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第三話 冒険者試験[後編⑥]

男とか女とか関係ない、誰だって泣きたい時はあるだろ――by終太郎

「ぇ、お母さんがあの霧に……?」

「ああ、間違いない」


 全身びっしょりのウルのために火を起こしたところで、彼はまず霧のなかで動けなくなった理由から話してくれた。ウルが人間で言うところの十歳になったある日の昼下がり、たいして気温も低くないというのに突然森に霧が出たらしい。ウルたちの塒もその霧に呑まれてしまい、子供たちに奥でじっとしているように言った母親が単独で外の様子を見にいったそうだが、


――グルルル……グゥオォオォオオォオォ!


 直後、悲鳴のような咆哮が聞こえてきた。そして言いつけも忘れて外に飛び出したウルが目にしたのは、理性の消えた双眸と牙を剥き出しにした母親の姿だったそうだ。霧は消えていたらしい。


「母さんはオレに気づくなり襲いかかってきたよ。間一髪イノとシシが助けてくれたけど、アレは本気だった」

「そんな……」

「それから暫くは、ただ只管に母さんから逃げ回った」


 だが徐々に体力を削られ、ウルたちは歩くことすら困難なほどに追い詰められてしまった。それでも母親の暴走は止まらず、もう駄目だと身を寄せ合って固く目を瞑った時、


 グシャアッ!


 骨と肉が引き千切れるような音が聞こえたかと思えば、ウルの身体に生温い液体が飛んできた。覚えのある鉄臭さでその液体が血だと分かり、顔を上げたウルは絶句した――母親は、自らの前足を喰いちぎっていた。咄嗟に駆け寄ろうとしたウルたちに「近づくなっ」とその足を投げると、今度は自分の身体の中心に火炎魔法の陣を展開させ……そのまま[ファイエルド]を使い焼け死んだとのことだった。


「たぶん、母さんの精一杯の抵抗だったんだろうな」

「……ごめん」


 落ち着き払って話すウルの代わりに、なんて大層なものじゃないが、僕の目からはボロボロと涙がこぼれ落ちた。ウルが霧のなかで動けなかったのは、その霧が母親を狂わせた仇だったからだ。また同じ惨劇が起きるんじゃないかと、恐怖していたからだ。


「なんでシュウタロウが謝るんだよ! オレらのこと助けてくれたし、母さんの仇も倒してくれたじゃんか!」


 男なら泣くより笑えと言って僕の背中をバシバシ叩いてくるウルは、本当に笑っていた。お母さんの仇が目の前に現れて、今度は自分と兄弟が暴走して……辛くないはずがないのに。


「……ぃ、だろ」

「シュウタロウ?」

「無理してまで、笑うことないだろ」

「…………」

「男とか女とか関係ない、誰だって泣きたい時はあるだろ」


 成り行きとはいえ彼の古傷を掘り返してる僕がどの口で言うんだと思ったが、思っていても言わずにはいられなかった。僕の言葉に静かに瞠目したウルは、次の瞬間には「ハハッ」と苦笑を漏らした。でもそれはさっきの笑顔より、よっぽど自然な笑みに見えた。


「シュウタロウ、同じこと言ってる」

「同じこと?」

「そ、オレの初恋の人と同じこと」


 ウルは少し遠い目をして僕の頭を撫でると、イノの身体にもたれ掛かって、膝の上に頭をのっけてきたシシの首の後ろを擽った。ウルのお母さんが焼身自殺した直後、たまたま森に薬草を採りにきていたマッフルさんがその煙を見て駆けつけ、ウルたちを保護してフーリガンズへ連れ帰ってくれたらしい。それから暫くはマッフルさんの家でお世話になっていたようだ。てっきりすぐナージュさんに引き取られたと思ってたけど、そもそもナージュさんが街に来たのはウルより後とのことだった。


「最初は人の言葉も生活も全然でさ。ストレス溜まりまくりで、しょっちゅう近所のヤツと喧嘩してマフ爺に迷惑かけたよ」


 初恋の人と出会ったのは、不慣れな生活から少しでも遠ざかりたくて森へ逃げ帰っていた時だとウルは言う。


「飲まず食わずで走り回ってたら、この川縁でぶっ倒れてさ。もういっそ死んでやろうかと思ってたら、急に川から女のマーメイドが出てきて、口に水っぽい何かを流し込まれたんだよ」

