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第四話 異世界探偵……推参?[後編]

今からアンタは僕に切り刻まれるんですから、推理という名の刃物でね――byソウシ&終太郎

「こいつが?」

「ひぇっ……」


 大変不満です、と全身で僕に告げているのは容疑者の彼だけじゃない。群衆も「えー、このパッとしないのが?」とあからさまにガッカリしている。まー……ね、どっからどう見てもソウシがホームズやる流れだったもんね。僕自身、背中押し出されるまでアイツが推理するって思ってたし。


「ま、それに関しちゃこの際どうでもいいけどよ」


 ええんかい。だったら先陣切って態度に出さないでよ!


「さっさと楊枝でほじってみろよ。けど出来なかったら分かってるよな?」

「ぐぅ……分かっ「貴方もしつこいですね、分かってると言ってるじゃないですか」


 ……は? え、なに今の。僕の声!? いやいや僕喋ってないよ!?


「それとも、焦るあまり噛み付かずにはいられないとか?」


 おいまた勝手に! ぐるんっと首だけで振り返れば、襟を立てて絶妙に口元を隠したソウシがそれはそれは愉しそうに佇んでいた。え、なんで急に襟立? その服襟あったっけ? そもそもどうやって僕の声……あ、昨日話してた補助スキルか。


――よーしお前らぁ! 今夜は朝まで盛り上がるぞ!


 そういえば、なんか前にも似たような場面があったような……。


――飲んでジャンバリってまた飲むぞー!


(あっ、ナージュさんの店で僕が囲まれて困ってた時!)

『いよいよ見せ場だぞ、傀儡(アバター)探偵♪』


 あの時はウルの声だったけどと僕が思い出していると、頭の中に念が送られてくる。いや誰が傀儡だコラ。


『なに面倒なことしてんだよ! お前が推理すればいいじゃん!』

『分かってないなー、今時はこうやって裏から推理するほうがイケてるんだよ』

『いや知らねーよ絶対お前の偏見だろ!』

「ちょっとー、ダイジョブ?」


 鼻から上だけで感情を出してるソウシに身振り手振りで抗議していると、マリッちさんがちょんちょんと肩を叩いて耳打ちしてきた。ハッとして振り返れば、群衆も容疑者も水を差されたみたいに温度の低い眼差しを向けている。


(あぁもうっ、こうなりゃやるしかないじゃん!)


 パンッと頬を叩いて腹くくると、『コマンド頼むぞ!』と念を送ってから一同に向き直る。向き直ってすぐ、昨日のウル戦の名残りでつい`コマンド`って単語使っちゃったことに気づいた。ソウシもビックリしたみたいで『……!』とデカい感嘆符が浮かんだけど、すぐに『喋るよりちょっと早めに言葉送るから、合わせて口パクな』と優しい言葉が送られてきた。OKと、大きく頷く。


「なんだよさっきから黙ったりキョドったり、このヘッポコ探偵が!」

『「クスッ、あまり僕を下に見ないほうがいいですよ?」』

「あぁ?」

『「今からアンタは、僕に切り刻まれるんですから――推理という名の刃物でね」』

「んなっ……!」

『「下に見てた相手にズタボロにされたら、輪をかけて気分悪いでしょう?」』


 ムキーッと怒った牛みたいに赤い鼻息を噴く容疑者店主と、その後ろで「おぉーっ」と感嘆の声をあげる群衆。そして、


(恥っっっっずかしいーーーー!)


 余裕ぶったキメ顔のまま肌だけが茹で上がった僕。いやいやソウシさん煽り過ぎ! てか台詞クサすぎ! 僕はお前の言葉って知ってるから喋れるけど、目の前の皆さんは僕が僕の意思で喋ってるって思ってるからね!? これ明日からどんな顔してギルドに来ればいいんだよ!


『`難事件承ります`ってドヤ顔で闊歩すれば?』

『できるか!』

「だっ、たら聞かせてみろよ! 俺がどうやってギルド長を怪我させたか!」

『「……コホン、いいでしょう」』


 容疑者の男よ、性格クズだけど話と流れを戻してくれてありがとござます。いよいよ解決劇のスタートだと気を引き締めると、またもやマリッちさんに肩をつつかれる。


「ほいコレ、ご注文のミカン」

「え? ぁ、どうも……」

「じゃ、260エドルね」

「ぁ、はい」


 やっぱ金取るんだとちょっと遠い目をしつつも、ミカンの詰まった袋と小銭を交換する。これ、ソウシが頼んだんだろうけど……なんでミカン? 確かに容疑者のズボンにはミカンの筋が付いてたし、バスケットから不自然に一つ抜き取られたのも流れ的にミカンだろうけど……まさかこれが凶器?


