第七話 ドワーフの山里[前編①]
そういえば、お前らって愛器とか持たねーの?――byウル
おはようございます皆さん。訳あって難易度死刑の異世界を冒険することになった、墓送終太郎です。現時刻は朝の八時。本格開店前のカジノ・ザ・マーメイドの一階で、ナージュさんが用意してくれた朝食のタマゴサンドを頂いてる僕ですが、
「なーんでよりによってお前を寄越すかねぇ?」
「アタシだって来たくて来たわけじゃないわよ! アホをやらかしたアホステータスを見張っとけって無理やり来させられたの!」
テーブルを挟んだ先で相棒のソウシと、異世界に来る前にいた……あの世の待合室だっけ? そこで話したエセシスターの少女――今は特別監視員という肩書きを賜ったらしいリインさんがバッチバチに火花を飛ばしているせいで、今ひとつ味が分かりません。でも毎朝ありがとうございますナージュさん!
「あの世じゃなくて常世。あと審判の待合室よ、間違えないで」
「ぁ、はい……」
いや間違えたのは申し訳ないけどさ、だからって無断で僕の分のサンドを掻っ攫って食べるのはどうかと思うよ? わっ、でも凄い食べっぷり……よっぽどお腹すいてたんだな。
「シュウタロウ、サンドのお代わりいるか?」
「平気だ、俺の分けてやるから」
聞かれた僕より先に答えると、ソウシは自分の分のタマゴサンドを綺麗に半分こして僕の口に押し込んでくる。たぶん僕が遠慮するのを見越して先手を打ったんだろうけど……ちょうどまだ口の中にサンド残ってたから喉に詰まって苦しい…! 結局イノとシシにご飯あげて戻ってきたウルには、サンドじゃなくて水のお代わりを頼むことになった。
「ところでその子、ソウシのガールフレンドか?」
ここらじゃ見ない顔だし並んで座ってるし、と干し肉をあたりめみたく齧りながらウルが僕の隣に腰掛ける。と、リインさんは「朝早くから失礼しております」と急に姿勢を正して自己紹介を始めた。
ソウシとは同郷の腐れ縁なだけで間違っても彼女などではないと、それはもうド真剣に否定して。ソウシのほうは指摘されて初めて隣同士ということに気づいたらしく、ガタンと立ち上がるとウルを押しのけて僕の隣にわざわざ座り直してきた……そんなに嫌なの?
「そんなに嫌なの」
「ぁ、そう」
まんま返してきたってことは相当本気だな、たぶん。あとウルよ、座ったばっかなのに移動させてごめんな。
「にしても身なりボロボロだな。そんな長旅だったのか?」
「えっ……ぁ、はいまぁ…」
なんか急に歯切れ悪くなったな、リインさん。でも言われてみれば、町娘っぽいカジュアル短パンの裾とか袖口とかところどころ擦り切れてるし、剥き出しの膝小僧にも薄らと青痣がある……まさか! 異世界に振り落とされて間もなかった僕みたいにモンスターに不意打ちで襲われたとか!? ここ曲がりなりにも死刑だし!
「いや、街の前に扉繋いでもらったからそれは平気だった……」
「そ、そうなんだ」
「リインちゃんだっけ? ソウシもだけどホント遠いところから来たんだな」
[ロードスキップ]のことトビラツナギなんて、この辺のヤツらは言わねーもんとウルは陽気に笑ってるけど……僕とリインさんは口を手で塞いでドッキドキだった。そうだ異世界転生の絡繰りは現地民にバレちゃいけないんだ、専門用語には気をつけないと。
「で? 何をどうしたらモンスターもいない街中でんなズッタボロになるわけ?」
明らかになんか勘づいてそうな顔+超上から目線。気が短いリインさんは人ひとり容易に射殺せそうな視線をソウシに注いだけど、相反して口はモゴモゴと言い淀んでいる。ハッキリ言い返してくると勝手に思ってたから、ちょっと意外だった。
「だ、だからそれは、その……」
「ただいま帰りましたぁ」
そうこうしているうちに、お酒を造るのに使うブドウを採りに行っていたナージュさんが帰ってきた。その視線はすぐさま「あらぁお客さん?」とリインさんを捉え、リインさんはすかさず身体ごと向き直って「お邪魔しております」と丁寧に挨拶をする。雰囲気から僕とソウシの知人だと察してくれたようで、ナージュさんはあれこれ問い質すことなく「ゆっくりしていってねぇ」と受け入れてくれた。
「ぁ、そうだウルくん」
「なんすか姐さん?」
「さっきそこで、マリッちちゃんに会ったんだけどねぇ。なんでも昨日の晩にこの街で、偽金を使って宿に泊まろうとした人がいたらしいのよぉ」
ここらでは見ない顔だったらしいから、犯人はおそらく街の外から来た人。まだ捕まってないみたいだから、時間があるならパトロールを手伝ってあげてほしいと言ってカウンターの奥に引っ込むナージュさんに、「りょーかい! またふん縛って川流しの刑にしてやるぜ!」と拳同士を合わせるウル――そんでもって、目の前でガッタガタに震えてるリインさんを凝視するソウシと僕。と、ソウシが『十中八九お前だろ?』と思念伝達のスキルを使って僕とリインさんに話しかけてきた。リインさんにもスキル通じるんだ、同じ常世の人だからかな?
