第七話 ドワーフの山里[前編③]
Stand by,Here we go!!――byソウシ
「いやさ、山を越えるってのは聞いてたよ」
「そうだな、俺も聞いてた」
「……山ってな」
「山だろ?」
「火山とは聞いてない!」
そりゃ`山`って漢字は使われてるけど、再従兄弟も親戚もすっ飛ばして先祖と末裔くらい離れてるよっ――なんてソウシに対してツッコミを入れてる僕だけど、これでも噴火口から流れ出る溶岩とか座席を通して伝わってくる地鳴りを前に普通にビビってます!
僕らを乗せた馬車は昼過ぎには穏やかな草原を抜け、夕暮れ間近にはゴツゴツした岩だらけの緩い坂道に差し掛かっていた。緑豊かな日本の山を想像してた僕はその時点でちょっと「ん?」って思ったけど、まだ「アルプスの山みたいな感じかな」ってそこまでの危機感は抱かなかった。で、待ち受けてたのが`火山を通過`というデンジャラスイベントってわけだ!
「ふぉっふぉ、そんなに心配せんでも大丈夫じゃよ」
「アンタ新人とはいえ冒険者でしょ? 火山くらいで大袈裟」
……あり? なんか僕以外みんな冷静っていうか、御者さんなんて田舎から出てきたイモガキを見るみたいな生温かい眼差しを注いでる。え、でも待って火山だよ? 絶賛活動中のめちゃ元気な火の山だよ? 遠目に眺めるだけならまだしも通過するって怖くない? 怖くないの!?
「忘れたか終太郎、ここは異世界だぞ? 難易度はモンスターや人間のレベルだけじゃなく、地形や自然そのものの険しさも含まれる」
「ぇ、あ……そっか」
発掘家とかトレジャーハンターみたいな一部の人を除いて冒険とは縁遠い現世の常識しか知らない僕と違って、火山越えは彼らにとって普通のこと。たぶん登山とかと大差ないんだ。記憶はないのに常識だけは一丁前に刷り込まれてるってのも、一長一短だな……。
(……あれ? でもリインさんも平然としてたな)
常世人は元人間って言ってたし、彼女はソウシと違ってステータスじゃないから冒険なんてしたことないはずなのに。
「そうじゃ、お前さんら[バリアモンド]は使えるんじゃったな?」
「ぁ、はい僕とソウシは一応」
けどリインさんは……と横目で覗ったら「使えるわよ見縊らないで」と強気な目で睨み返された。へぇ、特別監視員って魔法使えるんだ。
「でも、なんで急に[バリアモンド]?」
「その魔法が使えることが【ラバドラ】の条件だからじゃよ。折角ならやってみてもいいんじゃないかと思うてな」
「ラ、ラバドラ?」
また聞いたことのないワードが出てきたと目を瞬く僕に、マッフルさんは「ここらの火山の名物アトラクションじゃよ」と説明してくれる。この火山を越えるためのルートは二つあって、一つは荷馬車などがそのまま通れる一般的な山道、もう一つがドラゴンに乗って渡る溶岩道。
マッフルさんが言った【ラバドラ】は後者のことらしいけど……ドラゴンで渡るアトラクションってなに? 溶岩の道を通るっぽいから、いざって時身を守るために結界魔法の[バリアモンド]が必須なのは分かるけど。
「もう少し進むと分かれ道があってな、片方に対人送迎用に飼育されたドラゴンたちの小屋があるんじゃ。ドラゴンたちは非常に賢く、決められた溶岩道を渡って乗竜者を山の向こう側の麓まで運び、終えるとまた小屋まで帰ってくるんじゃよ。スピードもなかなかで、一般山道よりも早く到着できるんじゃぞ」
「え、凄い!」
「有料じゃがな、一頭4500エドル」
「地味に高いっ」
「ドラゴンの飼育にはお金が掛かるんじゃよ」
マッフルさんと話してるうちに馬車は件の分かれ道に差し掛かり、御者の男性が「ラバドラをご希望の客さんはいますかー」と声をかけてくれる。僕らは顔を見合わせてニッと笑うと、「三人、ラバドラ行きます!」と挙手してから馬車を降りた。現金だけど、ちゃんと人が整備してくれてるって分かったら安心できたっていうか、むしろワクワクしてきた……してきたんだけど、
「あっつ! ぇ、ちょ、マジで暑いんだけど!?」
耐熱防寒バッチリの馬車から降りて早々、リインさんがダウンした。真夏にストーブでも焚いてんのかってくらいの熱気で正直呼吸もしんどそうだ……大丈夫かな? 溶岩道進める?