「水っぽい何か?」

「真水にしては苦かった気がしたんだよなー。あと、飲んだあと妙にいい気分になった」


 強制的に水分を与えてくれたマーメイドがすぐにその場を去らなかったのをいいことに、当時のウルは自分の身に起こったことをペラペラと喋った。重い空気にさせないためか、それともこれ以上悲しみに暮れたくないからか、面白おかしく聞こえるように笑いながら……そこでさっきの僕と同じ言葉を、そのマーメイドが言ったそうだ。


「オレもう、プチンてなってガチ泣きしてさ。五月蝿かったと思うんだけど、そのマーメイドはオレが泣き止むまでずっと傍にいてくれたんだよ」

「へぇ~」


 いい話じゃないかと、僕はさっきとは別の意味で涙ぐみそうになった。長い髪も肌も真っ白だったそのマーメイドはフーリガンズの住人ではなく、川縁にも不定期にしか現れなかったようで、ウルは一日も逃してなるかと毎日森に通っていたらしい。


「なんとかそのマーメイドを振り向かせたくて、人の言葉とか生活について必死に勉強してさ。ちょうどその頃森を拠点にしてる旅人もいて、その人からもいろいろ教えてもらってたんだ」


 なるほど。初対面の僕らがウルの言葉や所作に違和感を覚えなかったのは、彼が人一倍努力したからだったのか。


「で、恋愛相談もしてみたんだけど、その時絶対成就の告白奥義を伝授してもらったんだよ」

「ぜ、絶対成就の奥義?」


 そんな反則技、恋愛攻略法にあるのか? あからさまに訝しむ僕に、ウルは「ふっふっふ」と勿体ぶった笑みを向けて指を三本立てた。


「まず`真正面からガバッと抱きつく`」

「うん、相手によっちゃその時点でアウトだな」

「次に`目を見つめる`」

「まぁ、うん」

「そして最後!」

「……うん」


 なんか、途轍もなく嫌な予感がするんですけど。


「`ド真剣に交尾を申し込む`!」

「アウトオブアウトだろ! 絶対成就どころか千年の恋も冷めるわ!」


 実際僕はこれでもかってくらいドン引いたわ! どこのどいつだよ純粋なウルにこんな不純思想植え付けたアホは!? 親切なツラしてとんだ変態じゃねーか!


「あっ、今の話で思い出した!」

「ハァ、ハァ……えーなに…」


 全力でツッコんで息切れした僕をよそに、ウルは「ソウシのことだよ」と呑気にポンと手を打つ。なんでココで彼が出てくるんだと片眉を上げる僕の後ろで、肝心のソウシはビッッッックと全身を跳ねさせていた。そういえばアイツ、さっきから不気味なくらい静かだよな?


「初めて会った時からなんか見覚えあるなって思ってたんだけど、その旅人と似てたからだよ! その人も確か黒髪だったから」

「……へぇ」


 決して頭の良くない僕でも、ある仮説を立てることができた。すんごい天文学レベルの巡り合わせが成り立ってこその仮説だけど、わりと何でもありのこの世界なら絶対に起こらないとは言い切れない。ぐりんと、身体ごとソウシを振り返る。


「おいソ――」

「と・こ・ろ・で! 初恋の君とのその後は!?」


 ガバッと僕の口を掌で塞いだソウシは、見るからに焦った感じでウルに畳み掛ける。うん、ワケあり確定! あとで絶対聞かせてもらうからな!


「それがさー、強烈なビンタぶちかまされてそれっきりだよ」

「でしょうね!? ていうかそれでよく僕に`絶対成就の奥義`とか言えたな!」


 ソウシの掌を引き剥がしてツッコむと、ウルは「オレはフラれてない!」と負けじと言い返してくる。いやフラれたからビンタされたんだろ!?


「嬉しくて恥ずかしくて逃げただけだって、旅の人言ってたし!」

「ポジティブ通り越してただのこじ付け!」


 もうどこをどう訂正すればいいか分からないと頭を抱える僕に、ソウシが「終太郎、ちょっとクールダウンしよっか」と言って肩を叩いてくる。善意だろうけど腹立つ! お前だってさっき焦りまくってたくせに!