『「まず凶器は、爺さんの間食用バスケットから抜き取られたミカンです』……マッ――」

「マジで!?」


 その`まさか`だった。てか危な……マリッちさんに釣られて僕まで叫ぶところだった。


「っ……ハ、ハハハハハッ! 果物で人を殴れるわけないだろ!」


 ……容疑者のキミよ。口でこそ小物っぽい返しをしてるけど、目は明後日のほうを向いてるし顔蒼白いし、汗もサウナ上がりかってくらい凄いよ?


『「仰る通り、()()()ミカンだったらまず無理でしょう。しかしもしミカンが――」』


 僕は一つミカンを取り出すと、一同によく見えるよう掌にのせて[コールスフィア]の魔法を使った。瞬時にカチカチにされた果実を前にマリッちさんたちは目を丸くし、容疑者の彼は頬を引き攣らせている。


『「このように冷凍されたミカンなら、可能だと思いませんか?」』


 推理の裏側で僕もハッとする。冷凍されたミカンは水をかけた雪玉なみに硬かった、ような気がする。


『「百聞は一見に如かず、実践してみましょう――マリッちさん」』

「ハイハーイ」


 こらソウシ`猫ビッチ`って呼ぶな、今後セリフとして出しても勝手に変換するからな。僕は後ろの人たちにも見えるようにブーツを脱いでテーブルの上に立つ。そしてあらかじめソウシから言付かってたマリッちさんは、処分する予定だった磁器の平皿を持ってきて僕の足元に置いてくれた。


『「まずは普通のミカンから」』


 袋からもう一つ拝借したミカンを、立ったまま皿の上に落とす。ぶつかった拍子にカチャンと音がして皿は揺れ、跳ねたミカンは転がってテーブルから落ちた。この程度の衝撃なら赤ちゃんくらい柔な造りじゃない限り、出血して気を失うようなことはないだろう。チラッと盗み見た一同の顔が、そう語っていた。


『「そして、問題の凍ったミカンです」』


 手の中のミカンがしっかり凍っていることを確認すると、パッと手を放す。


 ガッシャーーーーン!


「っ……」

「ワァオ!」

『「結果はご覧の通りです」』


 砕けて飛び散ったガラス片を踏まないようにテーブルから下りて、ブーツを履き直す。マリッちさんは興奮して小さく拍手までしてたけど、容疑者店主は居心地悪そうに肩を竦めて身体を小さくしている。なんとなく、そこに薄らと罪悪感が滲んでいるようにも見えた。


『「ミカンが置かれていたのは二階の手すり、水滴の痕跡があったので間違いないでしょう。床の水滴は落下した際に飛び散ったものです」』


 ソウシが推理する容疑者の行動はこうだ――まず昨夜のうちに容疑者とマッフルさんの間で諍いがあり、容疑者が隙を見て棚のバスケットからミカンを取り出す。そして一度ギルドの外に出て魔法で凍らせてから戻り、手すりの縁の落ちるか落ちないかギリギリのところにミカンを置いて再びギルドを出る……あれ?


『ちょ、ちょっと待ってよソウシ! トリックってこれだけ? これじゃあマッフルさんをジャストタイミングでミカンの真下に連れてくのって無理じゃない?』

『ああ、無理だよ』

『へ!?』

『ほら、続き続き』

『ぅ、うん』


 促されるままに、アバターモードに切り替える。


『「貴方はただ爺さんを驚かせたかっただけで、傷つけるつもりなんてなかった。爺さんのデコに直撃したのは、ホントにただの偶然だったんでしょう」』

「っ……」

『「でも実際に来てみれば頭から血を流す爺さんがいて、あなたは焦った。ただ今ならまだ、行き過ぎた悪ふざけですみますよ?」』

「っ、あ……」


 容疑者の人、揺れてる。これなら穏便に……、


「でもさァ、肝心の凍ったミカンはドコいっちゃったのー?」


 ってマリッちさぁあぁあああぁん! 今それ言っちゃ……、


「そ、そうだよ! 俺はミカンなんか持ってなかったじゃねーか!」


 ほぉおら言わんこっちゃない、調子ぶり返して反撃してきたよ……確かにさっきの身体検査でこの男の持ち物からミカンは出てこなかったし、ギルドのどこかに隠したならマリッちさんが最初に見つけてるはずだ。でも、この謎の答えは僕にも見当が付いている。


