第七話 ドワーフの山里[前編④]
もっと感謝して奉れこの冒険初心者!――byリイン
「ひゃ、ご……ご!?」
ごぉおおぉおおおぉおぉおっ――今までのがジェットコースターで言うところの`上り`ならこれは`下り`、てか急転直下! ようやく身体が正面を向いた、とホッとした次の瞬間には強い浮遊感に包まれ、眼前に真っ赤な絶壁の道が広がった。
僕らを乗せたドラゴンは翼をはためかせ、その道に沿って宙を駆け下りる……いや怖い怖い怖いって! ステータスのおかげで頬を掠める熱風は真夏のそれみたいにカラッと爽やかだけど! 景色も相変わらずファンタジー全開だけどそうじゃなくて!
「わぶっ、わ、のわわ……!」
とにもかくにも速いんだよ馬鹿みたいに! 真下に走ったかと思いきや右に左に急カーブするわ、上へ下へ跳ねるわ飛ぶわ! シートベルト締めてなかったら一瞬で振り落とされて溶岩へドボンッだよ!
「おわっ、うぶ……!」
しかもこのドラゴンたち、なんか要所要所でオーバーアクションなんだよな!? 丸いトンネルっぽいの見えてきたらグワァアァアッて縁にをなぞるみたいに駆け上がったり、等間隔に岩が突き出てたらその上をシュタタタピョンッて忍者みたいに走ったり!
「そりゃ名物アトラクションだからな、ただ突っ走るジェットコースターなんてつまんないだろ?」
「そ、そうだけ……どうぉ!?」
ソウシのやつ手綱から両手放してるどころか、優雅にミルクアイス食べてるんだけど!? ドラゴンはもちろん遠慮なんてしてないし、むしろ僕のドラゴンより激しいくらいなのにあいつビクともしてないんだけど! 足の力強っ、体幹ヤバッ! あと今更だけどどっから出した、っていうかどうやって持ってきたんだよそのアイス! なんで溶けてないのココ溶岩道!
「あいつ消すあいつ消す絶対消す死んでも消すもう死んでるけど」
(あー……)
アイスの謎はすぐに解けた、単純にリインさんに[アブソリュートスフィア]で冷やさせてただけだった。てかリインさんも、魔法かけながらドラゴン乗りこなすって普通に凄いな!
ギチッ、
それとも、単純に僕の体幹が弱っちいだけ? 思えばこの世界に来てから筋トレとか全然やってないや。
ギチギチ……、
それは流石に、だよな? とりあえず腹筋とか腕立てから始めようかな、ってなんかさっきからギチギチ鳴って、
「終太郎っ」
ブチンッ――あ、切れた。他人事みたいにそう思った時にはもう遅く、僕の身体は跳躍するドラゴンの背から振り落とされた。さっきのは命綱が切れた音だったんだ、もしかして替え時だったのかな。反射的に手綱を握る手にギュッて力が入ったけど、それで助かったとしても上半身だけ。下半身は確実にマグマに呑まれる。嗚呼ヤバい[バリアモンド]を唱えないと……いやちょっと待てよ?
「エアーウィング!」
飛行魔法のほうがずっと安全じゃん! フワッと浮き上がった身体と遠ざかっていく熱を前に、僕はなんで今まで気づかなかったんだろうと嘆息する。お、ソウシとリインさんも吃驚仰天してる。
さては僕と同じでこの魔法の安全性に今気づいた感じだな、フフフッちょっと優越感。4500円を無駄にしちゃった感はあるけど、やっぱ僕に絶叫系はまだ早かったみたいだ。とりあえずこのまま一足先に麓に――、
「よせ終太郎!」
「バカ降りてきなさいっ」
〔魔ニ頼ラズ、地ヲ踏ミシメルベシ〕
「へ、ぁ……」
二人の声に混じって重々しい声が聞こえた、っていうか心臓に響いたような気がした刹那、大量に水を吸った服みたいにフッと身体が重くなって僕はそのまま落下した。慌ててもっかい[エアーウィング]を唱えたけど、なぜか飛んでもすぐに墜とされる……なんで? ぇ、マジでなんで? 嘘ホントになんでどうして!?
