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第五話 海の花嫁[中編③]

ナージュさんてお姫様だったの!?――by終太郎

「――てなわけで、遅くても明後日には西の海域【ヴァルシェリア】へ乗り込むから」

「ちょちょちょ……!」


 フーリガンズの保安官事務所にて。デコられた手鏡やぬいぐるみのほか、書類などで埋まっているデスクの上で爪の手入れをしていたマリッちさんは、「タイムタイムっ」と両手を突き出してきた。情報量がエグくて追いつけないからもう一回、と人差し指を立ててくる。


 シェリフのくせに一回で理解できねぇのかよとソウシはわざとらしく嘆息すると、手に持ったままだった髪の毛入りのビニールをテーブルに叩きつけた。反動で滑り落ちた書類を、僕は慌ててかき集める。


「ンな怒んないでよー、猫は人より脳のキャパ小さいんだから」

「だからなんでそれでシェリフが務まるんだよ……まぁいいや。まず結論から言うと、今回の失踪事件の主犯は西の海域【ヴァルシェリア】のプリンスだ」


 海辺からの帰り道で教えてもらったんだけど、この世界の海域は北の【レドマルク】、南の【ジュリナージ】、東の【カルタドラ】、そして西の【ヴァルシェリア】の四つに分かれていた。それぞれの海域は陸上でいうところの国であり、次期王・女王となる王子や王女の名がそのまま海域の名になっている。


 海域の名が変動することはないため、実質四人の跡取り人魚たちの名は生まれる前から決まっているという……僕からすればあまり喜ばしくない制度があるそうだ。だって大人になって王・女王になったら、次の跡取りに名前を譲らなくちゃいけないんだから。


「事件を起こした目的は、陸で失くした誰かを捜すため。マーメイドの身体は陸で活動するには不便だし目立つからな。プリンス様がお忍びで陸に上がるには、適当な人間を拉致ってその身体に潜り込むのが一番手っ取り早かったんだろうよ」


 カップルばかりが狙われたのは、単にあの海辺がカップルに人気の場所だったから。彼氏ばかりだったのは、同じ性別のほうが身体の使い勝手がよかったから。紐解いた先にあったのは御伽噺みたいに複雑でもなければ感情任せでもない、極めて合理的な理由だった。


 人体への侵入手段は、僕がガープの森の川で見たあの透明なスライム。ああやって西の人魚は自らを液状化させ、僕みたいに喉を潤そうとした人の体内に入り込んでいたのだろう。「なるほどねェ」と、証拠品をつまみ上げながらマリッちさんが呟く。心なしか、その眼差しが怒りで鋭くなってる気がした。


「でもさー、よく相手が西のプリンスだって分かったネ。初対面っしょ?」

「海ん中で対峙した時、自分でブツブツ言ってたからな」


 自信家は自分語りが多いからラクでいい、と言うソウシをついマリッちさんと揃って凝視してしまう。まぁそれは割愛するとして……一つ気になることがある。


「なんで、西の王子が南の海辺にいたんだろう」


 海域がそのまま国の役割を果たすなら、現状は王族がお付きの人もなしに他国の領域を徘徊していることになる。そんなこと許されるのか? ていうかそもそも論、王子様自らが出向かなくても家臣とかに捜してもらえばよくない? 捜し人は公にできない相手ってことか? まさか浮気相手!?


「浮気はないと思うけどナー。先代はともかく、今のは派手な見た目のわりに誠実って噂だし」

「んー……じゃあ無難に、運命の人探し?」

「ロマ太郎」

「やかましいわ!」



「許嫁、だと思うよ」



 チンチリンと涼やかな音を立てて扉が開き、イリグさんが入ってくる。マリッちさんは「見回りお疲れー」と労いながら彼にタオルを投げ渡すと、奥にある簡易キッチンに水を取りに向かった。


「ぁ、お疲れ様です」

「おう、ありがと」

「許嫁って言ったけど、アンタ何か知ってるのか」

「まぁ、井戸端会議で小耳に挟んだレベルの話だけど」


 驚くことにイリグさんはもともと南の街、つまりはエリムちゃんが住んでいる街の出身だった。その街では一時このような噂が流れていたそうだ――`南のマーメイドプリンセスが婚約を破棄して失踪した`と。


