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第五話 海の花嫁[後編―終―]

おつかれさん

お互いにな


by終太郎&ソウシ

「すいません、誰かこの瓦礫あっちに運んでくれませんか?」

「あ、僕運びます! ごめんソウシ、ちょっと行ってくる」

「ん、猶予二秒な」

「一歩で片付けて戻れってか!? もうただの反復横飛だろ!」

「ハハハ、ほんとお前ら仲いいな♪」


 仕方ないからオレが行ってやるよと、やたらご機嫌な様子で衛兵のヘルプに向かうウル。なんかいい事でもあったのかなって呟くと、ソウシは「大好きな姐さんと一緒に帰れるから、舞い上がってんじゃねーの?」と軽く応えて踵を返す。彼がもともと抱えてた瓦礫の上に、僕が持ってたはずの瓦礫を重ねて抱えながら。


「ったく、ムチャ言ったかと思いきや優しくしてよ……」


 分かりにくい相棒に苦笑を浮かべると、僕は塵取りと箒を借りて、隅のほうに溜まってる細々とした破片を回収した――盛大な親子喧嘩から一晩明けた翌朝。僕とソウシ、ウルの三人は城の修繕を手伝っていた。女王……ジュリーさんとナージュさん、それからシェリーさんとシェーレさんは婚約破棄の話し合いをするために朝早く西海へ向かったみたいで、僕らが起きた時にはもう不在だった。


「なーなー、シェリーがついに腹括ったってホント?」

「……へ?」


 こんなもんかと一区切りついたところで急に肩を叩かれ、振り返ってみると、見たことない人魚がワクワクと僕を見下ろしていた。ラズベリーレッドの、襟足を三股の三つ編みにした肩までのクラゲヘアにグレイの瞳。


 首から胸元、そして手首をこれでもかと飾り立てるネックレスやブレスレットの山。とにかく派手でチャラいマーメイドだ。少なくとも衛兵じゃないし、一般の人魚って感じでも……いやマジでどちら様!?


「レルク、自己紹介」

「へ、ボクのこと知らない奴なんかいんの?」

「いる、目の前」

「マジでか?」


 にゅっ、と長い三つ編みの髪をマフラーみたいに巻きつけた無表情な人魚が出てきたかと思いきや、派手なほうの人魚は「ごめんごめんビックリしたよな?」とさり気なくパーソナルスペースを確保してから向き直ってくれる。僕は「ぁ、こちらこそ」と反射的に会釈していた。たぶん、普通に良い人だ。


「ボクは北海のマーメイドプリンス、レドマルク。後ろのコイツはカルタドラ、東海のマーメイドプリンスだ」


 気軽にレルク、カルタって呼んでくれと差し出された手を「シュ、終太郎デゴザイマス」とどうにか握り返す僕……が、当たり前にその掌は手汗まみれだ。


(ダブルプリンスのお出ましとか聞いてないし! てかこんな終盤で新キャラ出す!? もういいじゃん次で!)


 またいつもの思いつきだろキャラ(こっち)の心情お構いなしかアホ作者めと内心で散々に罵りつつ、「見ない顔だと思ったら人間か、冒険者?」と興味津々に顔を覗き込んでくるレルク王子に、「ま、まだ新人ですけど」とコクコク頷き返す。いや近い近い近いって王子様……せっかく保ってくれたはずのパーソナルスペースが一瞬で無になったよ。たぶんアレだ、気分がノッてくると距離感バグっちゃうタイプだ。


「で、やっぱシェリーはシェーレを選んだのか?」

「……へ?」

「あれ違ぇの? じゃあシェーレが当たって砕けたのか?」

「当た、て……?」

「レルク、違う」


 おいおいなんかとんでもない勘違いしてるぞ、と焦る僕に助け舟を出してくれたのは、カルタという愛称で紹介された三つ編みマフラーヘアの王子様だった。踵まであるネービーブルーの長髪はひと房だけラズベリーレッドが混じっていて、ちょこんと覗いてるグレイの瞳は感情を読み取らせてくれない……改めて見るとめちゃくちゃインパクトある人魚だな。口数少なそうだから誤解しがちだけど、素の派手さでいうならレルク王子以上だ。


「`当たって砕けた`は失恋」


 いや助け舟ってそっちかよ!


「あ、そっか。じゃあ`当たって実る`だな!」


 ほら勘違い助長されたし!


