第四話 異世界探偵……推参?[前編]
この事件はこの名探偵、墓送終太郎が華麗に解いてみせます!――byソウシ&終太郎
「お、おいヤベェぞこれ……!」
「ひどい、誰がこんなことをっ」
早朝、フーリガンズ唯一のギルドは騒然としていた。開きっ放しの扉から爽やかな空気が流れ込み、木材と煉瓦が織り成す埃っぽい空気と混じって独特な匂いを生んでいる。そこに焦燥感に満ちた大勢の人の呼気も混じれば、一周回ってミステリアスって存在が息をしてるように感じた。
「ギルド長がっ、死んでるぞーーーー!」
「こんなに頭から血を流してっ」
「誰だ、誰がやったんだ……!」
「わ、私じゃないわよっ」
……いや実際問題、ミステリーの真っ只中なんですけどね。そして僕はというと、
「皆さんご安心を! この事件はこの名探偵、墓送終太郎が華麗に解いてみせます!」
朝日射すそのまたど真ん中に、群衆に囲まれるようにして立っていた――ていうか、立たされていた。
(何してんだろ、僕……)
◇◇◇◇
「探偵、やってみたくね?」
思い返せば、事の発端とまでは言えないがフラグみたいなものは確かにあったんだ。赤飯酔い潰れ騒動のあと、水を飲んで吐き気の治まった僕はベッドに横になってたんだけど、遅れて潜り込んできたソウシが不意にそう言ったんだ。
「た、探偵?」
「そ。ザ・ディテクティヴ」
「なんで?」
「だってカッコイイじゃん」
「そりゃまぁ、確かにカッコイイだけど……」
「あー、殺人事件とか起きねぇかなー?」
「縁起でもないこと言うなって!」
特に意味のない、寝る前の戯言だった。戯言の、はずだったんだけど。
「ギルド長がっ、死んでるぞーーーー!」
なんでホントに事件起きちゃうかなぁあぁぁあぁあぁ!?
「この事件はこの名探偵、墓送終太郎が華麗に解いてみせます!」
そして僕は何を言っちゃってんの! そこの柱に隠れてるソウシお前っ、マッフルさんから冒険者免許もらいに来ただけの僕に朝っぱらから何を言わせてんの!?
「馬っ鹿モン! ワシは死んどらんわい!」
そしてマッフルさん生きてた良かったあぁあぁああぁ!
「チッ」
おい誰だ今舌打ちしたやつ不謹慎な……ソウシお前かコラ!
「ってそれは後回しだ! マッフルさん大丈夫ですか!?」
俺の作り上げた探偵キャラが、とか何とか聞こえたけど知ったことか! 僕は床に座り込んだままのマッフルさんに駆け寄ると、マントの端で血を拭いながら額の傷口を確認する。刃物で切られたような痕はないけど、デコの上の方に打撲痕がある。何か硬い物で殴られたのか。でもこの位置なら……。
「マッフルさん、これ誰にやられたんですか?」
「おぉシュウタロウくんか。すまんのぉ」
「いえ。それでその、犯人の顔は?」
「それがのぉ……分からんのじゃ」
「……はい?」
分からないって、この傷どう見ても正面か後ろを振り返った瞬間に殴られてできた傷……あ、夜中に襲われたとか? でもぜんぜん血乾いてなかったし、殴られて三十分経ってるかどうかって感じだよな。
「殴られた時に目を閉じてて、見えなかったってことですか?」
「うーむ」
「それも、分からない感じですか?」
「何しろ、徹夜明けじゃったからのぉ」
僕とソウシの冒険者免許証の発行手続きを始め、ガープの森の生態調査の締切だの、三ヶ月ごとに街の経済や生活水準について王都に報告しなければいけない書類の作成など、昨晩のマッフルさんはとにかくやらなければいけないこと満載だったようだ。ただでさえ意識ポヤポヤだったところに予想外の打撃が加わり、一気にパーになってしまったと……。
「というわけでワシは少し寝る」
「え」
「ワシを殴ったらしいアンポンタンが分かったら起こしてくれ」
「そんな無茶なっ――」
「そいじゃな、スヤ~~……」
「そして寝るの早いな!」
一応あなた被害者で怪我人なんですけどっ、とツッコむ僕をよそにマッフルさんは「よっこらウサちゃん」と壁際の長椅子に寝転がると一瞬でノンレム睡眠に入ってしまう。あーあ、鼻提灯まで作っちゃって……呑気だなぁと嘆息しつつマントを外してマッフルさんの身体にかけてやる。
と、見覚えのあるムキムキの大男さんが「代わるぜ」と僕と入れ替わるように傍に屈んで、あっという間にマッフルさんの額の傷を治すと他に異常がないか診ていく。厳つい見た目とは程遠い優しい声と手つきに見入っていた僕はこの時、この人が魔法の呪文を唱えていなかったことに気づけなかった。
「この感じじゃ、犯人見つけないと爺さんから免許もらえないだろうね」
「っ、ソウシ」
いつの間に柱の陰から出たのか、僕の肩口からひょっこり顔を覗かせたソウシ。その無駄に整った顔面に浮かぶニマニマとした笑み。あ、これヤバいやつだ。主に僕が。
「ってことで名探偵」
「いや名探偵ちゃうし」
しっかりツッコんでもソウシに華麗にスルーされたばかりか、腕掴まれてまた群衆のど真ん中まで引きずられた。
「彼女と一緒に初動捜査、頼むよ」
「か、彼女?」
「ハァ~イ☆」
ポンと背中を押されたかと思いきや、プヨ~ンとなんか柔らかいものに受け止められた。それが女性の胸だと分かると、「ごめんなさいっ」とすぐさま後ろに跳ぼうとしたけど……なぜか背中に腕を回されて逃げ道を潰されてしまう。え、なぜ? 普通こう、突き飛ばすとまで言わなくても肩をトンて押すとかさ……うん、まず抱きしめるはなくない!?
「一昨日ぶりね、シュウボーイ?」
「え、一昨日……あ!」
モゾッと身じろいでどうにか顔を上げた先にいたのは、転生初日にナージュさんの店にいた露出度の高い猫耳お姉さんだった。口を開けたまま放心する僕に、白い八重歯を覗かせてニカッとVサインを送った彼女は、
「アタイ、マユリカ! この街の保安官!」
西部劇とかでよく見る星型のバッジを掲げて、髪色と同じカラーの耳と尻尾をゆらりと揺らした。
評価してくださった方、ありがとうございますm(_ _"m)