『「答えは、あなたの胃の中です」』


 そう、食べちゃえばいいんだ。ミカンの皮は食べようと思えば食べられるし、消化されたら証拠は残らない。けどズボンに付いてたアルベドは、彼がミカンに触れた何よりの証拠になる。容疑者から除菌ポーションの匂いが強く漂ってたのも、口から香るかもしれないミカンの匂いを誤魔化すためだったんだ。


『「食物繊維が豊富なミカンはリンゴやバナナほど消化が速くないですから、胃の中を調べれば残ってるはずですよ」』

「っ……!」


 さすがにチェックメイトだと、僕は思った。いくら異世界の住人でも、モンスターでもない人間が即座に胃の消化速度を上げるなんて無理なはずだ。容疑者の男も「た、確かに俺は黙ってミカンを抜き取ったさ」と白状した……かに見えたが、


「けど抜き取っただけだっ、凍らせてなんかねぇ!」

(……へぁ?)


 攻防戦には、まだ続きがあるらしい。


「俺が凍らせたって証拠はないだろ? だったら仕掛けたのが俺だって証拠もないってことだよな!?」

(えぇ……)


 なんだこの無駄な粘り強さ。冤罪の疑いがある人ならともかく、ほぼホシで確定な容疑者がやっても見苦しいだけだろ。でも言われてみれば、今僕とソウシが推理したのは`犯行のトリックに冷凍ミカンを使った`ってことだけで、その`トリックをこの店主が使った`っていう証明にはなっていない気がする。でも現物のミカンもないのに、それが凍らされたことを証明するなんて無理難題だろ……。


『ソウシ、どうする?』

『No Problem,本番はここからさ』

『へ?』


 僕と違って、ソウシの声には動揺の欠片もなかった。それどころか、今までで一番ワクワクしてるような……。


『「では、あなたがミカンを凍らせたと証明できれば犯人だと認めてくれますか?」』

「お、おう。できるもんならな!」

『「言質、いただきました」』


 執事みたいに恭しく一礼しろ、って言われたからその通りやったけど……やっぱ僕じゃ浮いてる気がする。


「ちょっとぉ、大口叩いてダイジョブ? 言っとくけど、アタシに胃のナカの氷の匂い嗅げとか言われてもムリだかんねー」

『「そっ、こも問題ないです」』


 危ねぇ、『そもそも微塵も期待してねぇ』ってソウシの言葉をまんま言うところだった。てかソウシの奴、マリッちさんに当たりキツくね? 仲いいんじゃなかったのか……いやいやそれよりも! ミカンを凍らせてた証明ってどうやんの? 氷なんて胃どころか口に入れた時点で消滅するよ!?


『「あなた、抜き取ったミカンはどうしました」』

「く、食ったけど?」

『「んじゃ窃盗罪で逮捕……ってなに言わせんだよ!」

「せと、ざ……なんだソレ?」

『あーあ終太郎が邪魔するから』

『いやどのみち意味通じてないっぽいし。一応聞くけど、仮に通じてたらどーする気だったんだよ』

『そのまま有耶無耶にしてしょっぴく』

『気持ちは分かるけど駄目!』


 ペチッと片頬を叩くと、探偵モードに口調と思考を戻す。でも言ってることはアレとして、ソウシにまだ軽口を叩ける余裕があることに安心はした。情けないけど、僕の頭じゃこの「意地でも認めてたまるか!」と言わんばかりに重箱の隅をつついてくる容疑者に白旗をあげさせるのは無理だから。


『「そういえばあのミカン、なかなかの美味だったでしょう?」』

「ぇ、あ、おう」

『「頬が落ちるくらい()()()()でしょう?」』

「おうっ、あの甘さは病みつきにな――」

『「これでハッキリしました。あなたが犯人だ」』


 おもむろに、容疑者店主を指差す。硬直した彼が我に返らないうちに、今度こそ逃がさないために僕とソウシは息継ぎする間も惜しんで推理という名の刃物を突きつけた。


『「あなたは今、ミカンを()()と言いましたね?」』

「そ、それがどうしたよ……?」

『「あのミカン、そのまま食べたら()()()()はずなんですよ」』

「っ!?」

『「でもあなたは`甘かった`と言った。ミカンに含まれてる果糖は、()()()()()()()()()()()性質があるんです」』


 今度こそ、容疑者の店主は反撃の術を根こそぎ失う。ガクリと膝から崩れ落ちれば、傍で見ていたマリッちさんも後ろの群衆も静かに感嘆の息をこぼした。と、マリッちさんが店主の傍に屈んで「なんでこんなコトしたの?」と動機を尋ねる。こんなふうに言うのあんまり良くないと思うけど、テンプレ通りだ。