「で、ホントのところはどうなんだ? あいつとジュリナージの婚約、正式に白紙になったんだろ?」

「っ、もう広まってるんですか?」

「ま、水は空気よりも音をよく伝えるからな。情報も然りってやつだよ」

「…………」


 言い得て妙なんだろうけど、あんまり気分は良くなかった。シェリーさんはナージュさんのため、シェーレさんのため、なにより自分の成長のために断腸の思いで自ら婚約を破棄したんだ。間違ってもこんな、面白おかしく話題にされるために決断したわけじゃない。


「王子様よ、良くも悪くもいい性格してるって言われるだろ?」

「っ、ソウシ!」


 言い淀んでいた僕をフォローするように、ソウシが間に入ってくれる。ダブルプリンスに向けられたゴールデンアイには敵意こそないけど、若干の距離感というか壁を感じさせる圧が込められていた。でもそれに気づいたのはレルク王子じゃなくてカルタ王子のほうで、「おぉっと、こっちも相棒持ちか」って余裕で口角を上げてる前者の腕を掴んで、さり気なく下がらせた。


「そーいうデリケートな話は俺らみたいな部外者じゃなくて、本人に直接聞くのがセオリーだろ?」

「部外者って、二人ともシェリーたちの友達なんだろ?」

「は? いや別に――」

「誤魔化そうたって無駄だぜ、シェリーって愛称を知ってんのはアイツと親しい奴だけだからな? しかも城、それも玉座の間を直すの手伝ってるってことは、ドンパチにも関わってたんだろ?」


 もう立派な関係者じゃんと片目を瞑ってみせるレルク王子を前に、ソウシも僕も思わず固まってしまった。確かに僕らは最初彼の愛称どころか、ヴァルシェって呼ばれることに嫌悪感があることすら知らなかったし、ただ陸から招かれたor迷い込んで保護された人間が玉座の修繕に関われるはずがない。この王子、見かけによらず洞察力が凄い……、


「ってカルタが言ってるぞ?」


 わけじゃなかったんかい! ちょいちょいと前方、ていうか僕とソウシの背後を指さすから振り返って見れば、カルタ王子が今し方のレルク王子のセリフそのまんまが書かれたカンペを持っていた。まんま読み上げただけで覚えてもいんかったんかい……とか言う僕も、ミカン事件の時はソウシの推理をそのまま声に出してただけなんだよな。


「ま、それでもそこそこの観察力はあるよ、あのチャラ王子」

「へ?」

「だいぶ飛躍してるけど、西海コンビの切っても切れねぇ縁をちゃんと分かってる。もしかしたら、王子のナージュへの思いが母性を求めてのそれってのも見抜いてたかもな」


 どのみち幼馴染なら当然の観察力だけど、と言うソウシ。当然、か……でもシェリーさんは、シェーレさんの献身と葛藤に昨日まで気づけてなかったんだよな。シェーレさんが隠してたってのもあるけど……たぶん赤裸々だったとしても、近すぎたら肝心な部分が見えなくなるんだ。


(って、なんか他人事に聞こえないなぁ……)

「シュウタロウ? 姐さんたち戻ってきたのか?」


 ああだこうだと屯っているうちに、衛兵の手伝いを終えたウルが戻ってくる。気後れしまくりだった僕と違って、彼は「オレはウル、ナージュの姐さんの右腕だ」と二人がマーメイドプリンスだと分かっても堂々としていた。レルク王子もその態度が気に入ったみたいで、「なるほど、ジュリナージの好みドンピシャだ」と口角を上げている……そういえばと、僕は一つ思い出した。


(ナージュさんには、愛称がないのか)


 `ナージュ`っていうのはたぶん、彼女が陸に上がってから名乗り始めた名前だ。でも目の前にいる二人のマーメイドプリンスもシェリーさんも、ジュリーさんでさえそれぞれ愛称をもっていて、後者を除いて互いにその愛称で呼び合っている。そんななかナージュさんだけは`ジュリナージ`ってフルネームだ……。


「愛称は、諸刃の剣」

「っ、え?」

「顔に出てた」

「……え…」


 丸見えだったらしい僕の思考への答えと、それに僕が驚愕した理由への答えをまとめて同時にくれたのは、カルタ王子だった。反射的に顔を上げれば一瞬目が合ったけど、最初から長話する気はなかったらしい向こうさんはそっぽを向く。反発する磁石みたいにパッと……。


(愛称は諸刃の剣、か)


――個を殺して王に徹する、私も最初はそうなろうと思っていました。民は大事ですし、海も好きですし、なによりお母様がそのように生きていましたから


 当たり前に進むべき道と目の前に敷かれたレールを、本能的にそうとは受け取れなかったナージュさん。だからこそ愛称を禁じて、名前(個性)への愛着をもたないようにしてたんだろう……じゃあシェリーさんは、この二人はその辺りどう折り合いをつけてるんだろうとそっと様子を覗って、


