第五話 海の花嫁[後編②]
なんか困ったことがあったら、昨日の敵は今日の友~とか聞こえのいいセリフ並べて、大して足掻きもせずに勇者様を頼ったあげく纏わりつくってのが異世界住人のお約束だからな――byソウシ
「第二関門へ移るぞ」
「え、第二? 今みたいなのまだ続くの?」
「少なくとも俺なら十門は用意する」
「それ辿り着く前に死ぬくない!?」
「向こうさんはそのつもりだろうよ」
言ってる傍からグワングワンと海流が上下に揺れ、僕とソウシは上のほうに跳ね上げられた。かと思いきや別の海流に受け止められ、視界が180度回転する。と同時に海が真っ二つに割れ、深海の上と下に新しい水面ができる。僕らを受け止めた海流は、その間をジグザグに穿つように蠢いていた。
「これ、どういう構図?」
「ほー、ちったぁ難易度上げてきたか」
「へ……え?」
ソウシに倣って上を見上げた僕は、性懲りもなくビクついた。青く澄んでいたはずの水面はいつの間にか赤紫色に濁り、ガスを膿んでいる。その一部がボタッと垂れて海流に落ちてきた。まさかここから毒が広がるんじゃと危惧したが、それは杞憂に終わった。
ドロッ。
代わりにその一滴分だけ海流が腐り落ち、下の水面に吸い込まれていく。そっちもまた、上と同様毒に侵されていた。ゴクリと唾を飲んで唇を引き結ぶ僕の背を、「こら、弱小オーラが出てる」とソウシが叩く。心配しなくても、あの程度の毒で殺られたりしないと。
「今度のはたぶん、あの毒雫に当たるか下に落ちたらゲームオーバーだ」
「お、おう」
とりあえず腐り落ちた部分はひょいと躱し、前に進む――が、それが合図だった。
ボダダダダダダッ!
ぎゃあぁあぁあなんか堰を切ったみたいに大粒の毒雨降ってきたぁああぁあ……! 精神安定のために引き続き[バリアモンド]を張り、ソウシと二人でどうにかこうにか毒粒を避け、欠けた海流を跳び越える。アーティスティックスイミングも吃驚なミラクルアクロバティック! これはこれで慣れれば中々に、
ボダダダダダダダダダダダダダダダダッ!
「あぁああぁ道が! 道が穴ボコどころかゴッソリ抜け落ちて……!」
甘く見られたのが気に食わなかったのか、勢いを増しに増した毒雨に海流の道をゴッソリ奪い取られた。僕は咄嗟に[ウォーファール]で欠けた部分を復活させようとしたけど、水はそのまま下に落ちていっただけで、道にはならなかった。
だったら[エアーウィング]でさくっとひとっ飛び、と試す前に「水中じゃ飛行魔法は使えない」とソウシに却下される。じゃあ[フィッシャートラップ]で足場に網を、と欠けた部分に魔法を掛け直すも、掛けた傍から毒雨に侵されて崩れ落ちてしまう。う、嘘だろ? 僕の魔法が競り負けるなんて……。
「まさかとは思ったが、あの派手人魚[イリュージョナルリュウグウ]を使ってきたな」
「イ、イリュージョナルリュウグウ?」
「水中でのみ使用可能な幻影魔法。つまるところ真っ二つになった水面も毒も、向こうさんが創った幻。だから幻の中にいる俺らの魔法じゃ壊すことも直すこともできねぇ」
「マ、マジですか……?」
じ、じゃあこれどうやって突破すんの? ただでさえ動きにくい水の中で虫喰い状態のところを進むのも大変なのに、まともな助走抜きでジャンプとか出来んの!? いや出来るだろうけど足場が不安定すぎて……。
『まぁ俺らが本気出せば容易く破れるんだけどさ』
ぉ、忘れかけてた思念伝達スキル……って、え? 破れるの?
『じゃあ破って一泡吹かせようよ!』
『ノー』
『ノー!?』
『んなチートステータス見せびらかしたら`魔王も裸足で逃げ出す勇者レベル`って認識されて、後々メンドーだろ?』
いやに細かい認識具合だな。てか、そんな面倒なことになるか……?
『なるんだよ。なんか困ったことがあったら、昨日の敵は今日の友~とか聞こえのいいセリフ並べて、大して足掻きもせずに勇者様を頼ったあげく纏わりつくってのが異世界住人のお約束だからな』
おいぃいぃい言い過ぎだろ! 一応コレも異世界小説だぞ!
『特に終太郎は、頼まれたらノーって言えない馬車馬主人公オーラ全開だし』
誰が馬車馬だおい! てかルビ! せめて`ガムシャラ`にしろよ! あと馬車馬根性ナメんなよ!? 最後に勝つのは天才チート野郎じゃなくて馬車馬主人公って相場は決まってるんだからな!
『つまりだ』
無視かよ!
『長編ストーリーを書くうえで使い勝手のいい奴隷地獄を回避するには、相手と五分五分のレベルをキープして戦う他ねぇんだって』
いやこの期に及んでなんつールビ振ってんだお前! 全世界の長編ハーレム好きに謝れこの偏見ステータス!