「……焼き菓子」

「焼き菓子、あぁさっきのゴミ箱の。え、てことはさ……」

「そうだよ! 王都まで出稼ぎに行ってやっと買えたのに、楽しみにしてたのにっ……」


 え、嘘……マリッちさんの推理当たってるじゃん。どうやら注文を受けていた衣類をマッフルさんに届けて店に戻ったところで、問題となった高級焼き菓子をギルドのテーブルに置いてきてしまったことに気づいたそうだが、取りに戻ってみると菓子はすでにマッフルさんの腹に収まった後だった。ハァ……と、マリッちさんが大きく溜息を吐く。


「あのねー今回は未遂で済んだけど、一歩間違えばジョーダン抜きで死ぬからね? シュウボーイの実演見たっしょ?」

「っ……」

「とりあえずマフ爺に謝って、ちょっとアタマ冷やしなさい。罰は治療代と、そうねー……`猫じゃらしで十分間コチョコチョの刑`が妥当かな?」

「ひっ、そ……」

「そ?」

「それだけは嫌だーーーー!」


 どうやらこの店主、擽り攻撃が大の苦手なようだ。ネコ科の彼女を前にそれこそ猫のように跳び上がると、蒼褪めた顔のまま一目散に逃げ出す。壁となっていた群衆たちも、彼の剣幕に押されて思わずというふうに道を開けてしまった。僕はすぐさま追いかけようとしたけど、


「うぎゃっ」


 焦るあまり足が縺れた(?)のか、扉の一歩手前で勝手に転んでしまった。でも今、一瞬右足の脹脛あたりに光る十字架が見えたような……回復魔法の[ケアリー]? でもあの人べつに怪我してなかったし。仮に[ケアリー]だったとしても、なんで転ぶ?


「おいホシ、やっちまったことの落とし前は付けてけ」

(あれ、あの人……)


 驚いてる僕の傍を、マッフルさんの怪我を治してたムキムキ大男さんが通り過ぎる。綺麗に筋肉のついた身体に革のベストとダメージズボンを大胆に合わせ、やや長いブロンドの髪をハーフアップにした彼は店主を荷物みたく肩に担ぐと、マリッちさんのところに戻った。すれ違いざま、「ブローチ泥棒に続きお手柄だな」とサファイアブルーの瞳でウィンクされた。


「さすが、`破壊と再生のイリグ`の異名は伊達じゃねーな」

「は、破壊と再生?」

「そ、あいつがイリグ。このギルドお抱えのドクター・マジシャン」


 襟と声を元に戻したソウシが、詠唱なしで治療できるほど回復魔法に特化した逸材だと教えてくれる。そのあとにボソッと、「まぁ正確には、回復魔法しか使えないんだけどな」と付け加えられたけど、なんとなく詳しくは聞いちゃいけない気がして話を変えることにする。


「さっき、あの店主が転んだのって[ケアリー]が関係してるのか?」

「してるよ。さっきのは`超回復`の応用だ」

「超回復?」

「筋トレとかで筋肉に負荷をかけた時に、`破壊`と`再生`を繰り返して筋組織を太く強くするサイクルのことだよ」


 刺激を与えられた筋組織には文字通り破壊が生じ、だいたい48時間から72時間かけて`栄養`と`休息`をとることで徐々に回復し、以前より強くなっていくとソウシは説明してくれる。イリグさんはあの店主が右足に力を入れて筋肉に負荷をかけた瞬間に[ケアリー]を使い、人為的かつ最速でこの超回復を起こして一時的に筋肉の動きを狂わせ、転倒させたらしい。


「す、凄い! まさしく`破壊と再生`の使い手だ……!」


 回復魔法は治療のための魔法っていう僕の常識を、根底から覆す本物の大技だと思った。でも「ソウシもそう思ったんだろ?」と顔を向けたら、なぜかブッッッッスくれた子供みたいな表情にぶち当たった。あ、これカンストマウントくるぞ。


