(ストッパー)を失った勢いのままに顔面からすっ転んだ僕と、


「あのへっぽこ監視員が」


 なんか分かんないけど全部理解したっぽいソウシだけだった。どゆこと、とむくりと首を擡げた僕の顔についた土を拭い取りながら、ソウシは「谷に入る前、リインが爺さんから包み貰ってたろ?」と溜息まじりに言う。そういえば何か受け取ってたな……グランドコンダにばっか気を取られて聞くタイミングを逃してるうちに、うっかり忘れちゃってたけど。


「あの包みが、どうかしたのか?」

「たぶんリインが穴から出て使ったんだよ。あの撤退ぶりを見るに、囮とか誘導の類のマジックエージェングだろうな」

「マ、マジェ?」

「マジックエージェング。魔力不足に陥った時とか、生まれつき上手く魔法を扱えないヤツが使う補助アイテムだよ」


 そこそこ値段はするが普通に店で買えるし、知識と道具さえ揃えられれば魔力量が少なくても自作可能なアイテムとのこと……凄いなとは思うけど、それよりもこんな最凶ランクの異世界でも魔法が使えない人がいるって事実に驚かされた。まだ幼いエリムちゃんが平然と[フィッシャートラップ]使ってたから、使えないのは赤ちゃんぐらいだと勝手に思い込んでた。でも、だからこその死刑(ナイトメア)なのかもしれない。


「リインさん、知らなかったのかな?」

「知ってたならポンコツに拍車が掛かるな。デカミミズに見つかった時点で使ってれば、俺らが穴に隠れる必要もなかったんだからよ」


 今度あいつが何か貰ったら問答無用で没収してやると息巻き、ソウシはズンズンと出口に向かって進んでいく。また乱暴なことをと服についた土を払いながら、僕も後に続いた。グランドコンダが突っ込んできたせいで広がった穴は、もう穴っていうか半分くらい洞窟になってた……大丈夫これ? 崩落したりしない?


「終太郎ダッシュ!」

「だっ、ぁああぁああッシュ!?」


 言った傍からドシャドシャ崩れてまいりましたわチクショーーーー! もしかしなくても僕が心の中でフラグを立てたせいかとか考える間もなく、ポツンと白く点ったかと思いきやどんどん大きくなる光もとい出口に向かって全力疾走する。


「なぁ終太郎」

「ああなにっ!?」

「穴から出る時俺左足で踏み切るから、お前右足で踏み切れよ」

「今それ必要!?」

「あとジャンプしたら思いっきり足伸ばすこと」

「ほんっとに必要なの!?」


 てかこの状況でよくベラベラ喋れるな! 文句は尽きないもののソウシが言うことならと、必死に踏み切るタイミングを図る。いやこれムズっ、足縺れてすっ転びそう!


「そろそろだぜ、ハイ3・2」

「ちょちょちょ待っ」

「2.5」

「いや紛らわしいカウントすんなーーーー!」


 出口の眩さに目を細めつつ、間抜けなエコーの隙間を縫って聞こえた「1」のカウントに合わせて右足で踏み切る。必然的に反対の足がビヨーッンてバレリーナみたいに、って言ったら本場の人に怒られそうだけどとりあえずそんな感じで大きく開いた。そしたら急にバッて左腕を掴まれて上に引っ張られるもんだから「なにっ」て横を向いたら、


「ふぉ~~~っい!」


 相棒が僕と同じポーズ、且つすんごい満面の笑みで叫んでた。休み時間または放課後になった瞬間教室を飛び出していく子供が見せる、太陽みたいな解放感を全身に漲らせていた。チョロいって分かってるけど、なんだか見てる僕のほうもウズウズしてきて、


「ふ、ふぉ~~~…」



 ボションッ!



「……ふぉ?」


 でも叫ぶより先に網みたいなのに取っ捕まった。目に見えない透明なそれは宙で僕らを包んだまま、高速で巻き取られてるみたいに渓流の上を飛んでいく。敵の罠、じゃないことは余裕ぶっこいてるソウシの顔が証明してくれてる。僕自身、この魔法に敵意を感じなかった。


「これ、[フィッシャートラップ]の応用?」

「お、成長したじゃん。でも(減点)

「矛盾してね!?」

「してねーしてねー。ほら、アレが答え」


 僕の肩に後ろから顎を乗っけてソウシが指さした先には、網を引っ張ってるリインさんともう一人――ココアカラーの長いコーンロウの髪とルビーの瞳、んでもってゴツい首輪みたいなアクセサリーがめちゃくちゃ目立ってる男の人がいた。


 歳はシェリーさんくらいかな、デニムのサロペット似合ってて男前だなぁ。あと耳がちょっと尖ってるっていうか、ぶっちゃけ長い……エルフ? 見た感じ、あの人が[フィッシャートラップ]で助けてくれたみたいだけど、


「あの銃みたいなの、なに?」


 なんかこれまたゴッツいショットガンみたいなの構えてんだよな、銃口を僕らに向けて。


「状況的にマジックエージェングだろうけど……見たことねぇな」


 興味深ぇとソウシが呟いた刹那、分厚いシャボン玉が弾けるみたいな音がして[フィッシャートラップ]が解かれた。っておいおいまだそこそこ高さあるのに! 僕は咄嗟に[オルタフリーション]で氷をクッションにしようとしたけど、なぜかソウシに「ちょい待ち」と止められた。



 パシュパシュッ!



 なんで、と疑問をぶつける間もなく細くも鋭い銃声が響く。足元に円が二つ浮き上がると、僕らの身体はレモンイエローに光るそのクッションに難なく受け止められた。口パクでお礼を言いつつ、音を立てないように四つん這いでおずおずとクッションから降りたまでは良かったけど、


(あっヤバ……!)


 [アブソリュートスフィア]で足冷やすの忘れてた! 慌てて立ち上がって身構えたけど、地鳴りどころかデカミミズの影すら浮上してこない。さっきは僕がしゃっくりしただけで迫ってきたのに……。


「ヤツならこねーぞ。今こぞって腐臭物の処理に当たってるだろうからな」

「へ?」


 キョロキョロしてる僕を見かねたのか、コーンロウの人が肩を竦めながら教えてくれた。バッテンになるように身体に巻いてたサバイバルベルトから弾倉(?)っぽいのを取り出すと、ショットガンから空になったそれを外して装着し直す……これがガンマンってやつですか。


「あのー、喋っても?」

「もう喋ってんだろうが」

「ぁ、はい……えと、まずは助けてくれてありがとうございます」


 よく分かんない事だらけだけどそれだけは確かだから、と頭を下げれば一拍おいて「損するくらい律儀だな」って返された。一つ一つの単語はアレだけど、


「エルフ族のアーディルだ。そこの女から聞いたけど、ドートの件引き受けたんだってな」


 怪我もねぇみたいだし手伝ってやる、と続けられた声音は決して冷たくなかった。

新キャラ登場です☆

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