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第三話 冒険者試験[後編―終―]

要更生者を守り常世まで正しく導く存在、それが俺たちステータスだ――byソウシ

「グスン……本当に、答えてくれるんだな?」

「答えるよ。仮に言えないことがあっても`言えない`ってちゃんと言うから」


 下手に誤魔化したりしないと言って、ソウシは僕の頭にお湯をかけた。温かく湿った髪がシャワシャワと石鹸の泡に程よく包まれたタイミングで、僕は「お前、今日さ」と切り出す。


「マッフルさんやウルと話してる時、何回かギクッてしてたよな?」

「してたな」

「……偽金で金流狂わせたのお前か?」

「金がなかったから造っただけで、狂わせるつもりはなかったんだけどね」

「……ウルに変態奥義教えたのも?」

「鍛錬に集中したいのに付き纏ってきて面倒だったからさ、アレなら手っ取り早いかなって」


 蛾蝶の毒で腹壊してたのを助けたら懐かれたと言ってソウシはもう一度お湯をかけ、髪に残った泡を洗い流した。


「……全能力値が9999だった、伝説級の冒険者も?」

「俺だな」

「……なぁソウシ。やっぱお前ステータスじゃなくて、人間だろ」


 振り返らないままに、僕は断言するように言う。ステータスっていうのはコードネームとか役職みたいなもので、やっぱりソウシの本体はディスプレイの数字じゃなくて、彼が傀儡って言ってた身体のほうだったんだ。そうじゃなきゃ説明がつかない。ステータスとしてこの世界に下見に来ただけなら金を造る必要も、鍛錬する必要もないし、伝説級なんて目立つ冒険者になる必要だってない。


「違うよ終太郎」

「なっ、違わないだろ! だって――」

「確かにこの世界で色々やらかしたのは、()()()()()()()俺だ」

「……へ?」

「でも今ここにいる俺は、正真正銘のステータスだよ」


 次は背中を流そうと言って、ソウシは思考がパンクしたまま硬直してる僕を湯舟から引っ張り上げ、風呂椅子に座らせた。


「そもそもの話、常世に人間じゃなかった奴はいないよ。最初に`常世`って場所や`異世界転生`っていうシステムを創った存在がいたとしたら、そいつは例外かもしれないけどね」

「えっ、と……」

「ステータスの俺もお前を案内したリインも、元は人間だよ」


 ただ輪廻転生の輪から外れて常世に永住しただけだとソウシは言うが、全くもって僕にはサッパリだった。素直に分からないと首を振ると、


「まず常世についてだけど、あそこは次に現世に生まれ変わるまでの魂の休憩所兼待機所なんだよ」


 僕の肩にお湯をかけながら順番に説明してくれる。どうにか思考の巡りを再開できた僕が「高速のパーキングエリアみたいな?」と例えると、「いい例えだ」と褒めてくれた。


「九割の死人は常世に留まらず、いずれは生まれ変わってまた現世を生きる人間になる。でも稀に、俺みたいに生まれ変わりを拒否する死人も出てくる」

「生まれ変わりを、拒否……」

「そ。で、そういった死人は常世人としてリインみたいに窓口の案内人になったり、俺みたいにステータスになったりする。ここまでで質問は?」

「いや、今は大丈夫」

「そっか。じゃ、次はステータスについてだな」


 泡立ったタオルで僕の背中を洗いながら「異世界に難易度があることは覚えてる?」と問うてくるソウシに、僕は【拘留(イージー)】【禁錮(ノーマル)】【懲役(ハード)】【死刑(ナイトメア)】と答えた。ソウシが言うには、その難易度に合わせる形でステータスにもレベルと管轄があり、全能力値がカンストしてるソウシは【死刑】を担当していたそうだ。僕が【死刑】に連れてこられたのはソウシの気紛れじゃなくて、この難易度の世界が彼の担当だったからだ。


 そしてステータスは要更生者たちを監視すると同時に、魂が砕け散らないように守る役目も与えられているとのことだ。ソウシが使っていた【アジュバントスキル】という力は、要更生者を守るためにステータスに共通して備わっている特殊能力だった。異世界で死ぬと魂も消滅し、蘇生できないどころか常世に戻ることもできず、存在そのものがなかったことになってしまうらしい。


(だから僕が人喰い熊に襲われた時、ソウシはあんなに怯えてたのか……)

