第六話 異世界探偵、再び!?[後編]
気安く呼ばせんじゃねーよバァカ――byソウシ
「おーいコラ、ちゃんと聞いてたんだろうな?」
「……ああ聞いてたよ」
じっと顔面凝視してたらプレッシャーになると思ったから飽きた振りしただけ、ってレルク王子は言ってるけど……たぶん半分くらいはマジで飽きてたな。振りのわりには地図への書き込み凄いもん。
《お二方の名推理、御見逸れしました》
「ホントかねぇ?」
「カルタは文字だと嘘吐かねぇから大丈夫だって!」
……いやいやレルク王子よ。バシッて自信満々にカルタ王子の背中叩いてるけど、それって裏を返せば喋ると嘘吐きってことじゃない? あ、でもカルタ王子って確か無口だったな。なら必然的に嘘も少なく……ってそういう問題でもないよな。
「んじゃま、コレ解決祝い!」
「へ、え……?」
ヒュンッと何か輪っかみたいなのが飛んできたかと思いきや、僕とソウシの首にスポッて収まった。角度が悪かったのか、陽光が反射して一瞬目が眩んだけど――すぐに鮮やかな金色の石が数珠繋ぎになったネックレスが輪郭を露にする。誰かさんの趣味丸出しのド派手さだけど、その割にはなんか凄い高級感があるような……。
「これ……まさか宝石?」
「シーマリンのネックレスだ。言っとくけどただの飾りじゃないぞ?」
なんと一粒一粒に[タテュート]を秘めてある、と得意げに鼻を擦るレルク王子……でもごめん! 僕その[タテュート]が何か知らないんだ! でもなんとなくだけど、高級どころか超がつく一品ぽいっていうのは分かる……え、こんなの貰っていいの? ソウシはともかく僕なんてミステリーお約束の説明セリフくっちゃべってただけなのに!
「へぇ? 身代わり魔法か」
「身代わり?」
「防ぎ切れなかったダメージを負った場合、この首輪が盾となって肩代わりしてくれるんだよ」
石の数からして十三回はノーダメでいけるな、とネックレスを呑気にプラプラさせるソウシ。ふえぇ……ますますタダじゃ貰えないってそんな上等なアイテム、とレルク王子のほうをおずおず覗うと、
「き、気に入らなかったか?」
彼は僕以上にオドオドした様子で、`ピンッ`と`へにょっ`を犬の尻尾……じゃなくて人魚の鰭で繰り返していた。アイデンティティだと思ってた自信満々なチャラさが、今の一瞬ですっかり引っ込んでしまってる。もしかしてとチラッと隣に視線を滑らせると、
《すいません名探偵の噂の確認云々は口実に過ぎず`お二方と友達になりたい`というのがこのボンボンの本音ですホント申し訳ございませんこの甘ったれは真正面からぶつかれというオレ様の再三の忠告を無視して此度の強行に出た次第でして後ほど鉄拳を見舞うことをお約束します》
すんげぇ長文解説が綴ってあった。いやホント凄いよ文字が細切れになって黒板埋め尽くしてるよ、もう真っ白だよ! てか`オレ様`? カルタ王子一人称`オレ様`なの!?
