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第七話 ドワーフの山里[中編➁]

嗚呼、一番言っちゃいけないこと言っちまった――by終太郎

 よくRPGでさ、砂漠とか泥沼とかだだっ広いフィールドに潜む敵に見つからないように通過するっていうのあるじゃん? 足音立てたり音を鳴らしたら見つかって逃げる間もなく食われてスタート地点に戻されたり、シビアな場合だとそのままゲームオーバーになっちゃったり。


「……ひぅ…」

『終太郎シッ』


 しかもそういう時の敵ってなんでか事前に倒せなかったり、倒せても無限に湧いて出てきたりしてさ。まぁつまり何が言いたいかというと、


『ご、ごめんしゃっくりがっ……』

『なっ、とりあえず息三十秒くらい止めなさい!』

『おい進行停止息を殺せ!』


 僕そういうどうしようもない攻略ルート大っ嫌いなんだよっ――なんてヒステリック素人ゲーマーみたいな駄々ごと口を両手で塞ぎ、リインさんやソウシに言われたように呼吸と足を止めて縮こまる。バクンバクン響く鼓動と一緒にそろっと視線を足元に流せば、氷結した川の表面にグワッとデカい影が迫り、探るようにゆるりと旋回してからまた底のほうに消えていった。


 前方のソウシと後方のリインさんに順にアイコンタクトを送れば、ソウシが片手でOKサインを作って再び前進する。昨日と同様マッフルさんの馬車を見送った僕らは、ドート救済の任務を遂行すべく谷を谷たらしめている渓流の上を歩いていた……これまた昨日の火山スケートに倣って[アブソリュートスフィア]で足元を凍らせながら。


 谷の終点が近づいてくるとこのカッチコチの川も見慣れたそれに戻るみたいで、受付の人の話だとドートの主な活動区域はその川辺とのこと……普通にまだまだ先は長い。マッフルさんが選んだ丘ルートのほうが断然安全なんだけど、川に一切近づかないまま谷を越えちゃうから依頼遂行できないんだよな。


『ぁ、足裏攣りそう……』

『んじゃ休んどけよ。俺と終太郎で先行くから』

『気遣うフリして置き去りにする気満々かよコラ!』

『しませんしません置いてったりしませんからっ』


 昨日みたいにスイスイ滑って進めないどころか、指先から爪先、果ては呼吸の音にまで神経を張り巡らせなきゃいけない理由。それと人が三人歩いたくらいじゃ絶対に割れないはずの分厚い氷の上を、わざわざ魔法で足を冷やしながら進まないと駄目な理由――それはドートとは別にここにもう一種類、モンスターが生息しているからだ。気体魔法で熱を消さないと、足裏から漏れる人の体温を氷越しに感知して襲ってくるような……それはもうややこしいモンスターが。


『グランドコンダ、だっけ? なんでこんな綺麗な川に巨大ミミズみたいなのがいるんだよ』


 しかもウヨウヨウネウネと何十匹も……居るにしてもせめて蛍みたいな、見る側にノスタルジックな瞬きを届けてくれるモンスターならよかったのにと愚痴る僕に、『逆だ逆』とソウシは振り返らないままにジェスチャーで告げ、リインさんが『アレがいるから、川も谷も綺麗なのよ』と補足してくれた。


『見た目は最悪だけど、人間が捨てたゴミとか工房から流れ出た汚水とか、吹き溜まって汚物になった魔力とか……そういった汚染物質を片っ端から喰い尽くして浄化してくれてんのよ。見た目は最悪だけど』

『に、二回言った』

『初見でゲロってただけはあるな』



「うっさいわね!」



「っ!」

「お前……」

「あ……」


 やっちまった、と六つの眼が合わさった時にはもう遅かった。地鳴りと共にビキビキッと川面に亀裂が走り、



 ズォオオォオオォオォオッ!



 声に出すのも悍ましい、今すぐにでも視力を0.5くらいに落とすか強力なモザイクを掛けたくなるくらいにはグロテスクなミミズが現れ、粘り気のある口を開いて襲いかかってくる!