『夜中に俺んとこ彷徨いてたのもズタボロなのも、追っかけられて逃げてたからなんだろ?』
『わ、わざとじゃないのよ……こっちに着いてすぐ、この世界の通貨持ってくるの忘れてたのに気づいて』
え、お金って持参できるの? ソウシは持ってなかったのにって横目で見たら、「俺はステータス、あいつは常世人」とジェスチャーで説明された……いやお前も常世人だよな?
『どっかにお金落ちてないかなって路地裏探してたら、現世でいうところの五百円玉と千円札見つけて』
……ん? 木の実とか薬草とか売って稼ごうとは思わなかったのかとか、仮にも一度は聖女っぽい雰囲気で僕の前に現れたのに自販機の小銭口漁るような真似していいのかソレでとか、いろいろ言いたいことはあったけど……それよりもなんか、
――さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
――一見道端のゴミでしかない蓋と紙切れが、なんと!
妙に覚えのある単語と、断片的にフラッシュバックする在りし日の記憶のほうに気を取られる。ソウシも同じみたいだった。
『それがまさかさ……』
――一応聞くわ、スキル名なに
――偽造
『偽金だったとか有り得ないでしょ!』
アレかぁあぁあぁあぁぁあああぁあああぁああぁああっ――二人揃って悟りを開いた仏みたいな顔のまま、内心の内心でシャウトした。そういえばあの偽造スキルのお金、ツッコミがてらゴミ箱に放ってそのままだった!
けどさ、よりによってリインさんが拾った挙句に偽物ってバレて追っかけ回されるとかさ……それこそホントに`まさか`だよ! ていうか本物と遜色ないからバレないんじゃなかったっけ!? 思っくそバレてんじゃんカンスト偽造スキル!
『どこの誰だか知らないけどっ』
すんません、僕らです。
『見つけたら突き出して尋問して投獄して首刎ね飛ばしてやるっ』
すんませ……いや重っ、刑罰クソ重! 確かに放置したのは申し訳ないけどそこまでやる!?
『おーおーその粋だー』
お前も後押しすんな! 犯人僕らなんだぞ……って、あーうん。バレても余裕で返り討ちにしてやるって顔してるよこの相棒。実際それが出来ちゃうんだからおっかないんだよなこの子……って僕はお母さんか!
『いや』
『知らんがな』
「そこだけハモんの止めてくれない!?」
でもってなんでこのタイミングで思念伝達解除すんのさ! おかげで僕だけ急に喋ったみたいになってウルから「お、時間差寝言か?」ってなんかソフトタッチなツッコミが飛んできたよ!
「そういえば、お前らって愛器とか持たねーの?」
……そして平然と本題ぶち込んできましたわ。
※※※※
「武器が必要だと思うわけよ」
「クピィ……くぷ…?」
今から三時間ほど前、まだベッドのなかでウトウト舟を漕いでいた時。早すぎる目覚まし時計代わりにしてもハッキリと聞こえ過ぎた声に寝返りを打つと、ソウシがジッと天井を見上げていた。直前まで寝てたとは思えないくらい目ぇガン開いてたけど、ちゃんと寝たんかな?
