第五話 海の花嫁[後編④]
なにぶん初心者なもんでして、ベテランから盗まないとやってけないんですよ――by終太郎
どうも読者の皆様。長らく語り手の座を奪われたあげく、存在すら放置されていた墓送終太郎です。常時ツッコミのテンションが高めでも比較的温厚な僕が、なぜ相棒の頭を躊躇なくぶっ叩いたかと言いますと、話は少し……僕とソウシを乗せたシーラデストロイが[イリュージョナルリュウグウ]を破り、同時進行で[ロードスキップ]を使って真正面に見えた城壁をぶち破った瞬間まで遡ります。
――終太郎、ちょいと[フィッシャートラップ]使ってくんね?
――え、なんで? てかいい加減引き上げてくれよ!
――よし今っ、ターゲットはそのへん屯ってるモンスターフィッシュと衛兵マーメイドだ!
――無視すんなフィッシャートラップゥウゥ!
これから敵の本陣に乗り込むっていうのに、幼子がブンブン振り回す意味なし手提げバッグよろしく僕をぶら下げたままだったことも、懇願を無視されたこともまだいい。王道の正面突破を裏切って文字通り裏から、しかも僕をぶら下げたまま突撃したのも、その勢いに呑まれて瓦礫に潰されかけたのもまだギリいい。
――げっ、目に砂塵が入った
――ぇ、あ……!
目にゴミが入ったからって咄嗟に手を放されたことも、ギリのギリでまだいい! けど!
「誤って[フィッシャートラップ]ん中に落ちた僕ごとモンスターに差し出す奴がいるかぁ!」
状況説明のために用意した即席紙芝居を投げ捨て、僕は突っ伏したままのソウシの襟首掴み上げた。よりによって意識がバチバチにあるモンスターフィッシュのほうに落としやがって! [バリアモンド]使ってなかったら骨まで食い散らかされてたわ! あ、いやソウシのステータスなら甘噛みで済むのか? いやそれでも十分怖いわ!
「だいたい最近のお前は乱暴だったり過保護だったり両極端なんだよ!」
「おい」
「いくら作者がプロット立てずにノリと勢いで書く派で、キャラの確立まで時間が掛かるにしても程があるだろ!」
「なぁおい。それ言っていいのかおい」
「ていうかもうそれを理由にやりたい放題やってるよね!?」
「だからおいって」
「だからなんですかっ!?」
さっきから振り払っても振り払っても肩に手をのせてきて! こっちは今失神中(?)の相棒に説教中でっ……と振り返った僕は、吊るし上げてた相棒を思わず落っことしてしまった。そこには敵意と呆れ剥き出しで矛を構えたヴァルシェさんと、呆れすぎて真顔に拍車が掛かった―と思いたい―シェーレさんが佇んでいた。
「あ、ぇと……とりあえずスンマセンでした」
「それどれに対して? 城壁破壊したこと? 衛兵とフィッシュ軍壊滅させたこと? 戦闘開始のゴングぶち壊したこと? ウケ狙いで作者の創作事情暴露したこと?」
「……作者の創作事――」
「それともプンプン匂わせてること?」
「言わせろよ最後まで! 嘘でも全部って言えばよかった!? 言えるかよ果たし状突きつけてきたのそっちのくせに! てか匂うって何!?」
「マーメイドは嗅覚が良くてな、お前から酒と女の匂いがする」
「人を夜の店帰りのサラリーマンみたいに言うな! だいたい酒はともかく女の匂いプンプンってどゆこと!? 僕童貞なんですけどって言わせるな!」
「ジュリナージの匂いだよ」
「……へ?」
勢いとノリだけでツッコみまくってた僕でさえ、思わず素に返ってしまうくらいの真剣な声。おずおずと改めてヴァルシェさんを見やれば……怒りが一周して悔しさに満ちた顔がそこにあった。
「お前から、ジュリナージの匂いがする」
「え、いやまぁ一応友人というか恩人ですので、多少は伝染ってると思いますけど……」
「多少どころじゃないめっちゃする」
「んなバカなっ、ていうか匂いならソウシだって同じくらい――」
「黒髪野郎からは除菌ポーションの匂いしかしない」
「あいつ自分にだけ振りかけてたのかよ! てかポーション使ってる時点で匂い消してるって気づこ!?」
「うぅおおぉぉおりゃやゃあぁああぁ!」
「だから人の話は聞こ!?」
ツッコみつつ、振り下ろされた矛を横に跳び退いて避ける。ヴァルシェさんはすぐさま矛を逆手に持ち替えると僕めがけて突き出してきたが、咄嗟に使った[バリアモンド]の魔法が直撃を防いでくれた。とりあえず距離をおこうと僕がそのまま走ると、ヴァルシェさんは矛の鋒を床に突き刺して持ち手の部分を精一杯しならせ、
「チェストォオォオォ!」
それをバネにして一瞬で距離を詰めてきた。いやなんで異世界のマーメイドプリンスが薩摩の猿叫知ってんの! [バリアモンド]を張ってるという安心感ゆえか、僕はまともに振り返らないままにそんなツッコミを入れていたが、
バキッ!