「要更生者を守り常世まで正しく導く存在、それが俺たちステータスだ。だから自分が担当する世界について熟知してないといけないし、いざという時はその身を挺してサポートする必要もある」

「…………」

「要更生者よりも、異世界の住人よりも、どんなモンスターよりも俺たちは強くなくちゃいけないんだ」


 ステータスを希望する死人も、最初は要更生者同様異世界へ飛ばされるが、特例措置によって死んでも魂が消えることはない。ただ、ひたすらレベル上げをして強くなることを求められるそうだ。その段階で予想以上に実力がついて、管轄が変わったステータスもいたらしい。その逆で、及第点に届かず難易度を下げたステータスもいたとか。


「そう、だったんだ」


 呟くように言うと、僕は一度口を閉じた。ちょっと、整理したかった。まず常世っていうのは、魂が生まれ変わるまでの休憩所で、その生まれ変わりを拒否したソウシはステータスになった。


(つまりソウシは常世人で、もう人間じゃない)


 ズキンッと胸が痛んだ気がしたが、気にせず整理を続ける。生まれ変わりを拒否したってことは、きっとソウシも僕みたいに最初から自分の意思があったってことだよな。でも、なんで拒否したんだろう。僕でもそんなこと思わなかったし。現世でなにか相当嫌なことが、あったとしか……あれ、ちょっと待って。


「ソウシ、お前もしかして記憶――」

「俺が話せるのはここまでだ。これ以上は聞かれても言えない」


 ピシャリと言い切ったソウシは、その口調とは裏腹に僕の身体についた泡を丁寧に洗い流す。僕も約束通り、深追いすることなく「分かった」と身を引いた。それでもパッと気持ちや空気を切り替えるのは難しくて、二人揃ってギクシャクしたまま湯舟に浸かり直す。


「……ソウシってさ」

「ん?」

「めっちゃ努力家だったんだな」


 ぐるぐると悩んだ末に僕の口からこぼれたのは、感嘆の言葉だった。急にどうしたんだと目を瞬かせるソウシに、「だってそうだろ?」と僕は笑いかける。彼の力は、神様がポンと与えたチート能力じゃない。一から自分の力で身につけていった、血の滲むような努力の賜物なんだ。口は悪いし意地悪なところもあるけど、要更生者を守り導くためにそこまで頑張れるなんて、本当に凄いと僕は言う。


「大袈裟だな。単に才能のうえに胡座をかいてるだけかもしれないぞ?」

「だったらお前の数値は、伝説級の9999のままだったと思うぞ」

「…………」

「そっから更に努力したから、99999なんて神話級になれたんじゃないのか?」


 少なくとも僕はソウシが才能に頼り切りなんて思わないし、心の底からカッコ良いと思う。


「強引に聞き出した僕が言うのもアレだけど、話してくれてありがとな」

「っ、や、やめろよそういうの」

「なんだよ照れてんのか?」

「照れてねぇムズ痒いだけだ!」

「顔真っ赤~」

「湯に浸かってんだから当たり前だろ!」


 もう先に出るっ、と言い置いてソウシはさっさと風呂から上がってしまった。その背中からはプンプンッと効果音が出てたけど、ちっとも怖くなかった。暫くはソウシを揶揄うネタができたと笑っていられたけど……しんと静まった湯舟にひとり残されると、思考は次第にべつの方向に回り始める。


――要更生者を守り常世まで正しく導く存在、それが俺たちステータスだ


「……こんなハイレベルな世界で、ソウシは自力であそこまでの強さを手に入れたんだよな」


 冒険者になることすら難しいこの世界で、要更生者たちを守るためにたった一人で。そこにどれだけの苦労があったのか僕には想像しかできないけど、きっと僕だったら何処かで心が折れていたと思う。


――そもそも急になんなのよ! 普段は頼まれたって動かないくせに!


