第六話 異世界探偵、再び!?[中編]
一度に繋げて考えると激ムズでも、分けて考えたら割とすんなり解けたりする――byソウシ
昼時、ある飯屋を二人の男が訪れた。歳は双方ともに中年で一人はそこそこ上等な服、もう一人は安くも高くもない大量生産向きの服を着ており、二人掛けのテーブル席を選んで腰を落ち着けた……以降は上等な服の男をA、中間服の男をBと称することにする。Aはブラウンシチューとパンのセットを、Bは魚介フライの盛り合わせを注文し、仕事の話に時折世間話を挟みながら空腹を誤魔化していた。
やがてブラウンシチューが先に運ばれてきて、冷めないうちにとAが食べ始める。きっと自分の分もすぐ運ばれてくるだろうとBはソワソワと待っていたが……待てど暮らせど注文した料理はこない。そしてやっと運ばれてきて「さぁいただきます!」と手を合わせたかと思いきや、向かいに座っていたAが「時間だ、仕事に戻るぞ」と席を立ってしまう。結局Bは昼食を一口も食べられないまま、仕事に戻るはめになった……って、え?
「なんだよそのA! 自分だけ食べてBのことは放ったらかし!?」
ちなみにAとBの職業はデカい商会に所属してる商人、主人と従者でありながら親友同士だと音符を飛ばしながら締め括られたレルク王子の物語に、思わず僕はテーブルを叩いて立ち上がってしまった。二人で食べに来といて自分だけ食べるって、あんまりだ! 僕がAならBが食べ終わるまでちゃんと待ってるし、僕がBだったとしても……ソウシだって待っててくれるはずだ。そう思って自信満々に隣の相棒に意識を向けた僕だけど、
「いや、俺が同じ立場でも腹ペコのまま引きずってくね」
「だっ、ろ……はぴ?」
物の見事にへし折られました。えって改めて顔ごと向き直れば、「当然だろ」と思っていたよりも厳しい表情と声音に出迎えられる。「辛っ、でもウマ!」とお冷をお供に辛々焼きそばを頬張ってるレルク王子も、黙々と食べ進めてるカルタ王子もソウシに賛同してるのが雰囲気で伝わってきて、本気で困惑してしまう……なんで? 二人で来たなら二人で食べて帰るのが普通じゃないのって目を瞬けば、「AとBの設定をよく思い出してみなよ?」とレルク王子が箸を指差し棒よろしくチッチッチと振ってくる。行儀悪いとすぐさまカルタ王子に手を叩かれたけど。
「設定……えと、主人と従者で親友同士で――」
「商人だ、それも規模のデカい商会所属の」
ココ大事だぞと言うレルク王子。顔はわりとマジなんだけど、その手が持つ箸はあからさまに僕のミルクアイス狙ってるんだよな。あ、またカルタ王子に手叩かれた。ミニ黒板には《デザートはメインディッシュのあとで》って書かれてる……なんか既視感のある字並びだな。
「商会より、会社って言ったほうが終太郎は想像しやすいかもな」
「かいしゃ……あぁ会社! てことはAとBは上司と部下ってわけか」
「んー……まぁ、多分あってるからソレでいいよ」
カイシャって呼び名は初めて聞くけど、と頬をモグモグさせるレルク王子の口についたソースをナプキンで拭う傍ら、カルタ王子が僕らに見えるように器用に黒板を立てる。《この物語にはまだ続きがある》……あ、終わりじゃなかったんだ。そう感じたのはソウシも同じみたいで、スプーンで大きく掬おうとしてたアイスを小さく掬い直してから口に運んでいた。
「やっぱ辛ぇ……ぁ、また別の日な? 今度Aは、Bの他にも仲間を数人連れて団体で同じ飯屋に行ったんだよ」
そこでAとその他の仲間は魚介フライの盛り合わせを頼んだが、一度それを頼んで食べ損ねたBはブラウンシチューとパンのセットを頼んだ。今度は大丈夫だろうと思ったBだけど、あら不思議。なんと今度はフライの盛り合わせのほうが先に運ばれてきた。ブラウンシチューが運ばれてきたのは最後の最後で、当然Aを始めとする他の人たちは食べ終えてるわけで……。
「Bはまた、ご飯食べ損ねたんだ……」
「そういうこと」
「なんで? 最初はフライのほうが遅かったのに……」
「そこで問題だ」
なぜBは二度も飯を食いそびれたのか、同じ品でも一度目と二度目で出される順番が違ったのはどうしてか――巷で噂の名探偵に是非とも解いてほしいと告げるレルク王子の視線は、僕を通してソウシを捉えている。さっきまでの反応で、頭脳を担ってるのが彼だって見抜いたのか。
「……だそうだよ終太郎くん?」
そんでもってその事も見抜いておきながら僕を前に立たせるんだよなコイツは……!