「あばっ、ば…あばばばばばばば……!」

「落ち着け終太郎っ、退避するぞ退避! おいリインっ――」

「オボロロロロロロッ……」

「いやお前もかよ!」


 こんの役立たずがって罵声が聞こえると同時に、僕の心身が綿が引き伸ばされるみたいに離れ、代わりに薄くなったその部分を埋めるように温かいもので満たされていく。熱を孕む片目に、肩にかかるサラサラの髪。久しいこの感覚はもしやとソウシのほうを振り返ろうとするも、その意に反して僕の身体は嘔吐の真っ只中にいるリインさんを担ぎ上げ、デカミミズの突進を避けて氷の斜面を駆け上がった。


 再び巨体をくねらせて追いかけてきたデカミミズの頭突きを躱すと、その衝撃で空いた斜面の穴にリインさんを放り投げ、飛び散った氷の礫を蹴りつけて蓋をする。僕と[同化]したソウシはさらに離れた斜面に今度は[スペルスパンチ]で穴を作ると、[ヒートスフィア]で瞬間的にヤツの視界と触感を麻痺させてから隠れた。すかさず穴の上部を殴りつけて礫で蓋をし、電源を切るみたいに気配を殺せば、唐突な熱気で錯乱してるデカミミズの振動が重く腹に響く。


「っ……」

『大丈夫だ。じっとしてりゃ引くよ』


 大きな揺れに続いてパラッと降ってきた砂粒に右肩をビクつかせると、『フレームアウトしてなお追ってくるほどしつこい質じゃねーから』と左手が宥めるみたいにその肩を撫でてくれる。同じ僕の手なのに全然違くて、なのにチグハグ感もなくて……不思議なスキルだなぁと胸を撫で下ろしながら、『ありがと、助けてくれて』と左手(ソウシの手)右手(僕の手)を添えた。デカミミズに見つかっても腰を抜かしてただけの僕と違って、ソウシは瞬時にスキルと魔法を使って僕とリインさんを助けてくれた。いつもスゴいって思ってるけど、それでも彼は何度だって僕に凄いって思わせてくれる。


『まぁ仮に追ってくるとしても、ゲロ臭ぇリインのほうに行ってくれるだろーぜ』


 そのために逃げ込む穴()()()()()わけだし、と僕の感動をよそにソウシがドヤ顔をキメた刹那、また穴がドンッと揺れた。でもさっきみたいに怖くはなかった……たぶん今暴れたの、外のデカミミズじゃなくて、


『砂粒程度でも反省と感謝をしたアタシが馬鹿だったわ!』


 同じ穴の隣人さんだろうから。でもソウシの言う通り囮にされるのはマジで嫌みたいで、騒音抗議の壁ドンみたく揺れたのはその一度きりだったけど、


『そもそもなんであんなグロテスクなのがレッドプロテクト認定されてるわけ!? 襲われても討伐したら罰金とか無理ゲーを通り越して糞ゲーじゃない!』


 その分だけ、思念伝達スキルでめちゃくちゃ愚痴ってきた。レッドプロテクトとは、現世でいうところのレッドデータブックだってソウシが事前に教えてくれてた。ただあっちと違って保護するのは絶滅危惧種じゃなく、土壌改良や水質改善、汚染物質の分解といった食物連鎖と自然環境のバランスを保っている……まさしくグランドコンダみたいなモンスターたちだった。


 お察しの通り国が勝手に認定・保護してるだけだから、さっきみたいにモンスターは普通に襲ってくるし人だって喰う。けど殆ど己のテリトリー内で活動するし人里に現れることもないからって理由で、誤って討伐したら罰金を払わなくちゃいけない……うん。ゲーム設定とかなら「わー斬新だなー」で済むけど、いざ自分がそのフィールドに放り込まれると「人命より自然か……」ってげんなりせざるを得ない。


『まー所詮? アイツらにとっちゃ人間なんて生態ピラミッドの頂点で胡座かいてるゴミだもんね? 土食って土壌の質高めることもできないし、機械なしじゃ水を浄化することもできない糞だってクソほどの役にも立たない汚染物質垂れ流しマシンだもんねアハハー! そんなのがどの面下げて頭上闊歩してんだって襲われても仕方ないわよねー!?』

(……ん?)


