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第五話 海の花嫁[後編⑥]

僕はただの初心者(ガキ)ですよ――by終太郎

「うおぉおおぉおお……!」

「どおぉおぉおりゃあぁああぁあ!」


 矛より放たれた電撃を結界魔法で退け、突進する。魔力を纏った拳を振り上げれば、向こうも矛ではなく拳で応えてきた。ソウシ、お前のステータスコントロールマジで完璧だよ。どんだけぶつかっても五分五分、それ以上でもそれ以下でもない。皮膚を貫いて骨に広がる痛みも軋む音も、電撃が齎す痺れにも慣れた。それくらいには拳と魔力を交えた。


「いい加減に聞き分けろよこのパクり初心者!」

「パクり上等っ、あなたこそ観念して聞き分けたらどうなんです!」


 同時に拳を弾けさせ、ヴァルシェさんが薙ぎ払ってきた矛を両手と胴を使って受け止める。一瞬息が詰まったが、根性で回し蹴りを放った。首筋目掛けたその蹴りはヴァルシェさんの片手で防がれ、ついで遠心力で投げ飛ばされる。その先には尖った瓦礫が転がっており、僕は咄嗟に片腕を伸ばした。


「オルタフリーション……!」


 物体の性質を変化させる魔法。レモンイエローの光に包まれた瓦礫はしなやかなゴムとなり、ぶつかった僕の身体をヴァルシェさんのほうに跳ね返してくれる。


「ディサンダーチャージ!」


 けどヴァルシェさんも負けてない。ゴールドの魔法陣とともに身体の中心に電気を集約させたかと思いきや、一気に放電してきた。その威力も範囲も、矛の稲妻とは比べものにならないくらいアップしてる。咄嗟に[バリアモンド]で凌ぐも……それなりの痛みが全身に走り、折角の跳躍も衝撃で殺された。そろそろ魔力残量が危うくなってきてるのだ。


「ハッ、所詮はパクり」


 魔法を使えば即座にやり返してた僕の動きが止まったことを、万策尽きたと捉えたらしい。ゼェハァと息を切らせつつも、余裕な顔をしたヴァルシェさんが近づいてくる。


「オリジナルには適わねぇってことだ」

「……ええそうですっ、ね!」


 できるだけ予備動作を殺して身を乗り出し、ヴァルシェさんの片腕を掴んだ。そして金色に光る玉を、これ見よがしに投げつける。[サーモベルセレクション]のガラガラで出した当たり玉だ。これでもう一回シーラデストロイを呼び出してひと思いに――、


 ガブッ。


「ったぁあぁぁああぁああ……!」


 ガブッと僕のほうが殺られたぁあぁ! 正確には鼻、鼻が! これアレだ、ソウシが言ってたハズレモンスターのティミックじゃん! お前金色なのかよ、ハズレのくせして金色なのかよ!? そういえばシーラデストロイの玉って水色だったっけ、ややこしいわこの召喚魔法!


「はっははははは! 調子こいて自滅してりゃワケねーわな!」

「ぁ、後ろ……」

「今度こそ貰っ――」


 ガブッ。


「たあぁああぁあっ」


 後ろにもう一匹ティミックがいる、って言おうと思ったけど遅かったようだ。どうにかティミックを引き剥がした僕に代わって、鼻に噛み付かれたヴァルシェさんがジタバタと暴れてる……ちょっとズルいけど、やるなら今しかない。


「ウィークポインター!」

「っ!?」


 呪文と同時に、オレンジ色の斑点が浮き出たヴァルシェさんの下腹部を殴りつける。人間でも人魚でも、弱点となるとやっぱり似通ってくるらしい。真っ青な冷や汗を流してヴァルシェさんが蹲ると、あれだけ執拗に噛み付いていたティミックもポロッと一緒に崩れ落ちた。


 立ち上がって傍らを見やれば、僕に噛み付いてたほうのティミックもポロポロと端から溶けている。まさかソウシが持ち込んだティッシュって、水に溶けるタイプだったとか……?


「て、めぇ」

「……確かに貴方の言う通り、オリジナルの存在は偉大ですね」


 ヴァルシェさんに膝、というか尾をつかせた今の流れ(コンボ)は、僕とソウシのオリジナルなんだから。


「待て……ジュリナージ、返せよ…」


 単によろついた僕を`立ち去ろうとしてる`と勘違いしたのか、ヴァルシェさんが足首を掴んできた。物凄い力だった。


「俺の許嫁、返せよ」

「……ずっと、不思議だったんです」


 僕は五指の力に抗わずに屈み、ヴァルシェさんと目線を合わせる。この人のナージュさんを思う気持ちは、本物だ。けどなんていうか、行動がちょっとチグハグというか……身も蓋もない言い方をすれば愛情の種類を間違えてる気がする。