「え、えと……AとBが会社勤めしてるっていうのが、キーポイントになってるんだよな」
大量の情報の中から大事な部分をピックアップするってことは、海の失踪を経てある程度慣れたと思う。でも、まだそれだけだ。そこから次に何を拾い上げてどう繋げて、どこに向かえばいいのか……名探偵どころか探偵にすらなれない僕じゃ、電光石火の如く解決なんて夢物語だ。
「二人だけの時はカレーのほうが早くて、大勢の時は天ぷらのほうが早かった」
「カ、カレー? テンプラ?」
「あ! 大勢の時は料理する人が多くて、天ぷらのほうが早く出来上がった……ならカレーだって早く、ていうか同時に出せるよな?」
ブラウンシチューをカレー、フライの盛り合わせを天ぷらと自分の言葉に置き換えてることにも、レルク王子の疑問符にも気づかないままブツブツと独り言ちる。出ている情報が全てじゃないけど、たぶん料理人の数はこの問題に関係ない。じゃあ何が関係ある?
「カレーと天ぷらは同じ料理か?」
「ぇ、いや全然……」
カレーは煮込み料理で、天ぷらは文字通り揚げ物。材料も道具も、作る工程だってまったく違うとソウシに言えば、彼は「だよな?」と口角を上げる。これがヒントだとピンときた僕は、思考の矛先を二つの料理に絞った。カレーはルゥを使うけど、天ぷらは油を使う。カレーは鍋で煮込むけど、天ぷらは……フライパン? あれ中華鍋だっけ?
「じゃ、カレーと天ぷらのどっちが調理しやすい?」
「え……カレーかな? 初心者向け料理ってよく紹介されてるし」
「……言い方を変える。どっちが最短で作れる?」
あ、調理法は関係ないのか。重要なのは調理時間のほう……それで考えるなら天ぷらだ。カレーは確かに簡単だけど、煮込み料理だから味が染み込むまでどうしても時間が掛かる。けど天ぷらは、油さえ温めて衣がつけばそれで出来上がりだ……あ!
「早く作れるから、大勢の時に先に出せたのか!」
「ほぉ?」
「あれ、でも二人の時はカレーが先だった……えぇなんで…?」
一つだけ分かった、僕絶対理数系じゃない。もう頭がパンクしそうだとテーブルに突っ伏すと、よく頑張ったと褒めるみたいに頭を撫でられる。ソウシの掌だった……もう見なくても分かるようになったんだな、僕。
「まだ海での一悶着の疲れが残ってんのかな、名探偵はエネルギー切れを起こしたようだ」
だからここからは俺が話させてもらう――攻守交替だとパシッと僕の頭を叩くと、ソウシは二人の王子を見据え、指を三つ立てた。
「まず、この問題で重要なのは時間だ。それは調理時間にかぎった話じゃない」
商人……会社員にとって時間厳守は基礎中の基礎。顧客や上司に呼ばれたら食事中でもすっ飛んで行くのが常識だと、指を一本折り畳みながらソウシは言う。え、マジで? 大人の世界ってそんな非人道的なのかと思わず顔を上げたら、「上下と横の繋がりが厳しい世界にいる大人はな」と苦笑が返ってくる。
駅の周辺に立ち食い蕎麦を始めとする客の回転が速い飲食店が多いのも、上下横関係の束縛組代表例である営業の大人たちがカレーやうどんといった、早く食べれて腹が膨れやすい料理を好むのも、上司からの急な呼び出しに備えてのチョイス。それを軸に考えるなら例え天ぷらのほうが先に運ばれてきたとしても、咀嚼に時間が掛かるからどのみちBは食べ損ねただろうと。
……今のソウシの笑み、よく目にする無知な子供を見守るようなそれよりも苦味が強いように感じたけど、問い質すより先に「次に注目すべき点は料理の保存法、鮮度と言い換えてもいい」ともう一本指が畳まれた。鮮度=魚という単純思考しかできない僕は、やっぱり魚介のフライのほうが早く美味しく作れるじゃんと首を傾げるしかない。
「逆にカレー……ブラウンシチューは、二日か三日くらい経ってからのほうが美味しいんじゃ…」
「そう、つまり?」
「つまり、つまり……あっ、作り置き!」
