表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/69

第七話 ドワーフの山里[前編➁]

お前タコさんウインナーなめてんな!?――by終太郎

 フーリガンズからドワーフの山里へ向かうには、山と谷を一つずつ越える必要があるみたいで、寝台列車ならぬ寝台馬車を乗り継いでも到着までに最低でも三日は掛かるらしい。ギルドの事務室で書類に埋もれて半泣きになっていたマッフルさんは、武器を作りにドワーフの里に行きたいという僕らのお願いをそれはもう快く引き受けてくれた。しかも直接案内するとまで申し出てくれた……いや流石にギルド長が街を離れるのはマズいと思って、最初は住所的なのと行き方だけ教えてもらうつもりだったんだけど、


「ふぉっふぉっふぉ、旅はいいものじゃ~! [ロードスキップ]などは便利じゃが、如何せん味気のぉてかなわん」


 お願いじゃ連れてってくれぇえぇ……って抱きつかれてギャン泣きされたんだよな、乗車前に買ったお弁当を片手に花を飛ばしてるこのズングリ爺ちゃんに。書類整理よっぽどしんどかったんだろうなってつい連れ出しちゃったし、一応書き置きもしてきたけど……大丈夫だったのかな。マリッちさんとか白紙のままの書類とか、その提出期限とかマリッちさんの機嫌とか……ヤバ、帰ってからのこと考えるとちょっと怖くなってきた。


「見よ見よ! レインボーロラじゃ!」

「え、えぇ見てますよ~……ってお爺さん唐、じゃない鶏揚げ! 鶏揚げ落ちるって!」


 馬車の振動のせいで爪楊枝から落ちた鶏揚げ、っていうか唐揚げをリインさんが弁当箱の蓋でキャッチすると、マッフルさんは「すまんすまん」と笑いながら爪楊枝で刺し直して頬張る。と、嘆息したリインさんの口元にタコさんミート……タコさんウィンナーを差し出した。


 鶏揚げを死守してくれたお礼らしい。リインさんはパチリと目を瞬くも、素直に「あ……」と口を開いてタコさんミートを食べた。そういえば、今朝僕のタマゴサンドつまみ食いしたっきりだったし、僕らは朝ごはんちゃんと食べたから弁当買わなかったんだよな。


「リインさんて、なんだかんだ良い子だよな」

「どした急に」


 僕と並んで対面の席に座ってたソウシにコソッと話しかけると、心底興味なさそうな声が返ってくる。窓枠に肘をついて視線も外に向いたまま、でも景色を楽しんでるふうにも見えなくて、僕はひっそりと肩を竦めた。


「……偽金犯って疑われたくないからココで株上げる、とか乗る前は言ってたけど」


 元来面倒見のいい子なんだろうなって、見てたら分かる。あんまり偉そうなこと言えないけど、そういう心からの優しさとそうでない優しさって、たぶん本能的に感じ分けられると思うんだ。マッフルさんみたいな長生きしてる人なら尚更さ。


「その信頼の証がタコウィンナーってか?」

「あ、お前タコさんウインナーなめてんな!? アレはたまご焼きに次ぐ弁当のキーフードっ、同じウィンナーでもタコさんになってるか否かで午後のテンションも変わってくる! 人によっちゃデザートより重要なんだぞ!」


 気づけば僕は、席から立ち上がって力説していた。この世界に来てからまだ僕はタコさんウインナー食べてないし、むしろマッフルさんの弁当に入ってるの見て「あんの!?」ってビックリしたくらいだし、生前の記憶も勿論ない……けど、