「ひょわぁあぁーーーーーんぶっ」
「ナイスキャッチ俺☆」
[バリアモンド]を唱えるのも忘れて縮こまってた僕を、ドラゴンごと大ジャンプしたソウシが受け止めてくれた、んだけど!
「グルルル、グァウ!」
「わっ、と」
「ひぇええぇえっ」
今度はドラゴンがめっちゃ暴れだした! さっきまで大人しかったのになんで急に……僕が[エアーウィング]使って墜とされたから!? それこそ何でだよと固く縮こまる僕の肩をポンポンと叩くと、ソウシは「ごめん教えてなかったな」と言って自分のシートベルトを外した。
「この世界じゃ山や海みたいな、古くから大地に根付いてる神域で転移・飛行魔法を使うことはタブーなんだ。現世で例えていうと、そうだな……神社の境内をバイクとかオープンカーで大爆走するのが駄目って感じ?」
特別重い罰が当たるわけじゃないけど、今の僕みたいに魔法が強制無効化されてしまうらしい……いやいやちょっと待て。転移・飛行魔法の無効化ってそれ、実質`死`じゃん! 現に今僕もソウシが助けてくんなきゃ死んでたよ多分!
「あとドラゴンが暴れてんのは単なる定員オーバー、ってわけで!」
「のわっ」
ソウシは僕を抱えたままドラゴンから離れると、特に何をするでもなく溶岩道に向かって降りていく。え、ちょ……これなんか魔法唱えたほうがいい感じ? でもさっき無効化されたし、あぁでも飛ぶ系の魔法じゃなきゃ大丈夫なのか? どうなんだよソウシ!?
「頼むぜ、劣化に気づかないまま終太郎のシートベルト締めたリインさん?」
「あーはいはい悪ぅございましたね!」
ったくネチネチ鬱陶しい、と愚痴りながらリインさんが僕らの足に向けて手を翳す。と、真冬の外に放置してた靴を履いたみたいに両足が冷たくなった。でも見下ろしても、べつに凍ってるわけじゃなくて……なんだろう?
「そいっ」
「そっ!?」
なんて考えてる間にソウシに放り投げられた、っておい! 拾った傍から捨てるなよと顔をガバッと腕で覆いつつ、足からマグマにドボンッ……しなかった。
「ハハッ、なかなか上手いじゃん!」
「ふぇ……?」
沈むどころかグンッと前進する身体に、パキパキシャアッと足元から聞こえる冷たい音。そしてソウシの楽しそうな声。そろそろと腕をどけた僕は吃驚仰天した、なんと溶岩道に氷を作りながらその上を滑って走ってたんだ!
「ァ、アイススケート? 火山で!?」
「[アブソリュートスフィア]の応用だ。ある程度のレベルがねぇとすぐ溶けちまうが」
死刑を監視するだけあってそれなりのステータスを賜ったみたいだな、と意味深にニヤつくソウシをリインさんが物凄い眼力で睨み返す。おいおいなんだか知らないけど、臍曲げて魔法とかれたらどうするんだよ。
「とっ、ぉとと……!」
バ、バランス取るの難しいなこれ! スケート靴と違って靴裏全体が冷気を出してるから挫く心配はないけど、如何せんスピードがスピードだからめっちゃ反射神経求められる! って僕結構さっきから肩とか頭とかそこらの岩場にぶつけてるんだけどね!?