「果たし状、どうしてシェーレさんに届けさせたんですか。どうしてあなた自身で届けに来なかったんですか」

「……え?」


 今の今までまるで疑問に思わなかったのか、キョトンと瞬いた瞳は小さな子供のそれみたいに無垢だった。対を成すように、僕の眉間には皺が寄る。


「貴方は、誰を見てるんですか」

「誰って、ジュリナージ――」

「違う」

「は?」

「ナージュさんのこと気にかけてはいるんだろうけど……貴方が本当に見てるのは、愛してるのは()()()()()()()()()()()でしょう?」


 僕の言葉に、今度こそヴァルシェさんは表情と言葉を失う。ナージュさんの向こう側に誰がいるのかは分からないけど、その誰かはもうこの世界のどこにもいなくて……この人を心から愛していたのだろう。だから同じ分だけ、この人は愛そうとした。幸せを返そうとしたんじゃないか。でもそれはナージュさんの幸せじゃない。ヴァルシェさんの幸せでも、きっとない。


「……お前に何が分かる。それに彼女の名前は`ナージュ`じゃなくて`ジュリナージ`だ」


 彼女は、それを分かってたんじゃないかな。だから敢えて、この人から離れたんじゃないかな。


「彼女は確かに`ナージュ`と僕らに名乗りましたよ」

「偽名だろ、本当の名じゃない」

「なんで決めつけるんですか」

「何でも何も事実だろ!?」

「でも`ジュリナージ`は、彼女だけの名前じゃない」


 王になったら、自分の子に譲らなければいけない名。それは本当に自分の名と言えるのか。名前っていうのは、親が命の次に子供に贈る一生もののプレゼントじゃないのか。それを平然と使い回しにして……たとえそれが人魚の伝統だと説明されても、やっぱり僕は納得できない。


「貴方にだって、`ヴァルシェ`っていう貴方だけの名があるじゃ――」

「呼ぶなっ」


 どこにそんな力を隠し持っていたのか、ヴァルシェさんが矛を振り上げてきた。動きがデタラメだったおかげで直撃は免れたけど、鋒が掠めていった頬から薄く血が伝う。たったそれだけの攻撃なのに、これまで受けてきたどの攻撃よりも本気が込められている気がした。


「親父と同じ呼び名を使うんじゃねぇっ、フルネームのほうがまだましだ! 何度も何度も嫌だって言ってんのにっ、シェーレも……!」

「……どうして、王族には名前がないんですか?」

「……王には王としての感情があればいい、個人のは要らねぇ」


 だから呼び名は必要でも名前は要らないと、ヴァル……ヴァルシェリア王子は苦々しい声で教えてくれる。個人の感情は私欲を生み、国を傾ける。そして名前はもっとも強く個人を象徴するものだからと言って、王子は矛ごと持ち上げていた腕をストンと落とした。この一連の発言で心に被さっていた大きな蓋がずり落ちたのか、一辺倒だった王子の口からはポロポロと本音と思しき言葉が零れ落ちていく。


「分かってんだよ、ホントは」

「分かってる?」

「ジュリナージは、海を出たことを後悔してねぇって。おしとやかに見えて意外と活発な彼女が生きるには、海には縛りが多すぎるって……お前のいう`ナージュ`こそが彼女(ほんもの)だってこともな」


 だって、俺が`シェリー`だから――そう言って豪快に仰向けに倒れ込んだ彼の隣に、何となく僕も寝っ転がる。そこで初めて、天井全体を彩っている神秘的なステンドグラスと豪華なシャンデリアの存在に気づいた。どちらも城壁ほどでないにしろ、僕らが散々に暴れたせいで結構ボロボロだ。


「でもまさか、一途だと信じてた想いが捩れてたとはな」


 言われるまで知らなかったというのに、言われたら言われたで妙にしっくりきた……だからこそ知りたくなかったと、王子は呟く。僕は咄嗟に身体を起こすと、「べつに貴方の思いそのものが間違ってるわけじゃない!」と叫んでいた。


「ただ向ける先が少しズレてただけで……」

「ハッ、なんなのお前。ホントに初心者(ガキ)?」


 主人公ってのはこんな時、「この期に及んで現実逃避しようとしてる甘ちゃん」って怒鳴りつけるんじゃないか、と王子は空笑いを零す。僕はつい目を丸くしてしまった。発言内容もそうだけど、彼の口から僕に対して主人公って単語が飛び出したことに特に……だって言っちゃ悪いけどこの王子様、絶対自分こそが主人公って思ってそうじゃん。と、その呟きがデカデカと顔に出てたのか、王子様は「金的ぶちのめされて主人公面できるほど図太くねぇって」とひらっと手を振る。


「……あの、ヴァルシェリア王子」

「フルネームで呼ぶな鱗が逆立つ」

「さっきはフルネームのほうがましって言ったくせに!」

「シェリーでいい」

「……へ?」


 それは親しい人だけが呼んでいい愛称なんじゃ、とこれまた顔に出ていた僕に溜息を吐くと、王子は「だからシェリーでいいって」ともう一度はっきりと告げる。不貞腐れていたヴァニラカラーの瞳に、今はちょっと親しみに近い何かが滲んでいる気がした。