「ぇ、婚約破棄? お姫様が!?」

「前代未聞ってほどじゃないだろうけど、陸にまで噂が届くくらいだからまぁ珍しかったんだろうな」


 イリグさんが言うには、そもそも他の海域から海域へ嫁ぐことが珍しかったそうだ。遥か昔はともかく、海域が明確に四つに分断されてからは陸と同様ある程度の不可侵条約を結んでいたようで、嫁も婿も自国から選んでいたという。


「でもソレって、アンタがこの街にくる前の話でしょ?」


 もう七年も前のことじゃん、と驚きながらマリッちさんが戻ってくる。水の入ったコップをイリグさんに手渡すと、「まさかその間ずーーーっと探してたってワケ? 一途通り越してヤバくない?」とやや青くなって二の腕を摩る。僕的にはそこまでドン引くほどの年月にも思えないけどな。上辺だけじゃなくて、それだけ本気で相手のことが好きだったって証拠だし……でもそうなると、新しい疑問が出てくる。


「南の人魚たちは、お姫様のこと放ったらかしにしてるってこと?」


 じゃないと七年も行方不明のままなんて有り得ないだろう。マリッちさんは「んー、カンドーされたとか?」と冗談っぽく返してきたけど……正直その線は否定できない。お姫様が勘当とか国際問題ならぬ海際問題だけど、


――この疫病神めっ、そうと分かってたらお腹痛めてまで生まなかったわ!


 いざとなると親は、当たり前の顔をして子供を捨てるから……ん? あれ、僕なに言ってんだろ……僕の意思を無視して口が、思考が勝手に動いたみたいでなんか気持ち悪い。考え込むふりをしてさり気なく口元を掌で覆い隠した。と、ソウシが「なぁ猫ビッチ」とマリッちさんを呼びながら間に入ってくる。僕が気づかれたくないモノを、その思いごと隠そうとしてくれてるみたいだった。


「ナージュがこの街に来たのっていつ?」

「言っとくけど`猫ビッチ`て認めたワケじゃないから。ツッコむのが面倒になっただけだから」

「で、いつ?」

「(怒)……たしか三年くらい前だけど?」

「三年……それ以前は? どこで何してた。主に四年くらい」

「何その微妙な範囲セッテー。なんか色んな街転々として、酒とかカジノのことベンキョーしてたみたいだけど」


 詳しいことは聞いてないと尻尾を揺らすマリッちさんに、ソウシは「そっか、サンキュ」と珍しく礼を言っていた。けどその目はもう彼女を捉えてなくて、まるで僕らには見えない情報(データ)を頭の中で整理して組み立ててるみたいだった。言っちゃ悪いけど、この前の冷凍ミカン落下事件の時よりずっと探偵っぽい。


「……ええー」

「ソウシ?」


 ザ・ディテクティヴモードから一転。ソウシは唐突に目元を掌で覆ったかと思いきや、「誰か嘘だと言ってくれー」と天井を仰いだ。まったくもって意図が読めないまま、とりあえずご希望通り「う、嘘だぞー」と僕が両手でメガホンを作って言うと、体勢はそのままに「アリガト」と返される。なんか目尻がキラッて光った気がしたけど、ソウシ泣いてんの?


「だ、大丈夫か?」

「だいじょばない」

「だいじょばない!?」


 さっきは西の海に乗り込むって気合入りまくりだったのに、また何で急に……確か直前に話してたのは、ナージュさんのことだよな。彼女がフーリガンズの街に来てお店を開いたのが三年前で、でもソウシはそれより四年前のことも知りたが……ん? 三年と四年……七年?


――私は、もう長いこと海に帰ってないので


 イリグさんの故郷で南のマーメイドプリンセスが婚約破棄したって噂が流れたのが、今から七年前。


――後者に関しては、心当たりがあります。けれども確証がないため、今の私の口からは言えません


 ナージュさんがフーリガンズで店を開いたのが三年前で、その前の四年間はお酒やカジノの勉強で街を転々と……シンプルにそれより前は海で暮らしてたって考えると、彼女が陸に上がったのは七年前ってことになる。それに南のプリンセスの名前って`ジュリナージ`だったよな……リとジを取って並べ替えたら、`ナージュ`にならない!?