(あれ? でも確かリインは……それにソウシはバディを組むのは初めてだって…)


 ソウシがステータスの役目に誇りを持ってるのは本当だろうけど、要更生者のためかって言われると……でも僕のことは凄い丁寧に導いてくれるよな。いやそもそも僕は要更生者じゃないんだけど。


(うーん、まだまだ謎が多いなぁ)


 人目もないことだしとだらしなく湯舟の縁にもたれ、天井を仰ぐ。ほんの少しソウシのことが分かったかと思いきや、それ以上に分からないことが出てくる……埃に例えたら怒るだろうなぁ。縁に沿って身体を滑らせチャプンと鼻の下まで湯に浸かると、目を閉じた。あぁフワフワとして気持ちいい。今なら[エアーウィング]を使わなくても、自力で空を飛べる気がする……。


「おい終太郎! いつまで入って、ってうぉおぉおおぉい死ぬなーーーー!」


 いつまで経っても戻ってこない僕を心配して風呂に飛び込んできたソウシが言うには、寝落ちした僕は湯舟で溺れかけていたらしい。幸いお湯は飲んでいなかったが軽くのぼせたみたいで、部屋で少し涼ませてもらってからナージュさんとウルが待つ店に降りていった。ソウシには「目を離した俺がバカだった」と、説教なのか案じているのかよく分からない言葉を投げられた。


「あの、お待たせしてすいません」

「いえいえ、お身体は大丈夫ですかぁ?」


 心配したナージュさんが、車椅子を動かして歩み寄ってくれる。テーブルには分厚い骨付き肉やドンと塊で置かれたチーズ、そして瑞々しい果物の盛り合わせなど、酒の肴とはまた別の料理をウルが並べてくれていた。


「はい、もうすっかり」

「じゃあ主役もお出ましになったことだし、始めようぜ姐さん!」


 ナージュさんの髪色と同じ、水色の酒がなみなみと注がれたウッドジョッキを手にウルが「それじゃ、シュウタロウとソウシの試験合格を祝って」と椅子の上に立ち、音頭を取る。



「かんぱーい!」



 四つのジョッキがぶつかり、カコーッンといい音が鳴り響く。ぐっと呷った水色の酒は甘く、アルコール初心者の僕でも飲みやすかった。お祝いっていうから、きっとまたお客を大勢呼んでのドンちゃん騒ぎになると思ってたけど、今晩は四人だけの囁かなパーティーらしい。ホッと椅子に深く座ってジョッキを両手で持ち直すと、ぐぐっとさっきよりも勢いよく飲む。


「シュウタロウ、パンにのっけるチーズそのまま? 軽く炙る?」

「ぁ、炙る!」

「りょーかい」


 ウルはナイフで切り分けたチーズを低級火炎魔法の[ファイエス]で軽く炙ると、丸パンにのせて手渡してくれた。お礼を言った僕に「熱いから気をつけろよ?」とウィンクし、ナージュさんが急遽メニューに加えたという本日のメイン料理をキッチンへ取りにいく。今目の前に並んでいる料理だって十分なメインディッシュだと思うけど、いったいナージュさんは何を作ってくれたんだろう?


「肉も食え、肉」

「んぇ?」


 びろ~んと蕩けたチーズをパンと一緒に食べてたら、ソウシが骨付き肉をのせた皿を持ってきてくれた。よっこいせと隣の椅子に腰掛けた彼もまた骨付き肉を持っており、がぶりと豪快に齧りつく姿は野生児のようだ。


(でも今朝野菜スープ飲んでた時は、スプーンの運びとか凄い綺麗だったよな……)

「お二人ともぉ、お酒のお代わりいかがですかぁ?」

「ぁ、ありがとうございます」


 上機嫌に酒瓶を傾けるナージュさんにジョッキを差し出したタイミングで、ウルも「はーいおまちどー」とキッチンから戻ってくる。僕は食べかけのチーズパンを骨付き肉の皿に置くと、他の料理の皿を寄せてスペースを作った。


 ウルは「サンキュー」と両手で持っていた大きめの深皿をドンッとそのスペースに置くと、今度は骨付き肉とチーズの塊を半分切り取ってイノとシシがいる裏小屋へ行ってしまう。僕はといえば好奇心のままに皿を覗き込んで、


「……え?」


 ポカンと、絶句した。皿に盛られていたのは米料理だった。異世界にご飯系の料理はないって勝手に思い込んでたから、それも勿論ビックリしたけどそうじゃなくて、このモチッとした米の感じと、パラパラと見られる赤い豆は……。


「せ、赤飯……?」

「あらぁ、シュウタロウさんご存知なんですかぁ? 私はウルくんに教えてもらったんですけど、このセキハンというお料理、遠い遠い国では有名なお祝い料理らしいんですぅ」


 料理に不可欠なコメという食材がなかなか手に入れられないから、滅多に作れないし食べられないんですけどねぇ……とか何とかナージュさんが喋ってるけど、僕の視線と意識は現在進行形で赤飯に釘付けだ。だって、赤飯だよ? 正月のおせちでも、クリスマスの七面鳥の丸焼きでもなくて……赤飯だよ?