「てことで新魔法その二、いくぞ」
「そ、その二?」
「[サーモベルセレクション]――ランダムにモンスターを召喚する召喚魔法だ」
「しょ、召喚?」
毒に有効そうな浄化魔法でも、足場を固められそうな再生魔法でもなくて召喚魔法か。しかもランダム……水中で動けないモンスター引いたらアウトだな。
「まぁ本気の俺らなら選り取り見取りだから、ハズレを引く心配はねぇよ」
「え、でもさっき本気出さないって……」
「ちょっとならバレねぇって。試験中に教科書ガン見したらアウトだけど、消しゴムケースの裏に書いた英単語とか数式チラ見するだけならセーフだろ? それと同じだって」
「やめてその姑息な例え!」
「ってわけで引いてみよー」
「んぐぐぐ、ったく……サーモベルセレクション!」
半ばヤケクソで呪文を唱える。こいっ、この状況を打破できる切り札モンスターよっ――と願った矢先、眩い紅白の光とともに目の前に新井式回転抽選器が、福引で使う木製のガラガラが出現した。
「いや唐突に現世感出しすぎじゃね!? てか召喚のためにわざわざコレ回すの!?」
呪文唱えたらもう自動で選ばれたモンスターが出てくるとかじゃなくてか!? ソウシは選り取り見取りって言ったけど、普通にハズレくじ出てきそうな雰囲気だよ! ポケットティッシュ引いちゃいそうな夕暮れの商店街感出てるよ!
「なに言ってんだ終太郎。異世界にトイレットペーパーがあっても、ティッシュがあるわけねーだろ」
「そ、そうだよな……え、いやそうなのか? まぁでも出てきてもスライムとかだよな?」
「鼻を擤もうとしたら逆に鼻を噛んでくるティッシュ型モンスター、ティミックが出てくる」
「あんのかよティッシュの概念! 喰ったの、喰ったのか!? 誰だよ現世のモン異世界に落っことしてったの!」
「違うって。実はまだ俺が冒険者やってた頃トイレットペーパーの生産が上手くいかなくて、たまたま持ってた大量のポケットティッシュを一時代用してたんだよ」
「ゴメンもうなんか何処からツッコんでいいのか分かんない」
「ただペーパーの生産が軌道に乗り始めるとティッシュはお役御免になったから、異世界人で知ってる奴はほぼ皆無だろうよ。モンスターが喰ったのはその残骸だろーな」
「お前かっ、結局ティミック誕生のきっかけお前か! おかげで陰気度増し増しでメタモルフォーゼしちゃったじゃん!」
尺ガン無視でツッコミの嵐を降らせた僕は、その勢いのままにハンドルを掴んでガラガラを回した。と、水色に輝く玉が一つ転がり落ちる。み、水色か……普通のガラガラだったら三等とか微妙な具合だけど、大丈夫だよな?
なんて心配してる僕に「心外だ」と抗議するように、宙に浮かんだままの水玉の光が一層強く瞬く。どんどん巨大化していく光は、何故かそのまま僕らを海流から押し上げた……まるで背中に背負うように。
「No Problem!! 目ん玉ガン剥いてご覧あれ! これぞ深海最強モンスター――」
グウゥオォオォオォオォ!
「シーラデストロイのお出ましだあぁあぁ!」
「えぇえぇえぇ!?」
全長十メートル超えのネービーブルーの馬鹿デカい魚体と、それらを所々瞬かせるシルバーの鱗。刃物のように鋭い八つの鰭。ギョロッとした白目――いや想像以上の大物引き当てちゃったぁあぁああ! 僕らを背負うように出現したシーラデストロイは海流を押し潰す勢いで着地すると、
「オォオォオォオォオ!」
唸り声を上げて猛スピードで泳ぎ出し、問題の溝をいとも簡単に飛び越えてしまう。軽く背中に掴まってるだけだった僕は即座に振り落とされそうになったが、直前でソウシが襟首を掴んでくれたため落下は免れた。
「っしゃー! このまま突っ切るぞ!」
「いや僕ぶら下がったまま! 引っ張り上げてねぇソウシ引っ張り上げて!? ふがっ、ぶ! あっ意外と鱗柔らか、でもキツい! もう精神的にこの体勢がキツい!」
シーラデストロイという名だけあって、泳ぎ方もまさしくデストロイ! 乱暴の権化そのもの! あっちこっちに身体がぶつかって、暴風雨に煽られたベランダの洗濯物みたいにボンボン跳ねるわ跳ねるわ……でも奇跡的に、というか跳ね回ってるおかげで毒雨は回避できていた。
「よし、じゃあゴール作るか」
「ゴール作る!?」
「おう。もう魔法三つ紹介したし、読者もそろそろ飽きてきたろ? 頃合だろ?」
「どんな判断基準!? もう完全に創り手の都合だよね? 飽きてきたの絶対作者のほうだよね!?」
「ってなワケでシーラデストロイよ、深海ビームで幻影壁を突き破れ!」
「グォオオォオォォォオ!」
いや「グォオオォオォォォオ!」じゃなくて! てか一応キミ僕が召喚したモンスターなんだけど! 召喚主そっちのけで相棒に懐いちゃってますけど!
「モンスターと言えど本質は動物。やっぱ誰が本物の召喚主かって分かってんだな」
「お前、ちょっと前までは僕のこと功労者だ名探偵だ持ち上げてたくせに……」
「二人きりの時ぐらい良いじゃん」
「逆じゃね!? 二人きりの時に持ち上げて皆の前で落とさね!?」
「言ってて悲しくない?」
「悲しいわだから言わせな――」
「くらえっ、深海ビィイイィイィム!」
「セリフは最後まで言わせてぇえぇぇ!」
腹から轟かせた渾身の慟哭は、シーラデストロイの大口から放たれたレインボービームの爆音に掻き消され、静寂を取り戻した深海に呑み干されてしまった。