「この前の海での戦闘で思ったんだよ、やっぱ武器いるなって」
「ぶき……」
「そう武器。基本的にレベルが高けりゃ、っていうか俺らが本気出せば大抵の武器は玩具になっちまうが、それを差し引いても素手じゃどうしたってやりにくさが残る」
その最たるものが`リーチ`だとソウシは言う。そういえばシェリーさんと戦った時、魔法だけじゃなくて矛にも行く手を阻まれて苦戦したな。ジュリーさんと対峙した時も―戦ってたの殆どソウシだけど―シェーレさんが大剣貸してくれるまでちょっとやりにくかったし。
それに二人とも長い武器を操ってたから、なんか大きく見えたっていうか……ぶっちゃけ持ってるだけで威圧感があった。あと純粋に、刃物を素手で相手するのは怖いっていうか躊躇する。ソウシも足で往なしてたし……あーいや、僕を抱えて腕塞がってたからか。
「そういうの抜きにしても、愛器ってのは冒険者にとって第二の相棒みたいなもんだろ?」
勇者は剣、魔法使いは杖、狩人は槍、賢者は本など、昔からプレイヤーはそれぞれシンボルアイテムを持ってるだろとソウシに言われ、僕もなんだかワクワクしてきた……主に瞼が。
「てことで明日は愛器作り、のための材料探しからだな」
おー、やっぱり一から作る感じですか。ザ・オーダーメイド・アイテムぅ……。
「デザインも考えねぇとな。明日ウル辺りにでも相談して――」
僕がちゃんと覚えてるのは、ここまでだった。
※※※※
「――ってわけで、まずお前の武器見せてくんね?」
「いやちょっと待ちなさいよ何よ今の回想シーンおかしいでしょ!?」
ウルに向かって差し出されたソウシの手を、すかさずリインさんが叩き落とす。一瞬「なんで?」って思ったけど、時系列を整理すると僕とソウシの会話は、ソウシが外でリインさんを見つけた後に行われたってことで……ん?
そういえばリインさん今こうして平然と店の中にいるけど、入ってきたの割とついさっきなんだよな。つまりそれまでは外にいたってわけだ、夜からずーっと今まで。ソウシと一度会ってるのに、外に放ったらかされて。
「あのあと躊躇なくアタシのこと混沌させて玄関脇に放置して! おかげで生まれて始めて野宿なんてしたわ! 家出した時でさえアパホテル泊まってたのに!」
「一つ経験詰めて良かったじゃん」
「そういう問題じゃないでしょ! 夜中に他の人起こしたくなかったとしてもよっ、せめてアンタの部屋に匿うとかあるでしょ!?」
「それだと終太郎が起きちまうだろ」
「あぁ部屋一緒なのね!? って結局さっきの回想でアンタ直々に起こしてたじゃん!」
「は? お前部屋覗いたのキモッ」
「さっきの回想でってちゃんと言ってんでしょ!」
……犬猿の仲って言葉だけは知ってたけど、実際ちゃんと見たのは初めてだな。自身がまったく登場しないこともあって早々に二人の漫才に飽きたらしいウルは、「で、オレの愛器だったな」って同じく置き去りをくらってる僕に向き直ってくれた。
「姐さんの実家で一回見せたと思うけど、オレの武器は鉤爪なんだ」
「あー、そういえば使ってたね」
コトッとテーブルの上に丁寧に置かれた、ウルの鉤爪――ド素人の僕でも一目見て分かった。これは時間をかけて作られ、磨かれ、そして使い込まれてきた彼にとって掛け替えのない武器だと。獣の皮で作られたグローブの部分にそっと触れると、ウルはより表情を柔らかくして爪の部分を撫でた。
「この爪、母さんの爪なんだ」
「っ、お母さんの……」
「そ。身体のほとんどは自害の炎で焼けちまったけど、爪だけは残ってたから」
所謂形見ってヤツだと笑うウルを前に、思わず僕は疑問をそのまま顔に出してしまった。なんていうか、形見ってこう……壊れたり失くしたりしないようにお守りみたいに身につけてるイメージのほうが強かったから。