「……僕はただの初心者(ガキ)ですよ、シェリーさん」


 思いっきり笑い飛ばしたいような、静かに涙ぐみたいような。とにかくムズ痒い気分で苦笑した僕は、起こしていた上体を再び寝かせた。ソウシは僕のこと、馬車馬(ダメダメ)でも主人公だって言ってくれたけど……僕は主人公なんかじゃない。だって僕には何も分からない。


 国と、国の名を背負う王子の苦悩も、個を抑圧されてきた彼がどんな思いで許嫁を、その向こう側にいる誰かを想ってきたかなんて分からない。僕にできるのは想像することだけ。もし僕がシェリーさんと同じ立場にいたとして、


――終太郎


 そんな僕を一番近くで見ているアイツが僕を見たら何て言うだろうか……そうやって想像することだけ。


「事実を突きつけることは出来ても、心に響く言葉なんて掛けられないですよ」

「……本気で言ってる?」

「……? はい」

「あ、そう」


 あれ? なんか、ちょっと温もりが込もってたはずの王子の眼差しがまた冷めた気がするんですけど。ていうか今更だけどソウシとシェーレさんはどこに――、


「終太郎!」

「シェリー様っ」


 疑問に思った傍から二人が現れ、僕と王子は華麗に掻っ攫われた。と同時に今し方まで僕らが寝っ転がってた場所にゴオオオッと渦巻きが起こり、鋭い水飛沫が飛んでくる。ソウシに俵担ぎされたまま反射的に[バリアモンド]を張れば、水飛沫が刃物みたいな音を立てて掠めていった。


 やっぱりただの水じゃなかった……ハッ、二人は!? おっかなびっくり傍らを見るとシェーレさんも[バリアモンド]を張ってシェリーさんを守っており、とりあえずホッとした。


「んー、64点かな」

「ぇ、なにその微妙な点数。てかなんの点数!?」

「ドキッ❤ 主人公あるあるな罪深き咄嗟の庇護力点」

「いや意味分かんないし聞いたこともないぞそんな採点項目!」

「こういう時はサラッと二人を庇ってポイント稼がねぇと。目立ちすぎんのも悪手だが、引っ込みすぎても後々面倒になるぞ」

「そ、そりゃ僕だって気が利かないって反省したけど……お前が傍にいるって思ったら、つい」


 僕だって自分一人だったら二人を優先してたさと、ボソボソと言い訳をする。今の僕らレベル下げてる状態だから普通にダメージ負うし、抱えられてるからお前庇おうにも庇えないし……ってソウシ聞いてる? なんで黙り決め込んで片手で目元覆ってんの?


「前言撤回、120点花丸満点」

「ごめん、今の発言のどこに56点分の付加価値があったの?」


 ていうかお前今までどこに居たんだとツッコむ僕を「ずっと近くにいたよ」と静かに抱え直し、ソウシは水床を蹴った。瞬間、何か鋭いものに引っ掻かれたようにグワッと水が乱れ、ソウシが立っていた箇所が大きく凹む。え、なに。何も見えなかったけど!?


「忘れたか終太郎。俺らが最初に見た人魚がどんなナリだったか」

「っ、液状化!」


 正解、と飄々と言いながらソウシは唸り上げる水流を掻い潜り、そのど真ん中に蹴りをくらわせた。さらにその水流を踏み台に放った回し蹴りが、背後から迫ってきた透明マーメイドにヒット。吹っ飛んだ先にいた他のマーメイドにツーヒット、いやスリーヒットっぽい。


 その三体を階段のように踏みつけて跳び上がり、未だに渦を巻いてる水との距離を一気に詰めた。凄っ、ホントに見えてるみたいにバッタバッタと……でもなんで? 相手は水で、ソウシは魔力も使ってないのに。


「簡単だ、高所から落下すると水面もコンクリートみたいに固くなんだろ?」


 僕の疑問を見透かしたソウシが、見えない敵を蹴散らしながら説明してくれる。え、つまりお前この至近距離で高所高速落下の衝撃と同じ力出してんの? 足大丈夫なの!?


「大丈夫、俺カンストステータスだから☆」


 出たカンストマウントっ、でも今は頼もしい! 僕も負けてられないと上体を持ち上げ、渦に向けて[スペルスパンチ・イン・ライトニング]を放とうとしたが――グイッと、揃って襟首を掴まれるなり背後に投げ飛ばされた。敵、にしては力が加減されているような……その証拠にソウシは僕を担いだまま難なく宙返りして着地した。


「大変なご無礼をお許しください」


 僕らを後方へ下がらせたのは、シェリーさんとシェーレさんだった。二人して渦の前に跪き、頭を垂れている。王子とその従者である二人が、だ。


「お義母……女王陛下」

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