「ナージュさんてお姫様だったの!?」

「え、ナーちゃん・イズ・プリンセス? ワァ~オ」

「いや`ワァ~オ`じゃなくて! マリッちさん全く知らなかったんですか!?」

「だってこの街、ヒトの出入り激しいんだもん。顔だけならともかく、過去にナニしてたかなんてイチイチ把握してらんないってー」


 それでいいのか保安官(シェリフ)よ! いやまぁフーリガンズはそこそこ広い街だし、シェリフはマリッちさん一人だから限界があるのも分かるけど……脳のキャパ小さいって自分で言ってたし。


「今シツレーなこと考えたっしょ?」

「ふみゅっ」


 こういうトコは目敏いらしく、みょ~んて頬を左右に引っ張られる。うん、痛くはないけど違和感が凄い。


「ウミャーーーーッ」

「うみゃ!?」


 なぜかマリッちさんが悲鳴を上げた。その拍子に僕の頬もバチンッて元通りになって、やっぱり痛くないけどつい釣られて似たような声を上げてしまう。肝心のマリッちさんはというと、ビビビビッて全身の毛を逆立ててデフォ化してる。え、マジでどうしたんだろうとヒョイと背中側を覗いたら、


「成敗」


 真っ黒い仏みたいな顔をした相棒がモスグリーンの尻尾を鷲掴みにしてました。


「コラお前何してんだ!」


 詳しくは知らないけど猫の尻尾ってなんか大事な神経と繋がってるんだろ!? 動物虐待ダメッ! 放しなさいとペチペチ手を叩けばソウシはわりとすんなり解放したが、マリッちさんは相変わらずデフォ化したまま「ウミュミュミュ……」と爪先立ちで震えてる。けど涙目で振り返って僕に一言。


「獣人と動物はチガウ」


 あ、ハイごめんなさい。目を点にしつつも謝った僕に頷き返したマリッちさんは、壁際のソファに顔面ダイブすると指でイリグさんを呼んだ。「ハイハイ」と慣れた様子で歩み寄ったイリグさんは、力なくゆらゆらしてる尻尾に手を翳して[ナヴィックス]という魔法をかける。


 尻尾全体がベビーブルーに光ったかと思いきや、マリッちさんは本物の猫みたく背中を伸ばして表情をフニャフニャさせた。すんごく気持ち良さそうだった。ソウシに「あれなんの魔法?」って小声で聞くと、神経とかをリラックスさせる癒し系の魔法だと教えてくれた。


「ソウボーイめ~……コレが終わったら覚えてろニャ~…」

「分かったじゃあ帰るわ」


 てか全身でリラックスしといてなーにが覚悟しとけだ、とソウシは髪を掻き上げ、僕を引きずって事務所を後にしようとする。僕はといえばもう何から謝ったらいいのか分からなくて、それしか知らないみたいに二人にペコペコ頭を下げるしかなかった……とりあえず次に会う時は、お詫びの菓子折り持ってこ。


「マユリカ、イリグ」


 ポイッと僕を外へ投げたソウシが、振り返らないままに二人を呼ぶ。僕からはよく見えるその顔はいつになく真剣で、声音からそれを察した屋内の二人も雰囲気を改めたのが分かった。


「街の見回り、特に水回りに注意払っとけ。俺らも俺らで見張るから」

「……襲撃でもあんの?」

「確証はねぇけど、煽ってきたから」

「ハッ、やってくれるねー」


 スッ、と濃い緑の影が音もなくソウシの背後に浮き上がる。肩越しに見えたマリッちさんの表情は例えるなら獰猛な山猫のようで、さっきとはまるで別人だった。ぁ、そういえばちょっと前にウルが言ってたな。


「この街盾にして面倒事からトンズラするって魂胆なら、アタイも相応の処置をとるよ」


 マリッちさんの二つ名は`フーリガンズの目`……マッフルさんがこの街の主なら、彼女は番人なんだって。


「そこまでクズじゃねーよ」


 背筋に冷たいものが走ってカチコチになった僕と違って、ソウシはずっと堂々としていた。マリッちさんの威嚇をものともせずにペンッて彼女の額を弾いたかと思いきや、「心配すんな」ってポンポンと肩を叩く。