「ところで、俺と終太郎は試験に合格したってことでいいんだよな?」

「あ……」


 異常事態の連発で試験のことすっかり忘れてた! 大慌てでポケットに手を突っ込めば、ツキノミを包んだハンカチは確かにそこにあったけど、


(つ、潰れてないよな?)


 それだけが気がかりだった。飛んで跳ねて転んで滑ってと、どう控えめに言っても僕の動きは大人しくなかった。普通に考えて、あんな小さな花ひとたまりもないだろう。せめて、せめて花弁の一枚でも残っていますようにと願をかけて、ひと思いにハンカチを開く。


(……あれ?)


 花弁一枚どころか、摘んだ時とまったく同じ状態でツキノミはそこにあった。え、なんで? いや残っててくれたのは嬉しいけど。もしかしてバリアなんとかって防御魔法のおかげかと僕が呟くと、ウルが「まーそれもあるだろうけど」と言ってツキノミをつまみ上げる。


「もともとツキノミ自体が丈夫な植物だからな。ちょっとやそっとじゃ潰れも枯れもしないよ」

「え、こんな小さいのに?」

「ビックリだろ? ガキの頃に誤って丸飲みしたことがあるんだけど、なんと次の日! 糞したらそのまま出てきたんだよ!」

「……え?」


 モンスター化できるウルの体内に入って、そのまま出てきた? マジでかと尋ねると、マジだとウルがキメ顔で親指を立ててくる。なんでここでキメ顔?


「マジで花びらの一枚も消化されないまま! 一瞬尻から花咲いたかと思った!」

「楽しそうに言ってるけど普通に怖いからなそれ!」


 ていうかこの親指姫ならぬ親指花! いかにも儚そうな見た目と名前のくせして生命力ゴキ●リじゃねーか!


「まぁとにかくだ。こうしてツキノミは採取できてるし、シュウタロウもソウシも合格だよ」


 今からギルドに戻って報告すれば、早ければ明日には冒険者免許が発行されるらしい。冒険者免許、とぼんやり呟く僕に、ウルは「そうだぞ」と片目を瞑ってみせる。


「書類上は明日からだけど、事実上は今から二人とも冒険者だ」


 お宝を求めて世界中を飛び回るも良し、凶悪モンスターを狩って人々を守るも良し、未知の遺跡や新しい大陸を見つけて探検するも良し。とにかく`自由`を仕事にして生きられるんだとウルは言う。


(自由を、仕事に)


 そんな夢いっぱいの冒険者に、なれたんだ――ぼんやり目の前を漂っていた靄が晴れ、この先のビジョンが輪郭を持つ。正直ソウシに誘われた時は実感がなかったっていうか、`お約束の流れ`って感じであまり特別に思わなかったけど……今は違う。キラッと、自分の目が期待で煌めいているのが分かった。


「うっっっしゃ!」


 小さく、両手でガッツポーズを作る。散々ビビリ倒して最後は相棒に助けてもらってたくせにと自分で自分にツッコみたい気持ちもあったけど、ソレはソレ、コレはコレだ。だって、冒険者って響きはやっぱ特別だよ! ヤバいなんか今めちゃくちゃ跳ね回りたい! やってもいっか、いいよな!?


「……なぁ」

「どうした? ソウシも跳ね回っていいんだぞ?」

「ああいうのはおこちゃまがすることだろ、俺はれっきとしたオトナだから」


 今なんか失礼な言葉が聞こえた気がしたけど、まぁ僕は大人だからな! 聞こえなかったことにしてやるよ。お、イノとシシも祝ってくれるのか? よーしよしモフモフしてやるぞー!


「さっきの初恋の君のことなんだけど」

「おう。あ、まさか惚れたのか!? 駄目だぞ!」

「惚れてねーよ。ただそのマーメイド、お前が世話になってるあの店主じゃないかって思っただけだ」

「あー……オレも最初に会った時はそう思って姐さんに話したんだけど、覚えがないってさ。姐さん嘘は吐かないし、オレの誠心誠意を込めたあの告白を忘れるとも思えないし」

「ショックすぎて忘れたってパターンもあるぞ」

「なによりオレの初恋の人の髪は白、対して姐さんは水色だからな」

「スルーかよ」

「まぁ雰囲気が似てるから、半ば押しかける形で居候させてもらってるんだけど」

「……ふーん」

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