始マリ始まり
今思い出せる記憶はとても残酷で、忘れてしまいたい程のものだけど、でも一番印象に残っている。
それはまだ六歳程度の子供だった時。ふと母親の驚く顔が見たいと思った。体が弱くいつも床に伏せているか女中と自室で一人食事を取るかしないあの人の感情というものを見てみたくなった。
私の家には大きな木があった、それに登ろうと思った。あまり家に帰ってこない父親が唯一教えてくれた木登り。あの人がいる部屋からちょうど見える太い枝には赤い布が巻かれていた。
ここまでしか登ってはいけない。そう教えられ目印にと父親が結んだものだ。
バランスを取りながら枝の上に立ち声を掛けた。
あの人はいつにも増して血の気の引いた表情で木から降りるように口を開いた。しかし初めて垣間見えた感情に喜んだ私は大手を振って大丈夫だと笑って見せたが、一瞬にして天地が引っくり返り、鳴っては鳴らない音が聞こえ、折ってはいけない骨の折れる音が聞こえた。
悲鳴と救護要請の声が微かにきこえる中、意識は遠退いていく。頭蓋骨が割れて、溢れ出る大量の血液と脳味噌。即死だ。
その場にいた誰しもが、医学を学んでいない者でもそう判断出来た。
ーーが。
数十秒程経過して私は目を覚まして起き上がった。
「ーー化け物ッ!!」
人間の醜く歪んだ表情を初めて見た瞬間だった。
私を見てそう言った彼女は、あの人の専属女中だった。彼女の印象は金平糖だった、母恋しい年頃の私に優しく接し良く金平糖をくれた、その優しい微笑みとは掛け離れた歪んだ表情。
魑魅魍魎、悪鬼羅刹を目の当たりにした様な顔、騒然とする我が家。気を失うあの人。
目まぐるしく急展開していく周りの環境。暖かく接していた女中達の急激な温度さ。
聞こえてくる陰口。
好奇の眼差し。
そして……鼻を掠める線香の香り。
どうしていきなり線香なのかって? それは。それは、あの人が死んだからさ。
ああ、思い出せる。鮮明に。私を産んだ母親は、私の髪と瞳の色の違いに酷く恐怖し産んで間もなく接触を絶った。父親の知り合いが乳母を勤め育ててくれたのだ。その乳母が死んで、初めて本来の母親に会えたわけだが、彼女は接触を拒否した。
周りの女中達は多めの給料を貰うことで、私と普通に接していたのだ、あの金平糖をくれた女中はより多くの給料を貰っていたらしい。何故それを知っているのかって? それは彼女が自分で叫んでいたからさ。
高い給料を貰っていても限度がある、何故こんな化け物を普通の人間の様に扱い接しなければいけないのか! ってね。
今でも鮮明に思い出せる。物真似をしろと言われればすぐに出来るくらいには覚えている。
まあしかし、唯一母親らしい顔を見れたのはほんの数秒、数分くらいだった。
翌日に彼女は死んだ。自ら命を絶ったのだ。我が家の事情を知らないご近所さんには病で死んだという事になり、真実を公にしないよう女中とその他使用人に多めの退職金を包み口止めを済ませ、父親は私の手を引いてある場所へと向かったのだ。
そこは濃い霧に包まれた、普通の人間が足を踏み入れてはいけない場所。
黄泉平坂。黄泉の国へと通じる場所だ。
全部、私が悪いのだ。どうか母を恨まないで欲しい、どうか使用人達を恨まないで欲しい。恨むのならばどうか、私だけを恨んで欲しい。
最後に父親はそう言って繋いでいた手を離し、濃い霧の中に消えていった。
そして時代は移り変わる。
周り周り巡り巡って数百年。
明治、大正、昭和、平成、令和。元号は変わり、世界も変わった。
高層ビルが立ち並ぶオフィス街、走る車に飛ぶ飛行機。
夜でも昼間のように明るい街灯、露出が高い女の服! え、ミニスカにヘソピ? ワァオ。しかし、一番の驚きはこれだ。
「ああ、文明の力最ッ高!」
私の手にある薄い鉄の板からは最近ハマっているバーチャルネットグループの歌が聞こえ、彼らを身近に感じられる。
「その台詞、何回目だよ朔也」
「ふふ。」
ああ、やっと名前を呼んでくれたね。
そう、私の名前だ。
【朔也】 私の名前は【桜ノ宮朔也】不老不死のチート持ち!
「正確な回数を知りたいのかい? 椿」
「椿兄様が知りたいのであれば正確な回数をーー」
「うるせぇ! そこまで真面目に答えんな!」
「お口が悪いの、椿兄。め、なの」
私を恐れる事はない、愛しい者達。今の私は三人の花婿と一人の花嫁と共に幸せな化け物生活を謳歌している。
「私の人生! 最高! 完!」
「「 終わるな! 」」
初めて投稿させてもらいます。
話は繋がっているのですが、長く書けず、短編みたくなってしまいます。誤字脱字があるかもしれませんが、
どうぞ、宜しくお願いします。