「うぐっ」
結界魔法はいとも簡単に破られたばかりか、背中に重い一撃をくらわされた。吹っ飛ばされた身体は瓦礫の山に激突し、顔面から全身にかけてズキンッと痛みが走る。
(え、なんでっ)
さっきまで海流に振り回されようがデカ魚の尾に打ち付けられようが殺戮魚に啄かれようが、衝撃だけで痛みは感じなかったのに! 考える間も許さないとばかりに振り下ろされる矛を転がって避け、手近な瓦礫を投げつけた。同時に[カットラビリンス]を使い、時間を稼ぎながら弱体化の原因を考え続ける。と、チーンと直立不動で寝っ転がったままのソウシの姿が目に入り、
――チートステータス見せびらかしたら`魔王も裸足で逃げ出す勇者レベル`って認識されて、後々メンドーだろ? 相手と五分五分のレベルをキープして戦う他ねぇんだって
サーーーッと顔色が悪くなった。俺、今プリンスと同じステータスしかないんじゃね!? そうじゃなきゃ、ていうかそれしかこの痛み説明できねぇもん!
(ど、どどどどうする!? ソウシ起こす? いや起こしたからってレベル戻してもらえるかな? アイツ僕がぶん殴った腹癒せにレベル下げたんじゃね!?)
「こんのちょこまかとっ、フィッシャートラップ!」
「あだっ、て[フィッシャートラップ]使うんかい! あんた`忌々しい人魚狩りの技`とか言ってなかった!?」
「魚界の王者マーメイドが使う分にはいいんだよ。ろくに海のこと知らねぇお前ら人間が使うのが腹立つんだ」
「正しいこと言ってるかもしれないけど今だけは腹立つわ!」
ガバッと被さってきた水網越しにツッコむと、[ファイエス]で網を破ろうとした……が、発動した傍からブシュッと蒸発した。しまったココ水の中じゃん! そら火炎魔法使えんわな!? だったらと僕はもう一度[カットラビリンス]を使おうと……して、使えなかった。[ロードスキップ]も。キョトンとする僕を、ヴァルシェさんが思っくそ鼻で嗤ってきた。
「ハンッ、[フィッシャートラップ]に捕まって転移魔法が使えるわけないだろ?」
「くっ……」
「にしてもお前、結界魔法使ってるからって背中向けたり海中で火炎魔法使ったり、初心者か?」
「……はい」
「ぶふっ、それでレベル400の俺に挑もうとしたのか?」
もう完全に勝った気でいるのか、檻の中の小動物を弄ぶようにヴァルシェさんが矛で啄いてくる。鋒じゃなくて持ち手の先の部分だったけど、手加減してもらえたなんて楽観はできなかった。
「それともあっちの黒髪野郎頼りだったのか? アイツは見るからにベテランって感じだったしな」
「…………」
「で、激情に任せて自分で頼みの綱ひき千切ったと? ぶふっプクククク、間抜けすぎだろお前!」
「…………」
「お荷物はお荷物らしく、大人しく守られてりゃ良かっ――」
ドッ、
「ペラペラヘラヘラ、いい加減ウザいんですけどっ!」
ゴォオォオォオォオッ――余裕ぶっこいてる横っ面に拳をめり込ませ、そのまま全力で殴り飛ばした。瓦礫の山ごと壁に激突した王子サマを一瞥すると、深く息を吐いてジンジンと赤く痛む拳を見下ろす。生まれて初めて、正面切って人を殴った。いや暴走したウルたちを殴ったこともあるけど……僕が人ということもあって、やっぱり同じ人を殴るとまた違った衝撃がくるもんだな。
「て、めぇ……!」
蓋を閉めるように頭の上に落ちていた瓦礫を持ち上げ、ヴァルシェさんがギッと睨みつけてきた。素の腕力でぐわっとその瓦礫を投げつけてきたが、それは想定内。僕は足を引いて腰を落とすと、
「スペルスパンチ!」
再び固めた拳を振り上げて瓦礫にぶつける。彼の[フィッシャートラップ]を突破した時と同じように、魔力を秘めた一撃はそこそこ面積のあった瓦礫を一瞬で砂塵に変えた。
――俺が教えてなくても、相手さんが使ってた魔法で`いいな`って思ったのあったら使ってみるのもありだぞ? 俺が使えねぇ魔法ねぇから
(初心者は初心者らしくっ、水中戦のエキスパートの戦い丸パクリしてやるよ!)