「あの、ナージュさん」

「はぁい?」

「ウルがなんて教えてくれたのか知りませんけど、その……赤飯というのはですね? 確かにお祝いの料理なんですけど、ぉ、主にその……じょ、女性向けといいますか…」


 ぬぁああぁあ恥ずかしい! なんで僕がこんなこと説明しなくちゃなんないんだよ! 赤面しつつも必死に「この料理をお出しするのは間違いです」と遠回しに説明する僕だったが、なぜか「はぁい」と頷くナージュさんの顔には疑問符のぎの字もない。え、なんで?


「`子孫を残す能力を身につけた`ことを、お祝いするんですよねぇ?」

「……え」

「ならぁ、間違ってないと思うんですけどぉ?」


 知ってんの、この人知ってて作ったのなんで? ホントなんで?


「あの、それどういう……」

「だってウルくん、シュウタロウさんとソウシさんがオメデタだって――」

「のわぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあぁあぁぁああぁあ!」

「たっだいまー。姐さーん、オレの分のセキハンも取っといて――」

「ぬぉおおぉおぉおぉおぉおおぉおお!」

「あー、飲みすぎたかなー? 俺、ちょっと外の空気を吸いに――」

「のぉおおぉおおぉおおぉぉおぉおお!」


    ◇◇◇◇


「……つまり、赤飯パニックを起こした僕は」

「わー初めて聞いたわその病名」

「……赤飯パニックを起こした僕は、ウルに平手打ちしてお前に掴みかかった挙句、自棄酒してダウンしたと」

「そ。まぁ自棄酒って言っても、店主の三分の一も飲んでなかったけどね」


 トイレで軽くリバースした僕を背負い直しながら、ソウシは「それでも度数は高かったからなー」と言って二階の客室に戻っていく。あの時、渾身の大シャウトを境に僕の記憶はちょっとの間途絶えていた。気づけば頬に手形をつけたウルと、疲れ切った目のソウシに「落ち着けー、ドードー」と宥められてた。


 我関せずと酒を飲みまくってたらしいナージュさんは、カウンターでひとり酔い潰れていた。ナージュさんに続いて僕までもがダウンしたのを機にお祝い会はお開きになったみたいで、料理の片付けはウルとソウシがしてくれたみたいだった。ちなみに肉やチーズはサンドウィッチにして明日の朝食に、赤飯の残りはおにぎりにして昼食に回すらしい。


「……ごめん」

「なにがだよ?」

「せっかく祝ってくれたのに……」

「いい感じのバカ騒ぎだったと思うよ。酒飲みとか宴会好きはそういうの好きだから」

「でもウルには謝っとかないと……」

「一応`うちの相棒が世話んなりました`って言っといたけど、まぁ気になるなら明日一言謝っとけよ」


 よっと足でドアを開け、僕を丁寧にベッドに下ろすソウシ。「あ、水もらうの忘れてた」と呟いてまた部屋を出ていこうとした彼を、


「ソウシは楽しめたのか?」


 気づけば僕は呼び止めていた。腹に力を入れた拍子にちょっと胃液がせり上がってきたけど、ゆっくり仰向けに寝転がって飲み下す。ハイになって暴れた僕が言えたことじゃないけどって付け足すと、ソウシは手慰みにドアノブを弄りながら「楽しめたぞ」と振り返らずに言った。


「ただ強いて言うなら、今度は終太郎が注いでくれた酒を飲みてーかな?」

「へ?」

「乾杯した時のはウルが注いでくれたやつだし、その後はお前勝手にグビグビ飲んで潰れたし」

「うっ……」

「つーわけで約束な。その時は俺もお前に酒注いでやるから」


 相変わらず振り返らないまま、片手をあげてピコピコと小指だけ動かすと今度こそソウシは部屋を出ていく。一方的に残された僕はというと、


「あいつ、好みの酒とかあんのかな……うぷっ」


 何を血迷ったか、カクテルをシェイクするとこ想像して勝手に気持ち悪くなって……部屋の隅にあった屑籠のなかにリバースしてました。水を持って戻ってきたソウシは最初こそ心配してくれたけど、正直に理由を言ったら……、


「馬鹿なの?」


 はい、バカなんです。

ようやく3話が終わりました。

長々とお付き合いいただきありがとうございましたm(__)m


※本編はまだまだ続きます。

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