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第四話 異世界探偵……推参?[中編]

じゃ、アンタが犯人ってことで♪――byマユリカ

 保安官――日本で言うところの警察官で、アメリカでは刑務所の警備とか民事執行とかを仕事にしてる公安職。ギルドがあって専属の治療魔法師(ドクター・マジシャン)がいるくらいだから、警官的な役職もあるような気はしてたけど、


「マリッちって呼んで、よろっこね~❤」


 こんなギャルちっくな保安官(シェリフ)くるとは思いませんでしたわっ――と衝撃を受けたのも束の間、


「んじゃとりあえず、現場保存ね」


 マリッちさんは口調はそのままに自身が纏う空気を僅かに変え、二度目の衝撃を僕にもたらした。モスグリーンのクラゲヘアを靡かせ、キャラメルカラーの視線をスッと四方八方に回して群衆の足を一歩・二歩と後退させる。なにか魔法を使ったのかとソウシに小声で尋ねると、「単なるマーキングだよ」と首を横に振られた。


「猫は縄張り意識が強いからな」

「へぇ」

「アンダート・エリア」


 ソウシとヒソヒソ話をしている間に、マリッちさんが呪文を唱える。するとブルーラベンダーの光が彼女を中心に波紋状に広がり、床から壁、そして天井とぐるっと一周してマリッちさんのもとへ戻ってくる。


「うーんと……とりあえず魔法でマフ爺殴った可能性はなしね。魔力残滓ナッシングだから」

「へ?」

「ハンコー時刻は、血の臭いの薄れ具合からしてだいたい今から三十分前ってところー? あと二階の手すりの一部と、そのちょうど真下の床が若干湿ってる感じ?」

「んん?」

「なんかフルーティーな香りもするかなぁ、マフ爺のデコから特に……てかココ、なんか石鹸の匂いキツくない? 誰か朝風呂したー?」

「ぇ、石鹸の匂いはなんとなく分かるけど……フルーツの匂いなんてする?」

「空間魔法だよ」


 疑問符しか出ない僕の肩に頬杖をついたソウシが、お馴染みの解説に入ってくれる。


「空間魔法?」

「さっきアイツが使った[アンダート・エリア]。自分を中心に直径500Mから最大1Kmまでの空間内にある情報を把握できる、サポートに特化した魔法だ」


 [アンダート・エリア]の施行者には死角がない。魔法が付与された空間にいる生物は微生物であろうと施行者に言動・視線・呼吸のリズムに至るすべてを把握され、物体は材質の細部まで分析されるらしい。そのうえ獣人であるマリッちさんは目も耳も鼻も効くから、常人に作れる隙は皆無に等しいとか――いやそれもう無敵じゃん!


「ま、捕捉されても俺なら余裕で振り切れるけど」

「だから言うなって!」


 カンストマウント駄目、絶対!


「ていうかマフ爺ー、まーた間食したでしょ? 食べ過ぎるからセーブしてって言ってんのに、そこのゴミ箱から焼き菓子の匂いするんですけどー?」

「え、お菓子?」


 クンクンと匂いを嗅いでみても、やっぱり僕の鼻じゃ分からない。強化された猫の嗅覚ってホントに凄いんだと一人感心しながら、マリッちさんの指差すカウンターの裏に回る。そこにはちゃんとゴミ箱が置いてあったけど、覗いても紙屑まみれでどれが問題の菓子のゴミか分からなかったから、とりあえず抱えて戻った。


「あの、どれか分かります?」

「あーんと、匂いが一番強いコレ……ってあぁコレ! 最近王都で流行りの高級焼き菓子じゃん! アタイらに内緒でいつ買ったのこんなの!」


 豪快にゴミ箱に顔を突っ込んで漁り、破れた包み紙を引っ張り出したかと思いきや、パッケージを見て喚くマリッちさん。うん、忙しい人……あ、猫さんか。


「おーい名探偵、皆さんのアリバイ確認しなくていいの?」

「アリバイ……あ、そうか」


 ソウシの一言で、思い出したように入口付近で固まってる皆さんのほうを振り返ったはいいものの、その数の多さに早くも辟易する。ドラマとかだと数人の捜査官が手分けして取り調べしてくれるけど、見た感じだと警官ポジションマリッちさんだけっぽいな。


「ぁ、あの! この中で一番にマッフルさんを見つけたのはどなたですか?」


 とりあえず聞いてみるけど、たぶん騒めくだけで名乗る人はいないだろうな……僕まだこの街に馴染めてないし。


「俺だけど」


 とか思ってたら誰か挙手してくれたありがとう!