「この街に繋がるような痕跡は残してねーよ。ただ一回ガープの森で液状化したヤツと接触してるから、一応警戒しといてほしいだけだ」

「あ、そっか」


 メンゴメンゴと軽い調子で両手を合わせるマリッちさんは、僕がよく知るギャルちっくなお巡りさんの顔に戻っており、ホッと胸を撫で下ろす。と、いつの間にか傍に戻ってきたソウシが「じゃ、今度こそ帰んぞー」と再び腕を掴んで歩き出す。後ろから「んじゃ街の北のほう、朝まで張り込みヨロ~」とマリッちさんの声が飛んできた。わ、ナチュラル徹夜ルートだ。


「……ナージュさんがお姫様かぁ」


 帰り道、夕空を見上げながらボソッと零す。所作には品があるし、時折言葉遣いも厳粛な感じになったりするから全然納得できないってわけじゃないけど、


――朝まで飲むわよぉ~~~~!

――夢ですかぁ? 一度でいいからお酒のお風呂で溺れてみたいですぅ❤


「……やっぱピンとこない」

「そうか? 俺はわりとしっくりきたけど」

「え?」


 思わずといったふうに声が漏れる。お前天井仰いで全身でオーマイゴッドって叫んでたじゃん。


「たぶんアイツ、束縛半端なかっただろうよ」

「束縛?」

「そ、束縛」


 お姫様やお嬢様がキラキラして見えるのは、テレビ画面やカメラのレンズを通して見た時だけだとソウシは言う。本当の意味でお金とか地位とか権力を好き勝手使っているのは親や周りの大人だけで、子供たちは振り回されていることのほうが多い。


 でも自分で生きていく力がないから、名前も肩書きも捨てられない。それが悔しいからプライドだけが高くなって、苦しいから性格が歪んでいって、典型的な`大金持ちの嫌なヤツ`が完成するのだと……まるで見てきたみたいに話していく。


「ナージュは肩書きっていう枷を、それはまぁ綺麗に取っ払ったんだろうな。魚の骨みたいに」

「もうちょいマシな例えないのかよ」

「妥当だろ、魚の姫だし」

「マーメイド! 一緒にすんなってさっきの僕みたいに怒られんぞ」


 でも、何となくコイツの言いたいことは分かった。じゃあもし、もし西のマーメイドに見つかったら、ナージュさんはせっかく取り払った枷をまた嵌め直されちゃうのか。そしたら当然カジノ・ザ・マーメイドも閉店になって……ウルも、また一人になっちゃうんだよな。


「そんなの、嫌だな」


 最初こそビックリしたけど、僕はあの店が好きだ。お客で賑わっている時間も従業員と僕ら居候だけの静かな時間も、チップが重なる音もアルコールの匂いも。それにまだ、住まわせてもらってる恩だって返せていない。バチンッ、と頬を叩く。最近癖になってきたなこの仕草。


「……ソウシ、僕頑張るよ」

「お?」

「西の王子様には悪いけど、ナージュさんを返せって詰め寄られても頷かない」

「おぉ!」

「ちゃんと話し合いの場を設けて失踪事件のこと反省してもらって、納得してから帰ってもらう」

「んえ? バトルロワないの?」

「それは最終手段。やっぱ戦いじゃ片方に蟠りが残るし、戦ったら()()()()()()()()

「…………」

「それはちょっと狡――」

「そうかそうかあぁそうか!」

「んぐぇっ」


 いきなりソウシがガバッと肩を組んできた。え、なに? なんかめっちゃ嬉しそうだけど心当たりがなさすぎて怖い。一頻りワハハハッと上機嫌に笑い倒したソウシは最後にバシッと僕の背中を叩くと、今度は「店まで競走!」と某お父さんみたく走り出して……勝手だなぁもう。


「負けたらお前ひとりで見張りな」

「鬼かよ!」


 冗談じゃないと僕もすぐさまダッシュした。

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