「カルター真珠飴くれー」

「ダメ、食べ過ぎ」

「あと一個だけでいいからー」

「さっきのがその`あと一個`」

「んぇー……」


 あ、とすぐに分かった――シェリーさんにはシェーレさんが、レルク王子にはカルタ王子がいる。名を譲っても自分を自分と分かって接してくれる、唯一無二の相手が。きっと相手の存在そのものが、自分の名前みたいなものなんだ。でもナージュさんはそこまで託せる相手がいなかったんだ、少なくとも海には。


「真珠飴って美味いっすよねー」

「え、食ったことあんの? 陸、っていうか人間にはあんま売ってないって聞いたけど」

「あー自分で買ったんじゃなくて……姐さんがよく分けてくれるんす」


 お使いとか配達のお駄賃代わりによく、オレももう子供じゃないんすけどと照れ笑いをこぼすウルを見ながら僕は思う――海では出逢えなかったからこそ、陸で出逢えたのかもしれないって。


「ゲッ、お前らなんでここに……」

「お? よぉ帰ってきたか!」


 あからさまにドン引いてる声音など知ったことかと言わんばかりの陽気さで、レルク王子が片手を上げながら振り返る。つられるように同じ方向を見やった僕は……ギョッと目を剥いた。シェリーさんたちが帰ってきたことは声で分かってたけど、驚かされたのはその姿だ。シェリーさんも、その後ろから遅れて現れたシェーレさんも――揃って湿布と絆創膏まみれだった。昨日の戦闘の傷じゃないことは、[ケアリー]を使っていないことから分かる。


(ってことは……)


――あとでお前の隠し事の数だけ殴らせろ、そんで同じ数だけ俺を殴れ……そしたらちゃんと`傷つけてごめん`って謝るから


(あ……)


 真正面から喧嘩して、仲直りできたんだ。そうだよなと視線にのせてソウシのほうを振り返れば、「だろうな」と言うように肩が竦められ、僕はついホッと息をこぼしてしまう。べつにそんな僕らのアイコンタクトを読んだわけじゃないだろうけど、向き直った拍子に目が合った二人はペコッと頭を下げてきた。


 ホント面倒でしかなかったと隠すことなくと鼻で笑ったソウシに苦笑を浮かべつつ、僕はゆるりと首を横に振る。ソウシは上手くシェーレさんの背中を押せたみたいだけど、僕なんかは切っ掛けになれたのかすら正直分からない。力になれたなら幸いだけど……でもちゃんとぶつかろうと決めて実際にぶつかって向き合えたのは、二人のなかに揺るぎない絆があったからだよ。


「へぇ? 派手にやり合ったじゃん」

「痛っ、触んなまだ痛ぇんだよ!」

「シェリー二十八箇所、シェーレ十九箇所」

「数えんなって!」


 傷だらけの姿を茶化しながらも、二人を見る王子たちの眼差しはどこか温かい。そういえばシェリーさんとシェーレさんが喧嘩するのって初めてのはずなのに、王子たちは僕みたいに驚いてなかったな……互いに一歩踏み込めなかった二人の関係に、薄々気づいてたのかな?


「シェリー様、やはり[ケアリー]で――」

「やだって言ったろ。こういう傷は残しといたほうがいいんだよ」


 それにもうクソ親父にも顔見せたし、今さらだろとそっぽを向くシェリーさん……え? その姿で西海の王様に会いに行ったの? てっきり話し合いが終わってから喧嘩したものと……度胸あるなぁ。


「いや父親相手だから何も考えずに突っ込んだだけだろ」

「あ、そっか」

「で、どうだったんだ?」


 お父さん相手ならさもありなんかとポンと手を打つ僕をよそに、ソウシは交渉は恙無く済んだのかとシェーレさんに尋ねる。けどそれに答えたのは彼じゃなくて、


「心配しなくても、ちゃんと話つけてきたわよ」


 ジュリーさんだった。続いてその肩口からナージュさんが「ただいま帰りましたぁ~」とひょっこり顔を覗かせ、お土産だと言って巾着から取り出した飴玉を配ってくれる。包み紙もビニールの個包装もされていない、なのに触ってもベタつかない真珠みたいな飴。もしかしてコレ、と手渡された飴をつまみながら王子コンビのほうを見やると、