「……ご了承のほどは?」
「え、あ! ぇと……」
別にいいよなと一応ソウシにアイコンタクトを取れば、「お好きにどーぞ」と言わんばかりに肩を竦められる。なので正直に「ぼ、僕らでよかったら」と手を差し伸べた。と、へにょ垂れてたレルク王子の鰭がピコピコブンブンッと揺れ、
「御魂の友よーーーーー!」
本体がテーブルを乗り越えて抱きついてきた。いきなりで踏ん張れなかった僕はそのまま後ろに押し倒され、強かに背中を打ちつける。王子はよっぽど感極まってるのか、ぎゅうぎゅうに抱き潰してくるけど……ジャラジャラアクセが背中と額にめり込んでて違和感が凄い。痛くはないけどゴリゴリくる。
「あー人間の友達って初めてだ! めっちゃ嬉しい!」
……ゴリゴリくるけど、そこまでド直球に喜ばれるとなんでも許したくなっちゃうな。僕はふっと苦笑をこぼすと、胸元を飾るネックレスを一瞥してから王子の背中をポンポンと叩く。
「レルク王……レルク」
「んー?」
「ネックレス、ありがとう。でも次からはこういう豪華な贈り物はいいからな?」
「へ、なんで!?」
やっぱり気に入らなかったのかとぐしょぐしょに潤むグレイの瞳を前に、僕は「あー違う違うっ、コレは凄い嬉しかった!」と慌てて手を振る。でも、ここでちゃんと言わないと……ちょっと声を低くして肩を押せば、レルクも涙を引っ込めて真剣に向き直ってくれる。
「プレゼントは嬉しいよ。ただ、なんていうか」
――ねぇいいでしょ……私たち、トモダチでしょ?
「それだけで繋がる友達になっちゃうと、怖いから」
「……!」
ハッと強張る顔に、贈り物をされた身でさすがに失礼すぎたかと不安になる。僕自身、なんでこんなふうに考えたのか分からない。この世界に来てからそこそこ色んな人と会って、ウルとかシェリーさんみたいに友達って呼ぶのを許してもらえる人もできたけど……あの人たちとは、今ふっと脳裏を過ぎったみたいな物繋がりの冷たい関係は一切ない。ていうか今の今までそんな人間関係があるっていうのもピンときてなかったのに……南海の城でナージュさんに説教っぽいこと言った時の流暢さとも違う、変な滑らかさがあった。
ちなみにあの時の違和感のこと後でソウシに聞いてみたら、知力のステータスをMAX近くまで上昇させてたとのこと。僕って頭良くなるとあんなふうに喋れるんだって驚きはしたけど……なんていうか、普段言葉と言葉の間に挟んでる感情のクッションみたいなのが極限まで削ぎ落とされた話し方っていうか。正直ちょっと怖かった。
「優しいんだね、シュウタロウは」
「へ……」
強張っていたはずのレルクの顔はいつの間にかふにゃりと緩んでおり、そこから泣き笑いに変わって降ってきた。嗚呼と、眩しくもどこか痛々しいその顔を見上げながら僕は思う。彼もそういう冷たい関係を知ってて、それでも王子だから世間体とか家柄とかでその関係から逃げられなくて……持ち前の陽気さで割り切ってきたんだって。
「なぁ、シュウタロウって愛称ねぇの?」
「ぇ、愛称?」
「そ。だってボクらと同じで名前長いじゃん?」
長くて悪ぅございましたね。でも愛称、愛称か……マリッちさんがよく`シュウボーイ`って呼んでるけど、それも長いってレルクに言われそうだし。そもそもレルクにはなんか`ボーイ`って呼ばれたくない。
「ないならボクが付けよっか? そうだなー……`シュウ`とか――」
パリンッ。
なんか今、空気凍えた……と首を傾げた瞬間ガラスが割れる音が奥のカウンターから響いた。慌ててレルクの腕から抜け出して様子を見に行くと、エリムちゃんが「あちゃー……」と眉を八の字にしながら床に散らばったガラス片を見つめていた。どうやらコップを落として割ってしまったらしい。
「エリムちゃん大丈夫? 指とか切ってない!?」
「ぁ、うん大丈夫。ごめんなさい騒がしくして……」
置き方が雑だったのか、それとも知らない間に肘でも当たってしまったのか。とにかく知らない間に落ちちゃったと肩を竦めたエリムちゃんが素手で拾おうとするから、僕は「ぁ、危ないよ」と慌てて止め、箒と塵取り、なかったら軍手と新聞紙を持ってきてくれと続けた。
シンブンシは伝わらなかったけど他の三つはあるみたいで、エリムちゃんはコクコク頷きながら調理場のほうに駆けていく。僕らお客がいる手前冷静っぽく振舞ってたんだろうけど、やっぱり焦ってたんだな……まだまだ幼いもんね。
「…………」
「ん? ちょ、ソウシ!?」
言った傍からなんで屈んで素手で拾ってんだよ! 危ないだろって肩を掴んで止めても無言で拾い続けるし、手首掴んだら手元狂って余計に怪我しそうだし……あぁもう! 最強ステータスだからって容易にそういうことすんなよ! ほらっ、戻ってきたエリムちゃんも「お兄さん!?」ってギョッとしてるし!