「ふぉっ、ほほ! シュウタロウくんの故郷では`ミート`を`ウィンナー`と呼ぶのか」

「え、ぁ、まぁ……」

「そうかそうか! ほれ、あーんじゃあーん」

「ぁ、ありがとうございます……」


 断言できる、生前の僕絶対タコさんウインナー大好きだった――マッフルさんに気を遣わせたと分かっててもパクッと食べずにはいられないくらいには! 真っ赤な顔を隠すように縮こまりながら、ちょこんと座り直す。恥ずかしすぎて味なんて分からないんじゃと思ったけど、モグモグと咀嚼するたびに口の中にはちゃんと旨味が広がっていって……はい、大変美味しゅうございます…。


「終太郎、ちょっと」

「ん?」


 もしかしてソウシも食いたかったのかなって顔を上げると、意外と近くにアイツの顔があって普通にビックリした。ソ、ソウシお前そんなに――そんなにタコさんウインナー食べたかったのか!? なぁんだ、あんな澄まし顔しといてタコさんウインナーの美味しさにガッツリじゃん。可愛い食いしん坊め!


「んなワケねーだろどこまで先走る気だタコヲタクめ」

「んぶっ」


 ご、語弊があるぞ。僕はタコさんウインナーが大好きなだけでタコそのものが好きってわけじゃ……ダメだ、鼻抓まれてるせいで上手く反撃できない。せめてもと鼻呼吸を封じてる手をペシペシ叩いて抗議したらなんかフッて微笑われて、「なぁ、ちょっと抜け出さね?」って小声で続けられた。


 悪戯っぽくも柔らかい声音だった。解放された鼻を摩りながら「抜け出すって……」とヒソヒソ聞き返すと、[クリアウト]と唱えるよう耳打ちされる。唱える前に狸寝入りしろとも言われた……なんで?


「ク、クリアウト」


 響き的に透明人間になれる魔法かなって想像してたけど、いざ呪文を唱えてみたら本当に身体が透けた! 反射的に口から飛び出しかけた声を掌で押し返して隣を見やれば、ソウシの身体も僕と同じように透けてて、興奮に拍車が掛かる。ソウシは「しー……」って大人っぽく人差し指を立てると、おもむろに腰を上げた――んだけど、


(えっ、ソウシが分裂した!?)


 僕の目にはなぜか、半透明のまま立ち上がったソウシと狸寝入りの体勢で座ったままのソウシが同時に映っていた。笑いを堪えるように肩を震わせたまま「いいから立ってみろって」とジェスチャーで言われたから、僕もおそるおそる立ってみたけど、


(んえぇええっ!?)


 振り返ってビックリ、僕も分裂してた! しかもよくよく見たら僕じゃない僕、えーと`座ってるほうの僕`のほうが身体くっきりしてるし! も、もしかしてこれって透明人間になれる魔法じゃなくて、


{正解は幽体離脱でした☆}


 うっそーーーん!?


{ちなみに離れすぎると本体も薄くなってバレるし、一定時間過ぎると自動解除されるから注意しろよ?}


 前者が特に痛手っていうか、あんま万能感ないんだよなーと肩を竦めるソウシ……いやいやちょっと待てって。離れすぎると本体も薄くなるってそれ、消滅してない!? 万能どころか一歩間違えたらそのまま南無阿弥陀仏されちゃう禁忌魔法じゃないの!?


{大丈夫だって、俺だぞ?}

{うっ、まぁそうだけど……}

{ん、いい子いい子――じゃ、空中散歩いこうぜ}


 ちょうどレインボーロラも出てるしな、と言ってソウシは僕の手を掴むと、床を蹴ってフワッと馬車から抜け出した。体感的には魔法を使う前と大差ないのに、一度空に舞い上がった身体はどこまでも上昇していく。手綱を放された風船みたいに、どこまでも……チラッと下を見たら、乗る前は大きく見えた馬車がジオラマみたいに小さくなっていた。


