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第五話 海の花嫁[中編④]

《助けてください》――by???

「今更だけどよ、一応出張中の二人に現状伝えとくか」

「え?」


 もう少しで明日が今日となる時刻、北門の見張り台にて。僕らはナージュさんとウルが出張前に作り置きしていってくれたサンドウィッチを頬張りながら、夜の世界を眺め……怪しい影がないか見張っていた。競走は結局同着だったため鬼のペナルティは回避。交代で風呂にも入ったし、この腹さえ満たせればどっからでもドーンと来いだ……できれば突撃してほしくないけど。


「手紙でも出すのか?」

「いや、もっと手っ取り早い伝達魔法――[ピジョンメッセ]を使う」


 お、新魔法か。食べかけのサンドをペーパーに包んでバスケットに戻すと、僕はソウシに言われるがままにその場に立つ。[ピジョンメッセ]は使用者の言葉を魔力のなかに刻み、そのまま相手に伝えることができるという魔法版ビデオレターだった。呪文を唱えると目の前に魔力で創られた手乗りサイズの鳩が現れるため、コイツに向かって伝えたい言葉を吹き込むだけ……って字面だけなら便利で簡単なことこの上ない魔法だけど、


「『えっと、夜分にすいません。終太郎です。実は失踪事件のことで進展がありまして、ぁ、まず僕らはナージュさんが南の海の人魚姫だと知っていま――』」

「カットカット! 文章ダラダラしすぎ。もっと簡潔に要点まとめて!」

「うっ、はい……」


 緻密な魔力操作が必要な魔法ゆえの制限もある。まず伝言を録音するほうは、受け取って再生する相手の魔力量に合わせなくてはいけない。そして魔力は伝言の再生に合わせて霧散するため、一度しか再生できない。


 だから今の僕みたいに頭に浮かんだことを片っ端からダラダラ喋ってると、魔力量が合わなくなって時間切れになるか、内容が相手の頭に入らないまま終わっちゃうかのどっちかになる。と、とりあえず壁面をカンペ代わりに下書きをしようと、手頃な石を拾った。


「んー……まず一番に伝えなきゃいけないのは、やっぱ失踪事件の犯人が西の人魚王子だったってことだよな」

「だな」

「あ、でも`貴方が狙われてます`って警告するのが先か?」

「ん?」

「あーでも、これじゃ遠回しに`貴方のせいです`って言ってるようなもんだよな……」

「おーい終太郎クン?」

「もういっそナージュさんには黙っといてウルにだけ伝言するか!?」

「終太郎ストップ」

「へ?」


 なんだよソウシの奴、折角いい感じに纏まりそうだったのに急に止めやがって。ややムスッとして振り返ると、向こうは向こうで呆れ返ったジト目を向けていた。「墓送終太郎くんよ」と滅多にないフルネームで呼ばれ、なんとなく気圧されて「はい」と敬語で応えてしまう。


「君、国語のテストの平均点数は?」

「はい? テスト? いや知らない、てか覚えてないけど」

「そうかやはり三十一点か」

「低っ、しかも微妙! いやじゃなくて記憶ないから知らないってば!」

「ハァ~しゃーねぇ。今回は俺がお手本書くから、ちゃんと勉強して次からは自分で要約するように。以上ホームルーム終了!」

「なんで急に教師キャラ!? そして人の話は聞こ!? お前こそ絶対道徳とかの作文で再提出言いつけられてたろ!」

「いーや? 人間の本性をそれはもう醜く表現できてるって褒められたぞ」

「それ褒められてんの、ぇ、怖い。てかいくつの時の話!?」


 なんてノリにノリを重ねて駄弁っている間も、ソウシの手は止まることなく壁面に伝言の要点を箇条書きしていく。


・失踪事件の犯人は西の海域のマーメイドプリンス【ヴァルシェリア】。

・狙いは許嫁の【ジュリナージ】、つまりはナージュ。

・証拠の髪の毛は獲得済み。これ以上面倒な事態になる前に凱旋求む。


「……僕が考えたのとそんな変わんないじゃん」

「は? どこがだよ?」


 コンコン。


「どこも何も、最初の二つとかまんまだし」

「いーや違うね。終太郎のは途中で`えっと`とか`んっと`とか挟んでテンポ悪いし」


 コン、コンコココン。


「内容関係ないじゃん! 単に僕の喋り方がなってないだけじゃん!」

「言ってて自分で悲しくならね?」

「なったわ!」


 バッシャア!