「……ん」
「ぇ、あ、ありがとう……」
けど結局ソウシは終始無言&澄まし顔で破片を拾い集め、どこからか引っ張り出してきた袋にまとめて口を縛ってエリムちゃんに渡していた――その刹那、ずっと真一文字だった唇が「ごめんな」と声なくして呟いたように見えた。
「終太郎、今日はもう帰ろうぜ」
「ぁ……うん」
今、謝った? なんで? お前なにもしてないのに……聞きたいけどなんか雰囲気(?)が許してくれなくて、代金をちょっと多めに払ったソウシに引っ張られるがままだった。席に座り直して待っていたレルクが「あ、大丈夫だった?」って聞いてきても、ソウシの返しは「問題ない、コップ落としただけだ」という素っ気ないもの。え、ほんと何どうした? なんでそんな不機嫌なの?
「……なぁ王子サマよ」
店を出る一歩手前で足を止めたソウシが、肩越しにレルクを顧みる。その声がちょっと柔らかくなってたからか、レルクも「おぅ、レルクでいいぞ? ボクもソウシって呼ぶし」と調子を取り戻したみたいだった。
「……へーへー、んじゃレルク」
「ほいきた!」
「コレ、お前だけで選んだのか?」
「へ? あーネックレスをチョイスしたのはボクだけど、折角なら[タテュート]かけて贈ればって言ってくれたのはカルタだ」
……ん? さっきの長文解説には遠回しなフレンドコール反対みたいなこと書かれてたはずじゃ、と当人のほうを見やれば、
《いえ意を唱えたのは推理出題の部分だけで、贈答品に関しては思いっきり背中を押しました》
ああそういうこと……てか堅苦しい文字並びに埋もれかけてるけど、思いっきり押したんだ背中。
「……そっか」
「なんか気にな……あっ!」
レルクは何を閃いたのかバッと席から立て……ないからカルタ王子に抱っこしてもらって車椅子に座り直すと、タイヤを回してソウシの前まで行く。で、フンスッと胸を張って「安心しろ」と見上げてきた。うん意味が分からん。
「友達の友達も友達だから、カルタもお前らの友達だぞ?」
あぁなーる。チラッと奥にいるカルタ王子を見やれば、よろしくお願いしますと告げるみたいにペコッと頭が下げられる。僕は反射的に「こ、こちらこそ」と倣って腰を折ったけど、ソウシは「へーへーご馳走さん」と今ひとつ気のない相槌を打つなりさっさと背を向けて退店してしまう。手首を引っ掴まれたままの僕も、まぁズルズルと……。
「おいソウシどうしたんだよ! さっきから変だぞ?」
「変じゃねぇ疲れただけだ。チビ店員にはソースじゃなくて辛々味出されるし、推理は楽しかったけど出題者の態度いい加減だし、馴れ馴れしいし」
「……いや辛々出されたのはお前がエリムちゃん揶揄ったからだし、レルクの態度は確かにアレだったけど一応僕らのこと考えてのことだし、そもそもハグされたのは僕だけじゃん」
そんな疲れることかよって溜息吐いたら、なんかギッてめっちゃ睨まれたうえに手首ギチギチに握られた。しかもこいつステータス下げやがって痛い痛い痛いっての!