{ほら終太郎、見てみろよ}

{ぇ、わっ……}


 ぐっと手を引っ張られて振り返るように見上げた僕は、いい意味で絶句した――虹色の光が、踊っていた。さっきマッフルさんが言ってたレインボーロラだ。名前の通り虹とオーロラを足して二で割ったようなもの。もっと言えば真昼間に七色のオーロラが出てるだけで、言っちゃ悪いけど遠目に見たかぎりじゃそんな物珍しい現象だとは思わなかった……なんて冷めてた僕自身を引っ叩きたいくらいには衝撃的だった。


 現世の虹は陽光と空気中の水滴が、オーロラはプラズマと磁場がなんやかんや合わさって光って見える現象だけど、この世界のレインボーロラは光の粒そのものに意思があるみたいだった。蛍の妖精みたいなキラキラの粒たちが互いに戯れ合い、時にピョンッと弾けてまた引き合って。静かで壮大なダンスパーティーを前に、呼吸すら邪推に思えてしまう。


{んなガッチガチになるなって。今の俺らは幽体、在って無いような存在なんだから}

{いやそれはそれで怖いけど……まぁ、うん}

{じゃあ俺らも}

{へ、えっ……}


 ダンスパーティーは踊ってなんぼ、踊らなくても許されるのは演奏者だけという強引なソウシの持論と一緒に、僕は光の舞踏会へ飛び込まされた。在って無いような存在というソウシの言葉通り、光の精たちは僕らの乱入など意に介さず踊り続けている。それがちょっと寂しくもあったけど、邪魔になってないという安堵のほうがやっぱり大きかった。


{はい、ワンツースリー♪}

{わっ、と……わわっ…}


 足も浮いてるのにどうやってステップを、てか僕踊れないし! なんて僕の心配を吹き飛ばすようにニッと笑ったソウシがその場でぐるっと回り、両手を掴まれてた僕も一緒にぐるんと回転する。社交ダンスなんて知ったことかと言わんばかりの、遊園地のコーヒーカップみたいな出鱈目なダンスだった。


{フォーファイブシックス♪}

{そこは`ワンツースリー`のリピートでよくない!? そもそもステップ踏んでないし!}

{気にしなーい気にしなーい♪}


 アハハハハッと笑いながら子供みたいに僕を振り回すソウシは本当に楽しそうで、なんなら今までで一番無邪気に笑ってる気がする。


{プッ、ハハハハハハ!}


 気づけば僕も一緒になって破顔一笑していた。回転速度はどんどん上がってるし景色なんてもう虹色の横線しか見えなくなっちゃってるけど、それが余計に可笑しくて、なんかこのまま何処までも二人で飛んでいけそうな理屈のない自信がムクムクと湧き上がってきた!


『ちょっとアンタら! 身体透けてんだけど何処まで行ってんの!?』


{あ……}

{やべ……}


 焦燥感に満ち満ちたリインさんの声で、これまた揃ってハッと我に返る。同時に横線一色だった景色は空の色を取り戻し、()()()()ではレインボーロラが相も変わらず浮遊していた。ずっとその場でグルグル回ってると思ってたけど、その実僕らの身体は階段を上るみたいに斜めに上昇しまくってて……じょ、冗談抜きで天まで飛んでっちゃうところだったんだ…!


{いや昇天はしねーから}

{ありがとリインさんっ}

{だから召されねぇって}


 そんなやり取りをしてるうちに[クリアウト]のタイムリミットが迫っていたらしく、一つ目を瞬くと意識は馬車のなかの本体に戻っていた。僕らが幽体離脱して空中散歩していたことは、狸寝入りを決め込んだ時にはもう二人にバレてたみたいで、リインさんには「行くなら行くって一声かけなさいよ独走コンビが!」とめっちゃ怒られた。


 マッフルさんは「仲がいいのは良い事じゃがな」と怒ってこそいなかったけど、ブラウンの眼差しも口元に浮かぶ苦笑も`やっぱり声かけは欲しかった`と語っていて……この時初めて僕は団体行動・報連相という言葉と現状を結びつけることができた。今回の冒険は()()じゃなく、()()でするんだって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