第二話 カウボーイとマーメイド[後編]
仰せのままに、My buddy――by ソウシ
「なんでこんな流れに……」
「まーまー、いい戦いだったよお兄さんよ」
「アリガトゴザマース」
回想もそこそこにテーブルに突っ伏した僕に、ちっこい小父さんが善意マックスで慰めの言葉をかけてくれる。若干棒読みでそれに応えながらチラッと横目を向けると、連勝を果たしたソウシがギャンブラーたちに囲まれている姿が見えた。幸運の持ち主だとかナイスプレイだとか、ちやほや酒を注がれることに満更でもないのか、鼻がちょっと天狗になっていた。
「……ふっ」
完敗したのに、僕の口角は上がっていく。相棒がカンストステータスだなんてややこしいことは言えないし、方向性もだいぶ違うけど――やっぱり本当の功労者が讃えられないとおかしいもんな。
「いいコンビじゃん」
「へ?」
いつの間にか店内に戻ってきたウルが、「風呂と客室の準備できたぜ」と片目を瞑って店の奥を指差す。ありがとうと顔を上げて、けどゲームに負けたからソウシに高い酒奢らなきゃとカウンターのほうを顧みて、
「お、風呂入れるのか? だったら終太郎に髪洗ってもらおっかなー」
「ちょ、どわっ……」
垂れかかってきたソウシに押し潰された。酒はいいのかよと肩越しに振り返ると、何杯も色んな酒が注がれた痕跡のあるグラスをこれ見よがしに僕の顔の傍に置き、後ろで輪をかけて盛り上がっている客たちを指さす。どうやら彼らが連勝の祝いだと言って、そこそこ値の張る酒を注いでくれたからもういいと言いたいらしい……なんとサービス精神旺盛な人たちだろう! 感動のあまり目頭が熱くなった。
「だいたい無一文だって分かってんのに、本気で奢らせるわけねーだろ」
「でも僕から言い出したことだし……」
「だから代わりに髪洗えっつってんの。ってことでよっこらせと」
「ぁ、おい!」
クソ真面目すぎると息が詰まるぞーと言って問答無用で僕を肩に担いだソウシは、ウルに風呂の場所を確認するなりタッタタ駆け足で店の奥に引っ込んでしまう。図々しくも替えの服と下着まで請求しやがって……二人にはあとで謝ろう。
「うーん」
「どうしたんすか姐さん?」
「いえ、黒髪の……ソウシさん、でしたっけぇ? 彼と何処かで会ったことがあるような気がするんですよねぇ」
「マジっすか。実は俺もなんすよ」
でもそれが何処だったのか、全然思い出せないんすよねぇ――なんてナージュさんとウルがちょっと意味深なやり取りをしている一方で僕といえば、
「あ~極楽ぅ~」
「ハイハイそれは何より」
湯舟に浸かったまま偉そうに縁に寄りかかっているソウシの髪を、頭皮マッサージ付きで洗っていた。言い出したのは僕のほうだし髪も艶サラで洗いやすいから全然不満もないけど、こうも踏ん反り返られると……なぁ。しかも骨と皮しかないような薄っぺらい僕の身体と違って、ソウシの奴は普通に筋肉質で六角筋バキバキだし。どんだけ着痩せすんだよ詐欺だろ。
「そんなジッと見つめられっと照れちゃうなぁ」
「なっ」
「終太郎くんのエッチ❤」
「喧しいわセクハラステータスめ!」
スケベなのはどっちだと、桶に組んだお湯をそのニヤけ顔にぶっかけてやる。もちろん湯舟に石鹸の泡が入らないように注意して。三回くらいそれを繰り返して髪についた泡を綺麗に流し、タオルで適当に纏めてやる。
「はい終わり。身体は自分で洗えよ」
「ん。じゃあ次は俺の番な」
「へ、ちょっ……」
湯舟から上がったソウシは逆に僕を湯舟に浸からせると、さっそく頭から湯をかけ石鹸を泡立て始めた。お前と違って短髪だから自分で洗えると意見しても鼻歌で流されるし、まぁいっかと大人しく洗われることにする。
「……ふぅ…」
おいおいおいコイツ僕より断然上手い。あーヤバい寝そう……てかなんだよ、シャンプーのスキルまでレベル99999ってか? 完璧かよ腹立つ!