「まぁ、レルクくんにカルタくん! お久しぶりですねぇ」

「おー! ジュリナージも元気そうだな!」

「ふふ、ありがとうございますぅ。あ、お二人もお一つどうぞぉ」

「やったぁ真珠飴――」

「没収」

「あぁああちょっ、おいカルタ!」


 思った通りカルタ王子に飴を没収されたレルク王子が半泣きになっていて、ナージュさんが懐かしそうに二人を見つめていた。ウルが「姐さんおかえりーーーー!」と子犬みたいに駆け寄っていくと、そっちに夢中になったけど。


(それはそうと、コレが真珠飴か)


 チラッと、相も変わらずカルタ王子に強請っているレルク王子を盗み見る。向こうは僕に気づいてないみたいだけど、食べたがってる人の傍でこれ見よがしに食べるのはなぁ……やっぱり後で食べよ。


「今後の参考にしたいんで、どんなふうに話進めたかだけ聞かせてもらえません?」

「え?」


 そっと飴をハンカチに包んでポケットにしまっていると、ソウシとジュリーさんの会話が聞こえてきた。振り返ってみたものの、僕の立ち位置からじゃジュリーさんの戸惑ってる顔が見えるだけで……ソウシの顔は見えない。


「急になに、誰かと交渉の予定でも入ってるの?」

「入るかもしれないからこうして頼んでるんです」

「っ……ならまずはその威圧感を抑えることから始めなさい」

「威圧感?」

「うそ無自覚?」

(なんの話だ……?)


 段々と抑えられていく声量に比例するように、僕の足は二人に近づいていく。一度も振り返ってないにも関わらず、ソウシは僕が近づいてることに気づいてたみたいで、真後ろまできたところで腕を引っ張られて隣に並ばされた。と、ジュリーさんの瞳が「なるほどね」と呆れたように眇められる……いや何が? 何が`なるほど`なの?


「貴方にとって世界は、その子かその子以外かの二択ってわけね」

「……はい?」


 `なるほど`の解説をしてくれたのは分かったけど、根本的には余計に分からなくなった。疑問符を飛ばしまくりの僕は早々に見限られ、ジュリーさんの意識はソウシに戻される。


「話してもいいけど、あまり参考にはならないと思うわよ」

「というと?」

「……娘とヴァルシェリア王子の婚約は私じゃなくて、西海の王のほうから持ちかけられた話だったのよ」


 年々、女王の座が近づいていくのに比例して上の空になっていく娘をジュリーさんが案じていたように、西海の王も自分の話に聞く耳持たずで亡き母の面影を追っている息子のことを、王なりに心配していたらしい。


 婚約話はどこか不安定な後継者二人の今後、強いては南と西の将来を少しでも安定させようという意図で、王が持ち出してきたとか……いやいやいや王よ。不安定な者同士をくっつけたからって安定するとは限りませんからね? 最悪共倒れますから。


「私もどうしたらあの子がしっかり前を見据えてくれるか分からなくて……隣を歩いてくれる誰かがいればもしかしたらってその場で承諾したのよ。特にデメリットもなかったしね」


 西海の王はそんなジュリーさんの藁にも縋るような思いもお見通しだったようで、本人たちが乗り気でなかったり気が変わるようなら無理強いはしないと、あらかじめ伝えていたようだ。ナージュさんの家出から七年間婚約話を保留にできたのも、そもそも西海の王がこの婚約に政治的な意味を込めていなかったからだ。


「正直、七年間も放ったらかしにして今さらどの面下げてって思ってたのよ。王子は王子でお付きの彼と大喧嘩して傷だらけになってるし、最悪今後の交流停止も覚悟したわ……けど」

「そうはならなかったんだろ?」


 やけに自信満々にソウシが言葉を繋げる。こうして四人とも明るい感じで南海に帰ってこれたんだから、何かと引き換えにとかグレーな取引きを持ちかけられたとか、そういうのがなかったのは僕でも分かるけど……ソウシは他にも気づいたことがあるみたいだ。


「あいつが王を毛嫌いしてんのは、王がただのダメ親父じゃないって本能的に分かってるからだろうな」

「へ?」

「西海の王が婚約を持ちかけたのは、あの二人をくっつけて安定させるためじゃねぇ――何らかのアクションを起こしてほしかったからだよ」


 ソウシが顎をしゃくった先では、シェリーさんとナージュさん、シェーレさんが幼馴染二人とウルに囲まれて笑っていた。嗚呼、と僕もなんとなく分かった気がした。王もあの三人の微妙にすれ違った関係に気づいてたんだ。


 だけど直接アクションを起こそうにも息子には一方的に嫌われてて、ナージュさんとは大して接点がないしそもそも他海の人魚だ。シェーレさんは立場的にプレッシャーになる可能性がある、だから婚約を……いやそこで婚約って思い切りよすぎない?