「…………」
「こ、今度はなんだよ……」
暴力振るってきたかと思いきや急にジッと見つめてきてさ。視線を辿っていくと、レルクに貰ったネックレスに行き着くものだから、余計に何を考えてるのか分からなくなった。試しに「もしかして、こっちのほうが良いのか?」って聞いてみたけど「いや普通にいい」って掌付きでノーサンキューされたし。
「終太郎」
「んー? な、にぃい……!?」
パッと手を放されたかと思いきや今度は背中から伸し掛られ、倒れまいと踏ん張った僕は思わずソウシをおんぶする形に……いやなんか文脈おかしくね?
「おかしくねーおかしくねー」
「いっ、やいやいや!」
絶対おかしいって! なんで子泣き爺みたいにどんどん重くなってんだよ!? お前コレ絶対ステータス弄ってるだろっ……なんて喚いても体力を消耗するだけだと早々に諦めた僕は、のっしのっしと浜辺を歩いてフーリガンズを目指す。[ロードスキップ]使えば一発じゃんと気づいたのは、残念ながら街に着いた後だった。
「……気安く呼ばせんじゃねーよバァカ」
道中ソウシがなんか呟いてたみたいだけど、前進するのに必死だった僕は上手く聞き取れなかった。
◇◇◇◇
「クピー……クピー…」
ダブルマーメイドプリンスとの推理遊戯に帰りの子泣き爺ごっこが効いたのか、終太郎は風呂に入って飯食ったら速攻で寝た。俺に文句言えなくなるから部屋までは自分の足で行ったけど、ベッドを前にするとマジで電池切れになったみたいで、そのまま顔面からバタンだ。
仕方ねぇから身体の下から掛け布団を引っ張り出して、かけてやった。引っこ抜いた拍子にうまい具合に転がって仰向けになったし、ちょっと勢い余って頭のほうからゴツッて聞こえたけど、寝てるし平気だろ。
「……さてと」
俺はクローゼット代わりのカラーボックス―二セット1000エドルの中古品で俺のは黒、終太郎は赤―から、レドマルクのネックレスを取り上げると――俺と終太郎のを入れ替えて元通りに置いた。べつに傷が付いてて交換したかったとかじゃない、仮にそうだったとしても海辺で終太郎に提案された時にやってるし。
「海城での闇討ちといい、信用されてねぇな俺」
予行演習も兼ねて余裕のある人間っぽく苦笑で堪えようと一応頑張ったけど、やっぱ普通に無理だわマジぶっ殺してぇ。この首輪に混ぜられた呪を百倍にして叩き返してやっても治まる気しねぇわ。
「んぅ…ソウシ……」
「っ!」
「しんじゅアメ、なんかからい……ぼくのミルクあじと、いれかえたなぁ…」
「ぷっ、くくく」
なんだよ辛くてミルクな真珠飴って。今日の焼きそばとアイス、んでこの前の飴の味ごっちゃになってんじゃん。入れ替えって部分は奇跡的にあってるけどな。今度正夢にしてやろうと脳内予定リストに書き込んでベッドに潜り込む頃には、首輪のことも殺意のこともすっかり萎えてどうでもよくなっていた。やっぱ凄ぇよ、終太郎。
「……て、空気読めよクソ闖入者が」
せっかく気持ちよく寝っ転がったってのにと俺は舌を打って跳ね起きると、窓を開けてそのまま飛び降りた。着地点は、真下でオロオロと二階を見上げてた闖入者の顔面にロックオンしたつもりだったけど――おやビックリ、避けられたぜ。
それどころか降り立った俺に向かって回し蹴りを仕掛けてきやがった。軽々と片手で受け止めたら、その足を軸にして蹴りを入れてくる始末。首だけ仰け反らせて躱すと、パッと足を解放してやった。威力はイマイチだけど素早さはまーまーイイ線いってる。
「ちょっと! 女相手になにマジになってんのよ恥知らず!」
……言葉遣いと態度は相変わらず最低だけどな。
「夜中に人ん家の前オロオロしてる変態に恥呼ばわりされる覚えはねーよ――リイン」
ついに、40話目にしてあのキャラが再登場!
評価ありがとうございますm(__)m
これからもどうぞよろしくお願いします。