「`ステータスのくせに酒を飲んだり風呂に入るなんて`」
「は?」
「そうは思わなかったのか」
「……なんだそれ。ステータスだろうが何だろうが、身体があるんだから腹が減ったり喉が乾くのは当たり前だし、一日の終わりに風呂に入りたくなるのも普通だろうが」
バカな質問のせいで眠気が吹っ飛んだどうしてくれんだとブスくれると、ソウシの手の動きが一瞬止まる。おいおいそんなに僕の意見って意外か……いや待てよ。
「もしかして、前バディを組んでた奴にそう言われたのか?」
「え、ぁ、いやそんなんじゃ――」
「だったらそいつがクズなだけだから、気にしなくていい」
「…………」
「言っとくけど、僕とバディを組むからにはちゃんと食って風呂入って寝てもらうからな」
「…………」
「……もしもーし、手が止まってるんですけどー」
ヤバッ、さすがに今のは調子に乗りすぎたか――なんて人知れず焦った僕にソウシは小さく笑いかけると、
「仰せのままに、My buddy」
お湯をぶっかけてきた。うわっ泡目に入った痛っ! やっぱ怒ってんじゃん口で言えよっ――そんなふうに喚きながら目を擦っていた僕は、知らなかった。自分の後ろで、揶揄いもせず妙に静かにしているソウシがどんな顔をしていたのか。
「バディを組んだのは、終太郎が初めてだよ」
「うぅ目が……ぇ、初めてなのか?」
じゃあ何でと重ねて聞いても曖昧に笑いされるばかりで……なんとなくこれ以上触れてほしくないんだなと察した僕は、質問を変えることにした。
「死刑なんて呼ばれてるくらいなら、やっぱこの世界にも魔王とかいたりすんの?」
「あー……居たみたいだけど倒されたって聞いたし、今はいないんじゃない?」
「え、ラスボスいないのに最高難易度のままなのか!?」
「まぁモンスターは普通にいるし魔王側の残党もいるだろうし、そもそも他と比べたら個人のレベルが高いからなこの世界」
「へ、へぇ……」
だとしたらウルのレベル350って単にこの世界のレベル数値の基準が高いんじゃなくて、本当にダンジョンとかのボス並みの実力があるってことか。そんなウルの攻撃を以てしても壊せないバリアを張ってた、あの泥棒も……疑ってたわけじゃないが、ソウシの実力と比べると強さの基準というものが分からなくなる。
「ま、俺からすればオール雑魚だけど」
「だから思ってても言うなって!」
そりゃ99999なんてぶっ飛んだ強さと並べたら九割九部の存在がモブになるでしょうよっ、て僕も相当酷いこと言ってるよな。ソウシの御眼鏡に適わなかったら、僕だってその雑魚の一人でしかなかっただろうに。
(ほんと、なんで僕なんかの……)
パシャンと、手で作った水鉄砲で湯を飛ばす。一目惚れとか言ってたけど絶対に嘘だ。記憶はないけど……なんとなく、自分があまり誰かに必要とされる人間じゃなかったことは分かる。名前も不吉だし見た目もパッとしないし、身体だって何年も寝たきり生活を送ってたみたいにヒョロガリだし。
バシャッ!