「終太郎、顔に出しちゃ駄目だって」


 気づいたソウシに、コラって頬っぺ引っ張られたけど。この正直な男性は古着屋を営んでる店主で、今朝はマッフルさんが注文していた帽子を届けにきたらしい。男性が言うには、その時ギルド内にはマッフルさんと自分以外誰もいなかったそうだ。


「じゃ、アンタが犯人ってことで♪」

「ってマリッちさん!?」


 カチャンと躊躇なく男性に手錠をかけるマリッちさん。いや第一発見者が犯人って話は聞きますけどもっ、証拠もないのに早計でしょ! 男性もあまりの暴挙に「んえぇえ!?」って目ん玉ひん剥いてるよ!


「マリッちさん待って待って! 証拠も動機もないのに横暴ですよ」

「ショーコ……は後々テキトーに見つけるとして」

「適当!?」

「ドーキは……あ! マフ爺にこの高級菓子スられて食べられちゃったからとか! うんそれでいこう!」

「いっちゃ駄目でしょ! まさか今までもそんなテキトーに捜査してきたの!?」

「ギッッッッッッック……!」

「そんなの大冤罪の大量生産……え?」


 今この人`ギクッ`てした? ていうか口に出した? 改めて見ると視線があっちこっちいってるし、冷や汗ダラダラだし、近づいて分かったけどこの人から凄い石鹸の匂いする。マリッちさんが言ってた`朝風呂の人`って、この人だ。それにこの匂い、どっかで嗅いだ気がする。それもここ最近……とりあえず手錠はそのままにしとこう。


「なぁ、猫ビッチ」

「なーにソウボーイ。あと前も言ったけど`ビッチ`じゃなくて`マリッち`ね、次言ったらトーゴクだから」

(ソウシ?)


 チラッとソウシのほうを見ると、マリッちさんと何か話している。ていうか最初に話しかけた時も思ったけど、ソウシとマリッちさんいつの間に仲良くなったんだろ?


「さっき爺さんの仕事部屋覗いたら、戸棚にフルーツバスケットが置いてあったんだけど……ほらコレ」

「ちょっとー、現場のモン勝手に動かさないでよー」


 ソウシが掲げた手には、一見手つかずっぽいフルーツバスケットが。けどよく見るとビニールの一部が破れている。それにカゴにびっちり果物が詰まってるなか、一箇所だけ丸い隙間があった。まるでそこにあった果物だけを頂戴したような……。


「それは間食好きのマフ爺のために用意したやつ。寝る前くらいはホットミルクで我慢してほしいんだけどねー」

「……戸棚にフルーツがあること、誰なら知ってる?」

「誰って、この街に住んでたら誰でも知ってるっしょ」

「誰でも、ね」


 なんかソウシのやつ、`ちょっと分かってきた`って顔してる……僕ぜんぜんなんですけど。


(と、とりあえず一度整理してみよう)


 ①まずマッフルさんが襲われたのは、今からだいたい三十分前くらい。

 ②打撲痕は額の上にあったのに、なぜかマッフルさんは犯人の顔を見ていない。

 ③マッフルさんは魔法で襲われたわけじゃない。


(ていうか、犯人はたぶんあの第一発見者の古着屋の店主だろうな……ただ、証拠がない)


 ④二階の手すりとマッフルさんが倒れてた辺りに、水滴があった。

 ⑤フルーツバスケットから抜き取られた一つの果物。

 ⑥フルーツがあることはこの街の人なら誰でも知ってる。

 ⑦容疑者からはなぜかキツい石鹸の香りがし、僕はここ最近のどこかでこの匂いを嗅いだことがある。


「そもそも、いったいなにで殴られたんだろ。椅子の脚とか、木の皿とか? でもそれなら血痕とか残って、マリッちさんにちょんバレだよな……あっ、身体検査だ! 隠し持ってる凶器が見つかればソレが証拠になる!」

「ふざけるな新入りの分際で!」

「ひぇえっ」


 さっきまでの挙動不審ぶりは何処へやら、容疑者である店主はプンスカと僕を睨みつけていた。え、なに急にどうしたのこの人……あ! さては図星さされて狼狽えてるんだな!?


「まぁそれもあるだろうけど、一番は終太郎があんまりにも堂々と疑ったからだと思うよ」

「えっ、でも僕口に出してな――」

「いや途中からめっちゃブツブツ喋ってたよ。具体的には`そもそも――`のくだりから」

「もう最初からじゃん!」

「そ、そこまで言うなら、いいぜ調べても?」

「……へ?」


 羞恥で頭を抱えていたところへ、容疑者店主の大きくも震えた声が割って入った。ソウシとマリッちさんも合わせて三人で彼のほうを見やれば、「ただしっ」とフンスッと鼻息を吐く。こう言っちゃなんだけど、仕草から顔に貼り付いた笑みまで何もかもが小物っぽかった。