「リインさんって暑いの苦手なんだ」
「はぁ? こんなん夏生まれでもノックアウトよっ、火山よ火山!」
少しでもましになればと[コールスフィア]で周りの空気を冷やしてたら、「バカじゃないのありがと!」って怒鳴られた。ほんと言葉遣いが乱暴だなもう……でも待てよ? よくよく考えたら、火山にいるのに「暑いなぁ」って夏場みたいな感想を抱いてる僕のほうが変なんじゃ……もっと言うなら平然と外で馬車を動かしてた御者や馬が異常なんじゃ!?
「アンタはカンストステータスのソウシがいるから平気なだけ。それからあの馬はユニサス、溶岩から生まれて氷原で育つモンスターなの。文字通り暑いのも寒いのもバッチコイってわけ」
あと御者は環境に適応できるアイテムが職場から配給されるから、とパタパタ手で顔を扇ぎながらリインさんが教えてくれる……へぇ、そんな保障アイテムがあるんだ。それにあの馬もモンスターだったなんて、確かに頭のほうが赤黒くて尻尾のほうが氷色なんて変わってるなと思ってたけど……ていうかソウシの力のことすっかり忘れてた! おずおずと振り返ればアイツは綺麗にニコ~ッと笑ってて……うん、ごめん。それからありがとな。
「ま、とにかく行くか」
「う、うん」
「暑いー……」
分かれ道の中心に置かれた立て札の案内に従って、マッフルさんの馬車が通った右側とは逆の左の道を進む。ちょっと行くと、岩で造られた飼育小屋が見えてきて――ミリタリーカラーの肉体とマグマみたいなギョロ目をもつドラゴンと目が合った。ひぇっ、ドラゴンってか恐竜じゃん! えっとなんだっけ、ヴェロキラプトル……よりは断然デカいな、全長8mはある。
「メガラプトルじゃね?」
「ぁ、うん多分それ……今更だけど、本当に人が乗って大丈夫なのか?」
手綱とか馬銜とか、馬具ならぬ竜具は付いてるけど……なんか雰囲気が凶暴っていうか。今も戸の閂に手をかけてるだけなのに何かグルルル唸ってるし、これ外した瞬間飛びかかってくるやつじゃない!? てかなんで無人なの! こういう所って普通、代金受け取ったりチケット切ったりする駅員的な人が一人は控えてるもんじゃない!?
「どこの富裕層よ。こんな人通りの少ない山に常時番人がいても人件費が嵩むだけでしょ」
僕自身は極めて普通の指摘をしたつもりだったけど、どのドラゴンにしようか悩んでたリインさんには事務的に指摘し返された。ってお金の問題かい!
「そりゃお金も大事だけどさ! ぁ、安全面を考えたらやっぱり……」
「そういうの考える必要がある人は、そもそもラバドラなんてしない。マッフルさんみたいに普通に山を越えるわ。そこの立て札にも諸々の注意事項書いてあるし、それで失敗しても挑戦者の自業自得よ」
代金ケチったり害さなければドラゴンは人を襲わないって書いてあるしと、なんでか徹底的に倍返しされました。うぅ、分かっちゃいたけど弱すぎるだろ僕の口とボキャ……。
「ところでリイン、お前サラッと馬車から降りてっけどさ」
「ソ、ウシ?」
ショボくれる僕の肩を掴んで下がらせたソウシは一見無表情だけど、僕には分かった。コイツ今、ものすっごい意地悪なこと考えてる!