 な、なんかちょっと回想に耽ってる間にリインさんの愚痴が人間への過剰自虐にシフトチェンジしてるんだけど!? いやぶっちゃけめっちゃ刺さる部分もあるけど、え、大丈夫!? 追い詰められて首括ろうとかしてないよね!? 四つん這いでそろそろ岩の蓋に近寄って隙間から覗いてみると、まだグランドコンダがウヨウヨしてて、これじゃあ外に出るのは難しそうだ。


『なぁソウシ、壁の向こうを透視できる魔法とかないか?』

『えっ』

『え?』

『終太郎、いつからそんな不潔な子にっ……』

『なんでもかんでもソッチに持ってくお前のほうがよっぽど不潔だっての!』


 壁際までハイハイで戻って、『お兄ちゃん悲しいわー』なんてハンカチ片手に流れてもない涙を拭ってる相棒をポコスカ叩く。その最中に[同化]が解けて元の二人に戻っていることに気づいた。


『まぁそれはともかく、終太郎は心配しすぎだ――ああ見えてアイツ、ちゃんと強ぇぞ』

『ぇ……』

『ただ、魔法だけは教えといてやる』


 [クレア・アクロス]だと言ってソウシは人差し指と親指で輪を作り、壁に当ててからその輪を覗くように顔を近づけた。見様見真似で僕もやってみると指に沿ってブルーの輪が出現、一つ目を瞬くごとに望遠鏡みたいに輪が伸びてどんどん視界が奥のほうに広がっていく。瞬きの数で見通せる距離を調整できるって、超高性能カメラみたいで面白いな! なんて調子に乗ってズンズン覗きまくったバチが当たったのか、


『なに覗いてんのよド助平バディが!』

「ふぇ、っぬぅえ……!」


 リインさんの真っ赤な怒り顔に続いて拳が迫ったかと思いきや、眼球がなんか凄いダメージに襲われた。へ、今殴られた? てかなんでリインさん僕が覗いたの知って……あ、スキルで会話筒抜けなんだっけ。


「いやだったら`心配で様子見た`ってのも分かってるよね!? なんで殴るの! てか今の衝撃なに!?」

「あー、この魔法`透視できる望遠鏡`みたいな感じだからさー」


 瞼越しに眼球を摩りながら疑問符を飛ばしてると、ソウシが思い出したように手を打つ。


「今みたいにピンポイントでレンズっていうか、覗き穴攻撃されたらもろにダメージ受けるから注意しろよ?」

「そういう大事なことは先に言ってくんない!? 目ん玉破壊されるとこだったんだけど!」

「そうならない程度にはレベル差作ってっから問題なし」

「ボディには問題なくてもハートに問題があるんだよっ……ん?」


 てか僕ら、さっきからスキルじゃなくて普通に会話してね? それも結構な声量で……平気、なんだよな? 隙間はあるけど穴は礫で塞いであるし、まだ[ヒートスフィア]で攪乱してるかもだし! そうだようん大丈夫!


「いや、ヤバいな」

「……ホワット?」

「ヤバい★」

「あーやっぱヤバいんだ、ヤバい……ヤバいっ!?」


 嘘だろとソウシを二度見すると同時に蓋をしていた礫が弾き飛ばされ、「見ツケタ☠」とばかりにねっとりした頭部が覗く。


「ひょええぇええぇええっ」

「あらヤベ」

「`あら`じゃねぇだろ!」


 隠れんぼみたく`見つかった`じゃ済まないからっ、`見つかって排除`までが向こうさんのルールだから! 僕は妙に余裕ぶっこいてるソウシの首根っこを掴むと、即座に踵を返して反対の手で拳を作った。


「スペルスパンチっ」


 穴の突き当りめがけて圧縮した魔力を叩きつければ、より深い穴が道となって穿たれる。旅人じゃなく冒険者として、しかも依頼を背負って動いている以上極力グランドコンダは傷つけないほうがいい。だったら今はとにかく逃げるに限る!