「へ……」

「は……?」


 唐突に頭上から滝のような水が落ちてきた。一瞬にして僕もソウシも全身びしょ濡れに……思い出した、これ[ウォーファール]の魔法だ。でもなんで急に? 僕魔法使ってないよ? てか明らかに僕ら二人とは別の人の声しなかった!? ソウシも全く同じことを考えてたみたいで、二人してバッと振り向く――そこには、お風呂のお湯で染めたみたいな真っ直ぐな髪の男性がひっそりと佇んでいた。


《ようやく気づいてくれましたか。まずは奇襲を仕掛けたことをお詫びさせてください》


 ……と書かれたミニ黒板のような板を掲げて。声が出ないのかと反射的に尋ねた僕に、男は一つ頷く。そしてどこからか取り出した小さな黒板消しで文字を消してから《申し訳ございません生まれつき喉が――》と新たにチョークで書こうとしたが、


「なるほど、()()()()()()()()()()()()のか」


 まんま人魚姫だな、という嘲りの含まれたソウシの言葉で文字を綴る手が止まった。図星と言わんばかりの反応に、僕もハッと思い出す。お風呂の湯みたいな綺麗なストレートの髪って、もしかしなくてもエリムちゃんが浜辺で会ったっていう……!


「マーメイド、なんですか?」

《……如何にも。私は西の海域【ヴァルシェリア】より使者として参りました、シェーレと申します》


 悪足掻きしてまで正体を隠すつもりはないのか、彼はさらっと自分の正体を明かした。改めてシェーレと名乗った男を見やれば、使者というだけあってチョークを操る指先からお辞儀の角度に至るまで所作が完璧で、思わず僕まで頭を下げそうになったけど、


「っ、な、なにかこの街に御用ですか」


 僕らが来訪に気づかなかったからといって出会い頭に滝を落とされたこと、なにより失踪事件に深く関わりがある人物だってことを思い出して踏み止まる。シェーレさん―`さん`は小声―は《おや失礼》とおっとり綴ると、魔法をかけようと片手を前に突き出してきたが、


「ヒ、ヒートスフィア」


 施しは無用だと、僕は自分で熱気の魔法をかけて服を乾かす。シェーレさんは特に表情を変えることなく手を下ろすと、また黒板の文字を消して書き直す――《ヴァルシェ様より、伝言です》と。


《我が許嫁ジュリナージを賭けて決闘を申し込む。明朝、今一度南の海辺へ来られたし》

「いや果たし状かよ!」

「果たし状だな」


 声を揃えて―ソウシは若干テンション低めだったけど―ツッコんでしまった。いや決闘っていう展開はあるだろうなって思ってたけど、こっちはその前にまず話し合いっていうか、お互いの状況把握を兼ねての言ノ葉合戦があるって考えてたわけでしてね?


 使者寄越して果たし状突きつけてくるとは夢にも思いませんでしたわ……だって人の身体乗っ取ってコソコソしてたら慎重派って思うじゃん! え、確認するけど相手王子様だよね? どこぞのチンピラ将軍じゃないよね!?


「ほー、お姫さんがこの街に住んでることは把握済みってわけか」

《はい。今の言葉を聞いて確信しました》

「…………」

《…………》

「……ほー、お宅も中々のやり手――」

「いやお前がボロッただけだろーが!」


 人がちょっと黙ってる間になに重要機密こぼしてんだこのうっかりステータス!


《もっと言うならそこの壁に書かれている箇条書きを読んだ時から九割は確信していましたが、こちらの奇襲を想定してのミスリードの可能性もありましたので、念のために確認させて頂きました》


 ああああああああああああああああ数十行前の僕ら●してぇえぇ!


《それから門についてですが、午後十二時まで開放しておきますので朝が弱くても大丈夫とのことです》


 なんのフォローだ馬鹿にしてんのか! でも意気込みすぎて寝坊するってパターン無きにしも非ずだから有難いわ! ツッコみすぎて僕が頭を抱えてる一方で、ソウシは「ちなみに辞退するとどうなんの?」とシェーレさんに話しかけている。


《お二方の弱点が西の海域を始めとする全世界に曝け出されます》

「は? 俺らに弱点とかねーし」

《南の海でヴァルシェ様と対峙された時、わざわざ()()()()()()()()()()()()浮上したそうですね?》

「っ!」

《それはつまり`二人が一人になる術`を周りに秘めているということ、これは立派な弱点なのでは?》


 悪の参謀も真っ青な知将面でつらつらと語るシェーレさん――が、


(弱点なの、アレ?)


 空気ブチ壊すようで申し訳ないけど、ぶっちゃけ弱点って感じがしなくて僕は拍子抜けしていた。確かにソウシのスキルのことを周りに言った覚えはないけど、バレたところで何もなくね? ウルたちなら「へぇ、そんなことも出来るんだ!」で済ませてくれそうだけど……ハッ、ちょっと待て! ここで自信満々に「なんだ、そんなことか」的な感じで言い返せば、先手を取れるんじゃないか? 相手の出鼻を挫いてやるチャンスだと僕は相棒を振り返るが、


「ガタガタブルブルガチガチガチガチ……!」


 極寒のなかプールでひと泳ぎしてきたみたいにガタブル状態に陥ってますわ……って駄目なの!? マジで弱点なの!? お前自分で弱点なんかないって言ってたのに! カンストステータスだって豪語してたのに!