「ぶっ、冷たっ! ソウシこれ水じゃんかっ」
「バディでいる条件、俺からも一つ出す」
「はぁ? いきなりどうし……」
身体ごと振り返って見上げたソウシは、怒っていた。凪いだ波のように静かな声音と、地中で煮える溶岩のような苛烈な眼差し。初めて目の当たりにする彼の憤怒に背筋が凍り、思わず後ずさって肩まで湯に浸かる。
「過度に自分を卑下するな。それは俺への冒涜と同じだ」
「っ、僕そんなつもりじゃ……」
「…………」
「……ごめん」
精一杯の謝罪の意を込めて湯舟のなかで正座する。そうだ、選んだ相手が自分自身を悪く言ってたら気分悪いに決まってる。バディは自己完結するものじゃないって偉そうに説教しておいて、僕も全然ソウシのこと言えないじゃんか。
「もう言わない。約束する」
「分かってくれたならいいよ」
もっとネチネチ叱られるかと思ったが、ソウシは意外とすんなり許してくれた。ちょいちょいと手招かれるままにもう一度湯舟の縁にもたれると、冷水を浴びて冷えた頭に丁寧に湯をかけて温めてくれる。
(あーこれは……)
深刻な喧嘩にならなくて安心したからか、吹っ飛んだはずの眠気がまた戻ってきた。常世人とは何者なのか。なんでステータスに自我があるのか。なんで僕には死んでなお、自分で考えて喋れるだけの意思があったのかなどなど聞きたいことはまだ沢山あるのに……そのどれもが言葉になる前に泡となって消えていく。おいおい僕は人形姫じゃないぞ。
「俺が洗ってもいいなら、そのまま寝てていいぞ」
「……いやそれは遠慮しとくわ」
フッとまた眠気が遠のいたのを機に、湯舟から出た。ソウシは善意で申し出てくれたのだろうが、お前一人洗うことくらい苦でもないと言われてるようで男としてはちょっと悔しい。
「それは残念」
「おう、気持ちだけ貰っとくよ」
「サイズ測って教えてやろうと思ったのに」
「おい待てなに考えてんだ変態!」
「なにって、足のサイズだけど」
「~~~~っ!」
「俺が変態なら終太郎はド変態だね」
「うっせぇお前が紛らわしい言い方するからだろ!」
互いに水をぶっかけて、雪合戦ならぬ石鹸合戦をして……身体はさっぱりしたが体力的には入浴前よりもクタクタになってしまった。
ストン。
「…………」
「ブッ、くくくく……!」
脱衣所にてタオルで身体を拭いた僕は、ウルが貸してくれた下着とスウェットみたいな服に着替えようとしたのだが……腰まで上げたはずの下着が、どっっっっこにも引っかかることなく綺麗に足首まで落ちた。下着でそんなだからズボンなんて言うまでもない。
まぁ、そりゃな。ウルだってソウシに負けず劣らずの筋肉マンだったし僕より長身だし、服のサイズが合うわけないわな。それに比べてソウシの奴は「ちょっとキツいけど肌触りはいいな」なんて余裕ぶっこいて、さっきから爆笑してやがる! 喧嘩売ってんのかコラ!
「ぶっプププププッ、ヤバい腹捩れそう……!」
「いつまで笑ってんだよ失礼な奴だな!」
タオルでバシバシ叩いてもソウシの笑いは止まるどころかヒートアップする一方で、しまいには笑い声を聞きつけたウルが「どうした?」と脱衣所まで様子を見にきてくれたのだが、どうにかブカブカパンツを穿こうと悪戦苦闘してる僕と抱腹絶倒真っ只中のソウシを前に無言でゆっくりと目を瞬くと、
「紐、持ってくるな」
悟りを開いた仏様みたいな顔をして、静かに扉を閉めて出ていった。
「いやリアクション! いっそそこの性悪みたいに大笑いしてもいいから何かリアクションくれよ! 僕が可哀想な奴みたいじゃん!」
「ぶわっはははははははっアーッハッハッハッハ!」
「お前は笑いすぎなんだよ本気で泣くぞ!」
って言いながらもう視界潤みまくってますけど! 僕とソウシの記念すべき転生一日目は、そうして幕を閉じたのだった。