カレーは時間が経ったほうが美味しい、ある程度作り置きが許される料理なんだ! それに一度に作れる量も多いから、注文が入っても一から作る必要はない。温め直すだけですぐ出せる。だからAとBが二人だけで来店した時はブラウンシチューのほうが早かったんだと僕が興奮を露に起き上がれば、ソウシは「正解」と指パッチンする。とりあえず一問目クリアだと僕は胸を撫で下ろすも、ソウシはすかさず「じゃ次、大勢のパターンは?」と二問目を提示してくる。インターバル無しかよおい。
「えっと……B以外の全員がフライの盛り合わせを頼んで、そっちが先に運ばれてきたんだよな?」
「そ、一問目との圧倒的な差は客の数だ。あ、ちなみにこれ三つ目のポイントな。安くしとくぜ」
「特売セール? てか金取んの……ってそうじゃないな。多いほうが優先されるのか?」
「まぁ料理にもよるけどな。シンプルに考えてみろよ。フライ9:シチュー1なんてあからさまな差を出されたうえで後者が先に運ばれてきても、頼んだほうも気まずくて食えねぇだろ?」
「あー……それもそうだな」
AとB二人だけだった時は、温め直すだけで提供できるシチューが先に運ばれてきた。そして部下を連れて大勢で来店した時は、超少数の料理を先に出しても客が食べにくいから、注文数の多かったフライが先に出てきた。
そしてBが二度とも食べ損ねたのは、前述の流れを読めずタイムリミットがきてしまったから……か。とりあえず答えは出揃ったけど、なんかちょっと釈然としないっていうか、身も蓋もない言い方をすると……アレだ。
「ショボい?」
「ん、ショボ……ハッ、いやいやいや!」
まんま本音だけど出題者を前に失礼すぎるだろと首を振り、チラッと前方の王子二人を盗み見る――と、
「ココ回ってからコッチ行ったほうが、ソコも寄れて一石三鳥じゃね?」
《……なら、ソッチも寄っていくのは?》
「おーっ! さすがカルタ!」
……いやもう完っっっっ全に飽きとるやんけ! テーブルに地図広げてどっから回ろうか相談してるわ二人して思っくそ観光モード入っとるわ! 嗚呼仲良きことは美しきかな、じゃないだろ!
「ったくもう、こっちは真剣に頭悩ませてんのに……」
「普通に頭にくるな。あとで碇に纏めて沈めとくわ」
「いやそれはやり過ぎ!」
「あーそうだ」
さっきの推理にちょっと補足があると言って、ソウシが三本指とはべつに親指を立てる。わーお器用だこと。僕もノリでやってみたけど……駄目だ、どうしたって薬指が一緒に折れてしまう。これ中指と人差し指、薬指と小指を合わせて太いチョキを作るより難しいんだけど……って今はどうでもいいか。
「ポイント二つ目、鮮度について思い出してほしい」
「鮮度?」
「味の美味さって言ったほうがいいかな」
シチューより早く作れるフライ、天ぷらはカレーとは真逆で揚げ立てが一番美味しいだろとソウシが続けた言葉で、ああと僕にもやっとゴールが見えた気がした。カレーは、もちろん長時間放置すると冷めちゃうけど、温め直せばまた美味しく食べられる。でも天ぷらは一度冷めたら、温め直しても最初のサクサク感は戻ってこない……衣の食感はフライの命だ。
「レンチンしたらフニャッてなるし、自宅ならともかく、店だとトースターとかオーブンで焼き直す時間もないだろうしな……あ、いやこの世界まず家電ないわ」
大勢の来店時にフライのほうが早かったのは、客により美味しく食べてもらうためでもあったんだ……って、改めて考えるとなんか当たり前のことだよな。二問目だけじゃなくて一問目も。変だなぁ、最初に聞いた時はあんなに難しそうに思えたのに。
「連立方程式と同じだよ、終太郎。一度に繋げて考えると激ムズでも、分けて考えたら割とすんなり解けたりする」
根っこ、連立方程式で言うところの`{`さえ繋がっていれば解がズレることもない……か。凛とした顔つきからしてそうかなって思ってたけど、ソウシは理数系だな。それも僕みたいな文系寄り(?)に優しい理数系。やっぱり思ってたよりはショボいなって感想は拭えないけど、とりあえずスッキリとA.が見えたよ。
もはや"謎とはなんだ…"のレベルの話に…(´;ω;`)