「調べてなんも出てこなかったら、土下座して謝れよ!」


 うわー、発言まで小物だこの人。


「えぇー、土下座とか嫌なんですけどー? ていうかこんな美人に頭下げさせるとかニンゲンセイおかしくなーい?」

「なんだと!?」


 マリッちさん、気持ちは分かるけど煽らないで! 悔しいけど……現時点で有利なの、たぶんこの小物のほうだから。証拠隠滅に自信があるからこそ、「調べてみろ」なんて大口が叩けるのだ。


「っ……」

「ほらほら、どうしたよ?」


 実際にポケットとか襟の裏とか調べてみたけど、何も……いや埃とか小銭入れとかは出てきたけど、こんな物でマッフルさんを殴れるはずない。至近距離で匂いを嗅いだマリッちさんも、店主から血の匂いがしないことに首を傾げるばかりだ。


「まだ続けますかー?」


 僕らが何も見つけられないことに気を良くしたのか、店主は`してやったり`って面で見下ろしてくる。ああもうコイツが犯人で違いないのに、証拠がないってだけで……。


「約束は守らないとですよね、シェリフ?」

「えぇもう、やだなぁ――」

「分かりました」

「え、ちょ……」


 戸惑うマリッちさんを半ば無理やり下がらせて、ストンとその場に膝をつく。愚痴りつつも自分が土下座する気満々だったらしいマリッちさんは勿論、彼女にさせる気でいたっぽい店主もギョッとしたけど、後者は「これはこれで良さげだな」とすぐにニヤついた。ハァ……土下座なんて別に何回やったっていいけど、一瞬でもコイツに感謝した自分に溜息しか出ない。


「証拠なら、見つけたよ」


「え……」

「んなっ」


 スッと、身体の芯が冷めるような声――その主であるソウシは僕の腕を掴んで強引に立たせると、反対の手で手錠ごと店主の手を捻り上げた。「痛ててててっ」と喚く店主を冷めた目で一瞥したソウシはパッと彼を解放したかと思いきや、ダンッと片足で床を叩いて一同の視線と意識を集める。至近距離で生まれた衝撃は僕の足を駆け抜け、ビリビリと心臓を揺らした。やっぱコイツのオーラというか、主役感は別格だわ。だって空気までもが彼に従ってるみたいだもん。


「み、見つけたって何をだよ?」

「証拠」

「だから何処に!?」

「右膝の上」


 ソウシがひょいっと下半身を指差せば、店主の視線も僕の視線もつられてそっちに落ちる。何度目を瞬いても擦って見直しても、けど黒いズボンに白いほつれ糸みたいなのが付いてるくらいで、怪しいシミ一つ見つけられない。


「やっべ……!」

「へ?」


 首を傾げる僕とは裏腹に、ギョッと見開かれた店主の目にはその白糸が証拠として映ったらしい。しかし彼の指が伸びるよりも先に緑の疾風が駆け抜け、白い証拠を掠め取っていった。言わずもがな、マリッちさんの早技だ。


「クンカクンカ……なにコレ? ミカン?」

「アルベド。ミカンに付いてる白い筋だよ」


 皮と一緒に剥いて食べる人が多いけど栄養豊富らしいよ、とちょっとした知識を披露しつつ、ソウシは今一度店主を見据える。自首するなら今のうちだよ、とその黄金の視線は声なくして警告していたが、店主はフイッと顔を逸らしてその最後通牒を蹴った。コイツ、どこまでも小物だな。


「フッ、そうこなくっちゃな」

「ソウシ?」


 彼は怒るどころか、呆れもしなかった。むしろ`この瞬間を待ってました`と言わんばかりに表情から声音、果ては目つきまでもが若干ハイになってる。


「なぜ額に傷を負った爺さんが犯人の顔を見てないのか。犯人は魔力も使わずにどうやって爺さんを殴ったのか。そしてその犯人がこの小物だって証拠」


 それでも朗々と語る姿は様になっていて、風に遊ばれる雑草みたいに落ち着きのなかった群衆がまたもや静まり返った。


「こ、小物だぁ? てか誰が犯人だこのガキ!」


 空気が読めなさそうな小物でさえもが、無意識にお決まりの立ち位置に収まっている。


「んな大口叩くならっ、一から十まで完膚なきまでに説明できるんだろうな!?」

「できるよー、ゼロから百まで……」

「あ? 百までなんだよ?」

「…………」


 嗚呼、ソウシのやつ`完膚なきまで`の上位互換が見つからなくて迷ってるな。


「……じゅ」

「`じゅ`?」

「重箱の隅を楊枝でほじってやるさ!」


 いや散々悩んで出てきたのそれかよ! 前も言ったけどホントどこいった知力99999!


「この名探偵終太郎がな!」


 そして全てを僕に丸投げするな!

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