「ったく不器用だな」
「しょ、しょうがないだろ! スケート初めてなんだから!」
「あー、そういえばそうだったな」
ソウシはまたまた意味深にボソッと呟くと、僕の手首を掴んでグイッと引っ張った。僕の身体は彼を軸にフワッと半円を描いて反対側に回り、そのまま羽根が触れるように静かに着地する。その間も頭上や足元を岩が流れていったし、今も山あり谷ありのデンジャラスロードを滑ってることに変わりはないけど、今度はなんかアトラクションチックでぜんぜん怖くなかった。ソウシが支えてくれてるからかな、足元が安定してると見える景色が違ってくる。
「ぁ、ありがとソウシ……てかお前、乗馬もスケートもプロ級なんだな」
「カンストステータスだからな」
「いやステータス項目に乗馬もスケートもなかったと思うけど!?」
ソウシのリードを頼りに岩を避け、マグマの流れに乗りながらツッコむ。こいつ何かっていうとすぐ`カンストステータス`って持ち出してくるよな、でもマウントを取ってるのとはまた違うっていうか……。
「おいリインまだかよ」
「うっさいわね! 竜乗りながら直すって難しいのよ!」
「へ?」
スイッと後ろに逸れた金の眼差しを追って、首だけで振り返ってみる。と、リインさんが僕の竜と並走して、プンスカ怒りマークを飛ばしながら千切れた竜具を修復してくれていた。わぁ器用、じゃなくてありがとうございます!
「もっと感謝して奉れこの冒険初心者!」
「ひゃいっ申し訳ございません!」
ビクッと早口になっちゃったけど満足はしてくれたみたいで、リインさんは「フン!」と気分良さげに胸を張った。綱を直してたその手がそっと背中を撫でると、ドラゴンは踏み出す一歩を大きくして僕の隣まで来てくれた。
そのタイミングでソウシが「ようしょっ」と繋いだままの手を持ち上げてくれて、僕はドラゴンに乗り直すことができた。劣化のれの字もなくなったシートベルトを手づから締め直して、ソウシの手が離れていく。リインさんの腕を信用してないわけじゃないけど、まだちょっとだけ心細かった。
「んな顔すんなって」
ホントどこまでも敏い相棒なことで、離れていったはずの手が大袈裟なくらいワシャワシャと髪を撫でてくれる。うぅ、おかげで安心はできたけど……男としてカッコ悪すぎだろ僕。てかお前今の一瞬で竜に乗り直したのか。
「ステータスは最初からMAXにしてあっから、落ちたところで死なねぇし」
「えっ、死なない……?」
「おー死なない。仮に落ちても、ちょっと熱めの温泉に落っこちたぐらいの感覚かな」
だからなーんの心配もナッシング、とグッと親指を立ててくれるソウシ……なんだろ? 言ってくれてることは凄い頼もしいんだけど、この拍子抜け感っていうか、怖がり損みたいな。
「ぼ、僕が聞き逃してた的な?」
「いや俺もハッキリとは言ってねぇ。暑いって喚いてたリインがステータスのこと言ったし、それで勘づいてくれっかなーって」
ビビり散らしてたから全く分かってねぇなってすぐ分かったけど、と笑うソウシに「なんでその時点で教えてくんなかったの」ってジト目で聞いたら一言、
「面白味が減るから」
って返された……さいですか。僕の今までの過剰反応は、ラバドラをより愉快なアトラクションにするためのスパイスだったと。ふむふむこれにて納得――、
「できるかーーーー!」
「アッヒャヒャヒャヒャ!」
もう頭にきたと手綱を大きく振るい、すたこらサッサと逃げ出したソウシを追いかける。上等だ! 落ちても死なないどころか無視できない信号もないなら、思う存分ぶっ飛ばして一発頭突きをお見舞いしてやるっ――なんて理由でレースに本腰を入れた僕らの背中に、「揃いも揃ってアホ臭」というリインさんの溜息まじりの罵声が浴びせられる。ただ、
「ハァ、暑苦し」
簡単にペースにのせられてる新米も、それを狙って発言を選んでるカンスト様も――その独り言だけは、マグマとドラゴンの唸り声に掻き消されて届かなかった。