「俺だってやろうと思えばあれくらい出来るし」

(やっぱり)

「さっきは終太郎に紹介するために、敢・え・て彼に見せ場譲っただけだし!」


 そこんトコ勘違いするなよっ――と、僕の鼻先に人差し指を突きつけてくるソウシ。お前はどこぞのツンデレキャラだよ。本当に負けず嫌いっていうか、


「ハイハイ、()()()()が一番凄いよ」


 ヤキモチ焼きっていうか。ちゃんと分かってるからと言って膨れていた頬っぺを潰すと、ブッて濁った音が鳴った。どんなイケメンも、不意打ちで頬っぺ潰したら必ず一瞬はブサイクになるらしい。堪え切れずに僕が吹き出したら、我に返ったソウシに真っ赤な顔で「笑うな!」って怒られた。ごめんってすぐに謝ったけどまだ笑いの余韻が残ってて、ソウシは膨れっ面のままだ。


「お二人さんよぉ~」


 のほほんとした声に振り返れば、仮眠から目覚めたマッフルさんがテケテケとこっちに駆けてきた。服の所々には血がついてるけど額の傷は完璧に治ってるし、顔色も寝る前と比べたら断然いい。ちょっとホッとした。


「頭、大丈夫ですか? 頭痛とか……」

「ホッホッホ、この通りじゃわい」


 豊かな髭と同じスノーホワイトの長髪の隙間から覗くデコをペチッと叩いて笑ってみせるマッフルさんだったけど、マリッちさんと一緒にギルドを出ていく店主の背中を見ると、くりっとしたブラウンの瞳に憂いの色が薄く混ざった。その表情を見るに、事件の経緯はマリッちさんが説明してくれたみたいだ。


「彼には、悪いことをしてしもたのぉ」

「っ、でも! 今回のはあの人が悪いです。打ちどころが悪かったらどうなってたか……」

「ホホホ、心配してくれてありがとうの……おぉ、そうじゃそうじゃ!」


 僕とソウシの腰をポンポンと撫でたマッフルさんはハッと何かを思い出すと、奥の仕事部屋のほうに駆け戻っていった。扉の向こうからはガシャンッとかガサバサッとか凄い音が聞こえたけど、戻ってきたマッフルさんは無傷だったから……まぁ大丈夫なんだろう。


「これこれ、二人の冒険者免許じゃ」

「え!?」


 マッフルさんが手渡してくれたのは、クレジットのブラックカードを彷彿とさせる免許証だった。自分の名前と今のレベル、大まかなステータスのグラフなどが金の文字で記されている……いやもう、決済機能がないことを除けばブラックカードだわコレ。裏側を見たり陽光に翳したりして楽しんでいると、「できるだけ失くさんでほしいんじゃが」とマッフルさんが髭を弄りながら言った。


「もし落としたりモンスターに食われて失くしたりしても、免許を発行したギルドに申請してくれれば新しいのを発行できるぞ。手数料として1000エルド掛かるがな」

「僕らの場合は、マッフルさんにお願いすればいいんですね?」

「そういうことじゃ。前は一度免許を取ってさえいれば、どこのギルドに頼んでも再発行できたんじゃがなぁ」


 大方、王都のギルドが大量に押し寄せた再発行の依頼でパンクでもしたのだろうとマッフルさんは肩を竦め、僕らにもう一度お礼を言ってから仕事部屋に戻っていく。僕とソウシも一度ギルドを出ることにした。


 本当は冒険者免許を貰うついでにギルドで朝食をとるつもりだったけど、未遂とはいえ傷害事件が起きた場所ですぐに何か食べる気は起きない……あーあ、ちょっと前の僕は「食後のデザートにミカンでも食べたいなー」って思ってたのに。


「……へへっ」


 でもそれはそれとして、こうして手元に冒険者免許があると思うと顔がニヤつくのを止められない。調子に乗るあまりスキップとかしてみたら、見事に小石に躓いた。すっ転ぶ前にソウシの腕が腹に回ったから、助かったけど。