「やっぱりよく分かんない……」

「まぁそこは年の功っていうか、当たるも八卦当たらぬも八卦っていうか」


 年若いモンにはできない賭けってヤツだと分かったふうな口叩いてるけどソウシ、お前も十分年若いからな? ジュリーさんもそこは僕と同意見だったみたいで、「今時の陸の子ってませてるのね……」となんか残念そうな目をしている。


「でも、みんな笑ってるな」


 それは本当に、改めてナージュさんたちを見つめた僕の口からふっと零れた呟きだった。最適解と正解は違う。昨日の時点では最適解だった僕らの言葉・選択が、明日も正解だとは限らない。なにせ南海や西海という国の行く末が懸かってるんだ……あの時ああしてればこうしてればって、タラレバを繰り返して後悔する日が来るかもしれないけど、


「そうだ、ちゃんと心から笑ってるよ」


 少なくとも今は、これで良かったんだ――心の中で紡いだ僕の言葉をなぞるようにソウシが声に出し、肩を組みながら口元に何かを差し出してきた。チラッと見下ろしたそれは、オレンジ色の真珠飴だった。お前も食べてなかったんだなと「あむっ」と飴を頬張ると、僕もポケットからハンカチに包んでいたレモン色の真珠飴を取り出す。


「おつかれさん」

「お互いにな」


 難易度死刑(ナイトメア)の異世界にて初のクエスト、これにてクリアだとソウシが飴を口内で転がす。勝利の味っていうと大袈裟かもしれないけど、冒険がひと段落した後に舐める飴は想像してたよりもずっとずっと美味しかった――美味しかったんだけど、


「あ、そうだ忘れるところだった!」


 甘美な味わいは、そう長くは続かなかった。「シュウタロウー、ソウシー!」とこっちに泳いできたウルが、マリッちさんからの預かり物だという手紙を手渡してくる。普段の僕らならまず「海の中で手紙って、ボロボロになるんじゃ……」、「防水加工の魔法が使われてるから心配ねーよ」なんて会話を繰り広げるところだけど、


「じゃ、確かに渡したからなー」

「ぁ、うん」

「ありがとな……」


 今の僕らは、背を向けたウルにお礼を言うのすらいっぱいいっぱいだった。なんか、物凄く嫌な予感がするんだよなこの手紙ー……[ピジョンメッセ]じゃなくて手紙っていうのがなー…。ソウシも同じ予感を覚えてるみたいで、「いっそ読む前に燃やしちまうか」とか呟いてる。うん、それはダメ。ってわけで怖いけどっ、オープン・ザ・レター!


《やっほー、シュウボーイにソウボーイ! マリッちだよ☆ 捜査のほうはジュンチョー? ジュンチョーだとしても、ちゃんとヤバくなる前に切り上げて帰ってくるんだよー!》


 最初の一・二行は、そんなふうに僕らを案じる言葉が綴られてたけど、


《あ、ホーシューの件なんだけどさ――》


 三行目にて一気に不穏な感じになって、


《ソウボーイが壊した北門の見張り台の修理費、ホーシューから引いとくから♪》


 四行目でドン底になりましたとさ……唐突に真っ青になった僕らを「ど、どうかしたの?」とジュリーさんは心配してくれたけど、応える余裕はなかった。


「報酬金額って、たしか……」

「400000エドル」

「で、修理費は……」

「たぶん、300000くらい」

「……じゃあ僕らの取り分は…」

「100000ちょっと、だな」

「…………」

「…………」


 まぁ、ね? あるあるだよね、初回クエストの報酬がなんだかんだでパアになっちゃうやつ。うんそうだ、これも立派な冒険の醍醐味なわけ、


「あってたまるかぁあぁあぁ!」

「たまるかぁああぁあ!」


 手紙を叩きつけながら同時にシャウトした僕らだけど! ナージュさんたちから「何事っ!?」って奇怪な目で見られた僕らだけど!


「見張り台ぶっ壊したのお前だろうがソウシィイイィイィ!」


 なにお前まで被害者ぶってんだ逃げんなこのカンストステータスっ――僕らの記念すべき冒険譚一話目は、こうして平穏ながらも間抜けなラストで締め括られたのだった。

長らく放置してすいませんでした…(´;ω;`)

次回は登場人物たちの簡単なプロフィールを載せる予定です。

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