《……というわけで、辞退はオススメしません》

「くっ!」

《では明朝、お待ちしております》


 シェーレさんは恭しく一礼すると、[ロードスキップ]の魔法を使って姿を消す。カコンッと音を立ててその場に残されたミニ黒板を何となく拾い上げながら、僕はソウシを振り返った。今し方の`弱点鷲掴みにされて動転してます`って顔はどこへやら、彼は「やれやれ、一芝居打つのもラクじゃないぜ」と首をボキボキ鳴らしてる。いや一芝居ってどっちが? どっちの反応が芝居なの?


「お前のスキルのこと、バレちゃまずいの?」


 判別がつかなかったので、もう直接聞くことにした。ソウシのほうもあっさりと、「まぁ、バレねぇに越したことはねぇ」と答える。正しくは、ステータスと要更生者というシステムの存在が異世界にバレるのが良くないとのことだ。


「前にも説明したと思うけど、俺らにとってこの異世界は現世で大罪を犯した人間を更生させる場所……謂わばスケールの馬鹿デカい刑務所なわけよ」

「刑務所……」

「そ。で、監視付きとはいえ自分たちの世界にそんな犯罪者どもがドカバカ放り込まれてるって知って、あーそうですかってスルーしてもらえると思うか?」

「無理、だな」

「だろ?」


 そういうことだから、ステータスと要更生者の身バレは原則厳禁。どこから紐解かれるか分からないため、アジュバントスキルのようなこの世界に本来ない力のことは出来るだけ秘密にしていたいとソウシは言う。ちなみに異世界の絡繰りが住民にバレた場合、その世界は更生世界として二度と扱われないという話だ。け、結構厳しいんだな。


「じゃあ、あの人の言う通り弱点なんだ……」

「まぁ最悪ステータスの絡繰りさえ守れりゃいいわけだし、バレても常世に伝わる前に[メモリデリート]で記憶消せば問題ないんだけどな」


 あ、やっぱこの人無敵だわ。


「ところで終太郎、そのミニ黒板」

「ああ、さっきの……シェーレさんが忘れてったみたいで」

「……ほーん?」


 明日返したほうがいいかなと迷ってる僕の手から「ちょっと貸してみ」とミニ黒板を抜き取ると、ソウシはクルクルと指先の上でそれらを見回し、


 ガコバンッ。


 足元に叩きつけて木っ端微塵に……って砕くんかい! 人の落し物躊躇なく叩き割ったよこの人っ……って、あれ? 紙? 粉々になった黒板に埋もれるようにして、小さな紙が一枚落ちている。


「なんかカサカサ音がすると思ったら、やっぱ仕込んであったか」


 デジタル令和に毒された異世界人にしては粋なことすんねーと、若干失礼なことを呟きながらソウシは紙を拾い上げる。それは一見真っ白な紙切れだったが、


《助けてください》


 裏には、ド直球なSOSが綴られていた。黒板に書かれていた繊細な文字とは正反対の、力強くも震えた文字。あの儚い見た目から掛け離れている分、紙面の七文字にはありありと素が浮き出ている。


「ソウシ、これ……」

「ああ。あっちが表向きで、こっちが本題だったってわけだ」


 ソウシが言うに、[ピジョンメッセ]は相手が受信して再生すれば魔力残滓はともかくメッセージ内容は散ってしまい、残ることはないそうだ。反対にこういったアナログメッセージは魔力の痕跡こそ残らねど、内容はご覧の通りダダ残り。


「こんなんご主人の目に入ったら、裏切り者認定まっしぐらだろ? けど安全な伝達魔法じゃなくて、敢えてこっちを選んだ……これ以上の本気はねぇと思わねぇか」


――きっと大丈夫だよって背中を押したの、あたしなの


「お人好しなチビの言葉もあるしな」

「チビって、まーたお前は……エリムちゃんに怒られるぞ」


 カサカサ。


「ん、カサカサ?」

「なんだ? まさかもう一枚密書が――」


 カサカサ、カサカサ。


「あ――」


 薄闇のなか、壁の文字を背景にへばりついているあの真っ黒い物体はもしやゴキ――。


 ダァアアアァアァアァン!


「ちょ、なになに敵襲!?」

「見張り台が……!」


 モクモクと立ち昇る土煙と転がり落ちる瓦礫を掻き分けて、マリッちさんとイリグさんがやって来る。今の破壊音を聞きつけて、わざわざ見回っていた東のほうから駆けつけてくれたみたいだけど……。


「敵はどこだぁ! 怪我人はいるかぁ!」

「どこじゃあ!? アンダートエリアァア!」


「あ、すいません大丈夫です」


「へ?」

「はい?」

「色々ともう、片付きましたんで」


 強いて言うなら、


「ハッ、ご自慢のすばしっこさとやらも俺の足には敵わなかったようだな」


 ぶっ壊したの()相棒(コイツ)です。

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