僕の返しはヴァルシェさんにとっても想定外だったのか、ヴァニラカラーの目がギョッと見開いていた。この隙にと僕は走って距離を詰め、もう一発[スペルスパンチ]を打ち込もうとしたが、
「っんのやりやがったな!」
同じ魔法で相殺された挙句、弧を描いて薙ぎ払われた矛で横腹を叩かれた。骨と骨の間に柄の部分がめり込み、突き抜けるような痛みとともに悲鳴と空気の塊が吐き出される――だったら、
「ロードスキップ!」
「は? がっ……!」
吹っ飛ばされると同時に転移魔法で背後に飛び、その勢いをまるまる王子にぶつけてやる。名づけて共倒れ体当たりだ!
「チッ、意外に頭は回るらしいな」
甲冑がダメージを軽減させたのか、先に王子が起き上がる。僕も脇腹を押さえながら「しょ、心者でも冒険者なんでね……」と立ち上がった。久々に全身に感じる痛みに涙ぐみつつも精一杯睨みつけると、王子はふっと肩を竦め、
「なら、マジで本気出してやる」
瞳から戯れの色を消した。海藻と思しきヘアゴムで髪をまとめたヴァルシェさんは、くるっと手首を回して矛を握り直し、そこに魔力を注ぐ。すると矛にビリビリと稲妻が走り、柄を這い上がるようにして三叉の鋒に集中した。まさか深海ビームかと身構える僕にヴァルシェさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、
「ライトニング・ウルザード」
ゆったりとした口調で呪文を唱え、鋒を僕に向けた。まるで、傍にいる見えない配下に指令を下すかのように。集結した稲妻は光線となって放たれ、僕は咄嗟に[バリアモンド]を使ったが、
「っ!」
直前で光線は三つに頒たれ――三頭の雷獣へ姿を変えた。驚愕する僕を三方向から取り囲んだ雷獣は、背中と腹、腕にそれぞれ噛み付いて僕の動きを止め、
「おぉおらぁあぁああ!」
その隙を突くようにヴァルシェさんの[スペルスパンチ]が飛んできた。脳天から文字通りバリバリと[バリアモンド]が破られ、噛み付かれたままだった箇所から稲妻に戻った雷獣たちが体内に入り込む。
「っ、っ……!」
内蔵を食い散らす電撃に、痛すぎて悲鳴も上げられなかった。膝から崩れ落ちる僕をヴァルシェさんは満足げに見下ろし、「おいおいこんなの序の口だぞ」と矛を肩に担ぐ。かと思いきや急にブンッと薙いできたため、咄嗟に[ケアリー]をかけながら跳び退いたが、
バチンッ!
「ぐっ、うぅ……!」
回復した傍から、再び身体が稲妻の鞭で打たれる。矛そのものは躱せたが、三叉の鋒から放たれた電撃をくらってしまったようだ。ちらりと視線を向ければ、無詠唱にも関わらず矛には稲妻が走り続けてる。ヴァルシェさんは御目が高いと言わんばかりに矛を掲げてみせた。
「【稲妻のトリアイナ】だ。所有者、つまりは俺たち王族が一度魔力を注ぐだけで半永久的に攻撃できる。シンプルな電撃限定だけどな」
魔力を追加して威力をあげることも、[ライトニング・ウルザード]のような魔法を放つこともできると言ってヴァルシェさんが得意げに矛を突き出してくる。矛そのものは身体を捻って鋒を避け、遅れて爆ぜた稲妻は張り直した[バリアモンド]で防いだが、
「スペルスパンチ・イン・ライトニング」
「っ……!」
稲妻を帯びたヴァルシェさんの拳で、呆気なく打ち砕かれた――が、腹にめり込んだその拳を僕は咄嗟に掴んだ。熱されたフライパンの上で跳ねる油みたいにビリッてる手首を両手でガッシリと、結界魔法も使わずに。意味不明とばかりに片眉を上げるヴァルシェさんを、僕はニヤッと見上げた。
「ライトニング・ウルザード!」
ビリビリッと稲妻が走った僕の腕から三頭の雷獣が飛び出し、ヴァルシェさんの腕に噛み付いた。結界魔法を張る間もなかった彼の身体は容易く感電し、その場に崩れ落ちる。あわよくばと矛を奪おうとしたが、それだけはさせまいと振り払われた。
「てめぇ……いい加減にしろよっ、人の魔法ばっか真似やがって…!」
「ハハッ、すいませんね……なにぶん初心者なもんでして、ベテランから盗まないとやってけないんですよ」
恥知らずだ卑怯者だと罵りたければ罵ればいいと、開き直りながら僕は立ち上がり、固めた拳に不慣れながら魔力を集中させた。バチッと、稲妻が爆ぜる。
「そういう事情なので、お得意の魔法どんどん使ってきてください」
全部吸収して、貴方に叩き返してみせますよ――。