「やっぱシートベルトいる?」

「ありがとでもいらない」

「ちなみに時給500円」

「安っ、いや高い! あと回数制じゃなくて時給制なの!?」


 ったく、相変わらず一言二言よけいなヤツ。


「でも、冒険者かぁ……せっかくだから海の向こうとか、空のずっと上とか行ってみたいなぁ。あ、地底探検とかもいいよな! なぁソウシ!」

「クスッ、だな」

「あ、また子供みたいにはしゃいでるとか思ってるだろ!」

「いーや?」

「嘘だぁ」

「嘘じゃないよ」

「……ソウシ?」


 ふっ、とソウシの纏う空気が変わった。それは真昼の空気に夕暮れの艶が混ざるような、静かながら確実な変化だった。思わず立ち止まって隣を見上げると、想像していたよりもずっと柔らかい眼差しに迎えられる。


「俺は終太郎に、嘘は吐かない」

「え、ぁ……ありがとう?」


 な、なんだよ急に大真面目な顔して……ていうか、改めて言われると気恥ずかしいな。


「ま、どの道まずは金集めからだな」

「へ? 金?」

「そう、金だ」


 今し方のイケメンっぷりは何処へやら、ソウシはギャグちっくなキメ顔を作ると人差し指を立てた。


「いいか終太郎、この世界には夜行バスもなけりゃ新幹線もない。馬車はあるけど街から街への行き来が殆どで、未開拓地まで行ってくれることなんてまぁない」

「お、おう」

「だから遠距離移動にはどうしたって時間が掛かるし、時間が掛かった分だけ金が必要になってくるってわけだ」


 野宿に使うテント代に水や食料代、ほかにも装備品を揃えたりとか、僕らだったら住む場所のことも考えないといけないとか……確かにいつまでもナージュさんのところに世話になりっぱなしじゃ駄目だもんな。とにかく冒険者は金が掛かるとソウシは念を押すように言う。その圧力に僕は思わず後退ってしまった。


「ほ、補助金とかギルドから出ないのか?」

「出ないことはないけど、ドーッンて出してもらってるのは冒険者としてかなり名を売ってる連中に限るな。補助金ってぶっちゃけどこぞの貴族・王族のポケットマネーだから」


 ギルドはあくまでも依頼主と冒険者の間にトラブルが起こらないように見張る仲介人で、街を巻き込むほどの大事件でも起きない限りギルド自らが冒険者に依頼することはないみたいだ。だから一部を覗くほとんどの冒険者たちは現世でいうところのバイトみたいな副業をしていて、そっちで貯めた金を生活費を圧迫しない程度に冒険に使って生計を立ててるとのことだった。ちなみに依頼主がいなくても、新種のモンスターや薬草を発見して報告すればそれなりの報酬が支払われるらしい。


(なんて言うか、なぁ……)


 冒険者のシステムは僕が考えているよりずっとリアルで……正直に言うと、ウルの`自由を仕事にできる`って言葉を鵜呑みにしていただけあってちょっとショックだった。


(でも、普通そうだよな)


 現世だろうと異世界だろうと、食べていくには金が要る。異世界は魔法が使えるから特別感があったけど、べつに魔法で腹が膨れるわけじゃないんだ。


「じゃあ、なにか仕事見つけ――」

「金造りに励むか」


 ……あれ? 今隣から金づくりって聞こえたんだけど。しかもその`づくり`の部分が`造り`って聞こえた気がしたんだけど。そしてソウシ、お前はなんで首を捩じ切る勢いでそっぽを向いてるんだ? 誤魔化してるつもりでも「言っちゃったヤベ」って頬っぺに書いてあるからな。


「今お前が考えてること、当ててやろうか」

「イヤ結構デス。頑張ッテ働キマショウ」


 うわーすんごい棒読み、しかもデスマス口調(笑)。でもこのくらい口を酸っぱくして言わないと、また偽金作って金の流れ壊しそうだし……あ、`酸っぱい`で一つ思い出した。


「ミカン!」

「は? ミカン?」

「うん。ソウシお前、なんであのミカンが酸っぱいって分かったんだ?」


 冷凍させたら確かに甘くなるけど、しなくても甘いミカンだってある。でもあの時のソウシは、食べてもないのに「このミカンは酸っぱい」って断言してた。


「見分けるコツとかあるのか?」

「さぁな」

「さぁなって……お前が言ったんだぞ?」

「あれ適当だし」

「適当!?」

「そ。あの男が`凍ったミカンを食った`って自分で認めさえすれば、何でもよかったんだ。昔から言うだろ?」


 出てこない証拠は本人に出させればいい、って――そう言って片目を瞑った僕の相棒は、悔しいけどめちゃくちゃカッコ良かった。

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