「自分の金は自分で払えよ?」
うわっそうきたか! そういえば現在進行形で一文無しだったな彼女……当たり前の顔して閂を外そうとしていたリインさんが、それこそこの世の終わりみたいな顔をしてソウシを振り返った。うん、貴方も貴方で奢ってもらう気満々だったんだね。ウルの前じゃあんだけ仲良くないって言い張ってたのに。
「ちょ、そんな殺生なっ……アンタにレディーファーストの精神はないわけ!?」
「奢りとファースト関係ねぇだろ。てかお前、その言葉の起源知ってて言ってる?」
毒見役とか対辻斬り用の肉の盾とか、男を守るためのレディーファーストだぜ――と、リインさんの額に人差し指を突き立ててドス黒くニヤつくソウシ。てか、え……そうなの!? レディーファーストおっかねぇ! リインさんもこればっかりは知らなかったみたいで、「男って最低マジで死滅すればいいのに」ってノンブレスで罵りながらも真っ青になってるよ。
「あ~そういえば~? 立て札には《ドラゴン一頭につき一人まで、二人乗りは厳禁》って書いてあったな」
ソウシはさらに調子に乗ってすんごい悪役面になってるし、その手は小難しい字が綴られた用紙掲げてるし!
「さぁさぁ選びたまえ! この暑~い山道をトボトボ歩いていくか、俺らと奴隷契約結んでドラゴンでひとっ走りするか」
……ごめん文字小難しくも何ともなかった。
「こんのっ、悪代官!」
「褒め言葉と受け取っておこう♪」
ただデカデカと書かれた`奴隷`って文字に他の字が押し潰されてただけだった。呆れやら申し訳なさやら、もういっちょ呆れやら面倒臭さやら……僕は諸々の気持ちを溜息に込めて吐き出すと、とりあえず好き放題言ってる相棒の額にデコピンをお見舞いしておいた。
「痛っ」
「意地悪すな。てかお前なら痛くないだろこんなの――」
「痛いよ」
「へ?」
「ちゃんと痛い」
痛いんだよ――痛いって連呼してる口とは裏腹に、僕を見つめてくるソウシの顔は凄く優しかった。砂糖菓子みたいに甘くて、けど触れた途端に崩れてしまいそうで……なんだよ急に。怖くなった僕は慌てて一歩後ずさった、とはいえ客観的に見れば失礼極まりない仕草。ヤベッて焦ったけど、ソウシは深追いせずに肩だけ竦めて「しゃーねぇな」とリインさんを振り返る。一瞬、誰に向けての`しゃーない`だろって思ったのは深読みかな……。
「出血大サービスだ、この異世界限定の使いっぱしりにオマケしてやるよ」
「限定ってほとんど永久的じゃない! アタシ監視員だって言ったでしょ!?」
「で、どーすんの? そろそろ次の展開に進まないと読者に飽きられるぞ」
「人の話聞いてないし長引かせてるのはアンタもだし! あとやたらめったらメタネタ持ってくんなって早口言葉になっちゃったじゃない!」
ああもうっとリインさんはソウシの手から紙をひったくると、グシャグシャに丸めてから「奴隷にでも何でもしなさいよ!」と突き返した。なんでだろう、全力で拒否ってるはずなのに全力で受け入れてるこの感じ……自棄っぱちだけど真っ直ぐで、ちょっとカッコイイかもしれない。
「へいまいど! ほれ、契約賃の4500エドルだ」
「くぅうう……!」
まぁ、小っこい借金はできちゃったけど。でも意地が悪いくらい実は優しいソウシのことだ、きっと紙の上のことだから大丈夫だよリインさん――てな感じでいい具合に締め括った僕は、気持ちを切り替えてドラゴンたちに向き直った。
結構な時間放ったらかしにしてたからか、心なしか不機嫌な唸り声が増してる気がするけど、思い切って一番手前の閂を外してドラゴンを解き放つ。境目がなくなった分だけ迫力が増してて僕の心臓もバクバク叫んでるけど、リインさんも大丈夫って言ってたし大丈夫だきっと……!