 と、意気込んで走っては殴り走っては殴りとどんどん奥へ道を繋いでいくも、同じだけグランドコンダも追いかけてくる……なんで!? 右に左に時に上にって進行方向変えたり[ヒートスフィア]使ったり、僕なりに結構フェイントかけてるつもりなんだけど!?


「まーこの狭さじゃ、逃げ道が同時に道しるべになってるようなもんだからな」

「解説ありがとっでもいい加減自分で走ってくれ!」

「どういたしましてー」

「だから自分で走れって!」


 手ぇ放すぞコノヤローと思いつつも、指一本分すら力を抜けない自分がなんかムカつく。それを分かっててフッて微笑んでくるソウシはもっとムカつくけど!



 ズォオォオオォオオォオ!



「ひっ……」


 振り返ってその光景を見た僕の足が、再び竦む。グパッと開いた大きな口から小さな口が、さらにその奥からまた一回り小さな口がと、マトリョーシカのようにサイズを変えて伸びてきた。最後には細い蛇みたいなのが束になって物凄いスピードで突進してきて、咄嗟に[バリアモンド]を使って防いだけど、チビミミズの大群は餌に群がるみたいに攻撃の手を緩めない。しまいには本体が追いついてきて、見た目のグロさに必死に吐き気を堪えた……もう、いいかな。自然保護だか生態維持だか知らないけど、喰われたらそれまでじゃん。


「怖気づくな」

「っ、え……」

「殺さねぇって最初に決めただろ。だったら貫き通せ」


 僕の足元で胡座をかいた状態で、視線は頭突きならぬ口突きを繰り返すグランドコンダに向けながらソウシは言うけど、正直納得できない。だって僕らは殺されかけてる、


――いいですか、我々が恐れているのは貴方の精神。その肉体はゴミと大差ないのですよ


 要らないゴミだから排除しなきゃって、明確な殺意を向けられてるのに……たかが罰金のために、正当防衛すら許されないの?


「金の話じゃねぇよ」

「痛っ」


 空気を揺らすことなく立ち上がったソウシに顎を掴まれたかと思いきや、無理やり彼のほうを向かされた。頬を走った鈍い痛みにステータスを下げられたとギョッとしたけど、[バリアモンド]は変わらず機能している……器用だなホント。


「忘れたか。この世界に最初に降り立った時、闇雲にモンスターを狩りたくねぇって俺に言ったのはお前だぞ」

「っ、それは……襲ってこないモンスターのことだよ」


 今思いっきり襲われてるじゃんと口答えすれば、「もっかい、俺の目を見て言え」ってより強く顎を締めつけられる。目はどうにか合わせられたけど、同じ言葉は紡げなかったし……なんか目頭が熱くなって視界が潤んできた。


「正当防衛っていうけど、先に向こうの縄張りで騒いだのは俺たちのほうだろ」

「そ、うだけど……」

「この程度でビビってる奴が、モンスターの救済なんてできると本気で思ってんのか。凶暴性でいえばこのミミズとどっこいどっこいだぞ」

「っ……だったら! この状況を打破できる魔法とかスキル教えてくれよ!」


 ただでさえこんな暗い窖で、馬鹿デカいミミズの大群に追い詰められて気が狂いそうなのにっ……いつものお前なら僕がなにも言わなくても助けてくれるじゃん。さっきだって、なのになんで今は!


「僕のステータスのくせにっ、なんで意地悪すんだよ!」

「…………」


 ……嗚呼、


「…ぁ……」


 一番言っちゃいけないこと、言っちまった。

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