もちろん武器に組み込む人がいることも知ってるけど、それこそ杖とか本の表紙とか、剣だったとしても鍔の部分とか、少なくとも攻撃が当たりにくいところだと思ってた。でもウルは攻撃が当たりにくいどころか、武器の核と呼んでもいい部分に形見を……。
「オレだって怖かったよ、母さんの唯一が傷つくの」
「っ、え……」
「だから最初はお守り袋に入れて持ってた。けどモンスター討伐の最中にドジ踏んで、土手っ腹に一本角ぶっ刺さってさ」
「うそっ!?」
「ホント。で、あーコレ死んだわと思ったら――母さんの爪が防いでくれてたんだよ」
お守りではなく愛器にしようと決めたのはその時だと、ウルは言う。アレは母として身を挺して守ってくれただけじゃなくて、「己はまだ共に戦える」という戦士の咆哮に聞こえたと。戦獣の志を受け継いだ彼だからこそ聞こえた声だろうなと僕が頬を緩めると、ウルは「カッケェだろ?」と胸を張る……うん、本当にカッコいいよ母子とも。
「じゃあこの鉤爪、全部ウルの手作り?」
「いやいやオレそこまで器用じゃねぇし! ちゃんと職人に頼んだよ」
「その職人について聞きたい」
おぶっ、なんか横から頬っぺが押し潰され……ってお前かソウシ! 言い合ってたはずのリインさんは、と横目で見やれば、ゼェハァ息を吐きながらテーブルに突っ伏していた。どうやら言の葉合戦はソウシの勝利で幕を閉じたらしい……あの駄々っ子シスターを口で負かすとは、相棒の口の悪さ恐るべし。
「おーい今失礼なこと考えたろ?」
「うにゅにゅにゅ……」
押し潰されてたはずの頬が逆に抓まれ、ぐに~っと引っ張られる。けど手加減されてるからかぜんぜん痛くないし、ソウシも五秒後にはモニモニと手慰みに頬肉を握り出した……って僕の頬っぺはストレス解消ボールじゃないっての! はーなーせーって手首を掴んでもソウシの五指―お、韻踏めた!―はビクともせず、ウルと武器作りの職人について話し続けている。
「その職人はこの街にいんのか?」
「いや、ここよりずっと西にあるドワーフの里――マフ爺の故郷だよ」
形見の爪を武器にしたいって相談したら「それなら、確かな腕をもつ職人がおるぞ」と紹介状を書いてくれたとのことだ。そういえば前にギルドで冒険者試験の手続きをしてた時、デザインがどうのってマッフルさん話してたな……そのデザインが不人気で追い出されたって。
「鉤爪をデザインして作ってくれたのは、その山里に住むエルフの双子なんだ」
「エルフ? なんでエルフがドワーフの……あっ…」
まさかと僕が反射的に口を手で押さえると、ウルは「そ、オレと同じだ」と力なく笑ってテーブルに頬杖をつく。エルフの双子も、赤ん坊の頃に揃って捨て置かれていたところをマッフルさんに拾われ、彼が里を追い出されるまで息子兼弟子として一緒に暮らしていたと……ん?
「息子で弟子だったのに、双子はマッフルさんについて来なかったのか?」
「あー……そこはまぁ、色々あったみたいだよ」
オレも詳しいことは知らないんだと言って鉤爪を片付けたウルは、「悪ぃ、そろそろマリッちんとこ行かねーと」と席を立ち、あとはギルドにいるマフ爺に聞いてくれと言い残して店を出ていった。僕とソウシも朝食の残りを腹に収めてご馳走様をすると、食器をカウンターにいるナージュさんに返して早速マッフルさんのいるギルドに向かおうとする――と、
「ちょーーーーっと待ちなさいって!」
さも当然とばかりにアタシをおいてくなと、リインさんに肩をガッシリ掴まれた……ごめんリインさん。僕はシンプルに忘れてたけどソウシは意図的に無視してたみたいで、思っくそ「チッ」って舌打ってます。後でちゃんと叱っときますんで。
「いやシンプルに忘れてたってのも腹立つから! とにかく特別監視員として、アタシも同行するからね」
「よく言うぜ。ただ街にボッチで残るのが嫌なだけだろ」
「あー偽金……」
「シャラーーーーップ!」
……これまで素手と魔法だけで戦ってきたんですよこの子たち( ̄∇ ̄;)