「俺は大丈夫なんて言ってねぇけど?」
「んぇ!?」
「ブプッ、嘘だよ」
ほらほらとソウシに指さされるままに振り返れば、ドラゴンの顔が目と鼻の先まで近づいてて。ギョッと首を仰け反らせてもなんかその分だけ近づいてきて、その時初めて僕はドラゴンの首元にぶら下がってる募金箱(?)みたいなのに気づいた。もしかしてと財布から4500円を抜き取ってチラつかせると、カコンッて音がして箱の蓋が開く。
「ぇと、や、山の反対側までお願いします……」
なんかお賽銭みたいだなと思いつつ箱の中にお金を入れると、ドラゴンにペロッと頬を舐められ、そのまま「乗っていいよ」と言うように僕に合わせて屈んでくれた。おずおずと背中に跨って鞍に腰を下ろすと、ドラゴンの身体がぐっと持ち上がって目線が一気に高くなる。
たったそれだけで何だか気分が高揚してきて、「見て見て!」って僕は二人を見やる。ソウシは「いいじゃん、様になってる」と微笑んでくれて、リインさんは「まったく子供みたいにはしゃいで」と呆れ顔で歩み寄ってきてシートベルトを締めてくれた。
「じゃ、俺らも」
「ぇ、ええ」
二人もお金を渡して背中に乗って、これで三人揃ってスタンバイOKだ!
「いざ、ラバドュっ……」
うわっ肝心なところで噛んだ。
「レッツゴー! 最下位は晩飯のデザートを一位に譲渡すること!」
「はぁ冗談じゃないわよ!」
そんで勝手にレース始められてしかも出遅れたぁ! 咄嗟に先に飛び出した二人の真似をして「はいどうっ」と手綱を振るえば、ドラゴンは咆哮とともに前足を持ち上げ、どう折り畳んでたのか分からない両翼を広げて走り出した。滑らかに岩を飛び越えて、溶岩が眼前に迫った時はビビって目を瞑っちゃったけど、
「終太郎、ちゃんと目を開けて見てみろって。結構な絶景だぞ?」
「う、うん」
ドラゴンは宙を滑るようにして、マグマの川を駆け上がっていた。黒いだけだと思っていた左右のゴツゴツ岩は細かい原石みたいなのが散りばめられてるのか、マグマの赤に負けないくらいキラキラしてて、
「わ、ぁ!」
なによりソウシの言う通り、山を中心に眼下に広がる景色が凄かった。街からは離れてるし、現世の都会みたいに電灯が建ち並んでるわけでもないのに――七色の光がピカピカ瞬いてるんだ。まるで真っ暗な洞窟で宝石箱をひっくり返したみたいに!
「あれ、昼間一緒に踊ったレインボーロラだぞ」
「え、夜もいるの!?」
「昼夜問わずにいるわよ。ただ昼は虹、夜はネオンって見え方が変わるだけ」
「おい終太郎に不健全な知識吹き込むなよ」
「不健全なのはアンタの脳みそでしょうが!」
「……くふふっ」
雰囲気のせいかな? 宝石っぽく見えてたはずのレインボーロラの光が、今はペンライトのそれに見える。そこはネオンじゃないのかよって自分でも思ったけど、ほら……なんかペンライトのほうが盛り上がるじゃん?
「お、メインステージくるぜ」
「へ?」
メ、メインステージ? ってそういえば今気づいたけど、僕ら結構急な斜面登ってる? 急っていうかもう九十度じゃね!? ひぇっ、振り返って真下みたら精神が転落死するやつだ。僕は手綱ごとドラゴンの首に抱きつくように密着した。すかさず鬱陶しいって振り払われたけど、んな殺生な……とか思ってるうちになんか天辺っぽい所まで来ちゃったし!
「Stand by,Here we go!!」
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